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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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ユニコーンの檻

 迷宮討伐軍の基地から去っていくマルロー副隊長とリンクスを、基地の部屋から眺めるものがいた。

 金獅子将軍レオンハルトとその弟ウェイスハルトだ。


「あれでよかったのか、ウェイス。」


 レオンハルトは弟に問う。

 レオンハルトがマルロー、ディックと面会した翌日、彼らは解呪の上級ポーションを携えてレオンハルトの元を訪れた。石化を治す上級の解毒ポーションと帝都でもなかなか手に入らない上級のリジェネ(再生)薬まで持って。

 一命を取り留めたレオンハルトに、マルローとディックは伝えた。

軍には戻らない。ポーションの持ち主は迷宮討伐軍に協力的な人物だが、必要な量を秘密裏に供給することを望んでいる、魔法契約を結んでいるため提供者については口外できないと。


 どれだけの種類と量のポーションがあるのかと聞くと、ランクは上級以下で種類と量は膨大だと答える。

 協力的ならば全てこちらに運び込めというと、ポーション瓶を提供されればその数に応じて瓶に移して持ってくると言う。

 瓶ではなくタンクで保管しているのならば、それごと持って来れば良いといえば、持ち運べるものではないのだと話す。


 マルローの漠然として全体像がつかめない説明に、何をばかな、ポーションの希少性を分かっているのかと、声を荒らげようとしたレオンハルトを、弟ウェイスハルトが制した。


「構わないではありませんか。兄上の命の恩人でもあるのです。

 マルロー、その者はポーションの提供に協力的だと言ったな、ポーション瓶さえ渡せば可能な限り中身を篭めて提供すると。相違ないな?」


 相違ございませんと答えるマルローに、ウェイスハルトは、

「必要なものがあれば、兵だろうが物資だろうが申すが良い。助力は惜しまぬ。ただし、ポーションは帝都と同額で買い取らせてもらう。黒鉄輸送隊にも運送費と持ち主の護衛代として同額を支払おう。それと、在庫が半分を切ったならその旨を伝えよ。」

と言った。これに驚いたレオンハルトだったが、顔には出さずマルローとディックの顔を見る。二人は価格の安さに驚く様子も無く「ご理解賜り、有難う御座います」と答えた。




 レオンハルトの石化の呪が解かれ一命を取り留めた翌日から、ウェイスハルトは軍内に保管された空のポーション瓶を集めさせ、治療部隊長のジャック・ニーレンバーグ治療技師に先の遠征で負傷した兵を速やかに回復させるために必要なポーション目録の作成を命じた。入手可能性や採算は度外視で、必要なものを必要なだけ計上しろと。


 空のポーション瓶は数千本保管されていた。アグウィナス家ではポーションをタンクで管理しているらしく、空き瓶と引き換えのポーション提供を求められることがあったからだ。ポーション瓶は、製造工程において命の雫を使うため、地脈の外から持ち込むことはできない。瓶自体はポーションと違って劣化が極めて遅いため特別な管理は不要で、割れてしまってもガラスの破片を集めてガラス細工師が作り直すこともできる。しかしポーション瓶のガラスは錬金術師がいなければ作り出せないから貴重品には違いない。


 ニーレンバーグ治療技師から提出されたポーションリストを優先順に並び替え、本数を100本単位に切り上げて、ウェイスハルトはマルローたちに手渡した。ある物だけ上から順に持ってくるようにと。

 この取引を知る者は限られる。レオンハルトとウェイスハルト、予算を管理する腹心、ニーレンバーグ治療技師と治療に当たるその部下たち。腹心以下部下たちには守秘を誓約させている。勿論魔法拘束力のある誓約だ。

 ポーションの代金は予算管理者から取引ごとに直接支払われる。ウェイスハルトとの取り決め通り帝都の販売価格から計算された金額で、黒鉄輸送隊にも同額が支払われる。

 ポーションの本数が多いため支払われる総額は少なくは無い。このペースで購入していけば軍費の見直しも必要になりそうだ。


 しかし、稀少なポーションの対価として相応しい価格ではない。

 ウェイスハルトは声を荒らげかけたレオンハルトに対して「命の恩人なのだから」と言ったが、恩人に対してこの価格でこれほどの本数を要求するなど、礼を失する行いではないのか。


 埋蔵されたポーションが発見されたならば、希少性、戦略性を考えても全量を討伐軍で管理すべきだ。勿論持ち主には相応の褒章を与える。ポーションの希少性を考えると、一度に全額を支払うことは困難だろうが、地位と名誉を与えた上に代々の恩給でもって遇すれば良い。


「兄上、ポーションの持ち主がポーションの在処を示し、全量を差し出してきたら、そのポーションをどうされますか?」

 ウェイスハルトの問いに、レオンハルトが答える。


「まずは、兵達の治療だ。長年苦楽を共にし戦闘技術を練り上げてきたつわもの達だ。失うわけにはいかん。」

「兵の治療が終わったら?」

「当然、我らのポーション庫を満たす。協力的な貴族家にまわしてやってもよい。ポーションを出し惜しみせず使えるのならば、迷宮攻略の大きな一手となろう。」

「今まさに我々が行っていることではありませんか。」

「そういうことではないだろう。」


 言葉遊びをする気は無いと、レオンハルトはウェイスハルトを見やる。


「兄上、現状をお考えください。我々はこの地に生き残るために迷宮を斃さなければならない。そして迷宮を斃しうるのはこの100年で最も武に優れた兄上がおられる今しかない。

 けれど、今なお迷宮の最深部へは到達できない。階層主を倒すために出し惜しみなどできる状況では御座いません。ポーションの在庫に限りがあったとして、在庫に応じて出し惜しみして賄える戦況ではない。」


