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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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講習会の起案

「薬の作り方を教えてくださるんですか?」


 商人ギルド 薬草部門長のエルメラさんが聞き返す。副部門長のリエンドロさんも意外そうな顔をしている。


「はい。勿論、全部ではないですが、傷薬とか痛み止め、煙玉といった、よく売れている薬の作り方をお話ししようかなと。

 あ、キャル様の了解は貰ってますよ。」


 同業者の薬師の嫌がらせの相談をするため、マリエラとジークはエルメラさんを訪ねて商人ギルドを訪れていた。


「ですが、どれも売れ筋商品じゃありませんか。」


「そうですけど、どれも簡単な物ですし。傷薬みたいな基本的な物で売り上げに差が出るのって、拙くありません?」


 マリエラの疑問は迷宮都市の薬事情の的を射ている。この街の薬師のレベルは低く基本さえ満足に押さえられていない者が多いのだ。迷宮からもたらされる質の高い材料のお陰で、それなりの効果が出ているに過ぎない。事実、薬のトラブルは少なくなくて、薬師のレベルアップはエルメラにとっても頭の痛い問題だった。


 薬草部門では、薬草の効果や処理方法をまとめた大作『薬草薬効大辞典』を始め、基礎的な薬の作り方を載せた各種書籍を発行し、講習会に認定制度にと地道な活動を続けているが、エルメラ薬草部門長が求めるレベルと薬師達のレベルに差がありすぎることもあって、なかなか成果が上がっていなかった。


 薬師達とていい加減な作り方をしている者ばかりではない。『薬草薬効大辞典』や他の薬に関する書籍の情報は彼らの研鑽の証でもある。それでも、迷宮都市の薬事情が向上しないのは、彼らの錬金術スキルの低さにあった。

 マリエラは上級ポーションが作れる上に素材の処理といった基礎がしっかりと出来ている。だからこそ、素材や中間処理品を見ただけでそれが何でどういう状態なのか知る事が出来る。腕の良い料理人が料理を食べただけで、材料の処理方法や使われた調味料を知るように、錬金術スキルによって五感では感じられない情報を容易く知ることが出来るのだ。


 アグウィナス家が抱えている帝都から来た錬金術師であれば同じことが可能であろうが、彼らは市井には姿を現さない。帝国や周辺諸国の錬金術師が来てくれれば良いのだが、それなりの知識と技術をもつ者ならば、地脈とラインを結んだ場所で生計を立てることが可能で、わざわざ錬金術の使えない迷宮都市などへはやってこない。


 薬草店を営むガーク爺は素材鑑定のスキルを持っていて、若い頃から鑑定スキルを使い続けた甲斐あって今ではスキルレベルも高い。薬のように素材が混ぜ合わさった物でも専用の魔道具と鑑定スキルで情報を得る事が出来る。

 けれど、レベルをあげることが困難だといわれる鑑定スキルをここまで上げられる者は稀であり、スキル取得者は厄介ごとを避けるため秘匿することが常である。ガーク爺が鑑定スキル持ちであることを知っている者は限られていて、彼の店の店頭に劣化した2流の商品が並んでいるのは、並の薬草屋であるとカモフラージュする意味もある。


 迷宮都市で薬草の状態や薬の出来を正確に知ることが出来る者はごく僅かしかいないのだ。

 使う材料の良し悪しや、作った薬のできがはっきりと解らない。新たな製品を作っても、多大な治験を重ねなければ良し悪しは分からない。公共の支援があれば状況は変わっていたのだろうが、戦闘中であろうと瞬時に傷を癒しうる治癒魔法とそのデメリットを埋めうるポーションに比べると、薬の効果は大きく隔たりがある。

 商人ギルドの薬草部門が薬の品質向上に注力しだしたのもエルメラが部門長に就任してからで、本来は薬草の都市外への出荷調整を担う部門で、高価な薬草の値を下げないために適切な処理の推進を行うことを職責としていた。

 余力などない状況で迷宮討伐に注力せざるを得ない迷宮都市において、薬の発展が遅々として進まないのは致し方のないことといえた。


 そんな状況でマリエラが作り方を教えると言った薬は、兄弟子達がライブラリに残した技術と素材の処理技術を組み合わせたものだから、この街の薬のレベルを上回るものである。

 傷薬は基本的な薬であるが、作り方のノウハウが基本的とは言いがたい。大切なメシの種を商売敵に教えるなど、そうある事ではない。

 情報を開示すると提案してきたマリエラに、エルメラが困惑するのも無理はない話だった。


 もっともマリエラもキャル様も、作り方を教えて困ることは無い。最近は大口注文が増えて、商品の制作が間に合わない。傷薬や痛み止め、煙玉が売れなくなっても、キャル様は後遺症の緩和薬に力を入れているし、マリエラは様々な薬が作れる。因みにマリエラは甘くて飲みやすい薬を作りたいと頑張っているが、こちらはサッパリ上手くいっていない。


 二人とも口には出さないが、薬の販売で生計を立てている訳ではないと言った事情もある。人を雇えば面倒ごとも増える。偏った知識しかない16,7歳の少女の手に負えるものでないことを、マリエラ達は分かっていた。ましてマリエラには錬金術師であるという秘密もある。下手な相手に取り込まれる訳には行かない。規模を拡張して独占するよりは、ある程度情報を提供して、数多くの薬師たちの中に埋もれてしまう方が都合がいい。


