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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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溢れるモノ

迷宮都市の南西部、都市の住人からスラムと呼ばれている場所。

ここに建ち並ぶ家々に、定められた住人はいない。

家もなく宿代も払えない人々が集まってきて、屋根の残る廃墟に住み着いている。

当然きちんと排水処理をしていない家々もある。

食うや食わずの家々から流れ出る排水の魔力は薄く、ご馳走とは言いがたかったが、『それ』に旨い不味いといった味覚など無い。

エサを求めて徘徊し、吸収し、分解する。それだけだ。

『それ』の仲間は一定の成長を遂げたのちに分裂する個体が多いのだが、『それ』は分裂せずにそのまま大きくなった。

餌場を独占し生き残るために『それ』が獲得した進化だったのかもしれない。


とっておきの餌場から移動してきた『それ』はゆっくりと食事を開始した。




「もたもたするなーッ、ほれっ、ありがたく銅貨を受け取るがよイッ。」

 スラムにキンデル建材部門長のキンキン声がこだまする。


「いかがですかナッ、テルーテル大佐ッ。」

「ほぉほぉ、なかなかの集まり具合じゃいのかね。」

「あんな口ばかりの石頭女よりよほどお役にたてますでしょウッ。」

「そうだね。キミは誰かと違って優秀な部門長だね。」


 テルーテル大佐の前には、スラム中からデイジスとブロモミンテラが集められていて、ちょっとした小山になっている。それをスラムの住人と思しきやせ細った老人が数名がかりで、スキルで《乾燥》させている。とっくに魔力が底を付いているのか、ふらふらとおぼつかない足取りで、魔力を回復させるために何度も休憩してはキンデルにさっさとしろと怒鳴られている。


 薬草を運び込むスラムの住人たちも、不快そうな表情ではあるが、文句を言うことなく薬草を運び、銅貨を受け取っては帰っていく。


「なんだネッ、その目ハッ、何か文句でもあるのカッ。文句を言いたいのはこっちのほうだゾッ。忘れているわけじゃ、あるまいナッ」


 キンデル建材部門長が書類の束をちらつかせると、スラムの住人たちは顔を背け黙って薬草を置いて立ち去っていった。

 キンデル建材部門長が手にした書類の束は、住居管理部門から半ば強引に借り出したスラム街の空家リストだ。彼は朝からテルーテル大佐に都市防衛隊の隊員を2名ばかり『護衛』として借り受けると、スラムの家々をまわってこう言ったのだ。


 この家は空き家のはずだ。不法居住者め。追い出されたくなかったら、敷地の薬草を採取して大通りまで持って来いと。


 スラムには迷宮都市の他の住居のように外壁が備わっていない家が多い。壁もエンダルジア王国の廃墟に、板切れや布で補強をした心もとないものばかりだ。魔物から身を守るための薬草が都市の何処よりも必要な家々なのに、全て刈り取りかき集めろとキンデル建材部門長は怒鳴りつける。ここは、お前たちの住居ではないだろう、と。


 スラムの住人の大半は元冒険者。怪我で冒険者家業を辞めざるを得なくなった者達だ。冒険者時代に十分な金を貯め、引退後別の商売で身を立てる者や、戦闘以外の技能を有して新たな職を得られるものはごく僅かで、回復の見込みの無い大怪我を負った冒険者の多くは、全てを失いスラムへと流れてくる。


 誰も望んでスラムに住んでいるわけではないのだ。

 それを分かっているからこそ、住居管理部門はスラムに無断で住み着く住人たちを改めたりしないし、迷宮都市を管理するシューゼンワルド家も黙認し、かつ定期的な炊き出しを行なったり、スラムからの雇用を奨励している。


 それを、何の権限があってこの男(キンデル)はこのような暴挙に出るのか。

 キンデル建材部門長の後ろに控える二人の兵士は冷ややかな目でキンデル建材部門長を見る。彼らの任務はキンデル建材部門長の護衛。不快極まりない状況を耐えつつ、じっと後ろに控える。


 彼らは孤児院出身で、家柄もなければ迷宮討伐隊に入れるほどの武力も、文官になれるほどの頭脳も、冒険者を志すほどの野心も持ち合わせていなかった。ただ、堅実に生活の安定のために任務に従う。家柄が良く武力も知力も劣る者達が集まる都市防衛隊には、彼らのような『便利な』人材が必要だった。感情を殺し、ただただ言われるままに動く。いつものことだ。

