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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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ガラスの棺

 魔の森を鉄皮で覆われた黒い装甲の馬車が行く。


 先導する騎兵の後を馬車は一定の速度で進んでいく。

 今回も予定通り夕刻前に迷宮都市にたどり着けそうだ。ラプトルに乗る護衛の男、ドニーノは順調な旅路に安堵する。ドニーノは装甲馬車のメンテナンスも担当している。こうして護衛をしているくらいだから戦闘の心得はあるものの、魔物と相対するよりは装甲馬車を弄繰り回すほうが性にあっているという男だ。


 幾度も往復した街道だけれど、3日もの間、絶えず襲い来る魔物どもを振り払いつつ進んでいくのは骨が折れた。ゴブリンやフォレストウルフなどの弱い魔物とはいえ、数というものは侮れない。特に狼どもは厄介で、引き剥がしても引き剥がしても馬車に喰らい付いてくる。

 それがどうだ。低級の魔除けポーション数本で襲ってくるどころか逃げ出す有様ではないか。これならば、馬車の装甲をもっと薄くして速度を稼ぐ改造も可能かもしれない。


 迷宮都市に拠点を構えるようになってから、帝都に運ぶ商品は迷宮都市残留組が準備するようになった。だから迷宮都市に着いたあとは、休息とメンテナンスさえ完了すればすぐさま帝都に出発できる。今は以前と変わらず迷宮都市で4日のインターバルを設けているからメンテナンスに割ける時間は多い。

 拠点を構えることで、装甲馬車を整備するための大掛かりな道具類を設置することも可能になった。


 今までの装甲馬車は攻撃を受けることを前提とした、頑丈なばかりの走る箱だった。乗り心地も悪ければ速度もたいして出はしない。攻撃に耐えて何とか魔の森を抜けたときには、自重によって車軸周りにガタが来る。実に難儀な代物だったが、この調子ならば大掛かりな改造をしても問題はなさそうだ。


 ドニーノは、油断なく進路を警戒しながらも装甲馬車の改造案を模索していた。



 そんなドニーノの背を眺めながら、ジヤと呼ばれている男、ジャイコブは装甲馬車の手綱を握っていた。ジャイコブは迷宮都市の奴隷商レイモンドの下で騎獣の世話などをしていた奴隷で、1月少し前に黒鉄輸送隊に買われてきた。

 魔の森を抜けるのはこれで2往復目となる。


 最初はとても恐ろしかった。ジャイコブはヤグー商隊に連れられて迷宮都市にやってきたため、魔の森を抜けたことは無かったが、魔の森を抜けてレイモンド商会にやってきた奴隷達の話を聞くにつけ、そこが人の往来できる場所でないことを知っていたからだ。

 《命令》され戦々恐々手綱を握る。夜間の御者を任された時などは、恐怖のあまり御者台内で吐いてしまった。「汚ねぇ、洗って来い」と御者台から蹴り出された時は、そのまま魔物に食われてしまうかと半狂乱で自分をけりだした足にすがり付いてみっともなくも泣き叫んだものだ。


 しかし、ジャイコブが、いや黒鉄輸送隊が魔物に襲われ命を失うことは無かった。


 出会うとしても、たまたま進路が重なった魔物と出くわすといった会い方で、まるで魔物が除けているとさえ思える。装甲馬車の上部には魔除けの香を炊きつける台が設けてあるのだが、魔除けの香とはこれほどの効果がある物だっただろうか。


(どういうこった……。)

 ジャイコブの目はぎょろりと油断なく周囲を観察していた。ジャイコブの喉は潰されている。読み書きだって出来はしないから情報は自らの耳と目で仕入れる他はない。目立たず気付かれず彼は情報を探り続けた。




