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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝2 赤き荒野のゲニウス・ロキ 4章.ネコと子ネコの守護精霊
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51.猫と子猫の絆

前回までのあらすじ:ガウゥ、呪いパワーで闇落ちパワーアップ

(ダメなんなー!!!)


 とびだすな、ガウゥはきゅうに、とまれない。


 標語よろしくガウゥを庇うように飛び出すナンナ。

 ガウゥは一瞬ギョッとした表情を浮かべたものの、速度が乗りすぎていたのか軌道を変えられずに突っ込んできた。代わりにニクスは構えた刃を納めてガウゥを躱し、駆け出すナンナに気付いたエドガンが、ふわりとナンナを抱きかかえガウゥの凶刃から守る。


「っと、あぶねーだろ、ナンナたん! ……あ」

「え?」

「あ!」

(うなんな?)


 そして流れる気まずい空気。

 視線を彷徨わせるエドガン、ジーク、マリエラの3人に対して、一人でシリアス戦闘を継続していたニクスが「どうしましたか?」と訝し気な様子だ。


「……えぇと、気付いてたんだな。いつから?」


 もじもじもじ、ピシュピシュピュン。

 ガウゥの足元めがけて弓を放って牽制しつつも、もじもじ質問するジーク。


「昼メシ食ってるくらいから? 動きとか、まんまだし。ちなみに、お前らが付けてきてんのも気付いてた……」


 もじもじもじ、ひらひらひらり。

 エドガンはエドガンで、ガウゥの攻撃をひらりひらりと躱しながらも気まずそうに視線を逸らす。ナンナをお姫様抱っこしているせいで、なんだか浮かれたダンスを踊っているようだ。マリエラは高確率でお米様抱っこな(かつがれる)のに、猫畜生との扱いの差は何なのか。


「あのう、なんかゴメンナサイ。言い出す機会を逃しちゃって……」


 もじもじもじ、コポコポコポリ。

 キャロラインやメイドさんたちとキャッキャと楽しんでました、なんて言えないマリエラも、気まずさをごまかすようにちっちゃい《錬成空間》をそこら中に作っては、ちびりちびりと《命の雫》を汲んでいる。

 ガウゥの攻撃をいなしたり躱す二人に対して、こちらは完全に不要な行動だ。気まずい時の手遊び感覚で《命の雫》を無駄汲みしている。


「気付いてたなら言ってくれれば……」

「ナンナたんがおめかしして来てくれたのはホントだし、楽しかったしさ」

「エドガン、お前いいやつだな」

「お、おう」


 ピシュピシュ、ひらひら、グルルルル。離れたところでコポコポ、ぽたん。


 気まずさが紛れてむしろいいぐらいの感覚で、ガウゥの攻撃をいなしまくり、避けまくるジークとエドガン。そして、もはや何をしに来たのか分からないマリエラ。


 今一つ分かっていないらしいナンナはと言うと、うなんな? とばかりに首をかしげてマリエラを見ている。


「えーと、もう、声を出してもいいってことだよ」


 マリエラがそう声をかけると、ナンナはスカーフを外して、「うなんな」と答えた。

 そんなマリエラとナンナはともかくとして、ジークとエドガンの動きは流石なもので、すでにガウゥの動きは見切ったとばかりに牽制しまくっている。おかげでドッジボールなら高確率で顔面で受けるほどのマリエラの動体視力でもガウゥの姿を捉えられている。


(今のガウゥの姿、なんだか魔の森の深淵で見たリューロパージャさんみたい……)


 偉大なる大精霊ならばこんな呪いは受け止められるのだろうが、まだ幼い獣の精霊は与えられた力と呪いに振り回されているのだろう。


 攻撃が当たらないどころか動きさえ自由にならない苛立ちに、ガウゥがいっそう黒く濁ってヴヴヴ、とうなり声を上げる。その声に呼応するように倒れた研究者たちの身体がわなないて、パキポキと骨の折れる軽い音と共に、指先があらぬ方向へと捻じ曲がる。