表情には出さずギリりと奥歯を噛み締める。声をあげ意見するのは簡単だ。その結果、職を失う覚悟があるなら。しかし彼らにも守るべき家族がいる。自分さえ耐えれば子供たちはもっとマシな人生が送れるかもしれない。


 そんな彼らであったが、キンデル建材部門長の後ろに立っているだけで護衛として十分な働きをしていた。元冒険者とはいえ、満足な食事にありつけず、身体のどこかに欠損を持ち、満足な武器も防具ももたないスラムの住人にとっては、五体満足で武装した兵士は怒りに任せて手を出せる相手ではなかったのだ。


 こうしてキンデル建材部門長の思惑通り、スラム街の薬草は次々と刈り取られていった。


「そこにもデイジスが残っているだろうガッ」


 薬草を置いて返っていこうとするスラムの住人を引き止めて、キンデル建材部門長が大通りの隅の一角を指差す。


「あそこは雨水枡でして。地下大水道に繋がっているとの噂が。」


 スラムの住人がキンデル建材部門長に答える。

 自分(キンデル)より格下のスラムの住人ごときが、自分に意見をする。自分の意見に従わない。そのことがキンデル建材部門長を激昂させる。


「だっ、誰に向かって口をきいているのかネッ、ワシの命令がきけないのカッ。」


 顔を真っ赤にしてわめき散らすキンデル建材部門長。

 しかしスラムの住人は自分の仕事は済んだとばかりに、キンデルを無視してスラムの奥へと去っていった。


「ぐぎぎぎぎ、クソッ、クソッ、こんなもノッ、こんなもノッ。」


 怒りに任せて雨水枡周辺のデイジスを根こそぎ引っこ抜くキンデル建材部門長。

 彼はまったく気が付いていなかった。

 薬草を刈り取って持ってきたスラムの住人が、数日あれば自然に復元できるように根は残し、薬草自体もいくつかまばらに残した状態で刈り取っていたことを。


 枯れたデイジスの蔦や根であっても効果が見込めることを分かった上で、目立つ若い蔓だけを切り取って持ってきていることを。


 地下に通じる排水路周辺のデイジスにはまったく手をつけておらず、魔除けの機能を最低限だけ残せるように苦心していることを。


 そんな全てにまったく気付かず、地下大水道に何が潜んでいるかさえ理解することなく、キンデル建材部門長は大通り横の雨水枡周辺のデイジスを根っこからきれいサッパリ抜き去っていった。



 ――ぽかりとあながあいた。


地下を這いずる『それ』は頭上の変化をそのように感じた。


『それ』の餌は生物やその残骸に宿る魔力。魔力を摂取する過程で様々なものと溶解するが、それはあくまで餌を取るための手段でしかない。

『それ』の殻はぶよぶよと頼りなく、デイジスの蔦や根に触れると容易に魔力を吸われてしまう。

じりじりと魔力が漏れ出る感覚を『それ』は本能的に恐れた。

『それ』は長年をかけて蓄積した溶解液を持っていた。石や土といった物理的な隔たりは、『それ』にとっては重大な隔たりと認識されない。『核』が通らない障害ならば溶かして進めばよいからだ。

ただ、頭上に張り巡らされたデイジスの根が、蔦が、網の目のように張り巡らされて『それ』を妨げていた。

その網に、あながあいた。


あなの先には沢山の餌がいる。今まで食べたことの無い極上の餌だ。


 ずるり


『それ』は、あなを抜けようと地下大水道の天井に張り付く。

あなを通る配水管はとても細くて、『それ』の核は通らない。


ぶしゅう、ぶしゅうと『それ』は溶解液を吐き出す。溶けて広がっていく配水管。新しい餌場はすぐそこだ。




 顔を真っ赤にしてふうふうと肩で息をするキンデル建材部門長の眼前で、雨水枡周辺の地面がぐずりと抜け落ち、地下大水道から巨大なスライムが溢れ出した。




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― 新着の感想 ―
キンデルが餌になるのは 自業自得なんだろうけど 他の人が犠牲になるのは...ねぇ。 何か、皆を助けるために 人前でポーション使ったりして 身バレしそうな予感(余寒)が…。
不穏になってきましたね……。
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