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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第二章 迷宮都市での暮らし
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マルロー:魔の森の少女

 私は、マルロー。黒鉄輸送隊の副隊長をしている。


 ある日魔の森で、おかしな少女(マリエラさん)に出会った。


 腰周りに枯れ草を蓑のように吊るしており、ディックが「森の精霊か?」などと惚けた質問をしたが、問題はそこではない。

 マリエラと名乗った彼女は、魔物除けポーションを使ったのだ。


 色々とありえない。


 まず、ポーションの希少性。

 迷宮都市一帯の地脈は、魔の森からの魔物の氾濫(スタンピード)以来、魔物の領域となっており錬金術師が地脈とラインを結ぶことができない。

 これに伴うポーションの不足は、魔の森からの魔物の氾濫(スタンピード)後の復興における懸念事項の一つで、迷宮都市の管理を任された辺境伯は魔道具開発でもって、この問題に対応した。


 生き残った錬金術師に可能な限り大量のポーションを作らせ、巨大な保管設備で管理する。

 迷宮を滅ぼすことができれば、迷宮都市は人の領域として再び人の手に戻る。錬金術師達は再び地脈とラインを結ぶことができるようになり、ポーションの供給も再開されるだろう。


 建造された保管庫には、当時の学者達が迷宮を滅ぼすまでの間に必要だと試算した、大量のポーションが蓄えられたという。

 我々も持っている長期保管用の魔道具をベースに、数十年掛けて開発された魔道具だと聞いている。


 従来のポーション保管用の魔道具は、刻まれた魔法陣の働きによってポーションの劣化を遅らせるもので、蓋さえ開けなければ地脈の外へ持ち出しても数日間ならば劣化を防げる。魔法陣が刻まれている関係上、少々値は張るが裕福な家庭ならば『薬箱代わり』に所有しているものだ。当然、100年を超える期間、ポーションの性能を維持できるものではない。


 対して、迷宮都市で開発された保管設備は、数多くの魔道具が組み込まれた代物らしい。

 ポーションの魔法効果の源である命の雫をポーション内で対流させ、錬金術師がポーション作成の最終固定で付与する《薬効固定》に似た効果を常時付与することで、ポーションの劣化を抑えるそうだ。当然、保管に要する魔石の量は膨大で、個人が所有できるものではない。


 迷宮都市のポーションの管理は、エンダルジア王国の筆頭錬金術師であったアグウィナス家が受け持っている。高額な保管設備の維持費を賄うため、定期的に軍へ提供されるポーションは極めて高額だ。


 アグウィナス家以外も、迷宮都市内部に居を構える辺境伯家や有力な貴族家でも、小規模ながらポーションの保管設備を保有しているとの噂がある。

 それを除くと、『魔の森に埋まっている』という噂。


 こちらは子供向けの都市伝説のようなものだ。100年以上前、必要量のポーションを作り終えた錬金術師達は何処へか姿を消した。エンダルジア王国時代には、魔の森で暮らす変わり者もいたそうだから、迷宮都市のポーション利権に嫌気が差し、魔の森へ落ち延びたのだと言う者もある。彼らは魔の森で暮らしながら、迷宮都市のものと同等のポーション保管設備を建造し、ポーションを後世に残したのだ、と。


「魔の森にはお宝(ポーション)が埋まっている」とは、なんとも子供心をくすぐる話ではないか。錬金術師が魔の森で暮らしていたとして、保管設備を維持する魔石はどうするというのか。都市レベルで管理しなければ維持できない代物なのに。


 しかし、この『都市伝説』がまことしやかに囁かれ続けた背景には、一定の周期で迷宮都市に売りに出されるポーションの種類や量が増える、という現象があった。


 そして、今、希少なはずのポーションをマリエラさんは使った。




「お金が入用になりまして、売りに行く途中です」

と、彼女は言う。


(売り物をなぜ使った?我々に買い取らすためか?)


