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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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赤と黒の魔法薬

「スラーケンおはよう。」


 いつものように目覚めたマリエラ。最近はジークより先に朝の挨拶をする相手ができた。クラーケンの内臓とスライムの核から作った『瓶の中のスライム(合成生物)』こと、スラーケンだ。

 クラーケンとの合成とはいえスラーケンに知能は無い。マリエラの言葉を認識はしていないし、マリエラを主だと認識しているかさえ怪しい。

 瓶の中でうにょりと蠢く軟体生物にかわいらしいところなど無いのだけれど、マリエラはスラーケンを気に入っていて、眠る時は工房から寝室の机の上にスラーケンの瓶を移動させている。


 核に従属の刻印を刻んでいるとはいえ、所詮はスライム。本能のままに餌を求めて這いずりまわるもので、ペットのように交流や意思の疎通が図れるものではない。マリエラもそれは分かっているから、飼育瓶から出したりはしていないが、たいそうなかわいがり様だといえる。


 スラーケンを工房の棚に戻すと、いつもの様に薬草園へ。乾燥させたデイジスとブロモミンテラを大量に商人ギルドに卸してしまったから、多めに刈り取って予備を作っておかなければ。


 薬草園に掛かりきりなマリエラに変わり、ジークが聖樹に水をやってくれた。マリエラが如雨露(ジョウロ)に準備した、命の雫入りの水だ。ジークは聖樹に好かれているようで、マリエラが撒いたときよりも沢山の葉っぱをジークに落とす。


(くっ、悔しくなんか無いもんね。私にはスラーケンがいるもんね!)


 謎の敵対心を燃やしつつ、マリエラはジークと薬草園の手入れを終える。大量のデイジスとブロモミンテラを地下室に運び込んだら、錬金術スキルで《乾燥》させると朝食の時間。採取量が多かったから、いつもより遅くなってしまった。


 ばたばたと家事や開店準備を済ませる2人。


 開店と同時くらいに、大きな袋を抱えた子供たちがやってきた。

「おはようございまーす。アプリオレ持って来たよー。」

「おはよう。今日もたくさん採れたね。有難う。怪我は無い?」


 孤児院の子供たちだ。アプリオレはスライムくらいしか出ないような迷宮の浅い層や、迷宮都市の外の普通の森にも生えていて、子供たちでも比較的安全に採取できる場所がいくつもある。

 子供たちの内、年長の者が護衛を務めながら実を拾い集めては、こうして運んできてくれる。

 子供が拾うものだから、虫が食ったものや腐った実も混じっていて分別に手間が掛かる。値段はその分安いものの分別を嫌って買わない店も多いが、マリエラは子供たちから買うようにしている。


「へいきー。今日はスライムも出なかったよ」

「朝早くから拾いに行ったから、いつもよりたくさん採れたんだ。」


 エヘへと笑う子供たちにマリエラは、アプリオレの実を練りこんだクッキーの包みを用意する。

 安価な粗漉し糖やヤグーのバターを使った、特別な効果などない普通のクッキーだ。けれど、毎日食べられるほど甘い菓子は安くはないから子供たちは大喜びだ。


「ありがとー!姉ちゃん大好き!」


 大喜びしてマリエラに群がる子供たち。マリエラはモテモテだ。モテ期到来でバブル状態だ。

「全員分あるから押さないでー。はい、どうぞ。」


 クッキーを受け取った子供たちは、口々にお礼を言うと大喜びで帰っていった。

 マリエラのモテバブルは短かった。泡のようにはかなく消えていく子供たちを見送りながら、マリエラは気付いた。


「あの子たち、アプリオレの代金忘れて帰っちゃった……。」


 今日はリンクスも来ないことだし、お昼に一旦店を閉めてジークと孤児院まで代金を届けに行こう。久しぶりに『ヤグーの跳ね橋亭』でお昼ご飯を食べてもいい。卸売市場で買い食いするのも捨てがたい。

 そんなことを話し合いながら、マリエラとジークはアプリオレの実を台所のテーブルに運んで、いつも通り仕事を開始した。




「待たせたな。それでは治療を始めよう。」

 ニーレンバーグ治療技師が治療中の兵士に向かって薄く笑ってそう告げる。


 いやいやいや、待ってないですと答えたいところだが、その兵士の脚はおかしな方向を向いて繋がっていて、『つなぎ目』もそれとわかるほどに歪な形をしている。まるで食いちぎられたものを無理やり繋げたようだ。このままでは一生歩けないだろう。


