63. 特効薬の錬成
前回までのあらすじ:ポーションの材料が集まった。
奇病の特効薬の錬成は、作業用にとあてがわれた物置部屋で行われた。
作業スペースを確保するために、もともとあった荷物を部屋の端に積み上げたこの物置部屋は、ただでさえ小さい窓が塞がれて日当たりが悪い。しかし逆に外からのぞかれる恐れもないし、奥まった場所にあるせいで廊下を見張るだけで簡単に秘密が守れる。マリエラが錬成するにはうってつけの場所だった。
「新たなポーションを作るのですか? このような素材から作られるポーションは寡聞にして知りません。ハイツェル殿は気が短い。作業が長期化するなら何か対策を……」
運び込まれた材料を手に取りながらロバートが怪訝そうに聞いて来る。
新しいポーションの錬成など、いくらマリエラと言えど、一朝一夕でできることではないからだ。
この作業場は秘密を守りやすい場所ではあるけれど、物事に絶対はない。錬成が長時間にわたればそれだけマリエラの秘密が漏れるリスクは上がる。来るなと釘を刺してはいるが、ハイツェルがしびれを切らしてこの部屋に来るのではと心配したのだ。
「すぐできますよ。作るのは上級の解毒ポーションのアレンジですから。アクアグロブの溶解液と鉱物が原因なら、解毒ポーションがベースでいいはずです。
ポーションの素材って、どこででも入手できたり、誰が作っても似たポーションができるものが登録されてるんですけど、代替品っていうか、似た働きをする素材って幾つもあるんです。
こういった風土が関連する状態異常の場合は、その土地で取れる素材を組み合わせるほうが効果が高いし、特殊な異常も治癒してくれるんですよ。素材に宿ってる《命の雫》が、土地の地脈の影響を受けるからかな? みんな、普通の、巡りやすい状態がいいのかな」
「地脈の影響……。そうなのですか?」
「そうですよ? ほら」
アカデミーでも聞いたことのない情報に驚くロバートに、とれたての素材を見せるマリエラ。
見ればわかるじゃない、と言いたげな反応だが、ロバートからすれば見たままの素材があるだけだ。
マリエラもフレイジージャも時折このような物言いをする。錬金術師特有のものかとキャロラインに聞いたことがあるが、彼女にもよくわからないそうだ。
一体マリエラには何が見えているのだろう。
そんなロバートの疑問をよそに、マリエラは素材を使う順番に並べていく。こういう動作の一つ一つがあまりに普通ぽいせいで、時折見せる超常の言動がただの”不思議ちゃん”で済まされてしまうし、周囲がそういう反応だから、未だにマリエラ自身が一般的な錬金術師とのズレに気付かずにいる。
「通常の上級解毒ポーションの材料は、ルンドの葉柄、鬼棗、エントの実にアラウネの根と葉、そして寄生蛭の毒腺ですが……」
「そうです。で、今回は代わりに鹿角サボテンの葉肉にグラナイトバックオークの新芽、ソンブラムの実とサンドフェザーの巣に含まれる唾液、スコーチテイルの毒腺を使います。あとは効果を高めるためにスラーケンの粘液ですね。隠し味ってやつです」
スラーケンの粘液は、いろんなポーションに混ぜられて効果をちょこっと底上げしてくれる便利素材だ。だからマリエラは薬晶に加工して、塩一振りの感覚で便利に使いまくっている。
素材の薬効成分を結晶化させた薬晶は、今のマリエラならば初めて扱う素材以外は簡単に作り出せるし、混ぜるだけでポーションが完成しちゃう便利素材だけれど、混ぜるだけのインスタントなポーションなんて、作った気がしなくて物足りない。
今回は初めての素材だらけで、一から作業が必要で腕がなる。錬金術はこうでなくちゃと、マリエラはワクワクしながら作業を始めた。
「まずは鹿角サボテンの葉肉。皮をむいたヤツをすりつぶして《命の雫》を溶かした水で煮だしてっと。つぎはスコーチテイル……」