 その後も、街道にふらりとゴブリン数匹が現れた程度で、装甲馬車は予定通り迷宮都市にたどり着いた。装甲馬車は南西の門を潜り大通りを進んで一軒の商会へ消えていく。

 ジャイコブが見知った商会だ。


「お待ちしておりました。」


 黒鉄輸送隊を奴隷商レイモンドが出迎える。今回の積荷も奴隷。

 2台の装甲馬車から『荷物』が降ろされいつもの様に検品される。

 けれど少々様子がおかしい。片目の無い者、指が揃っていない者、腕や足のない者まで幾人も混じっている。五体満足なものの中には、重罪人と思しき面構えの男が幾人かおり、両手を拘束され猿轡を噛まされた状態で引き立てられている。

 迷宮都市に送られてくる奴隷は犯罪奴隷や終身奴隷ばかりではあるが、求められる用途は労働力なので、身体に欠損があって満足に働けないものや、他の奴隷とうまく折り合えず、使い勝手も悪そうな重罪人はいくら買値が安くても避けられる傾向にある。


 これらの奴隷は黒鉄輸送隊が見繕ったものではない。奴隷商レイモンドの要求によるものだ。


「商品、確かに受け取りました。代金はいつもの様に。」


 レイモンドの表情から真意の程は読み取れない。長年人の売り買いを生業としてきた者だ。何時もと同じ様にまるで家畜の売り買いでも行うように、いやそれよりももっとなんの情動ももたずに取引を終える。黒鉄輸送隊も『荷物』を届けることが生業。表立って客の注文を詮索などしない。


 取引を終えた黒鉄輸送隊を見送った後、奴隷商レイモンドは、奴隷達を牢へ引き立てる部下の一人を呼び止めた。

「オーク肉がたくさんあったでしょう。今日の連中に振舞っておやりなさい。明日には出荷なのです。そうすれば、もう……。」


 レイモンドの言葉はそこで止まる。言い付かった部下は黙って頭を下げると、奴隷達と共に建物の中に消えていった。


「まったく、歳は取りたくないものですね。感傷など余計なものだというのに。

 さて、入荷の連絡をしましょうか。」


 誰にともなくそう呟くと、レイモンドは館の中へと入っていった。




 迷宮都市の南東部、外壁に程近い貴族街の中心部からやや外れた場所にアグウィナス家の屋敷はあった。エンダルジア王国時代から受け継がれる敷地は迷宮都市においても広大で、高い壁に覆われており外から中を窺い知ることはできない。

 200年前に魔の森から魔物が溢れた(スタンピードの)時、アグウィナス家の当主は国外に出かけており難を逃れたのだという。その後、幾人もの兵を率いて滅びた国に真っ先に駆けつけたアグウィナス家の当主は、魔物除けのポーションと魔物を除ける薬草を駆使して安全地帯を確保し、生き残った錬金術師達を集めて復興に尽力した。彼らの作ったポーションは生き残った国民や、救助に駆けつけた帝国兵に行き渡り、迷宮都市に人の住処を築くに至ったという。


 その功あってアグウィナス家は迷宮都市においても取り立てられ、錬金術師達が残した大量のポーションを管理してきた。アグウィナス家からのポーション供給は200年の永きに渡り、迷宮討伐に貢献し続けてきたといえる。




 アグウィナス家の現当主ロバート・アグウィナスは屋敷の離れの隠し階段を地下へと降る。

 年の頃は20代前半、幼い頃から神童と持て囃された英才である。母親は妹キャロラインが幼い頃に他界しており、父親が数年前に実験の失敗で下半身不随となって以降、彼が家督を継いでいる。


 アグウィナス家の離れはこの街が迷宮都市として復旧した頃からの古い建物で、何十年も前に敷地内の離れた場所に建てられた本館が別にある。

 本館が新築された後も、離れはポーションの研究施設として使われていて、出入り出来るのは、当主と後継の他はごく限られた協力者だけだった。

 妹のキャロラインでさえ、離れに立ち入ったことは無い。


 離れには広大な地下室があり、迷宮攻略を支える大量のポーションが貯蔵されていた。ロバートが下っているのは貯蔵庫へ続く階段とは別の、歴代の当主しか知りえない隠し通路だ。


