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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝2 赤き荒野のゲニウス・ロキ 5章.アリの渓谷
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62.こころあたり

前回までのあらすじ:

挿絵(By みてみん)

「わぁ、虹が出た」(誤:マリエラ⇒正:ハイツェル)


奇病の原因は水らしいよ。

「ハイツェル殿、ソンブラムの精霊の弱体化に、何か心当たりが?」

「そそ、それは……あのう、そのう……ですな?」


 後ろめたいことアリアリなハイツェルの態度に、愛しのソンブラムの精霊に危害を加えたと思ったのだろう、ロバートが呪い殺さんばかりの冷ややかな視線を向ける。

 師匠の「ファイヤー!」ですっかりキレイなロバート(・・・・・・・・)になったとはいえ、もともとは呪いの国のロバートさんだ。ガチると室温が下がる程度には迫力がある。


 もちろん、ハイツェルがいじめたのは守護精霊の(みんなのカワイイ)コネコチャンであって、ロバートの精霊さんことソレンは白々しく明後日の方向を向いているのだが。


「ハイツェル殿? ことと次第によっては……」

「吾輩は! 吾輩は資金提供を頼まれただけ! そうですぞ、研究費の助成と変わらぬ援助だと思ったのですぞ。ロバート殿にも、ソレン殿にもアカデミーを通じて援助しておりましょう!? それと同じ! 同じなのですぞおぅ! そ、それに、そう! ソンブラムに精霊がいるなど、吾輩初めて知ったことですぞ!」

「む……むぅ」


 こう言われてしまうと、研究開発費を貰っている身としては強く出にくい。


 ハイツェルがガウゥ誘拐事件の真ん中らへんにいたことなど、マリエラを始めロバートも知らないわけで、ソンブラムに何かしたわけでないなら、まぁ、いいか、みたいな雰囲気になってしまった。


「ともかくですぞ! 原因が分かったなら治療法もあるのでしょう? このハイツェル・ヴィンケルマン、(未来の皇帝として)苦しむ鉱山奴隷(わが民)を放ってはおけませんぞ。ロバート殿には引き続き、病の治療と鉱山(と爵位)の礎たるソンブラムの精霊の復活にご協力いただきたい。勿論、謝礼は弾みますぞ(現物支給で!)。たしかアントバレーに探している素材があるのでしたな?」


 ちょこちょこと残念な思想を滲ませながら、問題解決に意欲を見せるハイツェル。

 彼が見せているのは意欲だけで、知識も労働力もロバートと『炎の遣い』頼りなのが残念な所だ。とはいえ、彼は現在資金不足に陥っているだけでケチな性質ではないから、問題を解決した暁にはマリエラたちの採取に気持ちよく協力してくれるだろう。


「もう一つ。問題を解決できたとして、精霊を邪険にするのは見逃せません。精霊に見放されれば、このアントバレーの存続もあり得ないことを肝に銘じていただきたい」

「も……もちろんですぞ」

「この誓約をたがえることなきように」


 珍しく強い態度を見せるロバート。


(誓約!? こっ、これは、破ると呪われちゃったりするやつですかな!? 吾輩、今はまだ末端貴族の身の上、形代(カタシロ)とやらをいただくまでは、呪いがダイレクトヒットしちゃうのですぞ!)


 ガクガクブルブル。

 呪いに長けた者特有の底冷えのする眼光に、ハイツェルは震える体をごまかすように、カクカクコクコクと壊れた人形のように頷く。

 付け加えた「誓約」云々は、完全にハッタリだ。ロバートだって伊達に炎災の賢者に鍛えられていない。ハイツェル程度の小者、威圧とか雰囲気だとかのわりとフンワリしたもので、信じ込ませるのはお手の物だ。


 意図せずハイツェルにお灸を据えた形になったが、これだけ念を押したのだ。あとは素材を集めてポーションを作るだけだ。


 ■□■


「うーおーりゃー!」


 おサルと言えば木登りだ。そして、エテコウと言えばエドガンだろう。

 そんな理由で選ばれたわけではないが、エドガンは(ましら)もかくやという身のこなしで岩島亀(グラナイドン)の甲羅をよじ登っていた。


 岩島亀(グラナイドン)

