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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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王肉祭り

「オークキングがでたぞー!!!」


 盛り上がるオーク祭り会場の男たち。


 オークキングは数体のオークジェネラルと数百体のオークを従えてやってくる。かつてレオンハルト将軍が討伐に参加した際は、冒険者の起用をしていなかった上に、7体ものオークキングが同時に襲ってきたが、今回はオークキング2体にジェネラル5体、オーク500体程度の小規模なものだ。


 オーク祭り開始直後のため、妥当な出現率とも言える。


 オークキング単体の強さはCランクの下位で、Cランクの冒険者であれば1対1ならば勝つことができる。都市防衛隊の兵のレベルは冒険者レベルに換算してDからEで、Cランク以上の戦力は迷宮討伐軍に配属されるため致し方ないとはいえ、中級~下級の戦力しかない。それでも指揮命令系統さえ機能していれば、オークキング1,2体が率いるオークどもならば討伐が可能である。


 しかも、冒険者達まで集まっている。ちなみに冒険者の起用はテルーテル相談役の後任となった現大佐が考案しテルーテルが推進した。テルーテルが大佐に就任する前のことである。

「冒険者の活躍を間近で見られますし、討伐終了後にパーティーを開けば交流も図れますよ。」

と申し添えて提案すると、テルーテルは未だかつてない頑張りを発揮していくつもの難関を潜り抜け案を通してしまった。テルーテルが自らのスキル《同調》を使いこなせたのは後にも先にもこの1回だけだったかもしれない。


 結果は大当たりで、安価な戦力確保とそれに伴う安全性の向上のみならず、市民への娯楽の提供、官民交流の促進と都市防衛隊の評価の向上など様々な副次効果を生み、テルーテルを大佐へと昇進させたのだから、好きが高じて身を助けるとは良く言ったものだ。単に運が高いだけかもしれないが。


 オーク祭りに参加した冒険者の多くは都市防衛隊と同様にDランク以下ではあるが、中には奥さんに肉をせがまれて参加している上級冒険者も紛れ込んでいる。

 上級冒険者であればオークキング肉などいくらでも買える稼ぎがあるのだが、『お得』『安い』『お隣のご主人も参加している』と言った奥様センサーをビシバシ刺激するオーク祭りに、強制参加させられる旦那様も少なくない。


 即ち、壮絶なオークキング肉争奪戦が幕を開けたのだった。


「ジーク、あっちはBランカーが狙ってる。こっちのキングを狙うぜ!」

「分かった!」


 走り出すリンクスとジーク。無論周りの冒険者達も一斉に列から飛び出し駆け出している。

 オークキングの出現は乱戦開始の合図でもある。


 迫り来るオークをなぎ倒し、すり抜けてオークキングを目指して走る。

 隣のオークキングは複数の冒険者が狙っているようだ。空に幾本もの氷の槍が浮かんだかと思うと、オークキングめがけて突き刺さる。それをなぎ払う風の刃。


「てめぇっ、邪魔すんじゃねぇっ!」

「うるせぇ、俺の獲物だ、てめーこそ引っ込んでろ!」


 『無駄な怪我人』を量産する醜い争いを始めるBランカーたち。

 今がチャンスと駆け出す大剣使いは、どこかに潜む土魔法使いに文字通り足元を掬われて、もんどうり打ってすっ転び、ぶつかった衝撃で何匹ものオークをあの世に送っている。


 乱戦だ。遠く離れた応援会場ではエルメラさんが大興奮で実況中継している。身振り手振りで話すたび、静電気が『ぱちっ』と飛んでたいへん痛い。この人『雷帝』を隠す気あるのか。

本人に聞くと、「ただの雷魔法使いです。」とにっこり笑ってウィンクしていた。まつげの端から『ぱちっ』っと火花が散っていたから、「そうですね」としか返事のしようがない。




