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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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練る

 商人ギルドに着いたのは、日が暮れる直前だった。急いで売店に向かう。


 商人ギルドの売店には、商人や職人に入用なものが揃えてあって、薬師コーナーにはマリエラが探していたジニアクリームの小売缶、と言ってもコップに5杯分くらいの量がある缶や、作成した薬をつめる軟膏缶が2サイズほど置いてあった。薬瓶や薬包紙もガーク薬草店より種類が豊富で、ラベル用の紙なども置いてあったので、いくつか購入しておく。


 珍しいところでは、乳鉢のようなありふれた器具から、見たことも無い機械が掲載されたカタログもある。絵つきで説明が載っていて、粉末を圧縮して錠剤を作る手動の機械や、丸薬を作成する回転円盤状の機械だそうだ。こんなもの初めて見た。技術の進歩を感じてしまい、時間を忘れて見入ってしまいそうだ。


 いかんいかん。売店のお兄さんが閉店したそうに、こちらをちらちらと見ている。


 あわてて鍛冶コーナーに向かう。売店のお兄さんが早く買物を終わらせて欲しそうに近寄ってきたので、トローナ鉱石5キロル(kg)と、ラム石10キロル(kg)、金属の小粒3キロル(kg)を頼む。


「金属の小粒ですか?精錬や鍛造中に飛び散る?奥にあったかな。」


 古いものですが処分品ですのでお安くします、と探して持ってきてくれた。


 会計を済ませて商人ギルドを後にする。ラム石は全部で300キロル(kg)ほど必要でこの量では全く足りないが、マリエラの目論見通りならば現地で入手できるはずだ。逆に目論見が外れれば、ガラス張りの天井自体を諦めることになる。


 何しろゴードン、ヨハン親子がいう、ガラス天井を実現するには2,000キロル(kg)ものガラスが必要だ。20頭のヤグーが積んでくる量だ。お貴族様のお屋敷でもあるまいし、そんな目立つ物を作るつもりは無い。『偶然見つけた』ことにして1/3か1/4の板ガラスを渡そうとマリエラは考えていた。

 その量にしたって、ポーション瓶を作ったような小さい坩堝では埒が明かない。


 明日、目的地に行ってみて、アテが外れていたらほんの小さな窓をいくつかつけてもらえばいい。




 『ヤグーの跳ね橋亭』に戻る。日が暮れたばかりの客足がまだ少ないうちに、アンバーさんにクッキーを渡す。アンバーさんは、いつもより元気が無いように見える。


「これがエミリーちゃんが言ってたクッキーね。とっても元気がでるっていう。」


 クッキーは『ヤグーの跳ね橋亭』の女性たちに好評で、瞬く間になくなった。アンバーさんも喜んでくれたけれど、アンバーさんに必要な元気は体力回復とは違うんだろうな、とマリエラは思った。


 わいわいとクッキーを囲む声を聞きつけて、エミリーちゃんが、トタタと走ってきた。


「マリエラ姉ちゃん、ジーク兄ちゃん、おかえりなさい!

 あのね、クッキー食べたら、父ちゃんすっごい元気になってね。一緒におろし(卸売市場)にいったんだよ! 迷子になるからって、肩車してくれてね、すっごく高くてね!」


 ほっぺをピンクにして一生懸命話してくれる。お父さん(宿のマスター)に構ってもらって、とても楽しかったようだ。


「エミリー、風呂入って寝る時間だぞ。」


 厨房から宿のマスターが出てきて、エミリーちゃんに部屋に戻るように促す。


「まだ、眠くないよー」

 エミリーちゃんが口を尖らすと、

「明日も、マリエラ姉ちゃんに髪結んでもらうんだろ?寝過ごしたらどうする?」

 宿のマスターがやさしく諭した。エミリーちゃんは、

「そうだね!明日もちゃんと早起きして、朝ごはんの準備するね。明日も髪結んでね!」

 と、言って部屋に戻っていった。聞き分けのよい子だ。明日の髪形はかわいく編みこみにしてあげよう。


「クッキーありがとな、いつもより、エミリーと一緒に居てやれた。」

 宿のマスターはそう言うと、2種類の料理が載ったトレイを出してくれた。今日のメニューが全て楽しめるスペシャルプレートのようだ。マスターなりのお礼らしい。

 美味しく頂いて、夜の時間が始まる前に部屋に戻った。




「はい。今日は『ジェネラルオイル』を作りたいと思います。作成は、ワタクシ、マリエラと、助手のジークムントさんですー。」


「……、よろしく、おねがいします?」


(おぉ、ジークがのってきた。)


