マルロー:されど面白き日々
ジークムントに連れられて、マルローとディックは1階の店舗に戻った。
出されたお茶を飲みながら、マルローは考える。
(会話がかみ合わないとは思っていましたが……)
最初の違和感は、自ら値引きを申し出たところ。その後も、「値段は安くなっても、使ってもらったほうが嬉しい」、「ポーションは消耗品。お金が必要なら、たくさん売ればいい」などと、まるで欲の無い発言を繰り返していた。
迷宮都市にあるポーションは、100年以上前に作られ保管されているものだけで、数が限られている。だからこそ希少で、財産足りうる価値がある。
それが、幾らでも作れるとしたら――?
マルローはマリエラが魔の森のどこかに大量のポーションを保管した保管設備を持っているのだと思っていた。そもそも、そんなものなど無かったのだ。なるほど、ポーションでなく家やお金で財産を残そう等という発言も出ようものだ。
ポーションを作れるのだから。
稀少で価値があるのは、ポーションでなく、彼女自身。
ポーション代を値引きしてでも、秘密の保持と身の安全を手厚くするはずだ。
ポーションを持っているだけならば、最悪そのポーションを手放せばいい。価値があるのはポーションで所有者ではないのだから、どこかに逃げおおせればそれで身の安全は確保できる。
しかし、迷宮都市でポーションが作れる錬金術師だとしたら?
その価値は計り知れない。知られてしまえば、何処まででも追われることになる。
「契約の内容は憶えておいでですね?」
ジークがマルローに声を掛ける。
「あぁ、憶えているとも。」
『守秘に関してはもちろんのこと、万一情報が漏れてマリエラが危険にさらされた場合は、黒鉄輸送隊が問題の解決に当たり、状況によっては逃亡までを幇助する。』
確かにそう契約したと、マルローは思い出す。
(なんてことだ。たった1割の手数料増で割りにあう条件ではない。
迷宮都市の錬金術師など、レオンハルト将軍に引き合わせるべき人材ではないか。)
しかし、魔法契約は結ばれてしまった。彼女が錬金術師であることは、決して知られてはならない。万一知られてしまったら、黒鉄輸送隊だけで解決できるような問題ではないし、逃がすとしても何処へ逃がせばいいと言うのか。
(まんまとしてやられた、というわけでしょうか……)
冷えたお茶を飲み干し、マルローはディックを見る。
「ディック、彼女は……」
「ん?やっぱり錬金術師だったな。」
「は?気付いていたんですか?」
「いや、そいつ、ジークだっけか?錬金術師でもなければ助けられんだろ?」
そうだ。彼は、迷宮都市で死ぬために連れてこられた奴隷だった。一緒に連れてこられた犯罪奴隷達の前で惨めに死んでいき、『こんなふうに死にたくない』と思わせるための、エサだった。奴隷商のレイモンドと取り決められていたことだ。奴隷達の前で交わされた価格交渉も織り込み済みの演技に過ぎない。
安価なポーションだけでは治しきれない深い傷に、治癒魔法が効かないほど弱りきった身体。かかる治療費はいかほどか。犯罪奴隷にそれだけの治療を施すものはまずいない。新しく購入するほうがよほど安あがりだ。錬金術師が時間をかけて何度も治療を施さなければ、ここまで回復するはずがない。
(ディックでも気付いていたというのに、まったく私は。)
マリエラが小さな包みを持って、店舗に入ってきた。
「さっき渡した白いポーションが上級特化型の『解呪』ポーションです。あと、これが解毒ポーション。上級ランクだから解呪の後に飲めば石化も治るはずです。これは上級ランクのリジェネ薬。石化時間が長いと戻った後も負担が残っているので、飲んでもらってください。3日分です。苦いから噛まないで飲み込むように言ってくださいね。」
そう言って、貴重なポーションを紙袋に入れて手渡してくる。
「ちゃんと御代貰ってくださいね!結構貴重なヤツですから。」
(やはり、金額は言わないのですね。)
きっと、金貨数枚しか支払われなかったとしても、マリエラは文句を言わないのだろうな、とマルローは思う。よほど不当な値をつけられない限り、ポーションを売ってくれるのだろうと。自分の価値を、この街でのポーションの価値を知らないのではなく、理解してなお、普通の値段で売ってくれるのだろう。
マルローはディックをちらと見て考える。
(ディックと同類なのでしょうね。面白いと喜ぶべきでしょうか)
「マリエラさん、レオンハルト将軍がポーションをお望みです。」
「何を何本ですか?」
「きっと、大量に望まれるでしょう。」
「材料足りるかなぁ……」
「材料をそろえれば、幾らでも作っていただけますか?」
「魔力の続く範囲でなら作りますよ。あ、ポーション瓶が足りないかも。」
「お値段は安くなるかもしれません。帝都の売値と変わらないかもしれません。」
「それぐらいなら構いませんよ。」
「マリエラさん」
静かに会話を続けていたマルローは、マリエラの名を呼ぶと一瞬間を空け、マリエラを見つめた。
「レオンハルト将軍の下へ、一緒に来ては頂けませんか。」
レオンハルトは次期辺境伯で、迷宮都市の最高権力者だ。彼に保護される以上に安全なことは無い。しかし、マリエラはしばらく考えて、こう返事をした。
「私は、街で静かに暮らしたいです。ここで、暮らしながらポーションを提供する方法を一緒に考えて欲しいです。」
迷宮都市に来て、まだ1月も経っていないけれど、たくさんの知り合いができた。毎日のように(日向ぼっこをしに)通ってくれるお客さんだっている。迷宮や魔の森に素材採取にも行ってみたい。ガーク爺に連れられてみた千夜月花は本当にきれいだった。市場で珍しい食べ物を見つけ、ジークと二人で料理して食べるのも楽しい。
レオンハルト将軍に保護されれば、錬金術師であることを隠す必要はなくなるのかもしれない。安全な、檻のような場所で、毎日ポーションを作って過ごすのだろう。
マリエラは魔の森の小屋を思い出していた。一人で過ごしたのは数年間だけだったけれど、誰もいない部屋で、一人黙々とポーションを作る。それ自体は嫌いではない。もともとのめりこむタイプだ。ただ、稀に思うのだ。作業を終えてすっかり暗くなった部屋で、ふと、あぁ、一人なんだな、と。部屋が散らかっていても、誰も片付けてくれない、誰も怒ってくれない。散らかしたまま、もそもそと適当に食事を取り、乱れたままのベッドにもぐりこむ。なんだかとても寒く感じて丸くなって眠るのだ。
レオンハルト将軍の下で待っている暮らしは、そういうものではないのかと、マリエラは想像した。
今の暮らしがいい。
最近ジークはちょっぴり厳しくて、部屋を散らかしていると落ちているものを拾っては、「燃えるゴミ?スライム槽のゴミ?どっち?」なんて、2択になってないゴミ1択を迫ってきたりするけれど、そんなことも含めて毎日がぽかぽかと暖かい。
マリエラの返事にマルローはしばらく瞑目して考えると、
「分かりました。何か良い方法を考えましょう」
と答えた。
マルローは心の中で笑う。半分やけで、半分が本心からだ。
きっとこの先、面倒で、厄介で、困難で、そして面白いことが待っているのだろう。
マルロー副隊長の勘違いネタは早めに小出しにするか悩みましたが、まとめて掲載するためココになりました。




