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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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200年の真実

 雨は降り止むことも無く、迷宮都市の石壁を黒く塗り込めていった。


 みぞれ交じりの冷たい雨の中、出歩く人影は少なく、貴族街の外れにあるアグウィナス家の屋敷に一人の男が訪れるのをみとがめるものはいなかった。


「ようこそおいでくださいました、ジャック・ニーレンバーグ様」


 慇懃な礼をするアグウィナス家の年老いた家令はジャック・ニーレンバーグをアグウィナス家の離れへと案内した。

 200年前の魔の森の氾濫(スタンピード)後しばらくして建造されたこの建物は、柱や梁の形状や間口の広さ等、築年数に見合った年代を感じさせる造りをしているが、補強や修繕と言った手入れが行き届いていて今尚使用に耐えている。


 その館の奥の部屋で、アグウィナス家の現頭首ロバート・アグウィナスはニーレンバーグを出迎えた。


「シェリーは何処だ」


「奥で眠っておりますよ。実に愛らしいお嬢さんだ。あのような傷跡が残るなど、なんとも痛ましいことです。ニーレンバーグ治療技師殿はポーションの使用権限をお持ちのはずだ。ご令嬢にただの一本も使用することは叶わないのですか?」


 射殺せんばかりに睨み付けるニーレンバーグに、ロバートは語りかける。


「今、迷宮討伐軍ではいくらでもポーションが使えるのに」


 ロバートの見透かすような物言いに、ニーレンバーグは目を眇める。アグウィナス家は何処まで情報をつかんでいるのか。


「ポーションは戦略物資だ。私的に流用するわけにはいかん。一例たりと特例を設けるわけにはいかんだろう」

「忠義篤い方だ。迷宮を斃すために全てを捧げると?」

「当然だ。ならばどうだというんだ」

「その言葉に偽りが無いのならば、真に迷宮を斃したいならば、我がアグウィナス家にこそ協力すべきなのですよ」


 ロバートは語り始める。200年に渡る迷宮都市の真実を。


「当家のポーション保管設備をもってしても、ポーションは100年ほどしか保管が効かない。それがどういうことか分かりますか?」


「100年だと? それでは、まさか……」


「そのまさかです。我がアグウィナス家は代々作り続けていたのですよ、ポーションを。魔の森の氾濫(スタンピード)を生き残った錬金術師たちと共に」




 200年前、魔の森から溢れた魔物が防衛都市を襲う間に、山脈へ逃げ延びた人々がいた。偶然エンダルジア王国を離れ難を逃れた者もいた。魔の森の氾濫(スタンピード)の夜を十数人の錬金術師が生き残っていたのだ。


「仮死の魔法陣というものを知っていますか?」


 ロバートの口からでた聞きなれない単語にニーレンバーグは顔をしかめる。この場所への招待状を残してシェリーを連れ去った時点で、アグウィナス家の要求はおおよそ察しが付いていた。この二ヶ月ほどの間に迷宮討伐軍に運び込まれたポーションの出所を探ろうというのだろう。ニーレンバーグの様子に意を得たりとばかりにロバートは話を続けた。


「仮死の魔法陣とは文字通り使用した者に仮死の眠りを与える物です。仮死の眠りに就いた者は、再生に足りる条件が整うまで眠り続けるのです」


 仮死状態にするだけで十分複雑な術式のはずだ。その上、生体機能を停止した肉体を長期間保持することの困難さはいかほどか。それだけの魔術をたった一枚の魔法陣で成すなどと、どれほど複雑な魔法陣になるのだろうか。治療部隊を率いるニーレンバーグには、その難易度が十分すぎるほどに理解できた。


「200年間、魔の森の氾濫(スタンピード)が起こるより前に、我がアグウィナス家の当代頭首ロブロイ・アグウィナスは仮死の魔法陣のオリジナルを借り受ける機会を得たといいます」


 仮死の魔法陣を借り受けたロブロイ・アグウィナスは、細密な複製を作成したのだという。


「先ほどもお話しましたが、ポーションの保管設備が200年もたない可能性については、復興を終えた錬金術師達の間で指摘されておりました。ポーション不足により迷宮討伐が行き詰る可能性を憂いた彼らは、仮死の魔法陣を複製し自らの意思で眠りについたのです」


 錬金術師たちの懸念は現実のものとなったが、ポーションが枯渇するたび、劣化するたびに錬金術師達を目覚めさせ、新たにポーションを作り直すことで事態は解決するかに思えた。


「最大の誤算は、複製された仮死の魔法陣が完全で無かったことでしょう」


 ロバートはニーレンバーグを見る。しかしその視線はニーレンバーグでなく、どこか遠くを見つめるように焦点が定まらない。


「眠りに就いた錬金術師の半数は蘇生すること無く眠ったまま塩と化して崩れ去りました。蘇生した者達も恐ろしく短命で、ある者は魔力が枯渇し倒れたまま目覚めず、またある者は一年と経たずに血を吐き死んでいきました」


 目覚めることが出来た錬金術師達は自らの運命を知ってなお、最後の瞬間までポーションを作り続けたという。


「貴方がたが使ってきたポーションがどういうものかお分かりになりましたか?」


 鷹揚に両手を上げてロバートはニーレンバーグに問いかける。


「では、あの新薬とやらはなんなのだ。錬金術師が生き残っているというならば、新薬など必要あるまい」


 ロバートは口の端をつり上げてまるで狂人のようににやりと笑うと、ニーレンバーグの疑問に答えた。


「ポーションの作り手はもはや残っていないのですよ。貴方がたが確保した錬金術師がどれ程の精度の仮死の魔法陣で眠りに就いていたのかは分かりませんが、我がアグウィナス家ですら借り受けるだけでオリジナルを手に入れることが叶わなかったのです。その錬金術師がオリジナルを使用したはずなど無いでしょう。見た目通りに寿命があるなどとは思わないほうがいい。仮死の魔法陣は複雑だ。どれほど緻密に作ろうと、我が祖先ロブロイ・アグウィナスですらオリジナルに及ぶことは叶わなかった。歪んだ魔法陣が歪んだ効果をもたらすことは貴方もご存知のはずだ。


 可能な限りポーションを作らせ、それでも錬金術師の寿命があるのならば再び眠って頂かなければなりません。迷宮を倒すその日まで、使い潰してはいけないのです。どんな手段を取ってでも、錬金術師をもたせなければならない。長きに渡り迷宮討伐軍で治療に当たっていた貴方がたならば分かるはずだ。どれほどポーションが重要か。どれほどポーションが必要か。わかっていなければならないのです。


 だからこそ、私は、我らアグウィナス家は新薬まで作り出したのです。志半ばで倒れて行ったわが同胞(錬金術師)たちのためにも。迷宮が斃され、この地が人の手に戻る日まで、我らは、私は繋がねばならないのですよ。ポーションを。

 そのために!そのために!錬金術師は管理されねばならない!


 お分かりでしょう?ポーションを使い続けるために、ポーションを作らせて、作らせて、それでも尚、その錬金術師が生き残っているならば、命が残っているならば、再び眠らせて、次の世代に引き継がねばならないということを!」


 倒錯の、狂乱の只中で、ロバート・アグウィナスの脳裏に父の、祖父の、彼が幼いころに血を吐き溶けるように崩れ死んで行った錬金術師の言葉が蘇る。

 ロバートはニーレンバーグの方を向いてはいるが、その瞳は彼を映してはいない。

 この200年間蘇っては死んでいった同胞たちの無念と願いがまるで眼前で直接託されたかのように、ロバートには思い出されていた。




マリエラは血を吐いて死んだりしませんのでご安心を。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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