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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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嫉妬の蛇

ジヤ回。嫌いな人は読み飛ばし推奨。あとがきにあらすじ書いておきます。

『呪い歯』の施術で気を失ったジヤが目を覚ましたのは、昼をとっくに回った頃合だった。


 ズキズキと頭に響く痛みはまだ続いていて、その痛みに目が覚めたようなものだ。自らの小便で汚れたズボンが気持ち悪い。汚した獣舎も掃除しておかなければ。また仕置きをされては敵わないとジヤはのろのろと立ち上がると、生活魔法の《ウォーター》で床の汚れを雑に洗い流し、汚れた服を着替えて洗濯物の籠へと放り込んだ。


(腹へった……)

 昼前に気絶したからまだ昼食を食べていない。痛む頬を押さえながら食堂に向かうと一人分のパンとスープ、わずかばかりの肉が取り分けておいてあった。

 黒鉄輸送隊は旅の空を屋根とする男所帯だ。細やかな気配りなど望めるはずもなく、パンもスープも上に布も蓋もかけてはいないから、パンは乾燥して硬くなり、スープは冷え切ってうっすらと膜が張っていた。肉も残り物なのだろう。脂の多い切れ端ばかりで乾燥してゴムのようになっている。それでもジヤの食事を取っておいただけでも上等な配慮といえるだろう。


(起こしてくれてもいいのによぅ)

 心の中で文句を言いながら肉を摘んで口の中に放り込む。いつもの調子で咀嚼した瞬間。

(あっ、ぐあっ!)

 呪い歯の辺りをハンマーで殴られたような痛みが走った。


(いてぇ、いてぇ、いてぇよ!)

 痛みは歯を突き抜けて、頬骨辺りが激しく痛い。


(どうなってる、どうなっちまったんだよう! いてぇよ!)

 呪い歯という新しい歯と繋がった神経が過敏になっているだけで、暫らくすれば治まるのだがそんな事を知らないジヤは頬を押さえて絶望する。


(オレぁ、こんな満足に飯も食えねぇ体になっちまったのか。畜生。たかが獣のエサくれぇでよ!)

 ラプトルとジヤのような犯罪奴隷ではラプトルのほうがよほど貴重だ。犯罪奴隷に三食、しかも昼から肉を食べさせる主などそういるものではない。借金奴隷の頃のジークなどは家畜の餌より酷い物を食べて生き延びてきたと言うのに。


 自らの行いを省みるでなく、唯ひたすらに怨嗟の呻きを上げるジヤに、べたりと湿った臭う布が投げつけられた。


(なにしやがる!)

 怒りに振り返った先には工具袋をぶら下げたニコが、ジヤをにらみつけていた。

 投げられた布は先ほど洗濯物籠に放り込んだ、自分の小便が染みこんだズボンだ。漏らした服をすすぎもせずに洗濯当番のニコに洗わせようとしたのだ。先に入っていた洗濯物もジヤの粗相で汚れてしまった。ニコの怒りは尤もで、何時でも工具で打ちのめしてやると言いたげな様子でジヤを睨み付けている。


 ジヤは(畜生め)と心の中で毒づいて、自分の汚れた衣類を拾って洗いに行った。


(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう)

 黒鉄輸送隊の裏庭の洗い場で汚れた洗濯物を踏みつけながら洗うジヤ。替えの服は一枚しかないから洗濯しないわけにも行かない。

(なんでニコの野郎は工具(あんなもん)持たせてもらってんだよ! ヌイだって料理ナイフ(エモノ)持ってるしよぉ! なんで、アイツラだけ!)


 ずるい、ずるい、うらやましい。

 ニコは工具を預けられ、それで言われた通りにメンテナンスを手伝っている。

 ヌイは料理ナイフを与えられ、それで言われた通りに料理をこしらえている。

 ジヤはお金を渡されて、言いつけと違う粗悪品を購入して差額を懐に入れている。

 こんなわかり易いことがジヤには理解できない。


(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。そもそも、コゾウ(リンクス)が紛らわしい事をすっからじゃねぇか!)

 怒りに任せてぐじゃぐじゃとズボンを踏みつけながらジヤは、リンクスにルナマギアの採取に連れ出された日の事を思い出していた。


 ************************************************************


 黒鉄輸送隊が薬草を何処かへ秘密裏に運んでいる事に気付いた翌日、ジヤはリンクスの後をつけようとした。倉庫へとリンクスが入るのを見届け、出てくるのをじっと待った。

(おせぇな……?)