 マリエラの無茶振りにジークが答える。ジークとだいぶ仲良くなれたようで、マリエラはちょっとうれしくなる。


 机に向かい合って座り、材料と道具を並べる。


 まず、すり鉢にスリコギ。オークのラードにオークキングのラード。オークキングの肉はたいそう美味で高価だが、肉より大量に採れるラードは、こぶし大の大きさが銅貨数枚と安価で買える。オークのラードはオマケで貰ってきたものだ。どちらも新鮮で僅かに魔物の魔力が残っている。

 マリエラのすり鉢にはオークのラードをこぶし1個分、ジークのすり鉢にはオークキングのラードをこぶし2個分入れる。


「はい、ラードを練ってくださーい。あ、魔力はこめないでね。」


 練り練り練り練り。

 ねりねりねりねり。


 ラードがペースト状に伸びたら、『命の雫』を込めた水を少しずつ加えて、また練る。

 『ジェネラルオイル』はラードに残ったオークとオークキングの魔力が必要だから、作成は手作業で行う。どうしても必要な『命の雫』以外はスキルも魔法も使わない。スキルや魔力を使うと一時的に素材に使用者の魔力が移ってしまい、素材に残る微弱な魔力を消してしまうからだ。



 練り練り練り練り練り練り練り練り。

 ねりねりねりねりねりねりねりねり。


「ねぇ、ジーク。ジークは魔の森の辺の村で生まれたんだよね?やっぱりポーションじゃなくて、薬を使ってたの?どんな薬があったの?」

「村に、ポーションは、無かった。薬師の、ばあ様がいて、薬を作っていた。」


 ねりねりしながら、薬の事情を聞いていく。


 どんな小さな村にも治癒魔法の使い手は数名いて、怪我の治療などはたいてい治癒魔法で行う。わざわざ治癒魔法を使うまでも無い小さな傷や、治癒魔法師に見せるまでの応急処置として傷薬や血止めと言った薬を使うのが一般的らしい。


 病気の場合は『病魔まで回復する』場合があるため、薬を使う場合が多い。特に患者が体力の少ない子供の場合は回復した病魔に子供が負けて亡くなってしまう場合もあるらしく、治癒魔法師が施術を嫌がることも多い。


 帝都まで行けばポーションがあるから、薬の代わりに低級ランクのポーションが使われていると、ジークが説明してくれた。


「帝都では何処でポーションを売ってるの?いくらぐらい?」


 話が帝都に向いたのは有り難い。ジークが『買い付け』られて来た場所なので、マリエラは聞きづらかったのだ。


「中級ランク以下は、雑貨屋、でも売っている。上級ランクは、ポーションの、専門店で買う。」


 ポーションの専門店は、上級ランク以上のポーションを作れる錬金術師が開いている。帝都には上級ランクを作れる錬金術師は12人、特級ポーションになると、たったの3人しかいない。ポーションの値段についても、ジークムントは自分の知る範囲で詳しく説明する。


「上級ランクが、たった12人!?」


「200年前は、もっと、多かったのか?」


 ジークに聞かれて、マリエラは気付く。

 200年前、錬金術スキルを持つ者はパン屋の数よりたくさんいたが、特級ランクや上級ランクを作れる錬金術師が、何人いたのかマリエラは知らない。


「防衛都市でも、上級ランクはポーションの専門店でしか扱ってなかったよ。王国内で専門店がどれくらいあったか分からないけど、防衛都市には3軒しかなかった……。」


 マリエラが上級ランクを作れるようになったとき、上級ポーションを店に置いて貰えないか交渉して回った。しかし、どの店でも『うそをつくな』と門前払いされた。錬金術スキル持ちがたくさんいたから、上級ランクを作れる錬金術師もたくさんいて、競争が激しいから追い払われたのだと思っていたが、違ったのだろうか。


