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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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恩赦

「おーい、ジーク。ワイバーン狩りいこうぜー」

 遊びに誘うような気安さで、リンクスがジークを誘いに来た。


「ワイバーンて……」

 ジークの右目を潰した魔物だ。そう思って言葉を詰まらせたマリエラは、ジークのほうを見る。

 ジークも表情をなくした顔で返事に窮している。


 マリエラとジークが暮らして、半年が過ぎようとしていた。その間に、ジークが目をなくした原因も奴隷に落ちた経緯も聞いている。


 黙り込む二人の様子に気付いているのかいないのか、リンクスは話を続ける。

「ほら、ニードルエイプ討伐もBランク依頼の達成判定もらったじゃん? 折角だしさ、Aランク目指そうぜ」

「だが、マリエラの護衛が……それに、俺にAランクなど……」


 言葉を濁すジーク。ニーレンバーグや迷宮討伐軍の兵士が診察と称して駐在している現状は、マリエラの護衛が目的なのは明らかで、ジーク一人ではマリエラの護衛が勤まらないと言われているのに等しい。アーリマン温泉から帰ってからも毎朝ニーレンバーグの特訓は続いていて、ジークは毎日のようにいいようにあしらわれ続けている。自らの力量不足を痛感しながらも教えを請い続けているのは、マリエラの護衛としてあり続けたいとジーク自身が願っているからだ。


 マリエラはやさしい。例えジークが護衛として力不足でも傍に居場所を、安定した生活を与えてくれるのだろう。けれど今のジークには、それだけでは足りなかった。自らの力量でマリエラの護衛として認められたいと、この役割を誰にも取られたくないと、そう思っていた。


 "精霊眼さえあれば"

 己の無力さに打ちひしがれるたび、失った精霊眼を惜しむ気持ちが湧き上がる。精霊眼があればAランクにも成れただろう。其れほどまでにあの目の加護は強力だった。


 アーリマン温泉から帰った後、練習用の弓矢を購入して、一度だけ引いてみたのだ。あの衝撃は忘れられない。的に当たらないどころか、どうやって狙いをつけたらいいのかわからなかった。幼少から親しんだ弓も矢も体は覚えているのに、まるで初めて扱う武器のようだった。言葉は覚えているのに声の出し方がわからない、そんな不自然な違和感を耐えて何とか放った矢は、狙いを大きく外れて薬草園の茂みに落ちた。精霊眼を持っていた頃の自分が見たら「才能が無い、やめたほうがいい」と断じただろう無様さに、ジークは弓矢を部屋の棚へとしまいこんだ。


(精霊眼を失った自分は弱い。自分よりもはるかに若いリンクスにさえ及びはしない。強くなりたい。けれど、ワイバーンにはあのときでさえ及ばなかったのだ。今の自分にAランクなど……)


 顔を曇らせたジークが断りの言葉をこぼす前に、リンクスはこう続けた。

「ハーゲイに聞いたんだ。迷宮都市でAランクに昇格できたら、恩赦が貰えて奴隷から解放されるって」


「ほんとに!? すごいよ、ジーク!」

 一瞬の沈黙の後に声を上げるマリエラ。ジークは一つしかない目を見開いて、リンクスを、そしてマリエラをじっと見つめている。

「つっても、主人の許可と誰かAランクの推薦が必要な上にAランクになる前に審査とかあるらしーし、解放されても十年くらいは迷宮討伐軍か迷宮都市専属の冒険者として登録しなきゃならねーとか、その間の稼ぎの半分を主人だったヤツに払わねーといけねーとか色々メンドーな決まりがあるらしいんだけどさ。なんかハーゲイ推薦してくれるっつってたし、隊長もあれでAランクだから頼んでもいいしさ。やってみようぜ」


