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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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物静かな男

「へぇ、そんなことがあったのか。」


『ヤグーの跳ね橋』亭で、マリエラとジークは巨大スライム事件の一部始終をリンクスに話して聞かせていた。無論、雷帝エルシーの正体は伏せている。記憶を消されたくはないので。

 エルメラさんは「『ぱちっ』ってするんですよ~」と言っていたが、静電気から雷撃まで全てを『ぱちっ』という擬音で表現されると逆にこわい。『バヂィッ』って音してたし。あんなの浴びたら絶対記憶以外の大事なものも飛んで行くと思う。


 エルメラさんから聞いた話によると、キンデル建材部門長が私的理由で職権を乱用し、ついでに越権行為をしまくった挙句の果てに、スラムに巨大スライムを呼び込んでしまったのだそうだ。本人は巨大スライムに飲まれて死亡したけれど、遺された財産は全て没収され災害の復興に充てられるとのこと。


「残されたキンデル建材部門長の家族が、かわいそうな気もするな。」

とマリエラが言うと、傍で話を聞いていた薬味草店のメルルさんが、

「あそこの奥さん、『カワイソウなアテクシと一緒に帝都の実家に来ておくれ~』とか言いながら、嬉しそうに若い下男にしな垂れかかってたよ。こんなふうに。」

とエルメラさんを相手に実演しながら教えてくれた。


 エルメラさんもノリノリで、

「奥様~」

とか言いながら、メルルさんのオークのような豊満バディーを受け止めている。

流石はAランク冒険者。メルルさんにもびくともしない。

 

 というか、なんでメルルさんがそんなことまで知っているんだろう。奥様ネットワーク恐るべし。


 キンデル建材部門長から没収した財産は、スラムの住居を住みやすく修繕するために使われるのだと、エルメラさんはウインクしながら教えてくれた。


 テルーテル大佐はというと、都市防衛隊を預かる身でありながら戦略物資でもある薬草管理の不備を起こし、さらにはキンデル建材部門長の犯罪を幇助した責任は重いが、巨大スライム出現後、身を呈して住人を護った事を考慮され、現職役職を剥奪の上、相談役として都市防衛隊に残ることになったそうだ。


 後任は事務方出身の人らしく詳しい話は聞いていない。全く目立たない人で、テルーテル大佐の陰でこつこつと仕事をしてきた人らしい。これからもこつこつと仕事をしていくのだろうといっていた。

 今回、事態の収拾に尽力したカイトという平民出身の人は隊長に昇進したらしい。エルメラさん曰く、『まじめなのにとても面白い人』らしい。テルーテル相談役は新しい大佐やカイト隊長の相談に乗るのではなく、身分をかさに来て命令を聞かない隊員と『ご相談』するのが仕事なのだそうだ。


 そんな話をしながら、皆で夕食を食べる。

 今日は黒鉄輸送隊が迷宮都市に戻って来た日で、無事の帰還を祝う席でもあるから料理も豪華だ。『ヤグーの跳ね橋』亭に黒鉄輸送隊の面々が集まっていて、いつも通りディック隊長がアンバーさんにチョッカイをかけては上手く躱わされ、クッションを相手に「アンバー」コールを連発している。

 新しく入ったという奴隷の3人も店の隅っこで食事をしていて、マリエラが挨拶するとペコリと頭を下げてきた。


「マリエラ、そろそろ子供は寝る時間だぜ。」


 新人さんの名前も聞いていないのに、リンクスがそんな事を言う。自分だって同じくらいの歳じゃない。

 むぅとむくれるマリエラに、ジークが「スラーケンの餌の時間だろう」と囁く。おぉ、そうだった。簡単に気を取り直したマリエラはジークと一緒に店をでた。


「それにしても無口な人達だね、新人さんたち。」

 店の前まで見送りにきたリンクスにマリエラが言う。


「そうだな。」

とだけ答えてじゃあまたなと手をふるリンクス。


「喉を潰してあるからな。」


 リンクスが続けた言葉は、去っていくマリエラの耳には届かなかった。




 ポーションを扱う黒鉄輸送隊の仕事は秘密が多い。長く死線を共にした仲間達と、金で贖われた奴隷を同じ扱いはできない。《命令》だけでは上手く誘導され秘密が知られる恐れもある。

 マリエラ達の秘密を守るため、奴隷達は喉は潰され声が出ないようにされていた。永久奴隷や犯罪奴隷というものは、本来そんな事さえ許されるモノなのだ。




(次の荷も奴隷ですが……)


 マルロー副隊長とディック隊長は念話で会話を交わす。表面上はマルロー副隊長は静かにグラスを傾けていて、ディック隊長は「アンバー、アンバー」言いながら、クッションに顔を埋め、もにゅもにゅと揉みしだいているのだが。


 前もその前の荷も、奴隷商レイモンドが依頼した奴隷だった。迷宮討伐の遠征も、麦の種まきも終わっている。これから季節は冬を迎える。迷宮の中では季節は関係ないけれど、迷宮討伐は暫くは小規模なものになる。人手が入り用な時期ではない。そもそも、迷宮都市に運び込まれる人や物資はヤグー便が主流だ。ヤグーの定期便で賄い切れない物資の移動を、割高な運賃で請け負うのが黒鉄輸送隊の仕事だ。奴隷ばかりが不足するとは一体なにがおこっているのか。


(リンクス、マリエラさんの周辺はどうですか?)


