木漏れ日
「店舗の建て直し、完成だ」
ゴードン、ヨハン、ルダンのドワーフトリオが満面の笑みで、マリエラとジークを出迎える。
店舗の工事期間中は、正面玄関は使用禁止で中も見せてもらえなかった。
窓や屋上から覗くこともできたけれど、「完成してからのお楽しみ」として、見ないでおいた。
漸く完成した店舗に、正面玄関から入る。
「おぉー、明るい」
マリエラが貧困なボキャブラリで驚く。天井にはガラスの窓がいくつか設置してある。
一つ一つは大きくは無いが、かわいらしい木の枝葉を模した格子に大小のガラスがはめ込まれていて、床に落ちる格子の影が、まるで木陰にいるようだ。
「これは、聖樹?」
「そうとも、折角聖樹の植わっている家じゃからな。ここまで聖樹の枝はきとらんが、こうすりゃ聖樹の下で守られとる気分じゃろ。」
と、ガラス職人のルダン。
「しかもですね、この窓、一見普通のように見えますが、実は立体的な構造をしていまして、日がでている間は常に光が差し込むように設計してあるのです。しかも差し込んだ光が店舗内に広がるように細工してあります。」
と、建築家のヨハン。
すごい。窓のサイズだけ見ると、他の店より少し大きい程度で違和感が無いのに、店舗の薬を置くスペース以外は、光が差し込んで陽だまりのようだ。しかも聖樹の木陰にいるような安心感まである。
「それで。このテーブルと椅子は何なのでしょうか?」
マリエラの質問に、陽だまりの真ん中におかれたテーブルを囲んで座る最後のドワーフ、ゴードンが答える。
「ワシ、ここに通う。」
答えになってないよ。
店舗の中には、マリエラが依頼したとおり、カウンターとカウンターの奥に店員専用の棚、店舗の奥に自由に商品を見られる陳列棚が設置してある。これらとは別に、なぜか6人がけのテーブルが陽だまりの中央に鎮座ましまし、入り口側の壁面にも5人がけのカウンターテーブルがある。勿論各テーブルには椅子も並んでいる。前の店舗を解体した廃材を利用して作ったらしいのだが、店舗の雰囲気にぴったりと合う造形をしていて、これではまるで、
「喫茶店?」
一番日当たりのいい席に、ゴードン、ヨハン、ルダンのドワーフトリオがたむろする。
「あー、ここ最高」
「創作意欲が湧きますー」
「ええのうー」
ジークがお茶を振舞うと、ドワーフトリオは本格的にくつろぎだした。
ドワーフトリオの説明によると。
マリエラたちが来る前日、完成した天井窓の下で出来栄えを確認する3人は。
「いい出来だ。」
「うむ。広々しすぎて、ちと殺風景な店舗じゃがの。」
「この陽だまりを楽しめないのはもったいないですね」
「廃材があったろ、椅子でも作るか」
トンテンカンテン
「机も欲しいの、こんくらいの」
トンテンカンテン
「こんな無骨な造形ではこの場所に合いませんよ」
トンテンカンテントンテンカンテン
「とまぁ、こんな具合じゃわい。」
どんな具合だと思わなくも無かったが、怪我や病気のお客さんがくつろげるスペースというのも悪くない。サービスということで、ありがたく貰っておくことにした。
「おう、マリ嬢、店完成したみてぇだな。」
4人目のドワーフ、いや違う、ガーク爺がやってきた。
「おぉ?こりゃ、ぬくくて気持ちいいな。」
なぜか、ガーク爺までドワーフたちの輪に加わる。顔見知りと言った様子でもないのに、まったく違和感が無い。
「マリ嬢、兄ちゃんでもいいや、ワシにも茶。」
くつろぎスペースはあるけれど、ここは薬屋さんなんですけど。喫茶店じゃないんですけど。いやまて落ち着け、棚に薬を並べたら、薬屋らしくなるはずだ、と考えるマリエラにジークが声をかける。
「マリエラ、店の名前はどうする?」
ジークの入れてくれたお茶を飲みながら、日向ぼっこを楽しむおっさんたちを眺める。
あっという間に、おっさん4人。入れ食い状態だ。
「うーん、『おっさんホイホイ』?」
お店の名前は、『木漏れ日』にした。
これだけじゃ何のお店か分からないけれど、入ってみてもよく分からないままだから、これでいいと思う。
ひとしきり日向ぼっこを楽しんだ後、ガーク爺は帰っていった。何でも明後日の夜に採取に連れて行ってくれるらしい。初迷宮だ。楽しみすぎる。
ガーク爺が帰った後、ドワーフ3人も再起動したようで、店舗や厨房を案内してくれた。
先ず、店舗横の台所。元厨房だけあってそれなりの面積があって、新しく食卓を置いたから2、3人ならここで食事が出来る。ドアを開けると扉が間仕切りとなって、店舗側から台所の中が見えなくなる親切設計。というか、喫茶店設計?狙って作ってないか、これ。
驚いたのは魔道具で、薪も着火も火力調節までボタン一つで出来る。薪は何処に入れるのか聞いたら、ジークが
「俺たちの村は、ど田舎だったからな。薪はいらないんだよ。」
と、実演してくれた。ドワーフトリオの前だったから助かったけど、幼なじみ設定がこんなところで役立つとは思わなかった。
水の魔道具も台所、風呂、トイレ、洗面所に付いていて、各部屋には換気の魔道具と換気口が天井部分に設置してあるそうだ。
迷宮都市の家は窓が小さく湿っぽそうだと思っていたけど、こんなに便利な仕組みになっていたのか。
後でジークに聞いた所によると、生活魔法は大体が魔道具化されているらしい。迷宮都市の人手不足を補うために、歴代の辺境伯が推進してきた政策のひとつで、迷宮都市では補助金もあるから庶民の家にも設置されている。