 ポーションをなぜ持っているのか、なぜわざわざ我々(黒鉄輸送隊)に見せ付けるように使って見せたのか。


 ディックが買取を持ちかけると、あっさりと承諾した。着ている物もぼろぼろで埃じみているし、顔立ちや言動もその辺の娘と大差ない。『魔の森のお宝(ポーション)』を偶然見つけたとでも言うのか。


 ディックが相場の半値で話を持ちかけると、

「…………は?」

 と、価格に難色を示したから、相場を知らぬわけでは無いようだ。


 ポーションの買取を済ませた後、リンクスに情報を収集させる。迷宮都市の市民というわけではないらしい。『森の中に住んでいた』という。滅んだ街(防衛都市)の廃墟を見て、青ざめる様子を見ても、初めて迷宮都市を訪れたように思える。


 100年以上前、厭世的な錬金術師達が、魔の森に落ち延びたというのは本当だったのか。マリエラさんは、その子孫かもしれない。魔の森で最後を迎えた錬金術師が残したポーションを、どのような方法でかは知らないが、受け継ぎ管理してきた一族の末裔かもしれない。


 それならば、他にもポーションを持っているに違いない。


 年齢の近いリンクスに、見張っておくよう指示を出す。

 普通に見えても魔の森に暮らしていた娘だ。どのような能力を持っているかも分からないし、我々にポーションを売るツテがあることを分かった上で接触してきたのかもしれない。

 などと、深読みをしたのだが。


「私が大銀貨5枚で買います!」


 マリエラさんは、ポーションの代金の半分で死にかけの奴隷を買うと言い出した。どう見ても低級ポーションごときで治せる状態ではない。情報源か。だとしても、余りに行動が短絡的ではないか。


 まるでディックを見ているようで、面白い。

 権謀術策が渦巻くやり取りは見飽きている。相手の真意を図り、うまく躱すことにさして面白みは無い。ただただ醜い人となりが浮き彫りになり、むなしさばかりを感じてしまう。しかしディックには、そういったところが無い。単純で、短絡的で、平たく言えば愚かだ。小賢しさなどディックには無い。純粋な武力と、まっすぐな志、己の分をわきまえるだけの分別を備えた彼の言動は、人とはかくあるべきかと思わせてくれる。

 単純に見ていて飽きない、ということもあるが。人生を楽しめる仲間というのは得がたいものだ。


 マリエラさんも、ディックと同類なのかもしれない。ディックが高い武力を持つように、彼女にも何かとりえはあるのだろうが。これは面白いことが起きそうだ。


 マリエラさんと彼女の奴隷を再び乗せると、装甲馬車は音を立てて宿に向けて走り出した。




「欲しい情報は得られましたか?」

 部屋から出てきたマリエラさんに声を掛ける。

 奴隷から情報収集でもしていたのだろう。聞いていたのかと問われたが、私はそこまで下世話な人間ではない。


 部屋に呼び、ポーションの取引を持ちかける。やはり、我々と取引をするつもりだったのか、話はとんとん拍子に進んだ。

 保管設備のありかを吐かせ、全て取り上げることもできるのだ、狙っているものも多いのだと、匂わせる事も忘れない。


「あなた方ならば、安全に売りさばけると?」


 伝わったようで何よりだ。我々は盗賊ではない。力づくで取り上げた物ならば、より大きな力を持つものに取り上げられても不思議ではない。ポーションとはそれほど価値のある物だ。『良い取引相手』になれれば十分な利ざやが稼げる。


 マリエラさんは、いくつか取引に条件をつけてきた。


一つ、販売するポーションの種類をマリエラさんが決めること。

 在庫が無いものは売りようが無い。当然だろう。


一つ、代金の一部をマリエラさんの望む物品で賄うこと。

 身一つで森から出てきたのだ。必要なものも多いだろう。魔の森で暮らしていたのだ。多少特殊な品が入用なのかもしれない。他で入手しづらい物品を提供し、代わりにポーションを引き受ける。我々の取引関係はより強固になるだろう。むしろ望ましい。


一つ、秘密漏洩時のサポート

 これができない相手とは、そもそもポーションの取引などできはしないだろう。


 どれも、当たり前の内容に思える。むしろ、価格交渉を最初にしてこないことのほうに違和感を感じる。


  「で、手数料3割って、安すぎませんか?」

  「え?」


 ところがマリエラさんは、値引きを申し出た。


 秘密保持の徹底と万一情報が漏れた際のフォローに上乗せして欲しいという。慎重な性格のようだ。いや、袖の下、ということもある。この取引に『今後』があるということだ。

 装甲馬車に荷を積んで、トロトロと時間をかけて荷を運ぶ暮らしにも少し飽きてきた。魔物除けポーションがあれば短時間で森を抜けられるだろうし、新たな展開も考えることができる。何れにせよ、面白くなりそうだ。

 いけない、顔が緩んでしまう。まぁ、たまにはいいだろうか。





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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
せっかく、1章と2章の切れ目なんだから ○○目線は2章前に閑話としたら良かったのでは?
こういう、○○目線。 とても大事! ただ、間が開きすぎると 話の筋書きが解りずらく、 面白さが半減してしまう。
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