肉肉祭り
毎年恒例オーク祭りがやってきた。
砂糖かぶらの収穫時期になると、オークが魔の森からわんさか砂糖かぶらを狙ってやってくる。斃されたオーク肉が大量且つ安価に市場に出回って、冬場の迷宮都市の食料事情を潤すから、街の人達は「襲撃」や「討伐」といわずに「祭り」と呼んで楽しみにしている。
今年はテルーテル元大佐が魔物除けの香やらデイジスの縄の在庫を切らして、スラム街でスライム騒動を起こしたりしたけれど、マリエラをはじめ商人ギルドが懇意にしている商人が提供したりスラム街でかき集めた薬草のお陰で、必要な物資は何とかそろえることができたらしい。
オーク祭りの主戦力は都市防衛隊だが、冒険者達も多数参加する。斃したオークの尻尾を提出すると、尻尾の本数に応じてオーク肉が分配されるし、尻尾が得られ無くても事前に渡される参加証明書を提出すれば、一週間の討伐期間終了後に開かれるオーク肉の焼肉パーティーに参加できる。
毎年恒例のオーク祭りであるが魔物討伐でもあるため危険が無いというわけではない。しかし、単独でオークを狩るよりよほど効率の良いオーク狩りができるし、万一オークキングなどの中位の魔物が出てきても、冒険者ギルドから派遣されてきた上級の冒険者が斃してくれるから、若手冒険者や冒険者を引退したおじいさんまでこぞって参加する。
オークは雄のみで構成される種族で他種族の雌を犯して子をなす繁殖力旺盛な種族だ。誕生時は雌雄同数いるが、成長する前に幼い雌がくびり殺されるため雄のみで構成されているのだと言う学者もいるが、真偽は定かではない。
何れにせよ、女性の方が狙われるリスクが高い為、女性はCランク以上の冒険者しか参加できない。その代わり討伐期間完了後の焼肉パーティーへの参加は自由。若い男女の出会いの場にもなっているため、フリーの女性は討伐よりもおめかしや、かなり離れた場所からの応援に精をだす。
討伐の様子は遠見のスキルでも持っていない限り、応援する女性たちからは見えないのだが、少しでも良いところを見せようと頑張る独り身の男性冒険者や都市防衛隊の隊員も多い。
参加資格のある女性冒険者でも、醜悪なオークを狩るよりは、遠目に見学しながらガールズトークに花を咲かせるほうがよほど楽しいものだから、参加する者はまずいない。
すなわち、オーク祭りは迷宮都市において最もおとこくさい祭りである。
筋肉とオークがぶつかりあう肉肉祭りが、今幕を開けた。
「ジーク、リンクス、がんばって!」
マリエラがかつてない熱いまなざしをジークとリンクスに送る。
ハーレム展開ではない。その瞳にはまだ見ぬ「肉」しか映っていない。いや、「王肉」かもしれない。オーク祭りには高確率でオークキングが現れるというから。
マリエラはエルメラさんと見学だ。エルメラさんの旦那さんは参加していないが、商人ギルド薬草部門の若手職員が数名参加している。商人ギルドとはいえ、不足した薬草の採取を行うこともあるから、それなりの戦闘力が必要なのだそうだ。
さっきから、「今年はどんな戦いが繰り広げられるのかしら。」などとわくわくしているので、エルメラさんが見学するために若手職員は参加させられたのかもしれない。
Aランク冒険者でもあるエルメラさんの側ならば安全なので、ジークとリンクスはマリエラの「オークキング肉食べたい」という無言の圧力に屈して、オーク祭りに参加している。
今回のオーク祭りは新しく都市防衛隊を率いることになったカイト隊長の晴れ舞台でもある。手柄を立てようとさぞかし意気込んでいると思ったら、
「お集まりの冒険者のみなさん、今回の指揮を執らせて頂きますカイトです。
私もこのオーク祭りで妻と出会ったのですが、上手くいったのは5回目の参加でした。最初の2回は軽い怪我を負ったため仲間に診療所に押し込められてパーティに出られず、3回目は血塗れになってしまい着替えている間に出遅れました。今度こそと意気込んだ4回目で出会った美女に討伐証明部位である尻尾を巻き上げられました。5回目も熾烈な争いが繰り広げられましたが、見事妻を射止めることが出来ました。
