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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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瓶の中のスライム

 『瓶の中のスライム(合成生物)』は、錬金術師向けの素材を売る店などで稀に見かける合成生物だ。


 クラーケンの体液はリジェネ(再生)薬の原料の一つである、お化け貝や喰いつき貝よりも上位の素材で、これらの代わりにも使えるし特級ポーションの材料にもなる高級品だ。卸売市場のクラーケンも体液は既に抜かれていて、クラーケン自体そうそうお目にかかれる魔物ではないから、手に入りにくい素材でもある。


 錬金術の素材の中には、魔物の体内でのみ生成されるものがある。お化け貝や喰い付き貝などは比較的簡単に手に入るが、稀少な素材になるほどクラーケンの様な強力で珍しい魔物からしか取れないから、安定供給が難しい。

 こういった問題を解決するために考え出されたのが、スライムとの合成だった。


 合成と言っても複雑な魔術式で練成するわけではない。スライム自体の回復能力を利用した方法で、魔物の血溜まりに落ちたスライムの核が、周りの魔物の血を取り込んで再生するところを偶然見かけた錬金術師が考案したとされている。


 作り方は簡単。野生のスライムから核を取り出し、従属の魔法陣を刻んだあと目的の魔物の体組織から作った粘液に移して再生を待つだけ。

 再生したスライムは素材の特性をあわせ持ち元よりも強化されるから、安全に飼うために従属の魔法陣は必須だ。魔法陣を刻んだ跡に主の血を垂らしておけば、主を攻撃することはないし、主の魔力を与えないと数日で衰弱して死んでしまうから万一逃げられても問題になる恐れは少ない。


 飼い方も簡単で、下部にスライムの分泌液を取り出す活栓が付いたガラス瓶で飼う。この容器は分泌物だけ底に溜まるように内部に3本足の台が設置してあって、分泌液は台と容器の隙間から瓶の底に溜まり、スライムは台の上に載っている形だ。スライムは粘液状の魔物だが内部の核は固く、核が通らない場所は通り抜けられない。外殻も粘液状で魔力吸収に極端に弱いから、魔力を吸う素材であるデイジスのツタで編んだ網で瓶の蓋や活栓付近を覆っておけば、瓶の中央付近でおとなしくしている。


 スライム自体は排水や汚物の分解浄化用に街中でも多用されているが、スライムが分泌する溶解液の用途も広く、特定のエサを与えることで品質を安定化させたスライム溶解液は、魔物への攻撃手段に使われたり、様々な製品の製造工程で使われたり、薄く水に溶かして衣類や食器の染み抜きに使われたりと、実に幅広い用途で使われている。スライム飼育を専用に行う業者もいて、こういったスライムの飼育容器は市販されている。

 もちろん誰でも購入できるというわけではないが、商人ギルドで発行してもらった薬師の認可状を見せたらあっさりと売ってくれた。


 他の魔物の体組織と合成したスライムも個体数は少ないものの、大きな町では溶解液を製造するスライムと似たような扱いになる。

 核に刻まれた従属の魔法陣自体はシンプルなもので、上級ポーションの瓶に刻む魔法陣と難易度的には差は無いから、技術としては難しいものではない。


 ただし、成功率が非常に低い。


 スライムの核を取り出した時点でおよそ70%のスライムが死ぬ。取り出した核に従属の魔法陣を刻んだ段階で核が砕けて、そこからさらに80%程度のスライムが死ぬ。刻んだ魔法陣に主人となる人間の血液を垂らすと、これまたさらに半分が拒絶反応を起こして死ぬ。

