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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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闖入者たち

「これと同じ傷薬ありますか?」

「煙玉まとめ買いしたいんだけど。」

「少女美少女の薬屋はここですか?」


 最近なんだか忙しいな、接客しながらマリエラは考える。

 あと、最後の人、「美」の文字が一文字足りないんじゃないでしょうかね?

 そうボヤくと、今日もうちの台所で勝手に昼ごはんを食べているリンクスが、「え?微少女?」などと聞き返してきた。

 これこれ、リンクスさん、ジークさん、なんで視線が胸元に来るのかね?

『少女美少女』のお客さんが「微少女と美少女……、深い。」などと呟いている。変な常連さんが増えそうで困る。


 常連さんと言えば。

 ドワーフ三人組は、毎日のようにやってきてはお茶休憩をして、傷薬を買ってくれる。たまに買ってくれるなら、お茶だけ飲みに来てもいいよと言うと、怪我を抱えてスラムでうずくまっている冒険者にあげているんだそうな。


 マリエラのお店『木漏れ日』の増築を手伝ってくれたスラムの3人は、すっかり傷も治って冒険者に戻れたらしい。この前、傷薬を買いに来てくれた。冒険者として稼いだお金で買えるようになったからって。


 とても嬉しかったので、魔除けや眠りの薬草を混ぜ込んだ煙玉をオマケしたら、結構な効果が有ったようで、口コミが広がって大口注文が入るようになってしまった。別にポーションでもなんでもない普通の品なんだけれど、細かい調整の仕方で効果が変わるのだとかなんとか。


 薬味草店のメルルさんの口コミもすごい。

 マリエラの店では、何種類もの『石鹸』を扱っている。これもポーションでもなんでもない普通の品なのだが、マリエラの《ライブラリ》に登録されている『暮らしを便利にする練成品』のレシピで、洗濯用の粉石鹸に、食器を洗う用の液体石鹸、体を洗うものでも髪用の液体石鹸に体用の固形石鹸、顔用のクリーム石鹸があってしかも効能だけでも、しっとり、さっぱりの2種類。あと良い香りのする石鹸も各種取り揃えている。


 本当は「スッキリ」やら「ゴッソリ」など、もっとたくさんの種類があるのだが、錬金術スキルがまったく上がっていない状態で使用できる《乾燥》,《粉砕》と生活魔法の組み合わせで作れる物だけ売っている。

 他のお店との兼ね合いも考えて迷宮都市の石鹸の相場より少し高めの値段にしたのに、奥様連中が入れ替わり立ち替わり買いに来る。


 アンバーさんはアンバーさんで、

「マリエラちゃんのお薬、とっても良く効いたから同業者に勧めておいたわ。あと、お客さんたちにも傷薬をオススメしてあるの。引っかき傷なんて一晩で治っちゃうから、残念がっちゃうお客さんもいるくらいなのよ。うふふ。」

と笑って教えてくれた。引っかき傷に突っ込むべきか悩ましい。


 常連さんの口コミのお陰でお客さんが増えたのは有り難い事なのだけれども。




「オイオイオイ、モグリの薬屋、ここの薬使ったら腕がこんなに腫れちまったゼ、どうしてくれるんだ!?」

「そうだそうだ!俺たちゃ冒険者だぞ!迷宮に潜れなくなったらどうしてくれるんでい!」


 最近はおかしな難癖をつけてくるお客さんが増えた。

 むしろどうやって入れたのか聞きたい位でっかい虫が入っていたというお客さんや、とても元気に喚いているのに薬を飲んでからお腹が痛いというお客さん、傷薬を買ったのに中身が別の薬だったと、余所の軟膏缶に『木漏れ日』のラベルを貼って持ってきたお客さん。


 どの人もお店に初めて来る人ばかりで、いかにもチンピラですと言った風体の人達だ。今日の人たちもなかなかに分かりやすいチンピラたちで、優雅なお茶のひと時を邪魔された常連さん達の鋭い眼光にたじろいで逆上し、暴れだしたところを、さっくりジークが取り押さえ、カウンターの隅に常備しているロープでぐるぐる巻きにされていた。そのまま都市防衛隊の詰め所に連れて行ってもいいのだけれど、念のため腫れたという患部をマリエラとキャル様で診察する。