「ままま、待ってくれセンセイ。治療に赤いヤツとか黒いヤツ、使うのか?」

「む、新薬のことを言っているのか?新薬がどうかしたか?」


 ニーレンバーグの恐怖の治療を前にして、兵士が尋ねる。

 アグウィナス家が納品する『新薬』と呼ばれるポーションは、中級が赤色を、上級が黒色をしている。


「いや、オレ、赤いヤツしか使ってもらったことネェんだけどさ、あれ、嫌なんだよ。貴重で高価なモンってのは分かってるけど、使われるとなんつーか寒いんだ。

 傷口の痛みって、どっちかって言うと熱いって感じだろ?なのに、アレ使われると骨の髄から冷えて、寒くて寒くて仕方なくなる。肉が再生するときもさ、ぞわぞわってなんだか自分の体とは違うものが再生してるみたいっつうか。」


「フム……。」


 興味深そうに話を聞くニーレンバーグに兵士は話を続ける。


「黒いヤツは、これは聞いた話なんだが、変な夢を見るらしい。

 黒いヤツって上級なんだろ?アレを使うってことは負傷者は大抵意識を失ってるらしいんだけど、そん時にさ、水ん中で漂ってるような夢を見るんだと。

 体の感覚は無くて熱いとか寒いとかも感じない水の中に居て、指一本動かせネェらしい。目も何かで覆われていて、覆いの隙間からチラッと体が見えるんだけどさ。体のあちこちがぐずぐずって崩れていくんだと。水に血がぶわーっと広がってさ。それも1箇所じゃねーんだ。何箇所も何箇所も。痛みとか感覚はねぇはずなのに、だんだん寒くなってきて、見えてたはずの視界もかすんできて、あぁ、死ぬんだなって、そんな夢。

 気持ち悪りいことに、同じ夢見たやつが何人もいるって。しかも全員が目覚めたときに思うんだとよ。

『自分の体に帰って来れた』って。」


 ニーレンバーグの治療に対する恐怖もあるのだろう、饒舌に話す兵士に、

「安心したまえ、新薬は使わんよ。」

と告げ、兵士の胸元辺りにカーテンのように布覆いを掛けた。


 施術の痛みで患者が暴れると手元が狂う。そのため、迷宮討伐隊の基地で痛みを伴う治療を行う場合は患部の痛みを遮断して行う。それでも自分の体が切り裂かれ、血しぶきが舞うのを見るのは戦いに慣れた兵士であっても気分の良いものではない。

 前回の遠征以降、ニーレンバーグは大掛かりな治療を施す際、兵士に患部や施術が見えないように布で仕切りを引くようになった。しかも今までは患部の痛みを遮断するだけで、意識があるまま治療されていたから、何をされているか分かったものだが、今では眠りの魔法まで使ってくれるから眠っている間に施術が終わる。ポーションをふんだんに使っていることを兵士たちに知られないための対策なのだが、それを知るのは治療に当たるニーレンバーグ達だけだ。

 事実を知らない兵士たちの間で、ニーレンバーグが優しくなったと激震が走ったものだ。


 《生体探査》


 兵士が眠りに落ちたのを確認し、ニーレンバーグがスキルを発動する。

 この兵士の脚は魔物に喰われてもげている。魔物を斃し喰い千切られた足を回収して、腐らないように何とか繋いでいるけれど、元の足より肉も骨も幾分か長さが足りない。治癒魔法だけでは到底治せない深い傷だ。ニーレンバーグの部下がポーションの保存箱を開ける。中には特化型の上級ポーションが何種類も入っている。本音を言えば特級クラスが欲しい傷ではあるが、何種類もの上級特化型ポーションと優秀な治癒魔法使いがいれば、元に戻すことも可能だろう。


「治療を始めよう。」


 ニーレンバーグの声に部下の治療魔法使いたちは頷き、兵士の施術を開始した。




 治療が終わり部屋を移されてすぐに兵士は目を覚ました。不快感は無い。恐ろしい夢も見なかった。下半身を見ると見慣れた自分の脚が正しい向きについていて、違和感は感じられなかった。