「ん~、作り方の権利は持ったままでさ、契約時に情報料を一時金で貰って、あとは製品の売り上げの一部を貰ったらどうかな~。」


「帝都で行われている特許制度ですか。"薬"というカテゴリは存在しませんが。」


 リエンドロ副部門長の提案に、エルメラさんが困惑する。勿論制度は知っている。迷宮都市も帝国の一部だから制度が適用される地域でもある。


 新技術を保護する制度だが、帝国の特許制度はカテゴリが限定される。最も出願が盛んなカテゴリは"魔道具"。逆にポーションなどの錬成品のカテゴリは存在しない。錬金術師には《ライブラリ》があり師から認められたものだけが情報を知ることができるため、特許による保護はむしろ妨げになるからだ。

 鍛冶技術も対象とならない。通常の鉄の製造は技術の進歩に伴い大規模化が図られてきたが、ミスリルやアダマンタイトと言った魔法金属に関しては、精錬にせよ鍛造にせよ鍛冶師のスキルレベルが足りなければ製造できないからだ。腕のある者しか作れない製品の権利化に関しては慎重論が根強かった。


 逆に迷宮都市の発展に伴い急成長を遂げた"魔道具"技術は、特定のスキルを必要とせず、情報によって開発者の利益が阻害される可能性が高い。帝国の特許制度は"魔道具"の発達に伴って進展したといっても過言ではない。


 帝国においてポーションが作れない地域は迷宮都市のある地脈一帯だけだから、薬があるのも迷宮都市だけで特許制度に"薬"というカテゴリは存在しない。したがって特許を申請したければカテゴリの作成から依頼をしなければいけないのだが、薬の市場規模を考えると可能性は低いのではないか、とエルメラさんは考えていた。

「カテゴリ申請が……」などとつぶやくエルメラさんに、リエンドロさんが提案する。


「エルメラさーん、"薬"のカテゴリ申請しても通らないんじゃないかとか考えてるでしょー。通らなくてもいいじゃないですかー。通ればラッキーくらいで。どうせ申請したって結果が出るのに年単位で時間が掛かるんですからー。とりあえず申請だけしといて、当面は『講習会費』の名目で情報料払ってもらって、ついでに使用料の契約もしちゃえばいいじゃないですかー。」


 さすがリエンドロさん。考え方が柔軟だ。


「なるほど。そうですわね。マリエラさんのお店『木漏れ日』にちょっかいをかけた薬師は強制参加にしましょう。」


「じゃー、手の空いてそうな部下に特許権料に基づいて計画書作らせますんでー。エルメラさんギルマスに話しといて下さいねー。マリエラさーん、講師おねがいしますねー。」


 そういうとリエンドロさんはひらひらと手を振って、仕事を丸投げできそうな手空きの部下を探しに行った。リエンドロさんが計画書作るんじゃないんだね。

「すっごい面白い仕事があるんだよー。一緒にやらない?僕が見ててあげるからさー。(見てるだけだけどさー。)」とか言いながら部下の人を上手く操る姿が見えるようだ。


「マリエラさん、私も職員として参加して、無礼な薬師には『ぱちっ』ってお見舞いしますから、よろしくお願いしますね。あぁ、これで迷宮都市の薬師のレベルも上がるというものです。」


 うっきうきのエルメラさん。雷帝だというのは秘密ではなかったのか。『ぱちっ』ってやっちゃ駄目なんじゃないだろうか。折角教えた薬の作り方を忘れてしまう気がする。




 リエンドロさんに計画書を丸投げされた部下の人は1日で計画書を作り、翌日にはエルメラさんが冒険者ギルドのギルドマスターの承認を得てしまったらしい。契約料と使用料の説明を受けて二週間ほどの告知期間の後、講習会が開催された。


 ちなみに契約料や使用料は提供する薬の情報によって異なる。今回予定している傷薬、痛み止め、煙玉の契約料はそれぞれ大銀貨1枚。これがそのまま講習会費となる。使用料は売上の2%を年払い。こちらは講習会前に魔法契約を交わしてあるから、支払い時に虚偽の申告はできない。習った作り方を元に大幅な改善を加え、明らかに上位あるいは異なる効果が得られた場合は別の製品と見做されて契約の範囲から外れる。


 講習会を機にマリエラのお店への嫌がらせはぴたりとやんだ。

 嫌がらせをしている間に、他の同業者の薬のレベルが上がってしまうから、我先にと講習会を受けに来る。おかげさまで講習会は大盛況で、毎週の定期開催になってしまった。


 嫌がらせを指示して捕まった薬師の人たちは、会場の隅っこで黙って話を聞いている。しかも翌週も参加してきた。講習会費は契約料をかねているので2回貰うのは二重取りになってしまうから、どうしたことかと聞いてみると、気まずそうな顔をしながら、

「教わったとおりに作ってみたんだが、どうもうまくいかないんだ。」

と話してくれた。どうやら乾燥したキュルリケの葉脈や茎まで使っていたらしい。


 マリエラやエルメラからすると当たり前すぎて、薬草の何処に薬効成分が集まっているか知らない人がいると分からなかった。なるほどそうかと、講習会に実技演習を取り入れてみたり、講習会とは別に受講者を対象とした勉強会を定期的に開催した。

 何度か薬師達と交流を重ねるうちに、病状に合わせた薬の選び方や、良い薬草を置いている店、薬師でも採取しやすい穴場の採取場などマリエラの知らない情報を教えてもらえるようになった。


 こうしてマリエラは、迷宮都市の薬師の仲間入りを果たすことができたのだった。






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