 入り口は一つしかないのに、リンクスは待てど暮らせど出てこない。いい加減おかしいと中を覗こうとしたその時、「何してんだ? ジヤ」とリンクスがジヤの背後、倉庫の外から声を掛けた。


(いっ、いつの間に……)

 ジヤに黒鉄輸送隊の斥候を勤めるリンクスを尾行するなど、そもそも無理な話なのだ。


「ジーヤー、《夜は部屋で大人しくしてろ》、な?」

 全てを見抜いていたように、細い目をさらに細くして笑うリンクスの《命令》にジヤは部屋へ引き下がるしかなかった。

 もっとも万に一つの可能性でリンクスの跡を尾行できたとしても、地下大水道の入り口にたどり着く前に魔の森の魔物に食い殺されていただろうし、奇跡的な確率で地下大水道にたどり着けたとしてもスライムの餌になる未来しかなかったのだが。


(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう)

 そうとも知らないジヤが大人しく引き下がるはずも無い。


(何を運んでるかわかれば運び先の目処がつくかも知れねぇ)

 ジヤはスライム槽(ごみ箱)の途中に粘着性の糸を仕込んで、破り捨てられた書類を拾い集めて繋ぎ合わせると、買出しに出かけると見せかけてスラムにあるなじみの食材屋へと足を運んだ。


「ジャイコブじゃねぇか。まだおっ死んでなかったのか」

 店主らしき小柄な中年の男が、片足を引き摺りながら奥から出てきて声を掛ける。昼間から飲んでいるのかまばらにしか残っていない黄色い歯の隙間から酒の臭いが漂ってくる。何日も洗っていないような茶色く汚れた服をまとう姿は、食品を扱う店の者にはとても見えない。奴隷のジヤのほうがよほど清潔なナリをしている。


 スライム槽(ごみ箱)から回収した書類を押し付け身振り手振りで用件を伝えようとするジヤに「なんだぁ? オメー声が出ねぇのかよ。ヒャハハ、こら傑作だ。くだらねぇネタさえ金に換えようとしてたオメェがよぉ」と店主は下品に笑った。


「で? コイツを読めって?」

 店主の下卑た笑いに不快そうに顔をしかめながらも、こくこくと頷くジヤ。


「大銀1。あんだろ? オメェ、今、黒鉄輸送隊にいるんだってなぁ。ラプトルの餌の買出し、オメーの仕事なンだろ?」

 店の奥の冷凍の魔道具から茶色く変色した肉の塊を取り出す店主。肉の量だけ見れば大銀貨1枚は妥当な値段なのだろうが、痛んで廃棄する肉だ。


(今日のはいつもよりヒデェじゃねぇか)

 じろりと店主を睨むジヤ。


「オメーが来ねぇから少々古くなっちまったんだ。わーったよ。これならどうだ?」

 そう言って店主は安酒の瓶を一本追加する。


 ジヤはレイモンドの奴隷商館にいる間から、客の騎獣の餌の買出しを担当していた。金の無いスラムの人間が買うような鮮度の落ちた食材を買っては差額を着服していたのだ。「この餌は新鮮じゃない」とラプトルが文句を言っても理解できるのはユーリケのような調教師だけで、わかったとしてもよほど状態が悪くない限りサービスで出された餌に文句をつける事は無い。だから今までばれることなく旨い汁をすすってこられたのだ。


 出された酒を見てべろりと上唇を舐めたジヤは大銀貨を払うと、早速酒を飲みながら書類を読めと店主にせっついた。


「んー、こりゃ納税証明書だな。いいのか? 持って来ちまって。ルナマギア、エントの実、ボーンナイトの骨にこっちはニギルの新芽か。なんだ? 黒鉄輸送隊は錬金術師と取引でも始めたのか? 魔の森を抜けれる連中にしちゃぁ、しょっぺぇ商いだなぁ」


(ハァ? 錬金術師だぁ? そんなものいる筈がねぇ。ここは迷宮都市だぞ)

 もっとちゃんと見ろと他のくしゃくしゃになった紙屑まで広げて読ませるジヤ。けれど返ってきたのはポーションの材料ばかりだとの内容だった。


(そんな、まさか)

 酒を飲み干し、腐りかけの肉と持ってきた紙束をつかんで立ち去ろうとするジヤを見て、アテが外れたのだと思った店主は「ヘハハ、残念だったなジャイコブよう。ま、肉はまた買いにきてくれよぅ」と声を掛けた。


 アテが外れたのは確かだ。

 迷宮都市は大門を出る時に持ち出す商品に税金がかかる。門でいちいち計算していたのではいつまで経っても出発できないから、大抵の輸送隊は商店で代金と合わせて税金も支払い納税証明書を受け取る。商品の箱には証明書と対になった書類が貼られ封がされるから、大門での確認を簡易化できる。

 稀に脱税する者は、納税済みの商品の箱の間に未納税の商品を紛れ込ませたり、馬車の床下に隠したり、事前に門の外に持ち出して隠しておいたりする。尤も衛兵も慣れたもので、大抵見つかって高い罰金を徴収されてしまうのだが。