 この辺りの荒れ地に生息する、家のように大きな陸亀である。


 この亀最大の特長は、その大きさでも飴色岩蜥蜴(アンビーロックス)の牙も通らない甲羅でもなく、甲羅に生えた樹木だろう。

 甲羅の内部に貯水袋を持つこの亀は、日傘代わりに甲羅に生やした植物に甲羅の水を分け与えながら、酷くゆっくりとした足取りでソンブラムの水場を渡り歩く。


 岩島亀(グラナイドン)が立ち寄ると、ソンブラムの樹が実をつけると言われていて、魔物でもないこの亀を狩ることは絶対に禁止されている。この地方では守り神か聖獣かというほど大切にされている動物である。


 当然、エドガンもこの亀を狩るために甲羅に昇っているわけではない。

 お目当ては、甲羅に育つ樹木、グラナイトバックオークの新芽。それからその木に巣をかけるサンドフェザーの巣である。


「葉っぱはなるべく若いやつがいいんだっけ。鳥の巣は、卵が入ってない空のやつ……。っと、ヤメロヤメロ、つつくんじゃねー。おめーの卵は盗らねーよ、つつくな、つつくな」


 やったね、エドガン。熱烈なバードキスだ。


 ただでさえ、岩島亀(グラナイドン)が歩くのに合わせて、ぐわんぐわんと大きく樹木が揺れるというのに、執拗につつきまわされて樹から落ちてしまいそうだ。


「イタイイタイイタイイタイ。これも卵、こっちも卵。あーもー、お前ら産卵期かよー。って、空っぽの巣あったー! だいぶ古いけど! ってうわー、おーちーるー!!」


 右手に新芽、左手に鳥の巣。デュアル・素材な状態だ。

 いかな双剣使いとは言え、両手が塞がれてはいかんともしがたい。

 サルも木から落ちるなら、エドガンだって落ちるは必定。


 重力に引かれるまま岩島亀(グラナイドン)から転がり落ちたエドガンは、ゆっくりと遠ざかっていく岩島亀(グラナイドン)とその上であざ笑うように囀るサンドフェザーの鳴き声を聞きながら、服に着いた土ぼこりを払う。


「ふー、やれやれ。ひどい目にあったが任務完了っと!」


 そして、何とか死守した素材を背負い袋にしまおうとして、ようやく「あ。すぐに袋に入れてたら落ちなかったんじゃね?」と気が付いた。


 ■□■


 エドガンがバードキスマークまみれになりながら、素材をゲットしていた頃、ロバートはハイツェルの護衛二人を連れてアントバレーから一番近いソンブラムの水場を訪れていた。

 来る時に、ソンブラムの精霊と出会った場所だ。


「おぉ、ソンブラムの精霊よ。あなたの憂鬱を晴らすべく、このロバート、身を粉にして働く所存。まずは奇病に侵されし哀れな者どもを救いたいと存じます。そのために、貴女の恵みが必要なのです。慈悲深き精霊よ、どうかあなたの実りを私に授けて下さい」