「あー、これ、ダイダラマイマイの粘液だねー。」


 取り押さえられた男の赤くかぶれた腕を見て、マリエラがいう。

 さっき塗りつけたばかりなのだろう、かぶれた腕には粘液が残っていて、てらてらしている。


 ダイダラマイマイは迷宮のジトジトした階層に生息しているでっかいカタツムリで、殻だけでも大人の拳二つ分くらいある。魔物ではないから倒せば身が丸ごと手に入る。表面は粘液でねっとりしていて、素手で触ると赤くかぶれて痒くなるが、きれいな水で洗って掻かずにそっとしておけば、翌朝には綺麗に治っている。

 因みに食用。昨日、卸売市場に大量に出回っていたから、それを使ったんだろう。マリエラも買っていて、食べきれなかった分が食料保管の魔道具に入れてある。


「だから、お前んトコの薬でこうなったっつってんだろ!!!」


 イチャモンを継続するチンピラを無視して、おもむろにダイダラマイマイを取り出すマリエラ。キャル様は初めて見たのか、「まぁ」と驚きつつも興味深々といった表情で見ている。

 安くてキモくてまぁまぁ美味しい庶民の味だから、貴族であるアグウィナス家の食卓には上らないんだろう。スープにすると良い出汁が出るし、肉はコリコリしていて癖がなく、野菜と相性がいいのでスープに炒め物にと幅広く使える食材なのだが。


「こちらが、ダイダラマイマイでーす。表面のかぶれる粘液はさっと湯通しして水洗いすれば問題がありません。ですが。」


 ガツンとハンマーでダイダラマイマイの殻を割る。

 デロりとこぼれる内臓の中から黄緑がかった袋を取り出すと小皿に載せ、袋を切り開いて中の黄色がかった液体を取り出す。それをスプーンの腹につけると、皆に見えるように掲げてみせる。


「ダイダラマイマイの粘液に、この毒液を加えるとデスネー。」


 ちょ、何するやめろと喚くチンピラを無視して、マリエラは黄色の液体をチンピラのかぶれた患部に塗り付ける。


 すると、患部に豆粒ぐらいの丸っこい吹き出物が隙間なくビッシリと盛り上がってきた。しかも根元の方から突端に向けて、緑、黄色、白、青とカラフルな色合いをしていて、上から見ると魚の目がビッシリ生えたようだ。


「ヒェッ」


 チンピラ2人の顔色は一気に青ざめ、言葉をなくす。

 キャル様は「気持ち悪い……。」と言いつつも、瞬きせずにぶつぶつをガン見している。うん、気持ち悪いものって、じっくり見たくなるよね。わかる。


「ほら、やっぱりダイダラマイマイだった。あーあ。初めからダイダラマイマイだって言ってくれればこんな危ないことしなくてすんだのになー。こんなふうになっちゃってー。たいへんだなー。すっごい色してるしー。


 …………治して欲しいです?」


脅しにかかるマリエラ。セリフが棒読みだ。主演女優賞はあげられない。しかし、ブツブツのインパクトに飲まれたチンピラには充分だったようだ。

 マリエラの言葉に、ブンブンと頭を上下に振るチンピラ。

 後は簡単だった。ジークの質問に泣きそうな顔で素直に答えてくれた。


 因みに、ダイダラマイマイの内臓の液体は毒ではない。毒と言ったのは単なる脅しだ。意外と知られていないけれど、ダイダラマイマイは、体表の粘液の上にこの液体を分泌し、表面にカラフルなブツブツを作り出して餌をおびき寄せるのだそうだ。中身は気泡だから、有害でもなんでもなくて、水で洗えばすぐに落ちる。

 かぶれて痒いところに塗ると水洗いするより早く治るくらいだ。


(このブツブツ、久しぶりに見た。)

 マリエラは、中級の解毒ポーションを作れるかどうかという頃合いに、師匠が顔やら首やらにこのブツブツを大量にくっつけて、

「マッ、マリエラァ~、助けてっ、解毒のポーションを早くっ、下級じゃダメだっ、中級をっ。」

と、迫真の演技を見せたのを思い出した。


 すっかりだまされたマリエラは、師匠が死んじゃうと泣きながら必死で解毒ポーションを作った。

 因みに、中級解毒ポーションでは、ブツブツは治らない。毒でも病気でもなくて、表皮にくっ付いているだけだから治るはずがない。


「なっ治らないよぅ~」

 と、泣きながら何本も解毒ポーションを作ったお陰で、作り方をマスター出来たけど、ネタばらしの時に「ナンチャッテ」と笑った師匠の顔は忘れられない。

 3日間、ダイダラマイマイ尽くしの食事にしてやった。


 師匠を思い出して、ちょっぴり腹が立ったので、チンピラのブツブツを針でプチプチ潰していくマリエラ。ただの気泡で痛くないはずなのに、完全にデキモノだと思っているのか、チンピラ2人は