 ジークやリンクスは、足元に飛んでくるしょうもない妨害魔法を躱しつつオークキングめがけてひた走る。

 後続の男たちの中から全身をマントで覆った男が空高くジャンプし、人とは思えぬ跳躍力で二人の前に飛び降りる。

 場を圧倒する存在感。着地地点周辺のオークが怯えて後ずさる。

 風を受けマントの裾は魔鳥の翼の如くはためき、隠されていた顔が露わになった。


「キングは俺が貰ったぜ!」


 ずびし!と宣言する今日もまぶしい謎の男。

 なんであんたがいるんだハーゲイ。明らかに過剰戦力じゃないか。


 脱力しそうになる冒険者達の心の声が漏れる前に、ハーゲイの着地地点からぶわりと不可視の網が広がりハーゲイを捕獲する。


「うぉっと、まだまだ甘いぜ!」

 ハーゲイは腕を振るい網を引き千切ろうとする。

 けれどハーゲイが網から抜け出すより早く、何処からともなく現れた数名の影がハーゲイに肉薄し、あっという間に取り囲む。


「ギルマス、帰りますよ。皆さんに迷惑です。」

「仕事してください。最近遊びすぎです。」

「行動が分かりやす過ぎて罠が張りやすかったです。」


「はっ、離すんだぜ!話せばわかるというだろう!キング狩って帰らないとワイフにっ、ワイフにっ!」


 事務服をピシリと着こなした冒険者ギルドの幹部たちが、暴れるハーゲイを簀巻きにし、神輿のように担いで去っていく。攻撃の手が見えないのに進路をふさぐオークがなぎ倒されていき、彼らの強さをうかがい知れるのだが、幹部たちよりハーゲイの方がランクは上だ。格上の相手であっても作戦と連携によって仕留めうるのだという良いお手本を、若手冒険者諸氏に示したともいえる。


「ふっ、ふおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!チーム・ハーゲイじゃないかねっ!すごいっ、すごいよ!」

 大興奮のテルーテル相談役。周りにいる兵達は、「よかったね」としか言いようがない顔で生暖かく見守っている。


 ちなみに、『チーム・ハーゲイ』などという正式名称はない。あくまで俗称である。ハーゲイが手ずから育てた幹部たちで、状況に応じて適したメンバーが入れ替る。別に幹部たちが「ギルマスと一緒のチームは嫌だ」とチームを名乗ることを拒んでいるわけではない。と思う。


 最大の敵(ハーゲイ)が排除された隙に、オークキングに肉薄するジークと複数の冒険者達。


「フゴォォォオオオオオオオォォォォオオッ!!」


 オークキングが雄たけびをあげる。身の丈は大の男よりさらに大きく、その重量は大の男数人分はあるだろう。キングを名乗るに相応しい体躯から、地響きのように響く威圧感溢れる声が冒険者達を威嚇する。しかし、ここまでたどり着いた戦士たちを止めることなどできはしない。


 オークキングが大人の胴ほどもある巨大な棍棒を振りまわす。起こる風圧で周囲のオークが吹きとばされるが、ある者は受けた風圧を剣に宿して咽元めがけて飛ばし返し、ある者は棍棒を足場にオークキングの頭めがけて飛び掛る。ジークもまた棍棒をくぐるように躱すと、そのまま足のばねを利用して弾丸のように飛びかかりオークキングの心臓にミスリルの剣を突き刺した。


 頭を、咽を、心臓を同時に攻撃されたオークキングは一溜りもなく倒れ付す。


 やった。オークキングを倒した。しかし誰が?同時なのか?肉は一体誰の手に?


「ナイスファイト、ジーク。さ、行こうぜ!『ヤグーの跳ね橋亭』で打ち上げだ。」


 いつの間にかジークの傍に立っていたリンクスがジークに声を掛ける。ジークは無言でこぶしを握ると、リンクスとゴツンと拳同士をぶつけ合った。

 拳を握るリンクスの指には普通のオークとは明らかに異なる立派な尻尾が巻きつけられていた。




「いっやー、まっさかハーゲイが出てくるとは思わなかったよなー。」


『ヤグーの跳ね橋亭』で、オークキング肉にかぶりつきながらリンクスが戦いの一部始終を面白おかしく語って聞かせる。ジークが冒険者達の目を引き付けつつオークキングに挑みかかる隙に、リンクスが後ろに回り込んでオークキングの尻尾を切り取る所など、知る者の少ないレアシーンなのだが、マリエラと看板娘のエミリーちゃんは二人してオークキング肉に夢中であまり聞いていない。

