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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
32/299

実技講習

 迷宮に向かう街道に何百人もの兵士が行進する。


 身に纏うのは見栄えのする豪華な鎧ではなく使いこまれた品々で、素材も魔法金属の物、魔物素材の物とバラバラだ。武器はハルバードや槍と言った長ものが多いが、こちらも兵士によって異なっている。全員が揃っているのは身に纏った漆黒のマントだけ。しかし全員が一糸乱れず行進していく。


 彼らは迷宮討伐軍。何度も迷宮の最下層に挑み、生き残ってきた迷宮都市最強の軍隊だ。


 街道には、彼らの姿を一目見ようと多くの冒険者や市民が集まっていて、まるでお祭りのようだ。

 歓声が一際大きくなる。


「金獅子将軍だ。」

「将軍ー!」


 金の髪をたなびかせた獅子を思わせる雄々しい男が、鱗のはえた竜馬に跨り人々の歓声に応える。


「金獅子将軍が居れば、兵は一騎当千らしいな!」

「本人もすげぇ強さだってよ」

「歴代最強の将軍様だ。そろそろ迷宮も年貢の納め時かもな」


 熱気に満ちた声援は、遠征軍が迷宮に消えていくまで続いた。

 2週間に渡る、迷宮都市の遠征期間が始まった。




「右ががら空きだぜ!」

「立ち止まってどうする!弓使ってんじゃねえんだ!」

「振りがおせぇよ!」


 ハーゲイの檄が飛ぶ度、ジークが地面に転がされる。控えめに言ってもボコボコだ。


 迷宮討伐軍の行進を見物した後、マリエラとジークは冒険者ギルドに向かった。

 今日から、ジークは冒険者ギルドの実技講習だ。マリエラも見学についてきた。


 ジークとハーゲイは鑑定紙で適性を確認した後、戦闘方針を話し合い、片手剣と盾の戦闘スタイルを選んだようだ。初日の時間のほとんどを素振りに費やした後、今は手合わせを行っている。


 クリーパーの種を全部避けたジークの打ち込みは、ハーゲイにカスリもしない。切りかかる度、ハーゲイの持つ剣代わりの棒の先が、トトンとジークのスキをつく。その1手は強いものには見えないのに、その度にジークは大きくバランスを崩して地面に転がされる。


(このハゲ、なかなかやりおる……。)


 と、分かった風にナレーションを入れるマリエラだったが、見ていても正直良くわからない。ジークはとっくに限界で、ふらふらして見えるのに、何度転がされても立ち上がっては懸命に喰らい付いていく。その表情に、なんとなく『大丈夫だ』と思ったマリエラは、持ってきた『薬草薬効大辞典』に目を落とした。


 ガラスの製造で魔力切れを起こした翌日から、ジークは少し変わったとマリエラは思う。


 マリエラが目を覚ますと、なんだかうにゃうにゃ言い出したので、孤児院の先生直伝の『分かってる、大丈夫、大好き。

 ――暗い顔して、良くわかんないことを言い出す子がいたら、そう言って抱きしめてあげてね』をやってみたら、見事に復活した。


「取り入ろうとした」とか「じぶんのため」とか言っていたけれど、そんなの当たり前だとマリエラは思う。別にマリエラに迷惑をかけているわけではない。『猿招き』だって懸命に探してくれたし、『ジークのため』と『マリエラのため』が両立するなら、それでいいじゃないか。




 マリエラが目を覚ました後、作ったガラスは『クリーパーが守っていた、どこぞの商隊の落し物(設定)』としてジークが新居に運んでくれた。


 魔力切れの翌日はジークに宿で休むようオネガイされ、薬やポーションを作って過ごしたので、新居に顔を出したのはガラスを運んだ翌日だった。新居に着いてみると、なぜかドワーフが一人増えていた。


 店舗スペースでドワーフとドワーフハーフが3人してガラスを囲んで議論していて、周りには設計図らしき紙片が散乱していた。寝ていないのか3人とも目の下にクマがあった。


「おはようございます?」

 マリエラが挨拶すると、3人目のドワーフが、

「ワシはルダン、コイツらと同じ工務店のガラス職人じゃ。ワシも設計に加わるからの。」

と挨拶してきた。


 ルダンの説明によると、迷宮都市では魔の森や迷宮から魔物が溢れることを想定して、ガラスを大きいまま使用する事は無いのだそうだ。小さめのパーツにカットして、金属の窓枠にはめて使う。多少割れてもガラス細工のスキル持ちなら直せるから、庶民の家は割れガラスを修理した品を工夫して使っている。だから、ガラス自体珍しいものではないが。


