77.魅惑の招待状
「ある者は言ったのです。”本を開く者は、千の人生を生きる”と。
また、ある者は言ったのだ。”書物は最良の師であり、最も寡黙な友である”と。
そして、”偉大な知恵は、常に書物の中に宿る”とも……!!」
腕組み足組するロバートの意識高い系発言は、積まれた書籍のタイトルを見なければ様になったに違いない。
『恋の方程式』──理論で解き明かす、恋愛の成功法則。
『LOVE MANUAL for GENTLEMEN』──スマートに恋する男のためのバイブル。
『外見が9割の恋愛戦略』──努力すべきは「内面」じゃない。「見た目」だ。
『整えろ、そしてモテろ』──髪・肌・服・姿勢…それだけで世界は変わる。
『外見革命』──見た目を変えれば、恋の主導権は君のもの。
エトセトラ、エトセトラ……。
書物は高価な物だけれど、金額以上にタイトルで買うのをためらう書物の数々。
こんな本を読みふけるロバートに出会ってしまったジークは、ちょっぴり尊敬のまなざしを向けてしまう。
「気になる本があれば貸そう」
「では……」
『外見革命』に手を伸ばすジーク。
マリエラ相手に外見を整えたって効果は薄いだろう。年の差カップルなのだから、中身を磨けと言いたいが、ジークとしてはその年の差がコンプレックスだったりする。
この前のウェディングドレス作戦は、見事に失敗してしまった。
へこむ。しょんぼりである。
項垂れて下ばっかり見て歩いていたら、ロバートの書籍が目に入ったのだ。
もちろん、ロバートがこのちょっぴり恥ずかしい書物を広げていたのには訳がある。
これはジークを釣る餌なのだ。餌ではあるがこれらの書物は、全てロバートが自分で読むべく買い集め、熟読済みなのだが。
「実はな、ジーク。男性向け黄金美容の伝手があるんだ」
「男性向け黄金美容!?」
黄金美容。
帝都で人気の、治癒魔術と錬金術をシナジーした美容術だ。
当然、顧客は富裕層限定。帝都の王侯貴族を中心とした限られた人々しか享受できない技術である。
それも男性向けともなれば、店舗数が少なすぎてもはや秘密倶楽部だ。
ロバートの説明によると、招待状が無ければ予約さえも取れないらしい。
いかがわしいサービスのお店ではないのに、なんという敷居の高さか。
「ここの黄金美容では、幻と言われた薄毛の治癒さえできるとか。勿論、10歳程度の若返りは容易。髪型から服装まで外見をレボリューションしてくれるらしい」
男性向け黄金美容。なんてスゴイところなんだ。
ひそひそと小声で話すロバートに、ジークはゴクリと唾を飲む。
――10歳も若くなったら、マリエラと同世代になれるではないか!!!
その素晴らしい妄想に〝外見をレボリューション〟なんて愉快なセリフも右から左だ。
「行きます。是非、紹介してください!」
「そうか、行ってくれるか。私も一人では心許なかったんだ。一人で行きづらいなら君を誘ってはどうかと提案されたのだが、声を掛けて正解だった。予約は来週。ダグナス橋のたもとに迎えの馬車が来る。これが君の分の招待状だ」
そう言って、招待状を渡すロバート。
受け取った招待状には、『男性向け黄金美容:ハンサム・ブースト』という店名と予約日時が記されている。
「は、はんさむ・ぶーすと……」
なんて恥ずかしい店名なんだ。ジークは思わずごくりと生唾を呑み込む。
だがしかし、男には行かねばならぬ時があるのだ。
恥ずかしさのあまり招待状をよく確認せず懐にしまい込むジークと、これまた悪巧みの相談の後のようにそそくさとその場を立ち去るロバート。
二人の行動は、すでに不審者のそれである。
何も悪いことはしていないのに、後ろめたくて仕方ない。
モテたいあまり、知能指数の下がり切ったジークは見過ごしていた。
おなじく知能指数が最低値を更新し続けているロバートもまた、おかしいと思わなかったのだ。
モテたいあまり、普段は塩対応していたにもかかわらずロバートが相談をしてしまった相手、男性向け黄金美容の紹介者は、ハイツェル・ヴィンケルマン。
男性向け黄金美容には縁のありそうな男ではあるが、あの根っからの貴族至上主義者が、Aランク冒険者とはいえ平民のジークの名前を覚え、あまつさえ気にかけるなどあるはずがないということを。