お分かりでしょうか、みなさん。オークなど前哨戦に過ぎません。ただの準備運動です。オークの尻尾など女性に捧げる花のようなものです。真の戦いはこの後です。気負わず無理せず計画通りオークを狩りつくし立派な尾の束をつくりましょう!」
と、集まった面々に挨拶した。とても闘いを前にした挨拶とは思えない。しかし、経験者の言葉は重みが違うのか、皆うんうんと頷いている。一部「バカヤロー、俺は7回目だー!」と叫ぶ者もいたが、作戦は真剣に聞いていた。迷宮都市に於いて最も無駄に怪我人がでる行事でもあるので、焼肉パーティーに向けて上滑りしている独身男性のやる気を上手くコントロールできたようだ。
作戦は簡単。砂糖かぶらの畑に近い魔の森の境で、砂糖かぶらの皮などの屑を煮る。
立ち昇る甘い匂いを風魔法で魔の森に向かって送ると、冬を前に餌を求めて迷宮都市近くまでやってきたオークどもがフゴフゴと鼻を鳴らしながら森から出てくる。
余計な畑を荒らされないように、戦場の予定地以外の魔の森の境では、乱杭にデイジスを混ぜてなった縄をジグザグに這わせて簡易の柵にしているし、魔除けの香を焚いて風魔法で魔の森に匂いを送っているから出現場所もおおよそ戦場予定地周辺に定まっている。
オークキングが率いていればオークどももそれなりに統制のとれた動きをするが、数匹の群れで出てくることがほとんどで、この場合は列に並んだ冒険者が順番に倒していく。
毎年同じ作戦なのだが、これで問題無く多量のオークが釣れるのだから不思議だ。学習能力はないのか。いや、カイト隊長でさえ、4回もオーク祭りに敗れていたのだからオークどもと大した差はないのかもしれない。
砂糖かぶらの匂いにつられて3匹のオークが早速出てきたようだ。早朝から並んで一番槍を手に入れた若い冒険者チームが、うおぉと叫びながら駆け出して行く。気がはやりすぎだ。魔の森との境近くでオークを倒した若者達に後続の冒険者達からヤジが飛ぶ。
「もっと引きつけろイ。運ぶのが大変じゃねーか!」
「焦る男はモテねーぜ!」
「うるせー。おっさんのヤキモチは見苦しいぜ!」
などと、返しながら討伐証明部位である尻尾を切り取ると、若者達は運搬要員として駆り出された農奴達を護衛しながら倒したオークと共に隊列の背後に戻り最後尾に並び直す。
「最後尾はこちらでーす。はーい、焦らないでー、オークはどんどん出てきますからー」
立て看板をもった都市防衛隊員が人員整理に当たっていることもあり、冒険者達は口は悪いが行儀がいい。
因みに魔の森の境と隊列の中央地点には線が引いてあり、その線を超えてきたオークは次の冒険者が仕留めてもいいので、自信のない冒険者は線の近くで戦って勝ち目がないと思ったら逃げて助けを求めることも出来る。
ばらばらに、けれど途切れること無く現れるオークを順番に倒していく冒険者達。倒されたオークは隊列付近に用意されている荷車に載せられて迷宮都市へと運ばれ、冒険者ギルドの解体職や卸売市場の肉屋が総出で血抜き、解体し、氷魔法の使い手が凍らせていく。
荷車を引くヤグーも雄ばかりで闘いの雰囲気に当てられたのか、立派な角を高々と振りかざして、意気揚々と荷車を引いてくる。マリエラ達がお世話になったヤグーもいるようだ。タッタカとひずめを踏み鳴らして血塗れのオークを運んでくる。本当に草食動物か。血気盛んすぎる。
そうこうしているうちに、ジークとリンクスの順番が来たようだ。
二人は中央線付近に自然なポーズで陣取っている。
「オイオイオーイ、初っ端から逃げ出すつもりかー?」
「尻尾も無しにパーティー出たってモテねーぜー」
一斉に揶揄する冒険者達と、迫り来る4匹のオーク。
中央線まであと少しという所で、ジークが飛び出し、リンクスが一歩踏み出してシュっとナイフを投げる。リンクスのナイフは2匹のオークの眼孔を脳まで貫き、ドッと2匹のオークが転がる。