スコーチテイルは5センチほどの小さなサソリで、毒腺も小さくて解体するのが面倒だ。だから手足をもいだ胴体を丸ごと乾燥して粉砕した後、この辺りの名産だという多肉植物の球根から作られた蒸留酒で毒素を溶かし出す。
「エドガンさんが採ってきてくれたサンドフェザーの巣は、……うーん、きちゃない。しっかり洗わなきゃ」
サンドフェザーの巣は、フンやら羽やらで汚れているから、しっかり水で洗浄した後、《命の雫》を溶かした蒸留酒で巣がばらばらになるまで蒸し、発生した蒸気をゆっくりと冷やす。酒が凍る直前に酒の中に現れる結晶だけを分離するのがコツで、ここが一番難しい作業だ。
「次はグラナイトバックオークの新芽だけど、ジーク、お酢あった?」
「マリエラ、厨房にはこの辛子を漬け込んだビネガーしかないそうだ」
「うわあ、ビネガーっていうより唐辛子の酢漬けだね。これでも効果に影響はないけど、スパイシーなポーションになりそうだなぁ」
「うまそうだな」
グラナイトバックオークの新芽は酢に漬け込む必要があるが、ジークが厨房から借りてきてくれた酢には唐辛子がたっぷり漬かっていた。思わぬ味付けがプラスされたがこれは我慢してもらうしかない。
じっくり漬け込んでいる時間はないから、《錬成空間》に放り込んでギュギュっと加圧。これも新芽の葉脈から送り込んで、中からじゅわっとしみこませるのがコツだ。唐辛子の効果でしみこみやすい気がする。これは新発見かもしれない。
「つーぎーは。ロバートさんが採ってきてくれたソンブラムの実」
「精霊は姿を見せてくれませんでした……」
「あー、ハイ。ザンネンデシタネ」
思い出してしょげる面倒なロバートは放っておいて、手元の素材に集中、集中。
ソンブラムの実は種子を割って中の胚乳をすりつぶし、果肉を煮詰めると浮いてくる油分で練り合わせてから圧搾すれば下準備は完了。
あとは順序と温度を守って混ぜ合わせれば完成だ。
「《錬成空間》からのー、えい、えい、えい! 薬効固定でハイ、かーんせーい!初めて扱う素材ばっかりだったけど、意外と何とかなちゃった」
「は? え、もうですか!?」
「いや、結構時間かかりましたよね? 日も暮れてますし、お腹空いたし」
「そんなのは貴女だけです。本当に初めて触る素材ですか? ……相変わらずめちゃくちゃな。ソレンには秘密厳守を魔術契約させていますが、それでもこんなもの見せられませんよ。説明が面倒すぎる。カモフラージュに携帯用の錬成道具一式を積んできて本当に良かった」
錬成を始める前の心配は何だったのか。
もう、夕食の時間ではないか。お腹すいちゃったなと首をかしげるマリエラにロバートが呆れる。
「褒められちゃった」
「褒められちゃった、じゃありませんよ!」
マリエラは、エリクサーを錬成して以来、初めて触れる素材でもサクサク錬成できてしまう。
自分でも、ちょっとは成長したんじゃないかと思うのだが、ロバートに切れ気味に褒められて、マリエラはえへへと頭をかいた。
師匠は褒めてくれないし、ジークはよくわかってないし、キャロラインはだいたい全部褒めてくれるから、こういう反応は新鮮だ。本当に、ちょっとはすごいのかもと思ってしまうではないか。
「はー。まぁ、いつものことですが。
あまりに時間がかからな過ぎる。一晩中かかって錬成したことにしましょう。夕食もここで摂ってください。今晩は明かりを消さないように、見張りも継続してください。それと出来を疑うわけではありませんが……」
「味見してみます?」
「えぇ、是非。……スパイシーで美味しいですね」
「ぺろり。ホントだ。えぇ、まさかの大成功!? 念願の美味しいポーション計画への第一歩!?」
唐辛子エキスの入った特製解毒ポーションは意外なことにわりとイケる味だった。
【帝都日誌】マリエラの錬金術師としての資質に些かの疑問あり。具体的には……ナンダッケ? byロバート