(いけない、手が止まっちゃった。)


 ラードを練る手が止まってしまった。『命の雫』を込めた水を加えて再び練る。ラードの脂肪分が乳化して気泡を含んだ白いクリーム状になって浮いてくる。


 練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り。

 ねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねり。


 低級、中級ランクのポーションの値段は、200年前の防衛都市の相場とさほど変わらない。やはり、迷宮都市だけ異常に高いようだ。


「外から見た迷宮都市ってどんなところ?」


「迷宮の中の休憩場所、安全地帯という、イメージかな。魔の森と迷宮を、ひっくるめて、魔物の徘徊する迷宮のような場所、と考えていて、その中で、寝泊りができる程度に安全な場所という感じか。永住する場所とは、思われていない。

 俺は、Bランクの冒険者だったから、Aランクに上がるときに、来るつもりだった。」


 ジークが自分の過去の話をしてくれるとは思わなかった。

(Bランクの冒険者だったんだ……)


 なんでも冒険者のランクは、ランク毎に決められた難易度の依頼を所定の件数達成することで昇格できるらしい。BランクからAランクに上がるには、Bランク以下より遥かに多い依頼をこなす必要があるらしく、その大半が迷宮都市に集中している。迷宮都市で依頼を受けたほうが効率よくAランクに昇格できる。


 迷宮都市は高ランクの冒険者を切望しているから、迷宮都市行きを希望するBランク冒険者を、迷宮都市所属のAランク冒険者が迷宮都市まで連れて来るサービスまであるそうだ。ちなみに、帰りは自力で送ってはもらえない。


 魔の森を単騎で抜けうる実力の目安は、Aランク相当。

 Bランクであれば、Aランクに引率されれば抜けてこられるが、Cランク以下や荷物が多い場合は、黒鉄輸送隊のように魔物の攻撃を防ぎうる装甲馬車で、不眠不休で駆け抜けなければいけない。


 迷宮都市に来たBランク冒険者は、Aランクの実力をつけて自力で魔の森を抜けるか、あるいはヤグー商隊に同行して1月掛けて山脈を抜けるか、黒鉄輸送隊のような私設の輸送隊に金を払い、荷物として運んでもらう以外、迷宮都市から出る方法は無い。


 そんな話をラードを練りながら、ジークはマリエラに語った。


 練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り。

 ねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねりねり。


 ラードの乳化はどんどん進み、ホイップクリームのようにふわふわになって盛り上がっている。


「うん、いい感じ。」


 マリエラは新しいすり鉢にオークのホイップを上部2/3だけ掬って移す。下の部分には脂肪以外の不純物が混じっているので使えない。ジークが練ったオークキングのホイップを受け取ると、オークのホイップの半分くらいの量掬って、オークのホイップが入ったすり鉢に入れ、ジークに渡す。


「はい、練って」


 練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り。


 ジークが練っているホイップのすり鉢に、マリエラが少しずつオークキングのホイップを加えていく。ここの分量が難しい。オークキングのホイップが少なければ効果が弱まるし、多すぎると分離してしまう。


 練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り練り。


「これくらいかなー?じゃー、これを湯煎にかけまーす。」


 オークのホイップと、およそ倍量のオークキングのホイップがきれいに混ざったら、すり鉢ごと湯を張った1回り大きな容器にいれて、ゆっくりかき混ぜる。

 しばらくすると、ホイップは溶けて脂と水に分離する。本来は混ざり合わないオークとオークキングの脂が均一に混ざって1層になっている。この油脂が『ジェネラルオイル』。

 マリエラの《ライブラリ》の、『暮らしを便利にする練成品』にある、上級者向けレシピだ。


「ジェネラルオイルかんせーい。今度は、完成したジェネラルオイルを使って、オーク革のお手入れクリームを作りまーす。」


 上に浮いている脂が『ジェネラルオイル』。オークとオークキングのラードを練っていたすり鉢は、湯煎中に洗って乾かしている。そのひとつに商人ギルドの売店で購入した『ジニアクリーム』をこぶし3つ分くらい入れる。


「はい、ジーク、練って練って。」


 ジークがまだ練るのか、という顔をした。助手のジークさん、がんばってください。





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