「感覚があるか確認する。痛かったら言いたまえ。」


 ニーレンバーグは兵士の足に手を伸ばすと、足裏の一点をぐりっと人差し指の第二関節で圧迫した。


「うぇいってーーーー!!!」

 絶叫する兵士。


「そうか、痛いか。良かったな、ちゃんと治っている。だが、少々酒の飲みすぎではないか?これを機に控えたまえ。」


 にやりと笑うニーレンバーグ。なんだかとても楽しそうに見える。

 ニーレンバーグが優しくなったなんて嘘だと兵士は悶絶した。


 ともあれ、兵士の脚は治った。これで自分の足で歩ける。


「どうせなら、もうちょっと脚長くしてくれても良かったのによ!」

 治療の際に、患部を砕いて延ばしていることを知らない兵士は、ニーレンバーグにお礼と共に軽口をいう。


「両足が千切れたときは検討しよう。」

 まじめに請け負うニーレンバーグ。施術内容を知っているニーレンバーグの部下たちは少し青い顔をする。


「ニーレンバーグ治療技師、お嬢さんがお見えです。部屋にお通ししています。」

 診察が終わり、部屋を出ようとするニーレンバーグに部下が知らせに来た。「そうか」と答えて部屋へ向かうニーレンバーグ。


「シェリーちゃん来たんだー。あの子がニーレンバーグ先生の娘だってのが、迷宮以上の謎だよな。」

 そう言うと、よいしょとベッドから起き上がる兵士。さて、軽く体を慣らしますかと、兵士は長らく世話になった病室を後にした。




「パパー、お弁当忘れてたから届けに来たの。」


 ジャック・ニーレンバーグ治療技師の部屋には、12歳くらいの女の子が座っていた。

 ジャックの愛娘、シェリーだ。

 目つきの悪いジャック・ニーレンバーグとはうって変わってパッチリとした瞳の少女で、親子揃って黒髪だという以外は、親子だと思えないほど愛らしい。


 将来は確実に美人になるだろう。

 どこかの薬師のようにクッキーを餌にしなくてもモテまくるだろう未来が垣間見える。

 いや、今でもその片鱗は発揮されている。シェリーが来るたび、ニーレンバーグの部屋から迷宮討伐軍の基地の門に続く通路をうろつく兵の数が増えるのは、偶然ではないはずだ。シェリーも心配だが、12歳の少女を眺めに集まってくる兵士のほうも心配だ。ジャック・ニーレンバーグの治療の腕も冴え渡ろうというものだ。


 シェリーの母は数年前に亡くなっていて、忙しい父ジャックに代わり、ニーレンバーグ家の家事はシェリーが取り仕切っている。無論手伝いの家政婦は雇っているが、12歳にしてシェリーの料理の腕はなかなかのものだと、ジャックは思っている。


「パパと一緒に食べようと思って、私の分も作ってきちゃった。」


 一緒に食べれて良かったと、にっこりと笑う愛娘と一緒にジャック・ニーレンバーグは昼食を取る。

 シェリーの料理は妻の味付けに何処となく似ている。愛らしい面差しも、だんだんと妻に似てきた。愛娘の未来が明るく幸せなものになることを、ジャック・ニーレンバーグは祈らずにいられない。

 そのためにも、迷宮を斃さなければ。


 弁当を食べ終わると、シェリーは家に帰っていった。基地の門まで見送るジャック・ニーレンバーグ。


「スラムは危ない。遠回りでも町の北側を通って帰るんだぞ。」

「パパって心配性!まだお昼じゃない、大丈夫よ!」


 迷宮討伐軍の基地の中では、ジャック・ニーレンバーグの人が殺せるほどの強烈な視線のお陰で、シェリーに近づくものはいないが基地の外では分からない。親ばかかもしれないが、なるべく安全な道を通るように念を押す。

 「それより早く帰って来てね。」そう言って父の心配を受け流したシェリーは、父の頬にキスをして手を振ってから家に帰っていった。


 父、ジャック・ニーレンバーグの言いつけを守らず、近道であるスラム側の道を通って。


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