 ――大丈夫か、この兄さん。


 ソンブラムの樹の前で跪き、仰々しく話しかけるロバートに、護衛の二人が顔を見合わせる。声に出して言わないのは、相手が貴族だと分かっているからだろう。


「どうか答えてほしい、ソンブラムの精霊よ!」

「…………」

「……………………」

「………………………………あのー、ロバート様。ソンブラムの実は根っこの当たりに埋まってるんですが、そろそろ掘り起こしてもよろしいか?」

「…………………………………………根を傷つけぬよう、慎重に頼む」


 植物相手に語り掛けるばかりでいつまでたっても実を掘り起こそうとしないロバートに、護衛の二人が気を利かせたおかげでロバートは無事ソンブラムの実をゲットした。


 もしかしたら会えるんじゃないかと期待していたソンブラムの精霊が、ロバートの前に姿を現すことはなかった。

 ソレンは同行していないから当然だ。


 ■□■


 ロバートが一人で演劇を繰り広げていたころ、ソレンとマリエラ、ジークもまた、アントバレーで素材集めをしていた。


鹿角サボテン(アンテラカクタス)はこれくらいで足りるかい?」

「はい、ソレンさん。皮をむいた中身を運んでもらってください。ロドリゴさん、サソリはもう30匹ほど欲しいです。手足はいらないので外してもらえると助かります」

「おう、分かった。おぉい、テメェら、サソリあと30だ!」


 ハイツェルの協力を取り付けたから、アントバレーの人々にも手伝ってもらって、素材になる鹿角サボテン(アンテラカクタス)とスコーチテイルという小さなサソリを集めてもう。


 鹿角サボテン(アンテラカクタス)は大きくて重たいし、岩陰を探し回るサソリ集めはどうしたって人手がいる。だから動ける鉱山奴隷たちに手伝ってもらう必要があったが、奇病が治ると聞いた鉱山の責任者、ロドリゴが大張り切りで手伝ってくれて助かった。


 なにせ鉱山奴隷たちは誰も彼もが、目つきも雰囲気も殺伐として怖いのだ。

 単純な戦闘力なら、迷宮都市にいくらでもいる冒険者たちの方が強いはずで、彼らだって品がいいとは言えないのだが、怖いと思ったことなどないのに。


 鉱山奴隷たちは隷属紋で縛られていて、責任者のロドリゴやソレン、何よりジークが側にいる。万が一があったって、今のジークなら一人で制圧が可能だ。

 鉱山奴隷たちだって、マリエラたちがこのアントバレーに蔓延している奇病を治すために働いていることを知っているはずだ。だからマリエラに害意なんてないだろうに、無言でじろじろとぶしつけな視線を向ける彼らを見ると、魔物の檻の前にいるような気分になって落ち着かない。


(どうしてだろう……。どうして……。ううん、この人たちは大半が犯罪奴隷。これが普通なんだ)


 思わずジークの影に隠れてしまうマリエラ。マリエラを庇うようにジークが鉱山奴隷たちを睨みつけると、威圧に屈したかのように目をそらして作業に戻っていく。

 弱い者は付け込んで踏みにじり、強い者には容易に屈する。本来の性分かそれとも奴隷という立場と暮らしがそうさせたのか。ここにはそう言う者ばかりが目立つ。けれどそれが普通で、暗がりを渡り歩くうちに鉱山や迷宮の肉壁と言ったより暗い場所まで来てしまったのだろう。


(これが普通で、ジークを引き当てたのが特別だったんだ。ううん、導かれたんだと思う……)


 一体何に導かれたのか、それはもちろん……。


 マリエラは軽く頭を振って雑念を振り払う。

 ともかく、ポーションの素材はあらかた手に入った。


 もうすぐ素材採取に行ったエドガンとロバートも戻るはずだ。

《命の雫》を汲むのに時間がかかるから、準備を始める頃合いだろう。



【帝都日誌】ロバートさん、まだ気付かねーとか、マジうける~ byエドガン

      「猿の尻笑い」って知ってるか? byジーク


前書きの、虹を作る(レインボー・メイカー)マリエラは、

「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」

B's-LOG COMIC Vol.141(10月5日配信)に載っちゃってるんですよ。いいのか、ヒロイン。


ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!

こちらも応援よろしくお願いします。↓

https://book1.adouzi.eu.org/n3141ff/

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりエテ公は相変わらずだったか、ここはしっかり着地満点をキメてから枝から手を離さなければよかったと気づけていたらよかったのになぁ、エドガンらしくて善き良き、 ロバートさんはすっかり奥の…
[気になる点] 次回調合かなー?wktk [一言] マリエラの百面相かわいいのでレインボーメーカーしててもいいんです
[一言] >おそろそろ掘り起こしてもよろしいか? ほらー、変なことしてるから護衛の人も妙な丁寧語になっちゃってるじゃないですかー >《命の雫》汲むのに時間かかるから、準備始める頃合いだろう。 →《命…
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