64.真のソンブラムの精霊さん
前回までのあらすじ:素材を求めてアントバレーを訪れたマリエラたち。アントバレーでは肉体が金属化しやがては溶ける奇病が蔓延していた。奇病の原因を突き止めたマリエラは特効薬を錬成する。
【ご挨拶】
ご無沙汰しております。
ちょっと異世界イルヴァに転生して、帰って来れなくなっていました。ほんと時間がミンチになる。*ぷちゅ*
しばらく短めを月2更新でリハビリしますので、よろしくお願いします!
「うおおおお、戻った! 戻ったぞ!」
「俺の手が!」
「わしの脚が!」
「ロバート殿、でかしましたぞーぅ!」
マリエラ印のご当地解毒ポーションは大変に良く効いた。
症状の軽い者は飲むとたちどころに金属化した手足が戻ったし、重症な者も明らかに症状が軽くなった。完全に溶けてしまった者は残念ながら地脈に還っていて手の施しようがなかったが、アントバレーの他の患者はあと数日もすれば全快するだろう。
アントバレーを廃坑にせずに済んだハイツェルもご機嫌で、これまでは空気のように無視されていたマリエラたちにも「ご苦労ですぞ!」と声をかけたくらいだ。
これだけ効果のあるポーション自体、そうあるものではないのだが、どうやらハイツェルの目は節穴らしく、このポーションはロバートとソレンが作ったものでマリエラはただの下働きだと思われている。
そう思われていた方が都合がいいから誤解は解かずにいるけれど、ロバートは錬金術師ではない。わりと知られた事実だが、ハイツェルはこんなに情弱で大丈夫だろうか。
「一時的に病が回復しただけでは不十分です。今夜、ソンブラムの復活の儀式を執り行います。この儀式はアグウィナス家の秘術に準ずるもの。鉱山奴隷はもちろん、ハイツェル殿も見学はお控え下さい」
「うぅむ。それほどの儀式を見学できないとは何とも残念。ですが致し方ないですぞ!」
ロバートが並べ立てた嘘八百にもコロリと騙されるハイツェル。
とはいえ一番大切な“ソンブラムの復活”というところは本当だ。儀式だなんだと言ってはいるがそんな大層なものではなくて、ジークの精霊眼ビームを照射するだけだが。
ジークが眼帯を付けているのは、未だに精霊眼の制御が上手くいかないからだが、精霊眼という奥の手を隠しておきたい意図もある。
能ある鷹は爪を隠すが、能あるジークも精霊眼を隠すのである。
昔のジークズなら嬉々としてしょっぱい効果の精霊眼を見せびらかしていたけれど、真価を引き出せるようになった今は人間的にも成長したのだ。とはいえ自衛できないマリエラと違って、絶対秘密というわけではない。必要に応じて使うが、わざわざひけらかさない程度のものだ。
(我が麗しの精霊のたおやかな肢体を男の目にさらすなど言語道断!)
ロバートがハイツェルを遠ざけたのは、ジークの精霊眼を隠すためというより、ソンブラムの精霊さんの優美な姿を見せたくないという、不純な動機によるものだ。同じ理由でエドガンは真っ先に遠くの見張りを頼まれている。
奇病の原因を特定し、ポーションで治療も行った。
あとはこの鉱山に根づくソンブラムの精霊が力を取り戻せば、奇病が再発することもない。
旅の終わりが見えてきても、ロバートの心はとても帰路に就く気にはなれない。
閑散とした広場に立ち尽くし、ソンブラムの樹を見つめるロバート。
西の空に名残の光が残るなか、東の空にはもう夜が満ちていた。
■□■
月の明るい夜だ。荒野の空気は澄んでいて、満天の星が濁った水場にぼんやりと映る。
古いソンブラムの大木は枯れかけて緑が薄く、月明かりを受けて白く際立つ。
その姿に、ロバートは精霊の白い肌を思い浮かべているのだろうか。
――精霊眼で力を分け与えたなら、もう一度、あの精霊に会える……。
まんじりともせずソンブラムの大樹を見つめるロバートはそんなことを考えているのだろう。
出て来るはずはないのに。
ロバートのソンブラムの精霊さんは、彼の斜め後ろ、マリエラの“どうするの?”的視線から逃れるような暗がりに立っているのだから。
「それではジークムント君、頼みます」
「……はい」
ジークが眼帯を外し、精霊眼をゆっくりと開く。精霊眼ビーム照射だ。びびびびび。
(本当のソンブラムの精霊よ、どうか、どうか現れないでくれ。空気を読んで隠れていてくれ……!!!)
だがしかし、ソンブラムの精霊は聖樹の精霊と違って人間びいきではないのだ。空気なんて読むわけがない。
もやぁ。
白い光が湧き出るように現れて、その姿を形作る。
「!!!!! ソンブラ………………え?」
精霊眼に力を与えられ、呼ばれて飛び出ちゃったのは、ソンブラムの樹をデフォルメしたような白い塊だった。もやしを束ねたみたいだと言えばわかりやすいだろうか。ものすごく想像力を働かせれば生き物の形に見えなくもないが、百歩譲っても美女には見えない。
「こ、これは?」
「ソンブラムの精霊ですね」
「……では、では、我がソンブラムの精霊は?」
「…………俺は見ていませんので何とも」
美女が出てくると思ってずっと待っていたというのに、もやしの束が出てきたのだ。
ロバートが分かりやすく狼狽するのも仕方あるまい。
大混乱なロバートと、そんなロバートの様子をとても見ていられなくて、必死でもやし……じゃなくてソンブラムの精霊を凝視するジーク。
ジークムントは運が悪いのだ。
ジークの居心地が悪くなろうと、こんな面白イベントを回避できるはずがない。
精霊眼にじっくりたっぷり凝視されたおかげで、みるみる元気になっていくシン・ソンブラムの精霊さん。細もやしが太もやしグレードアップだ。喜んでいるのかそれとも伸びの一種だろうか、全もやしをうにょうにょ動かして、ロバートを更に混乱させている。
生物からかけ離れた動きでちょっぴり気持ち悪いなと思っていたら、太もやしの1本をジークに渡すと、大樹の中に消えてしまった。
「……あの方はソンブラムの精霊ではなかった?」
恋愛は知能指数を下げるというのは、あながち間違いではないのだろう。
頭脳明晰なはずのロバートがみんな知ってる真実に一歩近づいた頃には、ソンブラムの水場の水は透き通り、正常な状態に戻っていた。
そして、ここにも気付いちゃった者がもう一人。
(なっ、なっ、なっ、なんと便利な! あれはむかーし噂に聞いた精霊眼と言うやつでは? ずいぶん昔、帝都の錬金術師から失われたと噂を聞いたことがありましたが、まさか復活していたとは!
……………………あれがあれば、精霊の強化なんてチョチョイのチョイではありませんかな!?)
秘儀だ、見るなと言われたら、見たくなるのが人の性。
ハイツェル・ヴィンケルマンが精霊復活の儀式を盗み見ないはずはなかろう。
そして、ジークも、ロバートさえも知らぬことだが、彼は精霊強化の実験を行う幻境の一人なのだ。
アントバレーの奇病を治めただけでなく、幻境にとって超重要な情報までゲットしてしまった豪運の男、ハイツェル・ヴィンケルマン。
薄幸のジークムントの運命と、ついでにロバートの恋の行方はようとして知れない。
【帝都日誌】ソンブラムの精霊はいずこに……。byロバート
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