54.ガウウとナンナとエドガンと
前回までのあらすじ:帝都の闇っぽい人たち、ジークの精霊眼に気付く。
「ガウウ、来るなん!」
ナンナに呼ばれたガウゥが「うなんな」とばかりに口を開いてナンナの方へと飛び掛かり、その顔を嬉しそうにぺろぺろ舐める。
「うなん、うななん、うなははは! って、ちがうんなー。あの時みたいに獣化するなん。もう一回なん」
とてとて、ぴょーん。ぺろぺろぺろぺろ。
「うなん、うななん、うなははは!」
(ニャンコとコニャンコがニャンニャンコしてる……)
(混ざりたい……)
(チップはどこに払えばいいですか?)
こんなニャンココニャンコニャンニャンコな光景が無料どころか給料もらって見られるとは、シューゼンワルド辺境伯帝都邸はパラダイスか何かか。
この事実が世間に知れたら、お金を払ってでも働きたいと就職希望者が殺到するに違いない。今もパラダイスと化した中庭を見下ろす窓辺には、大勢のメイドや兵士が集まっていて、今にもおひねりが飛んできそうなあり様だ。
彼らに「サボるな、働け」と叱責すべきウェイスハルトまでもが、仕事の合間の息抜きにしているくらいだ。
そんな帝都邸宅を滝つぼ並みのヒーリングスポットに変えているナンナであるが、別に癒しのアルファー波をばらまくためにニャンニャンコしているわけではない。
「獣化できないんなー」
ナンナとガウゥが揃って耳も尻尾もぺしゃんと垂らして、“しょぼんな”する。可哀そうだがこれまた可愛い。
ガウゥを助けに行った時、ナンナは呪いの残渣ごとガウゥを取り込み、その姿を獣のそれに変えた。後日聞いた話によると、あの状態は獣化と呼ばれ、獣人の最終戦闘形態だという。獣化した獣人の戦闘力は獣人よりも獣よりも高くなるらしい。
「獣化できるのは、伝説の戦士だけなんな。すっごく強いなん。エライんな~。だからナンナもエライんな~」
獣化が出来るようになったと有頂天になったナンナは、フスーフスーと鼻の穴を膨らまし、ちょっと殴ってやりたくなるほどのドヤ顔だったのだけれど、獣化できたのはあの時だけだった。
「おじいのおじいのおじいの……うなんな、昔の戦士は獣化できたらしいなん。なんな、今は誰もできなんな。守護精霊も見えない獣人ばっかなん。獣化できたら、迷宮だってイチコロなんな」
ガウゥの前にちょこんと座ってオハナシを始めるナンナ。
食べるか遊ぶか日向で寝るかのニャンコ生活に忘れていたが、そう言えば、獣人の縄張りに迷宮ができたが、獣人が弱体化していて攻略が難航していたのだったか。
「獣化して迷宮やっつけたら、みんなびっくりするなんな。ナンナのことすごいって褒めるなん。強くてエライナンナには、子分一杯できるなん、ご馳走一杯食べれるなん。だからガウゥ、もっと強くならなきゃダメなんな!」
ガウゥに強くなる必要性を語って聞かせるナンナ。
実に猫畜生らしい、即物的な発想だ。
対してガウゥはキョトンと首を傾げた後、ナンナの尻尾を追いかけてピョコピョコ動き回ってしまう。
「ガウゥ、聞くなん!」
ちょこちょこぴょこぴょこ。
「ガウゥ、もう一回獣化するなん!」
ぴょんぴょん、スカスカ。
ガウゥはナンナといられるだけで嬉しそうではあるのだが、ナンナの方は何度ニャンニャンコ……もとい特訓しても進展しない状況に痺れを切らしたのだろう。
「ガウゥっ!!」
ぴゃっ、とてててて。
ナンナがメッとガウゥを叱ると、ガウゥはしょぼんと項垂れてスーッと姿を消してしまった。
「うなんなっ! うなんなっ!」
姿を消したガウゥに、ご立腹な様子でナンナは毛を逆立てる。
――一体どうしたものだろう。これって、言って変われるものじゃないしなぁ。
ギャラリーがホンワカしながら見守る中で、ナンナが獣化できない理由になんとなく気付いちゃったマリエラは、どう伝えればいいものか悩ましく考えていた。
■□■
