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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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オーロラの氷果

「もう、冬ですよ?」


 マリエラが黒鉄輸送隊のマルロー副隊長に聞き返す。まるで馬鹿なものを見る目だ。普段すっとぼけているマリエラにこんな顔をされるとは。

 マルローは「ふー」と深呼吸して、冷静さを取り戻してから再度マリエラに尋ねる。


「それで、水中活動を可能にするポーションはあるのでしょうか。」


 マリエラは「寒いのに……」等と呟きながらもあごに人差し指を当てて「んー」と考える。


「魚人系のポリモーフ(変身)薬ならいけると思いますけど、材料手に入るかな?

 オーロラの氷果とか、人魚の涙……は無理としても魚人の(エラ)石とか、凄く貴重だし。」


 ポリモーフ薬とはいわゆる「変身薬」。誰もが一度は試したいと願う夢の薬だ。


 特定の誰かそっくりに変身できれば、組織的な犯罪から個人的なイタズラまであんなことやこんなことができてしまうだろう。

 だが、残念。ポリモーフ薬はそこまで都合の良い薬ではない。自分をベースに体の一部を変身したい他種族の身体器官に変化させる程度のものだ。

 例えば今回の魚人系であれば、上級ランクのポリモーフ薬を使えば呼吸器系が変化する。エラができて水中の呼吸が可能となり、手や足の指には水かきが生える。まぶたが無くなり眼球が魚眼に変わる。ポーションのできが良ければ体毛の一部が鱗に変わってより魚人らしく見えたりもする。


 しかし上級ランクでは体格などは変化しないし、人肌や髪の毛も残っていて面影は残る。魚人系の魔物そっくりになるわけではなく、魚人とも人とも付かない微妙に混じった生物に変身する。


 完全に魚人に変身したい場合は特級のポリモーフ薬が必要だが、こちらは材料の入手難易度も、ポーション製造の困難さや作成に要する期間も他の特級ポーションとは一線を画す困難さだ。


 ポリモーフ薬を望む者の多くは、鳥人系のポリモーフ薬で空を飛びたいと願う。上級ではハーピーのように腕が翼に変化するが、翼を得ることができても人間の体重と筋力では飛ぶことが叶わなかったという逸話は童話などでも語られている。

 それから考えると、魚人系のポーションは水中呼吸を可能とする分、ポリモーフ薬の中では実用性が高いといえる。


「オーロラの氷果と魚人の鰓石ですね。分かりました。手配しましょう。」


 まじめな顔をして頷くマルロー副隊長につられるように、マリエラはきりりとした表情で聞いてみた。


「寒中水泳ですか?」

「違います。」


『迷宮討伐軍、ガチムチ寒中水泳大会』といった催しは行われないそうだ。残念だ。




 いつも通り地下大水道を通り抜け、マリエラの店『木漏れ日』から戻ったマルロー達は拠点で仕事の割り振りを行なっていた。


「魚人の鰓石って……どうするんスか、副隊長。」


 双剣使いのエドガンが尋ねる。

 魚人の鰓石は文字通り魚人のエラにできる石のようなもので、エラに挟まった石や異物が長い時間を掛けてエラが出す分泌物でコーティングされた真珠のようなものだ。形は歪で真珠に近い色艶をしているが、真珠と違ってほんの少し弾力がある。天然真珠より流通量が多いことと、魚人のエラでできることなどから、貴族の間では真珠ほどは珍重されておらず、庶民の真珠として売買されている。とはいえ、養殖できるようなものではないため流通量は少なく、宝飾店に行けばいつでも手に入るようなものではない。


 人魚の涙はさらに稀少だ。人魚が流す涙が真珠のような宝石になる、というのは伝説などではない。人魚の涙は真珠のような光沢を持ちつつも薄く透けていて、海の底から海面に映る月を眺めるような不思議な光を湛えているという。当然庶民が手にするどころか目にする機会さえない。王侯貴族が僅かに所有している、と言った逸品だ。


 それに比べれば魚人の鰓石のほうがよほど難易度は低いのだが。


「じゃ、俺オーロラの氷果探してきます。」「あ、俺も。」

もっと難易度の低そうなオーロラの氷果探しに立候補するリンクスとエドガン。


「はぁ、仕方ないですね。しっかりと頼みますよ。」

 若い二人に宝飾品の入手は向いていないかもしれないと、マルローは二人にオーロラの氷果を依頼した。


(やりぃ!)

