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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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疑念の芽

 冬の夕暮れは早い。マリエラ一行は夕食に十分間に合うように『常夜の湖畔』を発ったのに、外はすっかり日が暮れていて街には明かりが灯っていた。


「うぅ、寒っぷ」

「ギャ」

 ルナマギアの生息域である『常夜の湖畔』はひんやりと寒い場所だったが、日の暮れた迷宮都市は底冷えするように寒い。

 大量の乾燥薬草を積んだラプトルが同意するかのように鳴いてマリエラの後に続く。ほとんど荷物を持たない身軽な格好のマリエラ、ジーク、リンクスの三人の後を、大量のメイルリザードマンの皮を背負ってふらふらと追うジヤ。積載重量に余裕のあるラプトルだったが、ジヤが荷物を載せようとすると「ギャギャッ」と威嚇して載せてくれなかったため、自分で背負って歩いている。


 道行く人はラプトルを珍しいなと見ることはあっても、非戦闘員のマリエラや大量に荷物を背負うジヤに目を向けることはない。

 錬金術スキルを持つものは地脈契約者(コントラクタ)でなくとも《乾燥》くらいは使えるし、乾燥させたほうが大量に持ち運びが出来るから、錬金術スキル持ち(ホルダー)の同行は珍しくない。たいていの薬草は生育環境の温度や湿度で乾燥させたほうが、状態が良いから尚のことだ。

 ジヤにしたって、装備や物腰から高位の冒険者だとわかるリンクスやジークが連れているのだ。冒険者集団の荷運び奴隷だなと思うだけだ。人によってはまともな服を着せられたジヤを見て、待遇の良い主なのだと好感すら持つだろう。

 荷運びの奴隷が大量の荷物を運ぶことは当たり前で、連れ歩く者達が身軽なのも当たり前のことだった。


 冒険者ギルドでリザードマンの皮と魔石を売ったリンクスは、端数の銅貨20枚ちょっとをジヤに渡すとラプトルを連れて拠点に帰るよう命じた。ジヤは夕食代の銅貨を嬉しそうに受け取ると、マリエラに水を飲ませてもらって何とか言うことを聞くようになったラプトルを連れ拠点へ帰っていった。


 夕食代に銅貨を20枚以上くれるなんて、何て気前のいい主だろう。

(こりゃ、酒が飲めるな。折角、安全な迷宮都市に残れたってぇのにこき使われて散々な1日だったが、酒が飲めるんならマシってモンだ。今日はやけに冷えやがる。とっとと帰って一杯やるか)

 ジヤは一番安い酒を買えるだけ買い込むと、黒鉄輸送隊の拠点へと向かう。拠点にはラプトルの餌としてオーク肉が保管してある。多少食べてもバレはしない。

 拠点についたジヤはラプトルに水と肉を与え、降ろした乾燥薬草を倉庫に適当に放り込むと、オーク肉を肴に安酒をあおるのだった。




「今日はリザードマンの皮と魔石で銀貨5枚ってとこかな。ヤグーの跳ね橋亭でパーッと騒ごうぜ」

「リンクスのパーッとって何人前?」

「3人前はカルイな」

「なんで太らないのよぅ」

 わいわいといつもの様に騒ぎながら『ヤグーの跳ね橋亭』へ向かい、大量の料理を注文する3人。


 料理はたくさんあるのにマリエラの皿から肉を奪っていくリンクスと、マリエラの皿に野菜を載せるジーク。

「もー、リンクス! なんで私のお皿からお肉盗るのよー。ジークのお皿にもお肉あるじゃない!」

「ジークの皿からも盗ってるぜー。動きが速すぎてマリエラの目に見えないだけだ」

「え? そうなの」

「ほら、マリエラ。野菜が減ってないぞ」

「あれ? さっき食べたと思ったんだけど……」

 目に止まらない高速で動いているのはマリエラの皿に野菜を取り分けるジークであって、リンクスはマリエラの皿からしか肉を盗っていない。もはやマ()エラではないと言うのに、酷い仕打ちだ。いやリバウンド防止の深い計算あってのことかもしれない。


「あ! また盗った!」

「ふはは、残念だったな。残像だ。もぐもぐ」

 高い身体能力を駆使して全力でマリエラをからかうリンクスと、その隙にこれまた高い身体能力を駆使してマリエラの皿に野菜を足し、肉を脂身の少ないものに摩り替えるジーク。恐るべき連携だ。阿吽の呼吸だ。流石はアーリマン山中のニードルエイプを葬った戦士達と言える。


 散々食べて笑って楽しんだ後、それでも残った稼ぎはリンクスとジークで山分けする。

「リンクスとジークで稼いだお金じゃない」

 当たり前のように辞退するマリエラ。マリエラの家ではポーションの代金を含めて二人の稼ぎはジークが管理している。マリエラに任せていると、各種スライムを揃えようとしたり、必要の無い魔道具を衝動買いしそうになったり、毎日の食事がオークキング肉になったりする。だから話し合いの結果、一定額の生活費と小遣いを決めて毎月ジークが渡すことになった。勿論マリエラと同額の小遣いをジークも受け取っている。


 二人の小遣いはBランク冒険者としても上級ポーションが作れる錬金術師としても多い額ではないが、武器や防具、仕事や暮らしに必要なものは別に購入しているから不自由はない。マリエラなどは小遣いをもらうたびに財布を握り締めて出かけては、無駄遣いをしてジークを悩ませている。