 薄暗い廊下を奥へと進む。当主のみが鍵を持つ扉を抜けてたどり着いた先は、墓所を思わせる空間だった。

 部屋の両側には古びた棺が幾つも並んでいる。あわせて10は超えるだろう棺はどれも蓋が開いており何者も入っていないことが部屋の入り口からでも見て取れる。


 幾つもの棺が並ぶ部屋の最奥は一段高くなっており、そこには一基のガラスの棺が据えられていた。

 ガラスの棺の周囲には幾つもの照明の魔道具が設置され、ガラスの棺を明るく照らしている。棺の下半分には精緻な薔薇の刺繍が施された掛け布がかけてあり、棺の上から床にまで広がる様はまるで薔薇園の中にいるようだ。

 物資の乏しい迷宮都市において、ふんだんに刺繍が施された布などかなり高価な贅沢品でこのような人目に付かない場所で使うものではない。贈り主の棺の主に対する思いが如実に表れているようだ。

 ロバートはガラスの棺に歩み寄る。


 ガラスの棺の中に、彼女は眠っていた。


 とても、とても美しい女性だった。

 光り輝く銀の髪は緩くウェーブを描いて流れ落ち、雪のように白く陶器のように肌理の細かい肌に掛かる。筋の通った愛らしい鼻に、小さな赤い唇がまるで夢見るように微笑むように弧を描いている。華奢な肢体を覆う柔らかな薔薇色のドレスが彼女の美しさを引き立てる。

 まぶたを飾る長いまつげが今にも震えてその瞳が開かれそうだ。

 彼女の瞳は何色なのだろうか。


 蜜に濡れた様に艶めくその唇が動くとき、

 鈴の鳴るような声で我が名前を呼んでくれるだろうか。


「おぉ、美しきエスターリア。我が始まりの錬金術師よ。」


 ロバート・アグウィナスは棺の前に跪く。

 ロバートが眠り続ける彼女に出会ったのは、正式に跡継ぎに定められた10歳の頃。彼女をはじめてみた時の衝撃は今なお彼の心を支配している。

 ロバートの知る最も美しい女性。200年間眠り続けるエンダルジア王国最後の錬金術師。


「エスターリア、貴女はこの迷宮都市の始まりの錬金術師となるのです。その日まで貴女の眠りを妨げさせはしません。」


 迷宮が斃され、この地が人の手に戻ったとき、錬金術師達は地脈とラインを結び再びこの地に溢れるだろう。けれどラインの締結には、『錬金術師』が必要なのだ。これは弟子をもちうる錬金術師にしか知らされていない情報で、錬金術師であっても知らないものは多い。

 《ライブラリ》によって、師匠が不在であっても新たな錬金術の術を取得しうる錬金術師にあって、師弟関係が何より重要視される理由がここにある。


 師匠を得ない者は錬金術師にはなれない。

 精霊によって地脈へと潜り、ラインを繋いだのち、師の技によって現世へと戻る。

 だから、迷宮都市に錬金術師を復活させるためには、『彼女(エスターリア)』が必要なのだ。


 彼女は迷宮都市すべての錬金術師の師となり、永遠にその名を残すのだ。


 ロバートは棺に眠るエスターリアを見つめる。その瞳に宿るのは、恋情か、崇拝か、狂気か。


「安心してお眠りください、エスターリア。迷宮が滅び、この地に新たな夜明けが訪れるその日まで。古からの約定に従い、貴女はその時目覚めるのです。

 それまでは、私の新薬が迷宮を滅ぼす助けとなりましょう。」


 ロバートは眠るエスターリアに語りかける。幾度と無く繰り返したその言葉、その決意。

 彼は薔薇の刺繍の掛け布をほんの少しだけ棺の上部まで引き上げると、いたわるように棺を撫でて、地下室を後にした。




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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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