 うまく魔法陣が刻めたスライムの核を融合させたい生物の粘液に移しても、スライムとして再生できるのは10分の1以下の確率だ。


 数百匹のスライムを集める事が『瓶の中のスライム』の作成に於いて最も大変なのだが、マリエラ達の家の下にはうってつけの場所があった。


 地下大水道――


 修繕した地下の壁を壊してジークと2人で地下に降りる。地下室と聖樹の根の境に人が一人通れるほどの隙間が急勾配で続いている。聖樹の根とその間に残った土を足場に下っていくと、地下大水道の天井と思われる石積みが崩れ、人が通れるほどの穴がぽかりと開いていた。聖樹の根は地下大水道の中まで伸びていて、それをロープ代わりに中へ降りる。明かりの魔法で照らすと支流のひとつなのだろうか、大水道と呼ぶにはいささか狭い水道で、メンテナンス用なのか、水堀の横には人が通れる道も付いていた。ところどころ歩道が崩れていたり、壁に亀裂が入っていたりと、この地下大水道が古い建造物であることが窺い知れる。


 地下大水道の家の真下に当たる範囲は、聖樹の影響かスライムは影も形も見えなかった。崩落で落ちたと思われる土砂も、大工のゴードンが片付けたのだろう、残骸が端に寄せられていて、水流が滞っていることも無い。


 マリエラ達が下流に向かって進んでいくと、家数件分ほど離れた辺りで聖樹の守護範囲を離れたのか、まるで線を引いたようにある位置より先にスライムがひしめき合っていた。マリエラ達生物の反応に惹かれて寄ってきたのだろう。床だけでなく壁にも天井にも、勿論水堀の中にもどんどん集まってきて、気持ちが悪い。

 幾ら核を踏めば死ぬような最弱の魔物であっても数が多すぎる。こんなところに入り込んだら、あっという間に全身スライムに取り付かれて圧死か窒息死しそうだ。幾ら防御服を着ていても防御服の隙間から進入されて、骨も残さず溶かされてしまうだろう。


 ジークは聖樹の守護範囲から出ないように境界ギリギリに位置取ると、クリーパーゴムの袋を手袋のようにはめた手でスライムを捕まえる。そして、スライムの軟体に手を突っ込んで核を引きずり出し、後ろにいるマリエラに渡していった。


 ジークに溶解液を吹きかけてくるスライムもいるが、ゴムの防御服に阻まれて影響はないし、定期的に水魔法で洗い流しながら作業していて問題はなさそうだ。聖樹の守護範囲から飛び出した手足を狙って飛び掛ってくるスライムは、空中で核を抜き取られて軟体を地面に落とし、仲間の餌となっている。もくもくとスライムから核を毟り取るジーク。


(熟練のスライム核抜き職人みたいな手際のよさね!クラーケンの解体ショーの市場の人みたい。)


 すごーいと感心しながら核を確認していくマリエラ。無論、スライム核抜き職人なんて職業はない。


「死んでる、これも駄目、あ、生きてる……と思ったら、刻印したら割れちゃった。」


 死んだ核は、スライムのほうへ放り投げる。超密集状態なのでどんくさいマリエラが投げてもスライムに当たって、ぷしっと溶解液を噴出したりするからちょっと楽しい。


 273匹目で『瓶の中のスライム』が成功したのはラッキーだったが、聖樹の守護範囲の外に集まったスライムは減るどころか増えているようにも見える。


「マリエラ、スライムとはいえ、こんなに集まるのは問題じゃないのか?」

「う、確かに。」


 地下大水道にはよほど餌がないのだろう、大量のスライムを集めてしまったようだ。幾ら弱い魔物とはいえ、ほうっておくのは良くないだろう。


「ちょっともったいない気もするけど。」

 と、マリエラはカバンから数本のポーション瓶を取り出すと、1本を水堀へ注ぎいれた。


 ぶるりと水掘の水全体が震えたかと思うと、水堀に潜んでいたスライムが一気に死んで下流へ流されていく。


「うわ、中級魔除けポーションてスライムにこんなに効くの!?」


 残りの中級魔除けポーションをジークが風魔法で噴霧状にして散布すると、壁床天井のスライムたちは水分を吐き出して枯れたようにしぼんでは、ばたばたと落ちて死んでいく。


 中級魔除けポーションはオークやリザードマンを寄せ付けないものだから、スライムを散らすくらいはできるだろうと散布したのだが、粘膜状の外皮を持つスライムは中級の魔除けポーションを体内に吸収してしまうのだろう、スライムに抜群の効果を発揮した。生き残ったスライムたちも、あっという間に散り散りに逃げていき、地下水道はスッキリとした状態に戻った。


