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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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隠された部屋

「ふあー!」


 気の抜けた声をマリエラが上げる。

 魔力の使いすぎだ。今回は気を失わなかったけれど、目がぐるんぐるんまわる。こんなのお酒を飲んだ時以来だ。

 ふわふわして体が軽い。ダイエット成功か?


 よろめいたはずみで、マリエラは椅子を倒してしまった。


「マリエラ!大丈夫か!」

 扉のすぐ向こうでジークの声が聞こえてきた。


「らいじょーぶ。入っていいよー」

 いつも通りのマリエラの気楽な声に、バンと勢い良く扉をあけてジークが駆け込み、マリエラの傍に駆け寄ってくる。マリエラの顔を体を見回して何処もなんとも無いことを確認してようやく、ジークは大きく安堵の息を漏らした。


「どうなった?」

 続いてウェイスハルトが入室し、ロイスが眠っていることを確認するとマリエラに尋ねた。


「何をしたのだ?」

「えぇと、地脈のことをオハナシしました。還りたくなる感じで。そしたら還ってくれたみたいで。今はもうロイスさん一人です」

「だ……だんな様」


 老いた家令がロイスの傍に駆け寄って眠るロイスを揺り動かす。死んでしまったと思ったのかもしれない。二人が混じったあの状態できっと何年も目覚め続けていただろうから。


「ム……」

 家令に揺すられ目覚めたロイスは、酷く疲れ果てた、けれど理性の灯った瞳でこう言った。

「ルイスは……還れたのだな……」

「だんなさま!っうーー!」

 ロイスの無事をルイスの最期を知り、泣き崩れる老いた家令。

 こういうのは美少女のキャル様の役目ではないのだろうか。


 なんとなくコレジャナイ感を味わいながら、マリエラとジークは部外者よろしくそっと部屋から退出した。ウェイスハルトは何か言いたそうにしていたけれど、本来の目的である『秘密の地下室』について聞くためにロイスの方へ近づいていった。



 ************************************************************



「お父様!」

「心配をかけたね、キャル」


 車椅子に乗せられ運ばれてきたロイスにキャロラインが駆け寄る。なみだなみだの感動のシーンだ。やはりこういうシーンは美少女がやるべきだ。


 うん、うんと応接室の隅っこの指定席に座って頷くマリエラ。

 どうでもいいが階段を降りるとき、迷宮討伐軍の人が車椅子を両脇から軽々と持ち上げていた。すごいパワーだ。

「すごい力持ちだね。流石は迷宮都市最強の兵隊さんだね」とマリエラが感心していると、ジークがマリエラの座る椅子の背もたれをもって、十秒くらいだけひょいと持ち上げてくれた。


 もっと、とばかりに目をキラキラさせるマリエラ。涙でキラキラしているキャル様とすごい違いだ。これが微少女と美少女の少女格差か。何て残酷な格差社会か。


 椅子一つで満足げなマリエラとは対照的に、応接室の中央ではおよその話をウェイスハルトから聞いたロイスがウェイスハルトやキャロラインと深刻げに話をしていた。


「秘密の地下室にご案内いたしましょう。キャル、お前もおいで。アグウィナス家の一員として知っておく必要がある」

 キャロラインが頷くと、ロイスはマリエラの方に向きなおる。

「お嬢さん、貴女にもおいで頂きたい。ルイスを解放してくれた貴女にも」

「はひ?」

 部屋の隅っこで自分の仕事は終わったとばかりにくつろいでいたマリエラはロイスの無茶振りにヒャッと姿勢を正す。

 ウェイスハルトもキャロラインも、迷宮討伐軍の兵達もみんなマリエラの方を向いている。なんだろう、この展開は。

 アグウィナス家の応接室に迷宮討伐軍の兵士がいること自体緊急事態だというのに、重要ごとの顛末に一介の薬師が立ち会っていいのか。それとも庶民代表か。第三者的立場からご意見番の庶民マリエラさんが呼ばれたとでも言うのか。

 そんなことあるわけないしと困ってしまったマリエラは救いを求めてキャロラインを見る。キャロラインはと言うと自分が呼ばれた時点で「どうしましょう」という顔をしている。マリエラと同類か。いやマリエラと比べると十二分に当事者なのだけれど。


 キャロラインの横に並ぶロイスとウェイスハルトは、なにやら「わかっているから」的な顔をしている。ルイスを解放したあの時、ロイスは眠っていたしウェイスハルトは扉の外にいて、命の雫を使ったことは気づかれていないはずだが。


「時間が惜しい。いくぞ」


 ウェイスハルトの号令でロイスとキャロライン、数名の兵士が離れに向かって動き出す。マリエラにクッキーをくれた兵士が、どうぞと言うしぐさでマリエラを促す。ちらりとジークを見上げると、ジークも頷いていて参加しないわけにはいかないらしい。仕方なくマリエラは皆の後ろをついていった。



 ************************************************************



 離れの周囲は何人もの兵が警備をしていて、まさに猫の子一匹通さないといった具合だった。

 マリエラ達がアグウィナス家に来たときは冷たい雨が降っていたのに、今では雪に変わっている。このまま降り続けば明日の朝には積もっていそうだ。

 大喜びで広い庭を駆け回りたいのだけれども駄目だろうか。駄目だろうな。マリエラは大人しく一行の後ろをついていった。


「まずは二階の書斎へ」


 ロイスの案内にしたがって二階に上がる一行。


 ロバートがニーレンバーグに演説を行なった部屋の奥に、二階に続く石造りの階段があった。階段を上った先にある部屋が書斎らしい。今ではロバートが使っているらしいこの部屋は、多くの書類や書籍が整然と並んでいて、ロバートの几帳面な性格が窺えた。


 年代物の書棚の前でロイスは車椅子を止め、中ほどの段の左端にある本を手に取って一つ上の段の同じ場所に並べなおした。

『カチリ』

 とても小さい音がした。どうやらこれがスイッチらしい。よく見ると本棚の右横の床には同じくらいの奥行きの重たいものを引きずったような跡がついている。


(すごい。キャル様が話してくれた物語の秘密基地の入り口みたい!)