「創作意欲が湧くんじゃ。」「おかしくない範囲に仕上げますから。」「やらせてくれんか。」


 ドワーフ3人組の熱意に負けて、『悪目立ちしない範囲で』という条件の下、仕事をお願いすることにした。

 契約を済ませ、住居の残金と店舗増築代を支払う。前払いした金額とあわせて金貨7枚。当初の見積もりと比べれば端数が切り上がっているが、増えた窓枠分を考えると、どう考えても安い。


 聞くとスラムから連れて来た3人が思いのほか良く働いたので、店舗の増築にも起用することで調整するとのこと。


「その3人にも会っておきたい。」


 ジークの申し出に、仕事にかかわる全員と挨拶をすることになった。


 スラムから来たという3人は、怪我で休まざるを得なくなった若い冒険者達で、少し痩せてはいるが落ちぶれた印象はなく、言われなければスラムの住人と分からなかった。


「回復するまでの糊口さえ稼げれば、スラムから抜け出せそうな人を選んでいます。私達も仕事ですから、流石にスラムに根付いてしまった人を雇うことは難しいので。」


と、ヨハンが説明してくれた。本人達も遠征さえ始まれば怪我が治りきっていなくても迷宮の浅い層で採取ができるし、この仕事のおかげで武器を手放すことも、借金をすることもせずに済んだと話してくれた。ジークは思うところがあるのか、彼らの話をじっと聞いていた。


 マリエラは3人に怪我の調子を聞いて、昨日作ったばかりの薬を試供品だと言って渡した。『薬草薬効大辞典』巻末の『薬の作り方-初級編-』を参考に作った普通の薬で、ガーク爺のお墨付きも貰ってある。ポーションではないから直ぐに治ることは無いけれど、毎日塗り込めば回復も早まるだろう。「冒険者に戻れたら買いに来る」と嬉しそうに受け取ってくれた。

 3人の嬉しそうな顔に、マリエラはポーションを渡せないことを申し訳なく思った。


 その日は薬の材料を買い込んで『ヤグーの跳ね橋亭』に帰り、薬を作って過ごしたけれど、もっと役に立てる方法があるんじゃないかとマリエラは悩ましく思った。




side ジーク:


「目が足りネェなら魔力で補え!」

「左手が遊んでるぜ!ガードはどうした!」

「遅い遅い!」


 ハーゲイの怒号とともに、剣に見立てた棒がジークムントの隙を突く。決して強い突きではないのに、真剣であれば命を奪ったであろう一撃は酷く重くて、その度に死を錯覚した体が地に伏せる。転んでは立ち上がり、立ち上がっては転がされる。


 痛みには慣れている。立ち上がれないほど疲れた身体を無理に動かすことも、奴隷になって身体に刻んだ。

 筋が、肉が、骨があげる悲鳴を黙らせて、ジークムントは何度でも立ち上がる。


 ハーゲイの一撃は速く重いが的確で、転がされるたび少しずつ正しい動きを身体が覚える。ジークムント()は良い師を得たようだ。限られた時間の中、少しでも多く学び取ろうと訓練用の剣に手を伸ばす。指の一本も動かなくなるまで、訓練は続けられた。


「言いたいことはたくさんあるが、そのガッツは悪くネェぜ!」


 動かなくなったジークに、ハーゲイが話しかける。


「嬢ちゃんの前で転がされて恥ずかしいか?」


(マリ…エ…ラ…)


 酸素が足りず頭が朦朧とする。顔を動かすこともできないから、ジークはマリエラを見ることができない。


「安心しな!本に夢中で見てないぜ!」


 ずびし!とハーゲイがサムズアップする。ニカっと笑った笑顔がにくい。

 ジークムントはそのまま意識を手放した。




side マリエラ:


