53.顛末と思惑と
前回までのあらすじ:ナンナとエドガン、仲良く帰宅。一方マリエラは、荒野の記憶を見ていた。
後日、テオレーマのニクスから精霊誘拐事件の顛末が伝えられた。
報告を受けたのはジークとマリエラの二人だけだ。肝心のナンナはガウゥが研究員たちを襲ったことで仕返し済みという認識らしく、いつもの便利な「うなんな」の一言を残して日向ぼっこに行ってしまった。エドガンもナンナをまねして「うなんな」と消えてしまったが、こちらは報告書を書くのが嫌で逃げたのだろう。
報告書が必要と聞いて「がんばってメモを取るぞ!」と意気込むマリエラのノートには、「えーれんひる静?円 地下 ナゾの研究施設 お墓のところが入口 閉め忘れ?」などと書いてある。
かなりダメな感じのメモだ。あまり役には立たなさそうだ。
ジークは自分が書くしかないと、報告書作成を視野に入れつつ、ニクスの報告に耳を傾ける。
「精霊には実体がないため、犯行自体を立証できません。それが精霊誘拐事件の難しいところです。罪と定義されないのですから、裁かれないどころか捜査すらされず、実行犯の末端が切り捨てられて終わり。これまでは、力を削ぐこともかなわなかった。
しかし今回の施設からは違法な呪物――『怨嗟の壺』を製造していた証拠が見つかりましたので、その線からいろいろと洗い出せました。
捕まえられた者たちは断片的な情報しか与えられていない下っ端でしたが、まがりなりにも構成員。新しい情報も手に入りましたし、『怨嗟の壺』という資金源の一つを潰せたのは大きい」
ガウゥ誘拐を立証することは不可能だが、“エーレンヒル静寂園を散策していたら隠し扉が開いていて、人が倒れてた。助けに入ったら『怨嗟の壺』の製造拠点だった。違法だ、たいへん、衛兵さーん!”、という筋書きで彼らを衛兵に引き渡したわけだ。
治療のためにエルフ秘伝のポーション(ただの自白ポーション)を与えたら、副作用でいろんな情報が手に入っちゃったりしたのだが、不可抗力みたいなものだ。あくまで人道的な救助活動だったのだ。ニクスが罪に問われるリスクはゼロ。完全勝利というやつだ。
「我々エルフは精霊と共に生きることを信条としています。我らの里がある森は地脈が豊かで精霊も多い。何度精霊を連れ去られたことか。精霊誘拐を防げても、押さえられるのは誘拐の実行犯――、精霊を捕らえる魔法陣を与えられただけの食い詰めた冒険者や犯罪者ばかりで、肝心の雇い主は推測の域を出なかった。しかし今回のことでようやく幻境派の仕業だと確証が得られました」
「幻境派……。贄の一族の一派ですね」
また贄の一族か。
報告を聞くジークの表情が曇る。
贄の一族だとか、幻境派だとか、イリデッセンス派だとか様々な名で呼称しているが、ジークからみれば彼らは皆、帝都の錬金術師だ。帝都の錬金術師達を巨大な商会に例えるなら部署が違うようなものだと認識している。そんな彼らと帝都に呼ばれた“始まりの錬金術師”が、無関係でいられるだろうか。
ジークがちらりとマリエラの方を見ると、「幻境? なにそれ?」みたいな顔をしている。完全に他人事だ。対象が人間の社会や組織になると、マリエラはとたんに興味を無くしてしまう。
「贄の一族の組織形態は特殊で、役割や目的を同じくする人間が身分や所属を越えて集まり、派閥を形成しています。幻境派自体は反社会的な組織というわけではない。彼らは贄の一族の中でも革新的な思想の一派で、経済界をはじめとして富裕層の構成員が多い。構成員から集めた資金で、帝国の発展のために様々な技術や研究に援助しています。
もっとも資金源は寄付金だけでなく『怨嗟の壺』のような非合法に稼いだ資金もあったようですね」
「なるほど、非合法な資金の向かう先があの精霊を使った実験ですか。しかし、一体何の目的で……」
