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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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精霊公園

 ロバート・アグウィナスが胸中を支配する狂気のままに熱弁をふるっていたまさにその時、アグウィナス家の母屋をマリエラとジークが訪れていた。


「こっ、これはっ」

「丸薬を作るペレタイザーですわ。程よく湿らせた材料を入れてこちらの円盤を回転させると、ペレタイジングできますの」

「おおぉ!手で丸めなくていいんだ。じゃっ、じゃぁこれはっ?」

「ふるい振とう機ですわ。専用の網をセットしてこちらのボタンを押せば、設定時間の間震えて篩い分けてくれますの」

「べっ、べんり!腕痛くならない!じゃっ、これっ、これはっ!?」

「減圧蒸発機です。こちらから水を流すと、こちらから吸引してくれますの。こちらの湯浴は温度設定ができますから、好きな温度で乾燥させられますのよ」


 キャロラインの工房にはマリエラが見たことの無い試験設備がひしめいていた。


 マリエラの錬金術スキルであればどの設備も必要が無いものなのだが、それとこれとは話が別だ。こういった器具や設備には夢やらロマンやらが詰まっているとマリエラは思っている。


 キャロラインと二人、1つ1つ使い方を確認しては、キャーキャーと騒ぐ。


 マリエラとキャロラインの二人が手に持つものが、花や菓子、アクセサリーであるのならば年相応の華やかさなのだろうが、乾燥した薬草やガラスの器具を手に、なにがそんなに楽しいのかと見るものに疑問をもたせそうな光景ではある。


 キャーキャー、ワーワー、スゴイスゴイとかしましい二人にキャロライン専属のメイドが「咽が渇きましたでしょう、お茶の準備が整いました」と休憩を促す。

 お茶を注ぐその姿は、勿論スタイリッシュだ。当たり前のようにお茶が光っている。貴族家のメイドがこんな作法でよいのか。


 二人して工房の端に設えられたテーブルでお茶を飲む。ジークは護衛に徹するようで、マリエラの後ろに控えている。


 お茶で一息ついたとき、キャロラインがおずおずとマリエラに尋ねてきた。


「噂をお聞きしたのですけれど……、マリエラさんは帝都の地脈と契約なさった錬金術師なのでしょう?地脈との契約って、どのようなものかお聞きしても宜しいかしら」


 アグウィナス家の令嬢であるキャロラインは錬金術スキルを有している。けれど迷宮都市で地脈とラインを結ぶことはできないから、キャロラインは錬金術師になることも、錬金術スキルの熟練度をあげることもできない。しかし、アグウィナス家は古くより続く錬金術師の家系だ。錬金術に対してキャロラインは強い憧れを抱いていた。


 アグウィナス家には代々の婚姻の代償に帝都から招きいれた錬金術師らが数名駐在しているらしいが、彼らは離れから出てこようとはせず、キャロラインは挨拶程度しか交わしたことが無い。錬金術に関する話を聞く機会は今まで無かったのだ。


「普通は幼い頃に契約を交わすのですよね。私ではもう遅いのかも知れませんけれど、帝都に嫁いだ後、できれば私も契約を交わしたいと思っておりますの。どのような物なのかしら……」


 不安げに、しかし僅かな希望を失わず尋ねるキャロラインに、マリエラは場所や時間をぼやかしながら自分が契約を行った時のことを語って聞かせた。



************************************************************



 あれはマリエラが8歳の頃、師匠に引き取られて暫らくしてからのことだった。


 魔の森の氾濫(スタンピード)から200年経った現在マリエラが住んでいる場所は、その頃は『精霊公園』と呼ばれる聖樹がたくさん植わっている公園だった。

 師匠に連れられて公園に入った時のことは、今でもしっかりと覚えている。


 ふわふわと淡く光る綿帽子の様なものがあちこちに舞っていて、とても幻想的だった。よく見るとその綿帽子は蝶のようだったり、小鳥の形をしていたり、人の体に羽が生えた姿だったりする。大きさも様々で、花の花弁に寝そべっていたり、木々の梢を揺らしていたり、現れたり、消えたりと、遊んでいるようにも見えた。


「マリエラ、ここで待っているから遊んでおいで。友達ができたら連れて来るんだよ」


 師匠はそう言うと、公園の端にあるベンチに寝そべり昼寝を始めた。

 マリエラは物心付いた時から孤児院で手伝いや年下の子の面倒を見ていたから、遊べと言われてもどうしていいか分からなかった。仕方なく公園内を散策すると、他にも錬金術師の卵と思しき子供たちが師匠に連れられて園内で光る綿帽子になにやら話しかけていた。