 オークキング肉は尻尾を持ち帰ったリンクスに15kg(キロル)、ジークを含め止めを刺した3人に10kg(キロル)ずつ分配された。オークキングやオークジェネラルと言った高級肉に関しては、尻尾を持ち帰らなくても討伐に貢献した者にも分配された。そのために都市防衛隊の高級肉種担当者は必死で戦況を見守っている。何しろ高級肉を目当てで上級冒険者を集めているのだ。万が一にも分配に不備があってはならない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


 貰ったオークキング肉25kg(キロル)のうち、5kg(キロル)を『ヤグーの跳ね橋亭』に持ち込んで料理してもらい打ち上げをしている。残りは、10kg(キロル)はマリエラが貰い、10kg(キロル)は黒鉄輸送隊のために『ヤグーの跳ね橋亭』で保管している。

 打ち上げと言っても参加者は、リンクス、ジーク、マリエラに『ヤグーの跳ね橋亭』のエミリーちゃん。あとは、マスターやアンバーさんたちが接客の合間に入れ替わり立ち替わり空いている席に座ってはお肉を摘んでいくくらいだ。

 エルメラさんも誘ったのだけれど、夕食は家族でと断られてしまった。

 宴会大好きな黒鉄輸送隊のディック隊長は今頃帝都の空の下だし、迷宮都市に残ったマルロー副隊長達も仕事があるため、日が暮れてすぐの時間には『ヤグーの跳ね橋亭』には来られない。


「ディック隊長がいたら、絶対参加してただろうね!」

「ぜってー参加してたな。だから俺、オーク祭りのこと黙ってたもん。」


 マリエラの質問にリンクスが答える。今回も空気を読まないどこぞのギルドマスターが乱入してきたが、ディック隊長ならアンバーさんにオークキング肉を貢ぐために間違いなく参加していただろう。そのアンバーさんはマリエラの隣で美味しそうにオークキング肉をほおばっている。


「おいしいわぁ~。」

「口の中でとろけちゃう。」

「おいひいね~。父ちゃんも早く食べなよ。んぐんぐ。」

「んっうー。」


 ジークとリンクスの周りは幼女に少女に美女複数のより取り見取りなハーレム状態なのに、幼女と少女による台無し感が物凄い。なんとも幸せそうな顔をしてオークキング肉をほおばっていて、膨らんだほっぺたがもぐもぐと動いている。

 ジークとリンクスは顔を見合せると、ははっと笑って自分の肉にかじりついた。


 オーク祭りで得られた肉のうち約半分は参加者に分配され、肉が不要ならば現金で受け取ることもできる。オークキングやオークジェネラルと言った高級肉は山分けだ。残りの可食部は卸売市場を通じて民間に安値で販売される。オークキングやオークジェネラルの肉が入荷した肉屋は何処も大盛況で、ここでも奥様たちの熾烈な戦いが繰り広げられる。

 初日に冬場のオーク肉とオークキング肉まで手に入れられたのは、幸運だったろう。マリエラではとても熾烈な安売り商戦を潜り抜けられなかっただろうから。


 解体費用や、戦場やパーティー会場の設営費用もろもろの経費をあわせると僅かに赤字がでるのだが、そもそもこれは砂糖かぶらを狙ってくるオークの討伐なので、都市防衛隊だけで討伐を請け負うことを考えると破格の収支といえる。


 オーク祭りは砂糖かぶらの収穫が終わるまで1週間ほど続く。


 夜間は戦場周辺も魔除けの香をたいて都市防衛隊が見回りをし、うまく昼間にオークが集中するように調整している。リンクスとジークの戦いは、オークキング肉を手に入れたことで終わりを迎えたが、最終日の焼肉パーティーまで悲しき男たちの戦いは終わることはない。


 冒険者ギルドのギルドマスター、ハーゲイの食卓にオークキング肉が並ぶ日が来たのかは、定かではない。





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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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