「本当に……?」

 漸く口を開いたジークに、『木漏れ日』のいつもの席で静かにお茶を飲んでいたガーク爺が「ほんとうだぜ」と声を掛けた。

「迷宮都市にとっちゃ、Aランクの戦力ってだけで恩赦に値するんだよ。勿論殺人鬼を自由にするわけにゃいかねぇから、審査はあるんだけどな。兄ちゃんなら問題ねぇだろ。」


「ガーク爺、Aランクになって解放された人って沢山いるの?」

「俺の知ってる限りじゃ、一人だけだな。Aランクっつーのは、そう簡単になれるもんじゃねぇんだよ。稀になれる実力があるヤツもいるが、主人が手放したがらねぇんだ。十年も稼ぎの半分をよこすっつーのに、奴隷の幸せが許せねぇって主人はいるもんだぜ」


 吐き捨てるように話すガーク爺。彼は何を見てきたのか。けれどガーク爺はそれ以上語らず、ジークの眼をじっと見ると、「兄ちゃんよ、チャンスってのは何時でもあるわけじゃねえんだぜ?」とだけ行って、自分の店へと帰っていった。


「ジーク、私推薦するよ! ジークなら絶対できるよ!」

 ガーク爺の忠告と、マリエラの応援を受け、ジークは暫らくマリエラをじっと見つめると、「やってみます」と敬語で答えた。


「決まりっ。そんじゃ、早速冒険者ギルドに申し込みに行こうぜ!」

 リンクスにせかされ『木漏れ日』を後にする二人にマリエラは「行ってらっしゃい」とにこやかに手を振る。二人が出て行った後の『木漏れ日』の扉をじっと見つめるマリエラ。


(自由になっても、この家に帰ってきてくれる?)

 そんな思いを、マリエラは口に出すことが出来なかった。

 二人が出ていった『木漏れ日』の扉は、マリエラに師匠が出ていった後の魔の森の小屋の扉を思い出させた。


 ************************************************************



 ワイバーンの住処は迷宮都市の南方の切り立った岩山にある。迷宮都市の北から東の遠方をぐるりと囲むようにそびえる山脈は迷宮都市の南方で魔の森にぶつかる。魔の森と山脈の接点は、まるで切り取られたように山脈がここで途切れ、草木の生えぬ巨岩が幾つもそびえるような地形になっている。切り立った山のような巨岩の谷間には迷宮都市の地下を流れる水脈が合流しているのだろう、流れの激しい河川が流れていて、切り立った岩山と谷底を流れる激流によって魔の森の魔物が山脈になだれ込むのを防いでいる。


 巨岩によって地形の入り組んだこの辺りの魔の森にはオークやゴブリンと言った群をなす魔物の巣が多くあり、これらを餌にする中、大型の魔物も多く生息している。切り立った岩山にはハーピーも巣を作っていて、同じく絶壁を住処に好むワイバーンが餌の豊富なこの場所に古くから住み着いていた。


 ワイバーンの住処まではヤグーの足で3時間といったところで迷宮都市から比較的近いから、200年前は人気のある狩場として道も整備されていた。魔物除けのポーションが出回らなくなってからは、ワイバーンだけでなくゴブリンのような雑魚まで大量に出てくる効率の悪い狩場に訪れる者はいなくなり、道も森に埋もれてしまった。


 かつて道だった場所を再び切り開きながら、何組もの冒険者達がワイバーンの住処を目指して進んでいた。寒さは緩み始めていて、魔の森に雪は残っていない。日が落ちる時間も遅くなってきているから、早朝からワイバーンの住処に出かけて日暮れまでに迷宮都市に戻っても、十分狩の時間が取れる。


 冒険者ギルドからの依頼はBランク限定で、倒した数に応じてAランク昇格のポイントが加算される。報奨金やワイバーンの買い取り価格はそれなりだが、今回の依頼では現地買取を行ってくれる。自分たちでエモノを運ばなくていいから、狩場に入り浸って討伐に集中できるというわけだ。これならば迷宮に潜るよりもよほど効率の良い狩が出来るだろう。しかも南門で申告すれば迷宮討伐軍の担当者が魔除けポーションまで振りかけてくれるからワイバーンの住処まで雑魚敵に煩わされることも無い。実に至れり尽くせりの案件だった。