 マリエラにとって自分とジークの小遣いが同額なのは当たり前のことで、リンクスを含め周囲の人は『マリエラを甘やかしすぎだ』という事以外は、ジークの身の上を知って尚、ジークの有り様に違和感を感じていない。今日だって狩の分け前をジークが受け取ることをおかしいと指摘する者はいない。『奴隷の稼ぎは主のもの』という、社会通念があるにも関わらずだ。


 5ヶ月ほど前、ジークとジヤはレイモンドの奴隷商館の裏庭に、共に奴隷として立っていた。死にかけのジークをジヤはラプトルの世話をしながら眺めていた。


 今なお、ジークとジヤの身分は、共に犯罪奴隷のままだ。

 けれど、今のジークを奴隷だと思う者はいまい。ミスリルの剣を佩き、黒鉄輸送隊経由で入手したバジリスク革の革鎧を身につけるジーク。マリエラの守護者たらんとするその立ち振る舞いは身に纏う装備以上に彼を立派な人物に見せている。


 まともな衣服を与えられていても、尻の汚れを払うことも髪を(くしけず)ることもしないジヤ。背筋を曲げ、目だけはキョロキョロと周囲を窺う。口元は愛想を振り撒くように笑っているのに、その卑屈な様は見る者を不快な気持ちにさせる。まともな衣服を着ていても奴隷に違いないと思わせる。


 ジークとジヤ。奴隷商館の裏庭に共に在った二人は今日、共に迷宮に潜った。


 ジークはマリエラ、リンクスと食事を楽しみ、声を出して笑っていた。皆で囲む食卓には料理のほかに質の良い酒が並ぶ。けれどジークもリンクスもたしなむ程度にしか飲まず、決して酔うようなマネはしない。かつて酒に溺れ享楽に身を持ち崩した愚かさは、今では微塵も見えはしない。彼には護るべき人がいるのだから。 


 ジヤは安酒をあおり、久々の酒だと潰された咽で声も無く笑っていた。安く酔えればそれでいい。何の手間もかけず塩で焼いただけのオーク肉と酒精ばかり強い酒でジヤは早々に酔いつぶれる。リンクスが帰ってきて酒を取り上げられては敵わない。そんな卑しい思考から一気に酒をあおったせいだ。空になった酒瓶を大切そうに抱きしめて、黒鉄輸送隊の拠点の寝床で丸くなる。彼にとって我が身以外に大切だと思えるものは存在しなかった。



 **********************************************************



 ジークが木漏れ日の自室で目覚め、いつもの様にニーレンバーグの稽古を受けていたころ、ジヤも二日酔いの痛みに目を覚ましていた。水を飲みに行った帰り、倉庫をのぞいたジヤは昨日放り込んだはずのルナマギアが無いことに気がついた。


(昨日採取した薬草、何処いった?)

 黒鉄輸送隊の拠点に運び込まれた錬金術の素材は、人の寝静まった夜更けに地下大水道を通って木漏れ日の地下へと運び込まれる。昨日採取したルナマギアも、ジヤが酔いつぶれて眠っている間にリンクスが運び込んであった。


(そういやぁ、納品された薬草はいつの間にやらなくなってるよな。こりゃぁ、どういうこった?)


 ジヤの疑念は世話になっている黒鉄輸送隊の役に立ちたいという殊勝なものではない。そもそもジヤはまともな服を、十分な食事を与えてくれる黒鉄輸送隊に対して何の恩義も感じていない。罪を犯したが故に奴隷に落とされた身の上であるのに、自分を奴隷として扱う周囲に対し無差別に悪意と敵意を撒き散らすだけだ。何か不正があるのなら、何か弱みを握れるのなら。そんな感情で消えた薬草について考える。

 ジヤの咽は潰されていて疑問を口にすることは出来ない。字の読めない彼には書類を漁って情報を得るという手段も無い。ジヤにできるのは、目を光らせ耳をそばだてて状況を探ることだけだ。


(薬草がなくなるのは大抵夜だ。こうも再々無くなってんだ。よそ者の仕業ってわけじゃぁねぇ。新婚の旦那はあの色っぺぇ嫁とよろしくやってんだろうから、持ち出したのは糸目だな。)

ジヤは二日酔いで痛む頭で考える。黒鉄輸送隊のメンバーが薬草を横流ししているのならジヤにとって都合がいい。うまく弱みを握れれば、旨い目を見ることが出来るだろう。


(んん? おかしくねぇか? 隊の金で買った薬草を流して稼ぐってーならわからぁ。だが昨日の薬草は糸目どもが採取してきたもんじゃねぇか。なんで堂々と売りはらわねぇ? 隠してぇのは黒鉄輸送隊の拠点(ここ)から持ち出すことじゃぁなくて、持ち込む先ってことか? いってぇ、ドコに薬草を持ち込んでるってんだ?)

 ひくひくとジヤの小鼻が膨らむ。金のにおいを嗅ぎつけたのだ。この先にうまい話が転がっている。そういうネタを嗅ぎ付けるのがジヤは大層得意だった。久しぶりの感覚だ。これはデカイ儲けに繋がっている。


 ジヤに芽吹いた疑念は、はたしてジークを、マリエラを捉える日が来るのだろうか。

 あの日、奴隷商館の裏庭で分かたれたジークとジヤの運命は、再びまみえる日が来るのだろうか。


 季節は春にはまだ遠く、夜は長く朝日はなかなか街を照らさない。

 薄暗がりの迷宮都市でジヤの目だけがぎょろりと光った。




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