 楽な方を回して貰えたと喜んだ二人が後悔するのは数日後のことだった。



************************************************************



「オーロラの氷果?また珍しいもんを」


 薬草のことならばガーク爺が何とかしてくれるだろうと、薬草店を訪れたリンクスとエドガンにガーク爺が難色を示す。店にはおいていないらしい。


「ガーク爺なら採れる場所知ってんだろ?採ってきてくれよー。」

気軽に頼むリンクスに、


「年寄りをコキ使うもんじゃねぇ。最近暇そうにしてんじゃねぇか。場所を教えてやっから自分達で採ってこい。Bランカーが2,3人いりゃ楽勝だろ。あそこは老体には堪えんだ。」


 ガーク爺はそう言うと、紙にザックリとした地図を描き付けてリンクスに渡し店から追い出してしまった。まだ昼過ぎだというのに店を閉めて「じゃぁな。」出かけるガーク爺。

 ガーク薬草店の扉には、『ご用の方は“木漏れ日”まで』と書かれた札が掛けられていた。


「こんなモンまで作ってるよ、ガーク爺。」

「どんだけ通ってんだよ。」


 掛札を見て唖然とするリンクスとエドガンを放置して『木漏れ日』に着いたガーク爺は、マリエラに注文の薬草を渡すと、まるで自分の家のようにセルフコーナーでお茶を淹れ、日当たりの良い席で寛ぐ。


「ここは極楽だわい。」

 隣の席は最近馴染みになった薬師で、攪拌機の調子を見たり新しい攪拌羽の感想を聞くという名目で、ちょくちょく通ってきてくれている。お陰でクッキー生地専用の攪拌羽など薬に関係の無いオプションパーツが充実してしまった。ボウルの方も塗り薬用、飲み薬用に加え菓子用が複数ある。今ではサクサククッキーが大量作成できるから、お茶請けまで置いてある。本当に何屋なんだ『木漏れ日』は。


「お、ガークさん、ルンドの葉柄入ってねぇかな。急ぎはしないんだが。」

 薬師の質問に、

「おぉ、あるぞ。明日、このくらいの時間でいいならここにもってくるが。」

とガーク爺。最近は『木漏れ日』で商品の受け渡しを始める始末。行商か?店もちなのに。


「歳をとると寒さが堪えるわい。アレは若いモンに任せるさ。」

 ぷはーとお茶を飲んだガーク爺のカップに、薬師がスタイリッシュなしぐさでおかわりを注ぐ。

 ガーク爺は暖かな陽だまりで寒さに縮こまった手足を「うーん」と伸ばすと、薬師と世間話に興じるのだった。




 その数日後、オーロラの氷果採取を任されてしまったリンクスとエドガンは、ジークを強引に巻き込んで迷宮32階層、氷雪の階層を訪れた。


「うっべー、ざっびー。」


 もっこもこの毛皮の防寒服を着込んだ3人の男が雪原を行く。「あ゛ー」とか「ざぶー」と叫びつつ進む3人はまるでイエティー(雪猿)のようだ。


 マリエラは講習会と勉強会で商人ギルドだ。今日はエルメラさんが終日商人ギルドにいるそうだから、マリエラのことはリンクスが頼んでしまっている。

 マリエラも「ジークもたまには息抜きしてくるといいよ。勉強会が終わった後も薬草部門で待たせてもらうから大丈夫だよ。」とジークを送り出したのだが、ジークの方は早く帰りたいといった様子でそわそわと落ち着かない。


(マリエラのことだ、夕食までに戻らなければお腹を空かせて一人で帰りかねない。いや、食べ物につられて知らない人についていくかもしれん……。)


 ジークの中でマリエラはどういう扱いになっているのか。マリエラもそこまでのうっかりさんではないはずなのだが。たぶん。


 ジークの心配を余所にリンクスは、寒い寒いといいながらも、

「エド兄、みてみて。《ウォーター》。すっげ、即効で凍んの。オレ氷魔法使いみてー。」

 等と言ってはしゃいでいる。


 低級の魔除けポーションを使っているお陰で、雪狼や雪熊などの獣系の魔物は襲ってこないが、イエティーやフロストールという意思をもった冷気の塊のような魔物が時折襲ってくる。


 《ウィンドエッジ》


 ジークがミスリルブレードに宿した風の刃がフロストールを切り裂き、リンクスが《ウォーター》から作り出した氷の短剣をイエティーに向けて何本も飛ばしていく。


 この階層では魔物よりも寒さのほうが難敵だ。手足が凍えて思うように体が動かない。時折強い風が氷雪を巻き上げて吹き荒れては、体の熱を奪っていく。

 ビョォと、また風が吹き始めたようだ。

 風に耐えつつしばらく歩くと、エドガンが指し示す方向に洞窟が見えた。ここで休憩を取ろうというのだろう。洞窟に入った三人は火を起こして暖をとる。はちみつで固めたナッツを齧り、酒精の強い酒で体を温める。


「なー、ジーク。あんたマリエラちゃんと一緒に暮らしてるんだろ?」

 話しかけるエドガンの顔が少し赤い。

「でさー、どうなの?二人何処までいっちゃってんの?」


「ちょ、エド兄、もう酔ってんの?酒弱すぎじゃね?てかジーク、……違うよな?」


 リンクスの糸目が開いてジークをじっとりと見ている。


「いや、俺達は、まだ……。」

「まだ!?まだって言った?」

「オイ、ジーク、テメー幾つ歳離れてっと思って……」

「まーまー、リンクス。で?で?どうなんさ?ラッキーでポロリなイベントとかねーの?