 ワイバーンの買取は百体の上限があるから、Aランクを目指すBランク冒険者達は我先にと参加していた。


「だからさー、なんで俺までー?」

「Aランカーはもてるぜ、エド兄」

「エドガンの奪い合いが始まるな!」

「まじで~?」


 勿論うそだ。

 彼らの身近なAランカー、ディックやハーゲイを見ればわかろうというものだが。いやハーゲイはニードルエイプにもてていたし、どちらも既婚者でエドガンと比べれば十分モテ男といえるだろう。

 黒鉄輸送隊一のチャラ男にしてチョロ男のエドガンをいつもの様に巻き込んだリンクスとジークも三人で参加している。ちなみに黒鉄輸送隊は迷宮討伐軍からワイバーンの輸送業務を依頼されていて、迷宮都市に滞在している。


 ワイバーンの住処までの道は木々を切り倒して急造したもので、切り株を除けてもいないし地面を締め固めてもいないから装甲馬車は通ることが出来ない。回収したワイバーンの素材はその場で解体を済ませ、ラプトルやヤグーの背に積み、魔の森の魔物から護衛しながら迷宮都市に運搬する。常ならば美味しいご飯のお通りだと狼系の魔物が大挙して押し寄せてくるのだが、魔物除けポーションを使っているお陰で寄っては来ないし、ごく稀に現れるA,Bランクの魔物さえ倒せばあとは楽な道のりだ。

 黒鉄輸送隊からはラプトルやヤグーを御すために調教師のユーリケと、護衛にディックが参加して1日2往復の運搬をこなしている。他の者は長めの休日を思い思いに過ごしているらしい。


「うひょー、いるいるー」

 到着した岩山にはワイバーンが飛び交っているのが、少し離れた場所からでも見てわかる。索敵の必要も無いどころか、早速一匹が三人に気付いて飛び掛ってきた。


 ワイバーンは二本の脚と一対の翼、長い尻尾を持つトカゲで亜竜種に分類される。竜種と亜竜種の違いは学派によって多少の相違があるのだが、魔法使用の有無は同意されている分類方法の一つだ。例えば飛行可能な竜種の場合、翼と体重の釣り合いが取れていない場合が多い。翼竜は魔法で飛行しているというのが学者たちの見解で、これに対してワイバーンなどの亜竜種は翼を使って飛行する。

 翼や尻尾を除いた体長は馬よりも幾分大きいくらいだが、その体を飛行させる翼は大きく、長い尻尾を加えるとかなり大きい印象を与えられる。しかし体重は馬よりも軽いくらいで、重量不足による攻撃力の低下を補うためか尻尾には毒があるとげを持つ。

 翼がある事を除けばトカゲのような見た目で、前足が翼になっているのか翼部分に鉤爪がついていて、手のように物をつかんだりすることが出来る。顔もトカゲに似ているが口元だけはくちばしのようにとがっていて、しかし口を開くと鋭い牙が並んでいる。


 ワイバーンの縦に長い瞳孔がジークたちを捉える。この200年ほどここを訪れる人はいなかっただろうから、ゴブリンかオーガでも来たと思ったのだろうか。どちらにせよ彼らにとっては餌となる魔物だ。


「ケキョキョキョキョ」

 どこか鳥を思わせる声で鳴くとジークたちに向かって一匹のワイバーンが急降下してきた。


「まずはジークな。雪辱戦、行ってこいよ」

 リンクスに背中を押されたジークは、数歩前に出る。


「落ち着いていけば問題ねーって。なんかあったら助けに入るから!」

 エドガンの気楽な声を聞きながら、ジークはミスリルの剣を鞘から抜いた。


 ジークとワイバーンの間には、遮る物は何も無い。

(あれから、もう、6年か……)


 ジークは迫りくるワイバーンに、精霊眼を失った日の事を思い出していた。



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