「彼らの目的は“帝都を滅びから救う”という妄言にも等しいものです。軽く尋問した限りですが、今回捕まえた連中は、帝都の崩壊はすでに始まっているのだと本気で信じていましたよ。その滅びとは何かも、回避する手段についても、知らされていないようですが、そのために精霊を手懐け強化する方法を模索していると」
ノートに”ヒゴーホー→ヒゴーホー→帝都救う”と落書きを増やしていたマリエラが、ニクスの言葉に顔を上げる。
「精霊を手懐けるって、あんな方法で精霊と仲良くなれるはずないのにな……」
メモは謎だがちゃんと聞いてはいたらしい。
「全くです。幻境派の構成員は、現状の治世に不満を抱えている者が多いようだ。現状に否定的で、社会構造や価値観に疑問を抱く者に、終末論者が多いのはよくあることでしょう」
「終末論者ですか。連中は精霊を強化して何をさせようというのでしょう?」
ジークは精霊眼を隠す眼帯に触れる。この精霊眼ならば、彼らの目的の一つである精霊の強化などたやすくできてしまうからだ。
「順当に考えるなら終末の回避や救済なのでしょうが……。私には構成員を先導するためのお題目のように思えます。そもそもこれだけ発展した都市が滅びたりするでしょうか」
ニクスは、帝都の崩壊うんぬんは終末論者を幻境派に抱き込むためのお題目だと考えているようだ。
しかし、マリエラは。
(あの時見た誰かの記憶、ゲニウス・ロキと呼ばれた大地の精霊……。あれが帝都の始まりだとしたら……)
アストラルポーションで肉体を離れている時に見た、帝都の底にある黒いものをマリエラは思い出す。この帝都の根幹が、あんなものに根差しているなら……。
情報はあまりに断片的過ぎて、答えに辿り着くことはできない。
けれど、大地の底にわだかまる漆黒が、帝都の未来のように思えてマリエラは言い知れぬ不安を覚えた。
■□■
一方その頃、エーレンヒル静寂園の地下室を一足先に逃げ出したハイツェル・ヴィンケルマンは、とある料理屋の個室にいた。
常連客だけで成り立っているようなメニューも看板もない料理屋で、提供される料理や酒の値段は敷居の高さを裏切らない。
こういった店の店主はだいたいが貴族の愛人や縁故者だ。貴族の別邸が集う帝都にはこのような店は数多い。単純に愛人を囲うのに使われるだけでなく、秘密の会合をする場として重宝されるからだ。
「ご無事で何よりでございます」
そう言って頭を垂れた密会の相手は、中宇派の導者グレイゴリ・ヴァルガス。『イリデッセンス第4アタノール』の管理者にして結脈式典を取り仕切る導者だ。
中宇派は結脈式典を管轄する派閥だ。中宇派には8人の導者がいて、8基ある小アタノールをそれぞれ管理している。
幻境派と中宇派。貴族と導者。
人目を忍ぶにふさわしい、そぐわない組み合わせである。
「折角ヴァルガス殿に用立てていただいた精霊だったが……。研究員の一人が功を焦りおって……な?」
グレイゴリの顔色を窺いつつ、しどろもどろと言い訳をするハイツェル。
貴族と言えど、ハイツェルは幻境派の中では下っ端も下っ端。組織の一員と言うよりは出資者に近い立場だった。その彼を後援し守護精霊という手土産を与えたのはこのグレイゴリだ。
守護精霊を捕らえるのだってハイツェルは金を出しただけで、守護精霊の情報も、精霊捕縛に長けた連中を仲介したのもグレイゴリだ。
グレイゴリのおかげで本当の意味で幻境の構成員、秘密を知る者の一人になれたというのに、自分のうっかりのせいでエーレンヒル静寂園地下の施設自体は壊滅、途中で逃げ出した自分だけが無事だなどと言えるわけがない。これから幻境で立場を築いていくには、グレイゴリの協力は必要だ。
(ほっ、導者殿は気付いておられない様子。まあ、名前も顔も隠しておったわけだし、吾輩以外は牢の中。バレることはないですな!)