 兵士に囲まれた物々しい雰囲気にすっかり慣れてしまったマリエラは、書棚の仕掛に興奮してキャル様をチラ見する。キャル様も同じことを考えていたようで、少し頬を赤くしてマリエラのほうを見ていた。

 二人は頷き合うと書棚へと歩み出て、書棚を右側へ動かすために力を篭めた。


「ふんぬ。アレ?」

「動きませんわ?」


 日々の練り練りで鍛え上げたのに、少女たちの力では書棚は僅かも動かない。

 ロバートも戦士ではないのだから、練り上げた二人の少女パワーは勝るとも劣らないはずなのだが。


「あー……、この部屋にあるのはスイッチだけなんだ」

 ロイスが申し訳なさそうに言う。


「でしたら、あの床の擦り傷は?」

「初めて仕掛けを見た者は、皆同じ反応をするのでな。先々代あたりがつけたらしくてな……。ようは、フェイクだ」

 狐につままれたような顔で、マリエラとキャロラインは顔を見合わせた。


「で、入り口は?」

 冷静なウェイスハルトに「下でございます」と答えるロイス。

 車椅子ごと持ち上げられて一階へと運ばれていくロイスの後を、顔を見合わせたままトコトコと付いて行くマリエラとキャロライン。


「……騙されましたわ」

「キャル様のご先祖様は、お茶目さんだね」

 部分的に和んだ雰囲気の中、一行は一階の階段の裏側へと向かった。


 階段の裏側には床まで届く立派なレースのテーブルクロスを掛けた花台の上に、大きな花瓶が置いてあった。花台近くの階段裏の壁をよく見ると、石のひとつが少しだけ飛び出していた。

 今度こそここが入り口だろう。きっと階段裏のこの壁が扉のように開いて秘密の地下室への通路が顔を出すに違いない。花瓶が置いてあるからスライドして開くのかも知れない。先ほどのトリックのお陰でふんべつのある大人たちは皆、壁裏を遠巻きにして視線が合わないようにしている。薬の講習会のとき受講者が、質問が当たらないようにする反応にとても似ている。


「キャル、お嬢さん、その出っ張りを引っ張ってくれるかな」


 マリエラ達が当てられてしまった。二人して飛び出た石を引っ張ると、滑らかな動きで少しだけ前に動いて『カコン』と閂が外れるような音がした。

 さて、今度は壁だ。引くのか押すのかずらすのか。


「その花台の下です」

 ロイスの指示で兵士がテーブルクロスをめくると花台の下の床が足のくるぶしくらいまで沈み込んでいた。


(そ・こ・か……! 壁、関係ないのか!)


 この場にいた全員の心が一つになった瞬間だった。


 邪魔な花台をのけると、長く使われていたせいかへこんだ石材の四隅が丸く欠けていて、花台のテーブルクロスで上手に隠れていただけで、十分な光の中では一見してわかる程度に違和感があった。テーブルクロスはドレープが美しいレースのもので、いくらか中が透けて見える。迷宮討伐軍の兵士がテーブルクロスをめくって確認したときは微妙な陰影の加減で気づかなかったというから、うまい偽装と言えるのだろうけれど本棚の隠しスイッチの入り口がこれだとは、折角の秘密基地感が台無しである。


 心優しいキャル様も残念なものを見る目をしている。こういう眼差しはもう少し先まで取っておいて欲しいのだが。


「それにしても、兵が踏み込むまでの僅かな間に、二階の書斎に上がって入り口を開き、再びここへ戻って地下へと逃げおおせるとは、中々の素早さだ。皆、気を抜くな」


 ウェイスハルトが兵士達の気を引き締めようと声を掛けるのだが……。


「あの、恐らくは開けっ放しだったのだと……」

 ロイスの一言が台無し感をさらに強める。なんという空気の読めなさ。やはりルイスと混ざっていた影響が抜けきれていないのかもしれない。


 へこんだ床は簡単にスライドして開いた。練り練りパワーも友情パワーも必要ないほど簡単だった。

 2mほどの垂直な壁面を壁のはしごを使って降りると、緩やかな下りの通路になっていた。ロイスは兵士に背負われて、他の者達も一列になって順次地下へと降りていく。


 通路の奥から漏れる明りが、200年に渡る錬金術師たちの物語の終わりを伝えようとしていた。




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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
ロイスに隠し部屋の場所を聞いて 直ぐにでも 確保に突撃するものと思っていたのに めっちゃ悠長に話していたのか? 長らく床に伏せっていた筈の身体で 直ぐ、道案内が出来る程 動けるのか?ロイスさん! …
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