飛び出したジークはオークが振り上げた棍棒を振り下ろすより早く1匹目の首を掻き切り、2匹目の一撃を紙一重で躱して懐に入り込むと心臓を一突きにする。こちらもあっという間にカタがついた。
どよめきと共に冒険者達から湧き上がるブーイング。
「立ってるだけで女が寄ってくる上級冒険者様が出てくるんじゃねえぇぇぇ!」
「お前らなんか、性悪女にカモられちまえ!」
キャーキャーと黄色い声を上げているのはテルーテル相談役だけだ。
「彼はあの時のっ!彼らは何者かねっ!ランクは?二つ名はあるのかねっ!」
大興奮だ。大佐という重責から解放されたテルーテル相談役は、冒険者達の活躍を心置きなく堪能し、今一番輝いていた。仕事しろ。
ちなみに参加時に名前の登録などは必要ないから、ジークもリンクスもテルーテル相談役に名前を知られることはない。新たな物語は始まらないので安心していただきたい。
冒険者達のブーイングを片手を上げてスマートにかわし、イケメン風に列の最後尾に戻って行くジークにリンクス。闘いの様子も含め、その勇姿は遠すぎてマリエラには見えていない。
はるか離れた迷宮都市の門前に設けられた応援コーナーでは、エルメラさんが楽しそうに実況中継していた。
「まぁ、マリエラさんの所の二人、なかなかやりますね。オークを二匹ずつゲットです。これで冬場のお肉には事欠きませんわ。幾らかソーセージで受け取っておくと良いですよ。ポトフにするととても美味しいの。」
詳細を話してくれるエルメラさん。絶対に魔法で視力を調整している。さっきから手が触れそうになる度、『ぱちっ』と静電気が飛んできて痛い。
二人を送り出したマリエラはというと、正直少し飽きていた。
戦場は遠くて何をやっているのか見えないし、周りではうら若き乙女達が、
「今年の新人には原石がいないわね。」
「ねぇ、好みじゃない人から尻尾だけもらったら面倒な事になるかしら?」
「あの人?別れたらしいわよ。でも付きまとわれているんですって。」
などと肉食系の話をしている。マリエラも食品嗜好の上では肉食系女子だが、今日の獲物はオークキング肉なので興味の持てる話題は聞こえてこない。
薬草薬効大辞典を持って来ればよかったと、心底思ってボンヤリしていると、一人の女性が声をかけてきた。
「あなた、薬屋さんの人よね。」
はいそうですと答えながら、マリエラは女性を見る。二十歳くらいで町娘風の服装をしているが、佇まいには隙がなく無駄な贅肉の少ない引き締まった体つきをしている。おそらく冒険者の人だろう。
「この火傷の跡を薄くする薬ってないかな。」
女性がちらりとめくって見せた袖の下には魔物にやられたのか、火傷跡が広がっていた。
「火傷自体はウチの治癒魔法使いが治してくれたんだけど、跡が残っちゃって。アタシはあんまり気にしてないんだけどさ、ツレが見るたびに申し訳なさそうな顔するんだよね。」
ツレという同じパーティーの人をかばって受けた傷らしい。オーク祭りの会場をやさしげなまなざしで見つめているから恋人なのかもしれない。
女性の問いかけにマリエラは言葉を詰まらせる。
「ごめんなさい。美白系のクリームを塗り込めば少しは薄くなるんですけれど……。」
マリエラの扱う薬では火傷跡を治すことはできない。上級ポーションを使えば簡単に治せるのに。
目を伏せるマリエラに女性冒険者は、
「そっか。美白のクリームね。貴女のお店でも売ってるの?」
とにっこり笑って聞いてくれた。作っておくと答えると、女性冒険者は必ず買いに行くからと言って去っていった。
ちなみに美白クリームは話を聞いていたエルメラさんにも注文された。周囲の女性たちも話を聞いていたようで、大量に注文を受けてしまった。忙しいのはいいことだよね。そんなふうに思っていると、オーク祭り会場の方から、あわただしい空気が伝わってきた。
あちらも急に忙しくなったようだ。