「ごべんだざい、もうじばぜん。」

と泣きながら謝っていた。


 完全に危ない毒だと思い込んでいる。チンピラ2人の泣きっぷりに悪戯心がおこったマリエラは、陶器の水差しに水を入れヤグーの乳でほんのり白く色づけすると、《ライト》の生活魔法で水差しの中に光をともした。


「正直に話してくれたので、今からとっておきのお薬で治療をします。」


 そう言って、水差しの水を中に光源があることが分からないように、高い位置からかけていく。水差しの中から《ライト》で照らしているせいで、白く濁った水が光っているように見える。ポーションや命の雫はこんな光り方はしないのだが、これはこれで細工としては面白い。


 カラフルなブツブツの気泡は、光っているだけのただの水で簡単に洗い流されてぽろぽろと取れていく。『すごい薬』だと思い込んでいるチンピラ二人は平身低頭で謝罪と感謝をして、メルルさんが呼んでくれた衛兵に連行されていった。


「今回も同業の薬屋かー。」


 マリエラはため息をつく。マリエラの薬は良く効くと評判で、口コミでどんどんお客さんが増えている。さらに冒険者ギルドの売店で一番人気だったキャル様までやってきて、今ではいくつかの薬はキャル様との共同制作品だ。開店して間もないというのに、薬と言えば『木漏れ日』というほど売れ行きを伸ばしている。


 マリエラ達の薬が売れれば売れるほど、薬の売れ行きが落ちた薬師達からの嫌がらせが酷くなっている。初めは風評被害だけだったのだが、これはメルルさん達奥様ネットワークがもみ消し……というか返り討ちにしてしまった。奥様恐い。情報戦の達人か?奥様諜報部隊かなんかか。

 そこで、チンピラを雇うという暴挙に出たらしい。今のところはマリエラ達の丁寧な『ご説明』で納得して雇い主が誰か話してくれているけれど、このままにしておくわけにはいかない。


 困ったな。対策を相談しようとキャル様のほうを見ると、キャル様は楽しそうにダイダラマイマイの粘液と黄色の分泌液を混ぜ合わせて、カラフルな気泡を発生させて遊んでいらっしゃった。好奇心旺盛すぎる。


 マリエラの視線に気付いたキャル様は、


「マリエラさん、先ほどの光る水はどのようになさいましたの?」


と聞いてきた。目がキラキラしている。とても相談できるテンションではない。

 からくりを話すと嬉々として水差しやらティーポットで光る液体を注ぎ始めた。常連客や様子を見ていた買い物客まで順繰りに光る水やら光るお茶やらをカップに注いでいく。

 ちなみにこの『光る魔法の水』遊びは、カッコイイ注ぎ方のポーズと一緒に大流行し、調子に乗って床を水浸しにした子供やお父さん連中が、奥様に大目玉を食らった話が零した時のポーズと共にしばらく話題を独占した。


 マリエラの『木漏れ日』でも、常連客の熱い要望に応え、ヤカンを乗せた卓上型の火の魔道具と数種類のお茶っ葉、ティーセットを置くコーナーを店の隅に設けてお茶のセルフサービスを始めた。

 近くには掃除道具も置いてあるからこぼした人は掃除までしてくれる。

 そのかいあってか、日々スタイリッシュなポーズで光るお茶が淹れられていて、ますますなんの店か分からなくなってしまった。


 漸くキャル様に、同業者の嫌がらせについて相談できたのは数日後だった。

 キャル様は、嫌がらせなど全く気にしていない様子で、

「まぁ……。他の薬師さん達も、マリエラさんのように良いお薬を作れば宜しいのに。」

と首をかしげていた。


「その通りなんですけどね。作り方とか……。あー、そうか。そうだ。」


 ちょっと閃いちゃった。その日はいつもより少し早めにお店を閉めて、マリエラとジークはエルメラさんの元へ向かった。





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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
改定&更新中!『俺の箱』もよろしくお願いします(なろう内、別ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
2周目を読んでいます。1回目の自分の感想に驚いたりしつつ。 光るお茶は見て楽しそうです。
永年一人暮らしで、コミュ性とは思えない イタズラ小僧なマリエラ様。なのでした。
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