「嬢ちゃん、今日は終わったぜ!奥に水場があるから、起きたら洗って帰るといいぜ!」


『薬草薬効大辞典』を読んでいる間に、ジークの訓練が終わったようだ。

 さんざんジークを転がせ回ったハゲ……ハーゲイは、ニカッと白い歯を光らせて、冒険者ギルドの建屋に戻っていった。後頭部に反射する日差しがまぶしい。


「ジーク、おきてー。」


 名前を呼んでもジークは起きない。マリエラがちょっと魔力切れを起こしただけで大騒ぎして、一日宿から出してくれなかったのに、自分は意識を失うまで訓練するとは。


 ごそごそとマリエラはカバンから緑の丸薬が30粒入った瓶を取り出す。宿でおとなしくしている間に作った、上級ランクの魔法薬、リジェネ(再生)薬だ。


 深い癒しを与える魔法薬で、1月ほど飲み続ければ過酷な暮らしの結果、縮んでしまった寿命さえ元に戻す。訓練とあわせて服用すれば、短期間で筋力の増加が見込める便利な丸薬だ。過酷な日々を過ごしたジークには必要な魔法薬だから、1月分に当たる3本の瓶を渡してある。


 普通のポーションでも訓練の疲労を癒すことは可能だが、訓練前の状態まで癒されてしまうので意味が無い。その点、このリジェネ薬は体の治癒力を高めて治すので、訓練の成果が最高の効率で発揮される。


 材料は、卸売市場で買った喰いつき貝に聖樹の葉、クリーパーの種子、プラナーダ苔。苔が希少であまり市場に出回らないポーションだが、ポーション瓶を作った川原でたくさん採取してある。喰いつき貝(新しい素材)の処理も簡単で、直ぐに覚えることができたし、リジェネ薬の作り方も、慣れれば難しいものではない。


 きらきらと深緑に透けて輝く小粒は一見すると美味しそうに見えるが、実際はものすごく苦い。スライムとクリーパーを煮詰めたらこんな味になるのかもしれないという、青苦い味が口いっぱいに広がってなかなか消えないものだから、ゼラチン液で薄くコーティングしてある。

 瓶から一粒取り出して、爪でゼラチンを少しはがして、

「えい。」

 ジークの口に放り込んだ。


「ゴッホ、ウガ……」


 おぉ、ジークが起きた。流石はリジェネ薬。こうかはばつぐんだ!




 魔力切れから目覚めてからの5日間、マリエラは新居で使う雑貨を買い揃えたり、店で扱う薬を作ったり、ジークの実技講習を見学して過ごした。

 ジークは実技講習以外でも、早朝やマリエラが部屋にこもって薬を作っている間に訓練をしていたようだ。リジェネ薬の効果もあってか、こけた頬も戻ってきた。


 予定の日付に『ヤグーの跳ね橋亭』を離れて新居に移ったが、エミリーちゃんに会いに、時折早めの夕食を食べに行っている。夜が更けると『ヤグーの跳ね橋亭』は冒険者で溢れて、アンバーさん達は大忙しだ。頼まれていた(避妊薬)は試供品として渡してある。開店したら買いに行くからと言ってくれた。

マリエラの薬屋を、お客の冒険者達に紹介してくれるというので、店の開店日と地図を描いたビラと一緒に傷薬の試供品をたくさん渡してある。開店したら、何かお礼をしなくては。


 昼食は殆ど毎日卸売り市場へ行く。冒険者達が持ち帰った素材が流通しているのだろう。いつもより商品の品数が多く、人通りも多い。

 薬やポーションの素材を見つけては買い漁っていて、マリエラの工房に設えた壁一面の棚には処理した素材の瓶や袋が並んでいる。早く棚をいっぱいにしたい。


 明日は店舗部分が完成する。商品をお店に並べたり、開店の準備をしなくては。


 マリエラは、新しい生活に胸を躍らせていた。





特級のリジェネポーションは上級と別物で、ゲームであるような継続回復効果を与えるので、回復量以下のダメージであればバンパイアのような超回復戦闘が可能、という設定を書いたのですが、説明が長くなりすぎたのでカットしました。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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説明文は必要なんでしょうが、 初期に出てくると、 読み進める気が失せて 他の作品に乗り替えて 戻って来ないと思います。 説明文には『』等で、 読み飛ばせる工夫などが、あっても良いのかと…。
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