グレイゴリの沈黙を都合よく解釈するハイツェル。
「呪いを使おうと言い出した者がおりましてな。それで『怨嗟の壺』が持ち出されまして。吾輩、それはよろしくないと意見したのですが、新参者ゆえ聞き入れてもらえず。吾輩とて探求者の端くれ。信念に反する実験に少し距離を置こうと離れたところ、何やら禍々しい力を感じて退避した結果、難を逃れたわけですな。
なんでもあの場にいた者たちは護衛に至るまで呪われたとか。偶然通りがかった市民に発見されたおかげで命は助かったようですが、『怨嗟の壺』がばれてお縄とか。まぁ、末端とは言え彼らとて誉れ高き幻境の一員。余計な情報を漏らすほど愚かではありますまい」
言ったもの勝ちだと言わんばかりに、見たように嘘と希望的観測を並べるハイツェル。
グレイゴリはハイツェルの話を聞き流しながらも、一つの単語を抜き出した。
「なるほど。それにしても“禍々しい力”ですか。何か、啓示のようなものを感じられたのですか?」
「そうですぞー」
感じたのは嘘ではない。啓示というより「あ、ヤッベ」というやつなのだが。
その様子を見ながらグレイゴリは考える。
(なんでも霊園からの出入り口が開いていたと聞く……。一人だけ災いを免れたこともしかり、やはりヴィンケルマン家の血を引くだけあって、こやつには資格があるのやも知れぬ)
どう見たって無能な男、ハイツェル・ヴィンケルマンを導者グレイゴリ・ヴァルガスが後援する理由。
それはハイツェルが、長い帝国史において二代だけ皇帝を輩出したヴィンケルマン家の血を引くからだ。
「やはりあなた様はヴィンケルマン家の血――、皇帝の資質をお持ちなのです」
「おっと、その話はここまでですぞぅ。壁にミミアリー天井メアリーと申すでしょう。ここは我がヴィンケルマン家が懇意にしているレストランですが、どこに間諜が潜んでいるやもしれませんぞ。なはははは」
口ではとんでもないと止めているが、だらしなく目じりを下げて笑うハイツェル。
彼にとって、皇帝を輩出した血筋だというのは何物にも代えがたい自慢なのだ。実にチョロイ男である。
ハイツェルの自尊心をくすぐるようにグレイゴリは言う。
「現皇帝ヨハン=シュトラウス・レッケンバウエル・15世陛下は15代つづく皇帝の血筋であらせられますが、帝国の皇帝は正しくは世襲ではございません。それを世に知らしめたのが『奇跡帝』陛下とそのお子さまである『偽帝』陛下であると私は考えております」
二百数十年ほど前に、ヴィンケルマン家から出た皇帝ヨハン=ハインツ・ヴィンケルマン。『奇跡帝』と呼ばれる彼はものすごい幸運の持ち主だった。それこそ物語――それもコメディーの主人公のような幸運の末に皇帝の座に就いたのだが、本人どころか帝都中の幸運を使い切ったのだろう、彼の一族の幸運は長くは続かなかった。
『奇跡帝』の後を継いだ息子、ヨハン=ハインリッヒ・ヴィンケルマンは皇帝の資格を持たない『偽帝』だったのだ。『偽帝』が帝位についていた間、帝都周辺では作物が実らず、迷宮からは秩序が失われ、帝国は大いに荒廃したという。
そのため、『偽帝』は私欲のために皇帝を騙り、国を乱した大罪人として歴史に名を残している。
当然ヴィンケルマン家は取りつぶされ、今は“一族郎党”のくくりから外れるほど血の薄い傍系が子爵として家名を残すだけだが、それでも完全に途絶えていないところは幸運な血筋ゆえだろうか。