 現在の迷宮討伐軍の体制を構築したのはウェイスハルトだ。迷宮の階層が深くなるにつれ、魔物は強く負傷者は絶えない。魔物に応じて迷宮討伐軍の攻撃力が上がっていくわけではない。死なず、生き残り、戦い続けることでしか迷宮討伐軍の戦力は向上しえないのだ。兵が死傷し戦線を離脱すれば、経験の浅い2軍の兵に替えなければならない。当然個としても、集団としても戦闘力は低下する。


 限られた戦力でより強い魔物と相対するには、死なないことに重きを置き、長時間攻撃を続ける必要があった。格上の魔物の攻撃を防ぎつつ、僅かずつ生命力を殺いでいく。

 兵達の実力を上回る魔物と長時間相対するのだ。負傷者は増える一方で、治癒魔法の使い手だけでは魔力が続かない。長時間化する戦闘で兵自体の体力も減っていき、治癒魔法の効果が十分でないこともある。また、治癒魔法の使い手が負傷しては目も当てられない。


 ウェイスハルトはこれらの問題を、治療魔法の使い手と『治療技師』からなる治療部隊を編成することで解決した。『治療技師』は人体の探査を行い怪我の状況を把握して、治癒魔法の使い手に最も効率の良い治療を指示する。ポーションの使用許可は治療技師に与えられており、魔力を使わずに行える処置を施した後に、必要に応じて、薬、ポーション、治癒魔法で治療を行う。

 治癒魔法の効率化を図ることで、迷宮討伐軍の継続戦闘可能時間は向上し、迷宮討伐階数の大幅な更新をなしえた。


 しかし、ここまでだ。この方法で至れるのは。今のままでは53階層は突破できない。


 火力も、防御力も、何もかも足りないが、どれも容易に手に入るものではない。武器も防具も手に入るものはとっくに組み入れて漸くここまで来たのだ。


 今でなければならないのだ。兄、レオンハルトのスキル『獅子咆哮』は強力だ。個人としての武力もカリスマも申し分ない。武に優れたシューゼンワルド家においても過去100年現れなかった逸材だ。兵達の錬度も高い。何年もかけて育ててきたのだ。

 人の最盛期は短い。石化の呪いから逃れることは叶ったが、今の戦力が維持できるのはあと10年か20年か。


 その間に迷宮を斃しえなければ、迷宮や魔の森から魔物があふれ出す日(スタンビート)を恐れ、魔物を殺し、殺されるために迷宮に兵を送り続ける日々が訪れるだろう。


「兄上がお倒れになった時、我らの命運ももはやこれまでかと思いました。」


 しかし救いはもたらされた。遠征直前に持ち込まれたポーションで奇跡的に多くの命が救われ、石化の呪いすら癒された。彼らの命運は絶える事はなかった。


「手詰まりだった我らに、ポーションが与えられるのならば、それを用いて可能な限り前へ進むしかありません。ポーションの持ち主の功に報いるのは迷宮を倒したあとでいい。」


「だからこそ、手中に収めておくべきではないのか。」


 埋蔵されていたポーションの全てを。その持ち主もろともに。

 レオンハルトの問いにウェイスハルトはこう応じた。


「兄上、第7代帝国皇帝が絶滅の危機に瀕したユニコーンをどのように保護したかご存知ですか?」


 ユニコーンの角は特級の解毒薬の材料にもなる極めて稀少な秘薬だ。そのためもともと生息数の少なかったユニコーンは乱獲され、第7代帝国皇帝の時代に絶滅の危機に瀕していた。


「む……。生息する森ごと囲ったのではなかったか?」


唐突に話題を変えた弟を訝しみつつも、レオンハルトは答えた。


「その通りです。」


 ユニコーンは心優しい乙女でなければ近寄れないとされるほどデリケートな生き物で、保護のために獣舎に囲われた個体は全て死んでしまったという。どれほど立派で広大な獣舎を設けてもユニコーンを救うことはできなかった。そこで第7代帝国皇帝は、ユニコーンの生息地である森を丸ごと囲い込み、密猟者やユニコーンを害する魔物から守った。

 ユニコーンの保護に費やされた費用は莫大であったが、その甲斐あってユニコーンは徐々に個体数を増やし、定期的に生え変わる角だけで十分需要を賄えるようになった。


 もともと特級の解毒ポーションを作れる錬金術師は帝国においても数少ない。材料であるユニコーンの角が一定量出回れば、特級解毒ポーションの希少性は、材料のユニコーンの角でなく錬金術師のほうへ移る。

 今でもユニコーンの殺害や角の不法所持は厳罰に処されるが、リスクに見合う希少性を失ったユニコーンを狙う者は激減し、ユニコーンたちは生息地の森で伸びやかに暮らしているという。


「稀有なものを囲うには、相応しい環境が必要だという例えとしても使われておりますね。」


 ウェイスハルトの言に、レオンハルトは一つの考えに至った。


「まさか、お前は……。ありえん。だが……、そう考えると符合する。」


 マルローたちのはっきりしない言い様も、帝都並みの価格で大量に納品されるポーションも、『そうであるならば』納得がいく。

 だが、推測の通りならばマルロー達の手中にあるのは問題ではないのか。


 レオンハルトの疑念を察したかのように、ウェイスハルトは答えた。


「マルローとディックは、解呪のポーションを持って兄上の下を訪れた。それが答えではありませんか。彼らは迷宮討伐軍を離れても、兄上の兵達なのですよ。」


 そうか。とレオンハルトは納得する。

 ユニコーンの檻が必要ならばくれてやろう。

 我と共に往くというなら、それに応えてやるだけだと。




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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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物語終わっちゃわない? タイトル通り。なんだろうけど… 普通、比喩だよね。 厄介ごとはそれでも起こるのです…。的な?
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