70.キャロラインの叱咤激励
前回までのあらすじ:皇帝は色々大変
「まあぁ……。お兄様ったら、一体何をしてらっしゃいますの……?」
言葉遣いがキレイでも、声色によってこんなにおっかなくなるんだな。
そんなことを考えながら、マリエラはキャロラインの前で両膝をそろえて座るロバートを眺めていた。
ロバートの膝がガクガクプルプルしちゃっているのは、普段鍛えていないインナーマッスルが痙攣しているからであって、キャロラインの白い目にビビッているわけではないと思いたい。
(キャル様、なんか頼もしい。ウェイスハルト様の奥様になっても大丈夫そう)
これならマリエラも、迷宮都市の将来も安泰である。ヨカッタヨカッタ。
アントバレー鉱山の底で見つけた坑道蟻の迷宮の件は帝都で大きな問題になった。
実際に坑道蟻の迷宮を見つけたジークやエドガンは事情聴取に駆り出されたし、採取した鉱石もお目当ての『暗き翠の蟻の玉壁』を少し残して資料として提供している。
奇病の件はロバートと魔法生物の専門家であるソレンが解決したことにしたから、マリエラは今回も平凡オーラと仲間の背中に守られたことになる。
それは、マリエラにとっては心苦しいことではあるが、ロバートにとっては手柄を譲られたのと同義だから、適材適所でハッピー×ハッピーだと言える。
シューゼンワルド辺境伯家としても、ロバートやお抱えの冒険者であるジークやエドガンの活躍で迷宮を発見し、坑道蟻が地上に溢れるまでの時間を稼いだという大金星を挙げたことで、アントバレー管理型迷宮の開発に一枚噛めることとなった。アントバレーが管理型迷宮として正式に稼働するまでの間、派兵を含めた協力要請はあるだろうが、稼働した後の利益――エーテリウムやソルダリウム、ゴーラナイトの採掘権を考えると、実にハッピーな結末だ。
「これでお兄様が、その精霊さま? を射止めて下されば言うことはありませんでしたのに」
珍しく、キャロラインがため息を吐く。
ロバートが2.5次元以外の女性に興味を持つなど、キャロラインにとってはマリエラがエリクサーを錬成しちゃった以上の奇跡なのだ。
もちろんロバートだって貴族の端くれ。
政略結婚となれば二つ返事で了承するだろう。
だが、それではお相手があまりに不憫ではないか。いつまでも、この世にいない相手を思い続ける旦那など誰だっていやだ。しかもその相手とロバートは、実際には会ったこともないのだ。
(エスターリア様にお相手がいなかったと、お兄様は本気で考えてらっしゃるのかしら? あんなに麗しい方がフリーのはずないでしょうに。それに時代を考えれば、エスターリア様がご執心された方はお兄様とは全く別のタイプに違いありませんわ!)
流石はキャロライン。分析の精度が高い。
こんなロバートに政略結婚を進めても、誰一人として幸せになれない。いや、むしろ、余計なトラブルの種になりかねない。
そう思っていたのに、まさか、まさか、ロバートが生きている女性に心を奪われるとは。
「いや……その……。いいかな、キャル。相手はソンブラムの精霊で……」
「お兄様? 本気で精霊だなんて考えてらっしゃるんですか」
ロバートのちっちゃな声を、キャロラインがぴしゃりと封じる。
「お兄様のような方の前に! 精霊が! 姿を現すと! 本気で考えてらっしゃるの!?」
「……アントバレーの水場では……」
「それはジークさんの精霊眼のお陰でしょう!」
流石は兄妹。遠慮も無ければ容赦もない。いつもはたおやかなキャロラインの圧がスゴイ。
黙り込んでしまったロバートにキャロラインが諭すように話を続ける。
「いいですこと、お兄様。お兄様はアントバレーの水場で本物のソンブラムの精霊をご覧になったのでしょう? その姿と、お兄様が精霊と言い張る方の姿に共通点はございまして?」
「い、いや……」
「ならば答えは明白です。お兄様が御覧になった方は、精霊などではないのです。実体を持った人間。それも妙齢の、麗しい女性なのです」
「に……にんげん……? だが、あまりに美しい……」
ずばりと断言したキャロラインの説得力よ。
精霊だと思えばこそ荒野の幻と諦めた想いだったのに、相手が手の届く人間だと気づいてしまうと再び息を吹き返してくる。
「そう。その美しい女性の肌を、水浴びをしている姿を、お兄様は見てしまった。それは紳士として許されることでしょうか?」
「はっ……。私はなんという失礼を……」
「そうです、お兄様。偶然とはいえ、お兄様はその方を辱めてしまった。それは貴族として、いいえ、人として恥ずべきことですわ。お兄様はその方に対して責任を取らねばなりません!」
「せっ、セキニン……!!?」
なんという強引な論理展開か。
ロバートは混乱しきりだ。
「だが……だとしたら、あの方は一体……」
「考えるのです、お兄様。一緒にアントバレーに向かったのはどなただったのか。それだけの美しい方が荒野を行くというのはそれだけで危険が伴うもの。おそらくその方は姿をやつしておられたのです。
お兄様なら分かるはず。覚えておられるのでしょう?
髪の色、瞳の淡い青、白磁の肌……。先入観にとらわれてはなりません。該当する方がおられるのでは?」
「……ドワーフのロドリゴ?」
「お兄様?」
そんなわけあるかい。
ロドリゴはゴリゴリマッチョなドワーフ親父で、髪の色しかあってないではないか。
しかし、ロバートは本当に分からないらしく、知性の一切を失ってしまったかのような表情で頭上に「?」マークを飛ばしまくっていた。
【帝都日誌】お・に・い・さ・ま? byキャロライン