 あれだけのスライムを集めてしまったのだから、何かあってはいけないし、スライムの屍骸をそのままにしておくのも良くない。壁や床だって洗っておいた方がいいだろう。成功した『瓶の中のスライム』を飼育容器に入れて家の地下室に一旦置いてから、マリエラとジークは中級魔除けポーションを振りかけて、二人で地下大水道の点検と清掃に向かった。




 家の地下の水道はやはり支流だったらしく、しばらく下流に進むと分岐して地下大水道の名に相応しい、広大な水溝につながっていた。まるで地下水脈のような大きさで、とっくに流されてしまったのだろう、人が通れる道も無い。


 迷宮都市中の下水や雨水はおそらく大半がこの巨大水溝に流入しているのだろう。

 集まった水が何処に行くのか、光が届く範囲に果ては見えない。


「マリエラ、これ以上はいけない。」


 身を乗り出して覗き込もうとするマリエラをジークが制する。これ以上は、好奇心で覗いて良い領域ではないと。


「そうだね。」


 ごうごうと水音を立てる巨大水溝を後にして、二人は支流の分岐点に戻った。支流に流れる水の大半は巨大水溝に流れるように設計されていたが、雨水などで増水したときの水路なのか、支流自体はまだ下流へと続いていた。念のために支流の方を下流に向かって調査していく。支流には家々からの排水の流入経路と巨大水溝へ流れる分岐が一定間隔で繰り返されていた。時折他の支流から巨大水溝へ流れる水路が交差していて、地下大水道の広大さを感じさせる。

 マリエラ達が辿った支流は、構造や劣化度合いに着目すれば何処も大して代わり映えが無く、中級魔除けポーションを振りかけた二人によってくる魔物もいない。さっきはスライムを大量に集めてしまったけれど、特に問題もなさそうだ。この辺で引き返そうかと思ったその時、水路の先に薄明かりが見えた。


 水路の出口だ。


「ここ防衛都市のはずれだったところだ。あと、あそこ。迷宮都市の西門じゃない?」


 水路は迷宮都市の西門から少し魔の森側へ進んだ場所まで伸びていた。元は防衛都市が広がっていた場所で、今は魔の森に飲まれている。水路の出口の格子は半分ほど朽ちてしまっていて、人間がすり抜けられる孔も開いているが、水路の出口にはデイジスとブロモミンテラが繁茂していて魔物の進入を防いでいるようだ。


 地下大水道にはマリエラ達が辿った支流のほかにも排水経路があるようだった。排水の殆どは、巨大水溝へと通じているがここのように、迷宮都市の外につながっている水路もあるのだろう。


 魔の森に面し、中心に迷宮を持つ。足元にはスライムが蠢く大水道が通っていて、しかも魔の森に通じている。

 迷宮都市には沢山の人たちが暮らしているけれど、魔の森で暮らすのと大差ないのかもしれないな。とマリエラは思った。






スライムの溶解液って、溶かしたものに含まれる塩素とか硫黄とか窒素から作った塩酸、硫酸、硝酸なんじゃないのかな、と思っています。

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― 新着の感想 ―
瓶の中の〜で「他の異世界でホムンクルスと呼ばれてるやつ作っちゃうの?!」と早合点したらスライム。
水路が魔の森と繋がっているのなら また、スライムが溢れる可能性も有るのかな リンクスたちが定期的に通る道になるのなら 増える兆候があれば 中級ポーションで追い払えるか…。 スライムバスターマリエラ! …
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