 ジヤは黒鉄輸送隊も税金を誤魔化すために夜毎商品を運んでいると当たりをつけたのだ。けれどジヤが拾った紙は納税を示す書類だ。それが捨ててあったということは、運び出された商品は迷宮都市のどこかへ運ばれたということ。街の中で使う分には本来かからない税金をわざわざ払って、街の外に持ち出すと見せかけてまで運んでいるのだ。そして荷物の中身は……。


(いるってぇのかよ、この迷宮都市に。錬金術師がよぉ)

 金の臭いがするはずだ。

(コイツはとんでもなくデカイ山だ。デカ過ぎて手なんて出せやしねぇ……)

 迷宮都市で作られたポーションは、迷宮都市の地脈でしか効果がない。これだけの材料を運び込んでいるのだ。相当量のポーションが作られたはずなのに、街には流通していない。一体何処へ消えたというのか。


(そりゃぁ、迷宮討伐軍の兵士がちょくちょくツラだすはずだゼ)


 黒鉄輸送隊が秘密裏に行っているのは、迷宮討伐軍の仕事だ。後ろ暗い小さい儲け話であったなら、手の出しようもあったのだろうが、この案件はやばい。うっかり手でも出そうものなら、ジヤが消されてスライム槽(ごみ箱)へ放り込まれてしまう。


(畜生め。金にもなんねぇ話に、大銀貨使っちまった……)

 餌代として預かった金であるのに、ジヤは自分の金を盗まれたような気持ちになって憤る。


 腐りかけた肉を、捨てるでも新鮮な肉と混ぜるでもなく、そのままラプトルに食べさせたジヤは、ラプトルの「肉が古い」という文句を聞きつけたユーリケとフランツによって『呪い歯』の罰を受ける事になった。

 スライムの餌にしてやると怒るユーリケを宥め、『呪い歯』の罰で済ませたのは一度だけチャンスをやろうというフランツの善意でさえあったのに。



************************************************************



(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう)

 ジヤは自らが汚したズボンを蹴りつける様に踏み洗う。思い出しただけでも腹が立つ。

 苦労して紙切れを拾い集めたのに何の役にも立たなかった。金を巻き上げすぐにバレる様な腐りかけの肉をよこした店主に腹が立つ。

(アイツは今頃オレから巻き上げた金でうめぇ酒でも飲んでるにちげぇねぇ!)


 工具に手をかけ汚れた服を洗えとスゴんできたニコが恨めしい。

(今日の洗濯はニコの仕事じゃねぇか! 仕事を人に押し付けやがって!)


『ヤグーの跳ね橋亭』に手伝いに行ったヌイが羨ましい。

(今頃ヌイはウメェもんたらふく食ってるにちげぇねぇんだ!)


 自分の歯を抜いたフランツが、黒鉄輸送隊が妬ましい。

(金も! 力も! 持ってるくせに、こまけぇことで痛めつけやがって! オレにもあんだけの力があったらよぅ!)


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。恨めしい、妬ましい、羨ましい。

 怨嗟の思いを撒き散らしながらジヤは最低限の仕事をこなす。獣舎の掃除もギリギリ文句を言われない程度だ。植えつけられた呪い歯はそんなジヤの心根に反応してかズキズキと頭痛のような痛みをもたらす。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。恨めしい、妬ましい、羨ましい。

 そんな気持ちで一日を終え、与えられた寝床に潜り込む。けれど僅かに痛み続ける呪い歯に、昂ぶる気持ちにジヤは眠ることが出来ない。


(こんな体で生きてかねぇといけねぇのかよ。いてぇ、歯がいてぇよ。声もでねぇよ。あぁ、畜生め。なんで、なんでオレがこんな目に)

 この声を聞くものがいたならば、何て大げさなのかと呆れ果てただろう。

 呪い歯はジヤが正しくあれば痛む事はなく、今尚続く痛みは治療後の神経が過敏になっているだけだ。しかも耐えられない痛みではないのだ。声だってほかの二人は出ないなりに自らの道を見つけているではないか。


 工具でも料理ナイフでもなく『金』を預けられ、其れを使い込んで尚『呪い歯』の仕置きで済ませてもらった温情をジヤは理解できない。Bランクの力がありながら死に掛けるほどに落ちぶれた(ジーク)が生き残り、立ち直り、恐らく奴隷に落ちる前より真っ当な人間に成長する様を見てきた黒鉄輸送隊のメンバーが、ジヤたち三人の奴隷にもチャンスを与えている事に、気が付きはしない。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 何もかもが妬ましい、誰も彼もが羨ましい、この世の全てが恨めしい。


 自分を取り巻くありとあらゆる事物が気に入らないとジヤは自らの運命を呪う。

 彼が最も気に入らないのは、自分自身である事に、気がつく事が出来ないままに。





読み飛ばし用あらすじ:自業自得のジヤは、この世のすべてが恨めしいと鬱憤をためる。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
ここでうらやましいからずるいにランクアップしたのか。
ただのザコキャラに文字数を掛けすぎると 読者が減っていく事に気付かない 作者であった…。 なんちゃって。
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