ただ、魔力の消費量が生活魔法の数倍多いらしく、魔道具を持っていても生活魔法で済ます場合も多いとか。特に食材の保管庫や空調といった長時間稼働する魔道具は、魔石で動かすタイプだから魔石代が馬鹿にならない。
洗濯や暖房、床の埃を除いてくれる魔道具もあるらしいが、人力で作業しやすい魔道具程、高価になるため、この辺りはマリエラ達の新居にもついていない。
維持費も合わせると、家事のために人を雇ったり借金奴隷を買うよりは安上がり、といった物らしい。
それにしても、すごい進歩だとマリエラは驚いた。
薬の質はイマイチだけど、ポーションに替わるものも、そのうち出てくるんじゃないか。
2日前から住んでいるから、住居部分はだいたい分かる。資材置き場として使っていたリビングも、今はキレイに片付いている。前の住人が置いていった椅子やテーブル以外は、敷物も家具もなくガランとして寂しいが、おいおい揃えていきたい。マリエラたちの部屋も修理してもらったベッドに箪笥程度の家具しかなく、寝具を揃えただけだから宿屋かと思うほど殺風景だ。
どんな家具を入れようかと、マリエラが考えていたら、
「おう、忘れるところだった。」
と、ゴードンに地下室に連れて行かれた。
地下室は3部屋が直列に繋がっていて、一つ目の部屋にはジークが倒したクリーパーの素材が保管してあって倉庫として使う予定だ。
二つ目の部屋には『迷宮都市特別法 住居管理規定の云々のほにゃらら』とやらに定められた量の非常食や避難道具が備えてあって、2人なら充分避難出来る。
三つ目の部屋には、なにやら木箱が置いてあったのだが。
「ここん所な、大穴空いてたぜ。聖樹の根っこが地下の大水道まで伸びちまって、崩れたみてえだ。潜って確認しといたが、大水道まで続いとった。いやぁ、話には聞いとったが大水道とは珍しいモン見れたわ。ああ、排水に影響はねえし、壁もこの通り埋めてある。聖樹の真下だから魔物は上がってこねえだろうが、大水道にはスライムが大量にいるらしいから、念のためにデイジスを詰めた木箱をおいてあったんだな。」
ゴードンは、一番重要な事を最後にさらりと説明して帰って行った。
(ここが売れ残ってたの、そのせいじゃないの?)
地下大水道はエンダルジア王国時代から残っている下水道で、200年経った今でも迷宮都市の下水道として機能している。下水と言っても各住居には、スライム槽と呼ばれる排水処理槽が設置してあり、調教師がテイム後に調整した汚水処理専用のスライムが入れてある。汚水処理スライムが浄化した、綺麗な水が地下大水道に流されるから伝染病の発生源になることは無い。
ただ、地下大水道には野生化したスライムが大繁殖しているらしい。
スライムは不定形の粘液状の魔物で知能はない。核を潰せば消滅する弱い魔物で、余程成長しない限りは核を踏みつければ倒せる。また、外殻を持たないため魔力吸収にめっぽう弱く、魔法を吸収するデイシスには近づかない。大水道に繋がる配管の周辺にデイジスを植えておくだけで、大水道からスライムが侵入してくるのを防ぐ事が出来る。
スライムは魔力の残る死骸を好むものの、大体の有機物や物によっては無機物まで分解することができるので、し尿や生ゴミの処理用に活用されている。野生のスライムは、分解した成分で溶解液を生成して攻撃して来るが、調整済みのスライムは分解途中の土塊を吐き出す。この土塊は肥料として専用の業者が定期的に回収してくれる。
このようにスライムは、生活に密着した馴染み深い魔物であるが……、
(粘液状の蠢く魔物がたっぷり棲んでる地下大水道と繋がってるとか、気持ちいいもんじゃないよね。)
聖樹が無くても乾燥させたデイジスを置いておくだけで、スライムの侵入を阻むことができるだろうが、理屈ではわかっていても気分のいいものではない。石積みの壁面の目地から、うにょりと染み出て来るんじゃないかと想像してしまう。
(後で、デイジスの繊維で目地埋めしとこう。あと、聖樹が枯れないようにちゃんと水やりしよう。)
とりあえず、3つ目の部屋は開かずの間にしておこうと、ジークとマリエラは頷きあった。
最後に思わぬ大穴(物理的)が待ち受けていたけれど、素敵なお店に素敵な家が完成してよかった。お祝いをしなくては。
オークキングの肉を買ってきて、ステーキにして二人でお祝いをした。余りの美味しさに、マリエラはちょっと泣いてしまった。やっぱり、ジェネラルオイルで焼いたお肉はオークジェネラルの味で、オークキングではなかった。
オークキング美味しい。オークキングやばい。二足歩行して特に女性を好んで襲い掛かかってくる下品な魔物だけれど、もう、肉にしか見えない。
「ジークぅぅ、すっごく強ふなっへ、オーフキングたふさん倒しへねぇー。」
「幾らでも倒せるようになるから、食べるか泣くか喋るかどれか一つにしような。」
お店は1週間後に開店予定だ。生活雑貨の買出しに商品の作成、迷宮都市の外でタマムギや様々な茸の収穫もしなければ。今の時期に収穫できる素材は多い。マリエラが住んでいた小屋に戻って、生き残った薬草の植え替えもしたい。
明後日は、ガーク爺が迷宮に採取に連れて行ってくれると言っていた。何を採取するんだろう。
取り留めの無い会話は、夜遅くまで続いた。