 あるよな?風呂入ってるときにうっかり入っちゃったとか!入っちゃうよな?うっかり!二人暮らしだもんな、しっかりうっかり入らないわけにゃ、いかねーよな!?」


 酔っ払っておかしなテンションに突入するエドガン、24歳。彼女募集中。

 クールな男のほうがモテると思い込んでいるエドガンは、『ヤグーの跳ね橋亭』やら女性のいる場所では「フッ」とか言いつつ、さも女性に興味ありません、という態度を貫いているが、実際はエロトークが大好きな軽い男だ。年下のリンクスともよく気が合う。


 リンクスは、「また始まった」とばかりにエロガン、違ったエドガンをなだめつつも、

「で?あんの?ラッキーなうっかり。」

 とジークに問いかける。リンクスの糸目はさっきから開いたままだ。白目がちの眼がちょっぴり恐い。


「わざと踏み込んだりなど……しない。」


 目を合わせずにジークが答える。


「今、わざとは無い、ッつったな?言ったよな?じゃぁ、うっかりはあるんだな!?どんなん、どんな感じなんだよぉ、話せってー。」


 ジークの言葉尻にガッツリと食いつくエドガン。リンクスも興味があるのかエドガンを止めない。


「いや……、あの……、マリエラが風呂で眠って溺れたらしく……。隷属紋て、主が危険になると痛むんだな……。」

 仕方なく、ジークは説明する。隷属紋が知らせるマリエラの危機に慌てて風呂に飛び込んだら、マリエラが湯船に沈んでいたのだと。ブクブクと。


「……、あいつ、風呂で死に掛けたのか……。」

「マリエラちゃんらしいな……。」

「俺、隷属の焼印を押されて良かったと初めて思った……。隷属紋が知らせなかったらマリエラは……。」


 疲れたように額をつき合わす三人の男たち。丸まった背中がイエティー(雪猿)のようだ。だが同じ猿でもエドガンはめげない猿だ。

「それで?どんなんだったよ?」

 目をらんらんと輝かせてジークに続きをせかす。


 射抜くような二人の視線が続きを促す。逃げることは許されないと。

 けれど主の尊厳が掛かっているのだ。ジークムントは考える。マリエラの良さを、素晴らしさを、色欲を交えずに伝えねばならない。賢さ4の頭脳を駆使し考え抜いたジークは二人の男に視線を返し、ゆっくりとこう語った。


「素材の味が活きている?」


「そ・ざ・い!薄味か!」

「旨いのか!?さっぱり味か?それともサッパリ!?」


 大うけする二人。マリエラの名誉は守られたようだ。たぶん。


 笑い声に集まってきたイエティーを倒して体が温まった三人は、再びオーロラの氷果の探索に向かった。ガーク爺の地図によれば、もうすぐ到着するはずだ。


 薄暗い極夜の雪原を三人は行く。風はずいぶん凪いでいてさほど時間を掛けず目的地にたどり着いた。

 ガーク爺の示したとおり、低い丘の頂にオーロラ草は生えていた。


 草というよりは苔を思わせる、氷土に這う様に生える肉厚の植物で、先端にオーロラを思わせる青から赤紫の小さな果実をつけていた。白夜の期間に育ち結んだ実は、極夜の間氷の下で熟して色を変える 。

 三人は表面を覆う薄氷を砕いて小さな実を摘んでいった。豆粒の半分ほどしかない小さな実は、あるだけ全部採取しても両手の平に擦り切れるほどしか集まらなかった。

 手袋をしていてもかじかむ手で、凍てつく大地に膝を付いてようやく集め終わった頃には、酒でぬくもった体は芯から冷え切っていた。

 ガーク爺が嫌がるはずだ。


「さて、帰るか。」


 先ほどのテンションは何処へやら。目的を果たした三人の男たちは、とぼとぼと、しかし来た時よりもずいぶんと気心の知れた様子で氷雪の階層を後にした。




「みんなおかえりー。ひゃー、ほっぺ真っ赤。寒かったでしょ!今日はポトフにしようか。」

 商人ギルドで大人しく三人の帰りを待っていたマリエラは、ジークの防寒具をモフモフともふりながら、晩御飯の話をする。


 外は初冬で寒いのだけれど、氷雪の階層から出てきた三人には暖かいくらいだ。防寒具を脱いで歩く三人に、

「リンクスたちもポトフ食べてく?素材の味がしみしみで美味しいよ。」

と声を掛けたマリエラ。


「ぶっは、素材の味!」

「サッパリ系旨み出汁!」

 なぜか噴出すリンクスとエドガンに首をかしげるマリエラ。


「おー。食う食う。もー、腹ぺっこぺこ。さ、早く行こうぜ、マリエラ!」

 リンクスはマリエラの手を取ると、笑いながら走りだした。


「ちょ、ちょっと、待ってよ。リンクス。早いよー。」

 引っ張られながら走るマリエラの後を、ジークとエドガンが追いかけていった。





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