 ディック隊長との念話を終えたマルロー副隊長は、今度はリンクスと情報を交換する。念話を終えたディック隊長は変わらずクッションをもにゅっているから、カモフラージュと言うより、もにゅりたいだけかもしれない。嘆かわしい。


(マリエラ周辺は異常なし。アグウィナス嬢もシロだな。今んとこアグウィナスも他の貴族もマリエラにゃ気付いてねぇみたいだ。そういや、アグウィナス家の離れにレイモンドさんが出入りしてたぜ?)


 奴隷達の行先はアグウィナス家か。ポーションの管理と研究を行っている錬金術師の家系が、奴隷を何に使うというのか。


 きな臭いな。


 マルロー副隊長はグラスの中身を空けると夜の街へと消えていった。




「さーて、ヌイ、ニコ、ジヤ、飯が済んだら拠点にもどんぞ。」


 リンクスが3人の奴隷に声を掛ける。


 リンクスの声に、がっがっと残りの食べ物を口に詰め込み、大慌てで駆け寄ってきたのはヌイ。ヌーイールという名の男。

 後ろに続く猫背の男がニコライ、ニコと呼ばれている。

 付かず離れず、ひっそりと従いつつも、目だけはきょろきょろと周りを窺っているのがジャイコブ。ジヤである。


 前回の荷も奴隷だったのに、レイモンドに荷を引き渡して数日後、黒鉄輸送隊が奴隷を買いに行った時には良い奴隷はみな売れてしまっていた。かろうじて御者が務まりそうだったのがこの3人で、ジヤだけは20歳半ばだが残る2人は30歳を超えている。魔力も少なくロクな戦闘技術もない犯罪奴隷達で、小心者であるくせに弱いものを狙っては強盗まがいの犯罪を重ねてきた小ずるい男たちだ。


 リンクスの後に続いて黒鉄輸送隊の拠点へと向かう3人。


(若造が偉そうに。俺はジャイコブだ。ジヤなんて軽々しく呼ぶんじゃねぇ。)


 心のうちを顔に出さず、一番後ろを歩くジヤが心の中で毒づく。


(自分らばっかり女と楽しみやがってよ。俺らを帰したあとにたっぷりとお楽しみなんだろうさ。ちくしょう、うらやましいぜ。

 そういやぁ、さっきの娘っ子、見たことあるな。あぁ、死にぞこないを買ってった貧乏娘か。ずいぶんと立派な野郎を連れてやがったが……、まさかな。

 あの死にかけ奴隷が生きてるはずは、ねぇもんな。迷宮都市の冒険者でも落としたんだろうぜ。ほんっといいご身分だね、小娘の分際で。それにしても小娘のツレ、いい武器(エモノ)持ってやがったな。俺にもあんなエモノがありゃぁ、もっと上手くやれたろうによ。)


 ジヤがマリエラを見かけたのは、レイモンド商会の客用の獣舎の中。マリエラが目覚め、黒鉄輸送隊と共にレイモンド商会に行ったときだ。ジヤは抜け目のない男で、レイモンド商会で騎獣の世話役を自らかってでていた。買われていくまでの間、ただ飯を食らうのは申し訳ないからと。


 別に騎獣が好きな訳でも世話が得意だったわけでもない。奴隷商館を訪れる客の多くが馬車に乗ってやってくるからだ。馬車で来る客というのは大抵が鉱山だったり、普段は農奴で閑散期に迷宮討伐隊の荷物持ちや戦奴として借り出されるような、危険な重労働に従事する奴隷を求めてやってくる。


 そんなところはごめんだ。商会の雑用のような楽な仕事につきたい。いやいっそのこと、売れ残って奴隷商館で雑用をしながら暮らしたい。

 騎獣の世話をしていれば、客からは奴隷商館に所属していると思われるし、商談の間は商品部屋にいなくて済む。客の目に商品として映らなければ、うまく売れ残ることができるだろう。


 そうしてジヤはレイモンド商会では異例の長さで売れ残ってこられた。

 黒鉄輸送隊に買われたのだって、他に御者が務まりそうな者がいなかったからだ。奴隷商のレイモンドさえ、ニコとヌイの2人では足りず、他に誰かいないのかと問われて漸く「そういえば、あれがいたな」と思い出したほどだ。


 買われた先が魔の森を往来する黒鉄輸送隊だというだけでもジヤにとっては不幸だったのに、買われてすぐに喉を潰されてしまった。治癒魔法にこんな使い方があるなんて思わなかった。フランツという黒鉄輸送隊の治癒魔法使いめ、一生恨んでやる。

 喉を潰す際に痛みは無かったが、ジヤの喉は「あー」とも「うー」とも音を出すことはできなくなった。


 黒鉄輸送隊の待遇は犯罪奴隷に対するものとしては、決して悪いものではない。

 衣食住を与え、今日のように旨い食事を与えることもある。魔の森を抜けるのだって、魔物と相対する黒鉄輸送隊のメンバーに比べれば、よほど安全といえる。

 女子供や老人などの弱い者を狙って襲い、金品を奪い、犯し、時に殺してきた男に対して、十分すぎる境遇といえる。

 しかしジヤの心は不満で満ちる。


 あいつらは俺たちが寝床で薄い毛布に包まっている間も、たらふく酒や肉を食い続け、女達とたっぷりと楽しむのだろう。

 うらやましい、うらやましい、うらやましい。


 そんなジヤの不満は、声をなくした口から漏れ出ることは無かった。





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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
こういう人って「うらやましい」のことを「ずるい」って言う気がします。
火種は思わぬ所に有るもの。だからね…。
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