 普通は師匠が手助けしてくれるものらしい。マリエラの師匠はすっかり夢の中で眠りこけているけれど。


 どうにも居心地が悪くなって、公園の奥の方へ進んでいくマリエラ。


 ふわりと顔の横を掠めて飛んでいく綿帽子を追いかけて背丈ほどの梢を掻き分けて進んだ先で、マリエラは同じくらいの年恰好の子供に出会った。その子も一人で師匠らしき大人はいない。その子は少し開けたその場所でなにやら探しているらしい。地面にしゃがみこんで両手をついて草を一つ一つ確認している。


「こ……、こんにちは。何か探しているの?」


 おずおずとマリエラは声を掛ける。


「七枚花弁のお花を探しているの」


 その子は緑色の髪と黒眼がちな緑の瞳をしていて、なんだかうすぼんやりと光っているように見えた。

 変わった子だなとマリエラは思ったけれど、特にすることも無いのだし「手伝うよ」と言って一緒に探し始めた。

「しー、ごー、ろく、これちがうね」

 マリエラが花弁の数が違う花を千切ろうとすると、その子は「ちぎっちゃだめだよ。要るぶんだけにしないとだめなの。お花がかわいそうだよ」と言う。

 やさしい子らしい。マリエラはすっかりその子が気に入って、一生懸命七枚の花弁をもつ花を探した。


「みつけた!ななだよ、ほら、ななまい」

「うわぁ、ありがとう!」

「これ、どうするの?」

「これでね、お水を飲むんだよ」

 そう言うとその子は両手で花を包み込むように包むとゆっくりと持ち上げた。


 不思議なことに持ち上げられた花は根元からぷつりと切れて、その子の手のひらの中で陶器のような器に変わっていた。


「のどが渇いたでしょ。飲んでいいよ」

 その子が差し出した七枚花弁のコップには薄く光る水がたたえられていた。

 そういえばのどが渇いた。

「ありがとう」

 マリエラは七枚花弁のコップを受け取るとごくごくと光る水を飲み干した。その水はほのかに甘く、体に染み渡るような優しい味がした。


「美味しいね!《ウォーター》、はい、どうぞ」

 マリエラも唯一使える生活魔法で七枚花弁のコップに水をいれ、その子に渡す。その子もマリエラの入れた水をごくごくのんで、「おいしい!」と笑ってくれた。


「マリエラー」


 遠くで師匠の声がする。そういえば師匠に友達を連れて来いといわれていたっけ。


「私、マリエラ。私とおともだちになってくれる?」

「うん、いいよ。私は******」


 あの時その子が何と名乗ったのか、憶えていたはずなのに思い出せない。その子と手を繋いで師匠の下へ走っていくマリエラ。


 他の錬金術師の卵たちはとっくに契約を済ませて帰ってしまったのか、園内は閑散としていてマリエラの師匠だけがさっきのベンチに座って、帰って来たマリエラに「おかえり」と言ってくれた。


「ししょー、ししょー。おともだち連れて来ました」


 マリエラのともだちを見た師匠は「へぇ」と一声だけあげると、「そんじゃあ、とっとと契約すっか!」といつもの調子でマリエラに笑いかけた。


 師匠はマリエラのともだちに、

「マリエラを深いところまで連れて行ってやってくれ」

 と言う。

「いいの?」

 とその子が尋ねると、師匠は「大丈夫」と笑って答えていた。


「マリエラ」

 師匠に呼ばれてマリエラが振り向くと、師匠はきゅっとマリエラを抱きしめる。


「ししょー、くすぐったい。あと、あつい」

 師匠に抱きしめられて、もだもだと身もだえするマリエラ。マリエラには誰かに抱きしめてもらった記憶など殆ど無い。なんだかとてもこそばゆくて、暖かい。


「うん、マリエラ。憶えておいで。ここがお前の居場所だからね。だから呼んだらちゃんと還って来るんだよ。」

「はい、ししょー」


 なんだか良く分からないけれど、師匠に引き取られた時、森の小屋で師匠は言った。

「今日からここがお前の家だよ。おかえり」


 師匠は何でも知っているすごい人なのに、家の中はぐちゃぐちゃで、掃除も洗濯も料理も何もできなくて、マリエラは何て駄目な大人だと驚いてしまった。けれど、師匠の所に来てからは毎日「おかえり」と言ってもらえる。師匠はホントはすごい人なので、師匠が居場所だと言うならそうなんだろう。


「マリエラちゃん、いこう」

 その子がマリエラの両手を握る。

「うん」と答えるマリエラ。何処へ行くのかは分からないけれど、師匠に向かって「いってきます」と手を振った。



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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
湯浴は油浴と言い分けるのが困難なので、お湯でも水浴と呼ぶのが好みです。
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