そして、愛しのエンジェルちゃんがナンナだと気づいてしまったエドガンはというと。
何を思ったか、キャロラインとマリエラに相談を持ち掛けていた。
「最近、ナンナといると、なんてゆーか呼吸が苦しいんスよ」
「まぁまぁ!」
「おぉ~」
「喉も詰まるっつーか違和感があるし」
「まぁぁ!」
「ほほ~」
「目が潤むっつーか、今もホラ、目ぇ、赤いっしょ。涙も出てて」
「えぇ、そうですわね?」
「ふむ、ふむ?」
「前から、なーんかナンナたんの側に寄るとくしゃみ出るなーって思ってたんスけど、これって……」
「あぁ……」
「はい……」
キャロラインとマリエラはどうしたものかと顔を見合わせたあと、鼻水をすすり上げながら痒そうに目をこするエドガンに、彼の患っている病名を告げた。
「猫アレルギーですね」
「あー……、やっぱり? アレルギーを治すポーションって……」
「ないですね。症状を癒すポーションならあるんですが」
マリエラがちょちょっと作って差し出したポーションを飲むと、エドガンの目のかゆみも鼻水もまるで水で洗い流したかのようになくなった。
世の中には、「目玉取り外して洗いたい!」「鼻から喉を交換したい!」と願うアレルギー患者は多いから、これだけでも素晴らしい効果なのだが、残念ながらマリエラのポーションでもアレルギー自体を治すことはできないのだ。
「あ゛~~~、どーすっかな~~~」
迷宮都市きっての錬金術師達が首をそろえて治せないと言ったのだ。エドガンの猫アレルギーが治ることはないのだろう。
一難去ってまた一難。まさかの強敵の出現に、さしものエドガンも頭を抱えてしまう。
これには、エドガンの恋の行方に盛り上がっていたキャロラインたちもかける言葉が無い。
ガウゥの一件で、悪乗りしすぎたと反省していたところにこれだ。
(あー、マジで参ったわー)
鼻水でぼんやりしていた頭は、今はポーションのお陰でスッキリしているのに、エドガンの考えはぐるぐる回ってまとまらない。
(エンジェルちゃんがナンナたんだったとか。ナンナたんは嫌いじゃねーけど、エンジェルちゃんほどじゃねーし。そもそもナンナたん、ガキっつーか、ニャンコだし。そんでもって、オレ、猫アレルギーらしーし)
ナンナの事は嫌いじゃない。一緒にいると楽しいし、困っているなら手伝ってやりたいと思っている。ナンナが頼むなら獣人の縄張りにできた迷宮を一緒に討伐したってかまわない。
けれども同時にこうも思っているのだ。
(オレ、猫アレルギーって聞いて、ほっとしちまったんだよなー……)
――うなんなっ、うなんなっ。
遠くからナンナがガウゥと特訓する声が聞こえる。
どうやら獣化はうまくいっていないらしい。
「うまくいかねぇもんだな……」
ぽつりとつぶやいたエドガンは、聞こえた声に背を向けて帝都に出るべく門へと向かい、そこに一人の人影を見止めた。
「なんだよ、ジーク」
「……いや。うまい酒を出す店があるって聞いて下調べに行こうかと。一緒にどうだ?」
「ジークの選ぶ店、ハズレ率高けーんだよなー。おごりならいくー」
「あぁ。そのつもりだ」
「ヤダ、オトコマエ」
マリエラはほとんど酒を飲まないから、下調べと言うのは口実だ。ジークはエドガンを心配し、ここで待っていてくれたのだろう。
ジークらしい、実に不器用なお誘いである。
ちなみに選んだ店にハズレが多いのは本当だ。これもまた、運の低いジークらしくて笑えてくる。
――こんな友人がいて嬉しい。
そんな気持ちはおくびにも出さないけれど、エドガンとジークは二人で帝都の街へと消えて行った。
【帝都日誌】そう言えばエドガンのやつ、アルアラージュでもくしゃみしてたな……。byジーク
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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