ハイツェルは血と共に『奇跡帝』の幸運も受け継いだのか、間違えて投資した林檎農園でポーションの材料になる新品種が開発されて大儲け、などと言うミラクルが連続し、今では優雅で裕福な『皇帝の末裔』らしい財を築き上げている。
財を成した者が次に求める物は、名誉と権力と決まっている。
幻境派に食い込みたいのもその一環で、グレイゴリがそれらをちらつかせただけで、わんさか賄賂を差し出してきた。
グレイゴリの目的に、金はいくらあっても困らない。けれどそれはハイツェルという金銭以外では役に立たない者に目を付けた理由の一つに過ぎない。
(皇帝の血筋という資格だけでは足りぬのだ。大切なのは『偽帝』が示した事実。皇帝の実の息子であっても『偽帝』が帝位につけば国は乱れる、つまり国を安定させる何者かが存在し、皇帝を選んでいるということだ。
その基準が一体何のなのかは分からぬが、選定者が変われば基準も改まろう。
今はレッケンバウエル家が代々帝位を継いでいるが、『奇跡帝』の血を引くこの男にも資格がないとは言い切れまい。現に、エーレンヒル静寂園からただ一人、無事に戻ってきた。
新たな選定者、新たな基準さえそろえば……)
考え込むグレイゴリの前にハイツェルが造りの良い菓子箱をそっと置く。グレイゴリも何度か受け取っている箱で今回は失態の火消しの意味もあるのだろう、いつもより二回りほども大きい。中は2段になっていて、上の段には宝石のようなチョコレートが、下の段には金貨が詰まっているはずだ。
「それで導者殿、また精霊をお願いしたいのですが。もう一度あの精霊でも構いませんぞ?」
「そうお急ぎめさるな。一度失敗した精霊を狙うのは得策ではない。護りが厚くなっておりますからな。何事にも十分な調べと備えが肝要。今回は幻境としては手痛い失態でございましたが、失うばかりという事でもない」
グレイゴリは今回の精霊奪還にかかわった者たちについて、あらかた調べ上げている。
(迷宮都市から来た冒険者たち……。皇帝に招かれた『始まりの錬金術師』の護衛だろうが、『精霊眼』持ちとはな。これは使えるやもしれぬ)
何事にも十分に調べ備えることが肝要なのだ。入念な準備のお陰で、グレイゴリは幻境派でありながら、中宇派の導者にまで上り詰めたし、誰の指示か悟られることなくシューゼンワルド辺境伯の客人である獣人の守護精霊を捕らえることだってできた。
自分ならば大いなる目的さえも、達成できるに違いあるまい。
刻一刻と滅びは近づいている。
滅亡の先の再生のために、彼ら幻境派は存在している。
グレイゴリは、導者らしい厳かさで語り掛ける。
「ハイツェル・ヴィンケルマン殿、目を閉じ想像するのです。
滅びの先、帝国の再誕の朝、新たなる選定者により選ばれるその様を――」
未来を夢想し、軽薄な笑みを浮かべるハイツェル・ヴィンケルマン。
しかし、グレイゴリ・ヴァルガスはハイツェルではない、どこか遠くを見つめていた。
【帝都日誌】ジークの報告書はよくできていた。部下に欲しい。byウェイスハルト
「原作では”『火』じゃ焼け残りそうだから『炎』にしとこ”って理由で『献炎』にしたけど、『けんえん』ってルビ入ると変かも。『献火』なら『献花』っぽくてこっちのがいいな」という原作者の都合でしれっとディック隊長のセリフが変わったコミカライズ第21章後編は、B's-LOG COMIC Vol.137(6月5日配信)掲載です。
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