「そろそろカタをつけたほうが良いようですが」


 一人シリアス世界に取り残されてしまったニクスが、困ったように声をかけてきた。

 これまでマリエラたちに付き合ってガウゥとの鬼ごっこに付き合ってくれていたから、クールな見た目に反して優しい人なのだろう。少なくとも仲間には。

 確かにお遊びはこの辺にして、ガウゥを浄化しなければいけない。


「呪いを解くのって、解呪のポーションか精霊に払ってもらうかしかないんですよね」


 実体の無いガウゥの場合、解呪のポーションは無理だから、精霊に浄化してもらうほかない。

 それすなわち「ファイヤー!」だ。

 ここに師匠はいないけれど、マリエラならサラマンダーを呼ぶことができるし、ジークの精霊眼で強化して、地獄の業火で焼却ファイヤーだってできなくもない。


(たぶんそれだと、オーバーキルしちゃいそう。サラマンダーさんに呪いだけ焼却するような器用なこと、できないと思うし)


 呼び出したのがマリエラの場合は特に。


 キャウー! オレサマ、オマエ、マルカジリ!

 なんだか変なセリフつきで、何かの肉の丸焼きにかぶりつくサラマンダーの姿が思い浮かぶ。うん、失敗する予感しかない。


(うん、焼くのは最終手段。それに今のガウゥ、洗ったら綺麗になりそうなんだよね。こんなの流したら怒られるかもだけど、今更な気もするし)


 なんとなくではあるが、それがいい気がしてきたマリエラ。

 向き不向きはあるのだろうが、火属性でなくたって呪いの浄化はできるはずだ。


「あのさ、ちょっとだけガウゥを足止めできないかな?」

「何か策が?」

「とりあえず洗ってみようかなーって。ってことで、ジーク、手伝ってね。エドガンさんは、はいこれ」


 ぽーい。マリエラは腰から外したある物をくるくる丸めてエドガンに投げる。

 へたくそな投擲のせいでだいぶ手前で失速したそれを、ひょいとキャッチしたエドガンは、「よし来た、任せとけ!」と頼もしい返事とともにお姫様抱っこしていたナンナを降ろしてガウゥの方へと一歩踏み出す。

 そして。


「ほぅーれ、ほれ、こっちだ!」


 すちゃっ。ひょひょーい。

 マリエラから受け取った飾り紐を操り始めた。


 グルッ、グルルルルッ!

「うな、うななっ!」


 同時に反応するガウゥとナンナ。見事な食いつきぶりである。


「そりゃそりゃそりゃー」

 グルルッ! ルルル!!

「うなっ! ななんっ!!」


 まるで生きているように、踊り狂う紐先のフリンジに、ガウゥもナンナも釘付けだ。俊敏に動けるガウゥはひょいひょいひょひょいと動きまくっているのだが、身体能力が下がっているナンナの方は、幸か不幸か目で追うのが精いっぱいで、ウズウズするけど飛び出せないもどかしい動きになっている。


「ナンナは大人しくしとこうね」

「うなんな!?」


 マリエラに諭されて、「そうだった!」とばかりに背筋を正すところを見れば、未だに割とシリアスな状況であることを一応理解しているようだ。


「ほい、ほいっ。ほほほいっ。はっはー、どうだ、どうだー」

 ガウッ、ガウウッ! ガウ、ガウ、ガウッ!!

「うななん、うななん! うなははは!!」


「……楽しそうですね」


 ナハハハハーと響くナンナの笑い声。

 ニクスが呆れた声を上げるくらいには、場が和んできたその時。


「いくよー! 小さな水の精霊さんたち、ガウゥを綺麗に洗ってあげて!」


 どばしゃぁーん!!


 マリエラの掛け声が、だいぶ後ろから聞こえたな、とエドガンが思うと同時に、頭上から大量の水が降ってきた。


「ぎゃー、ごぼごぼごぼ」

「にぎゃー!」

 ――!!!!!


 エドガンがガウゥを紐でじゃらしている間に、マリエラは頭上に《錬成空間》を展開し、中にたっぷりの水を作り出していたのだ。水の精霊がたくさん集まってくれるように、先ほど汲みまくっていた《命の雫》も混ぜ込んでいるし、ジークの精霊眼による精霊ブースト付きの精霊水だ。

 しかし、込められた《命の雫》や精霊眼効果以上に水の精霊がわんさか集まっているのは、「かけるぞ、かけちゃうぞ。すっごくザパーっといっちゃうぞ!」みたいなワクワクする雰囲気のせいだろう。

 ヤンチャな小さな精霊が、お風呂にお湯を張る時よりもずっとたくさん集まっていて、呪いもついでに地下室の埃や汚れももみくちゃにして、キャアキャアと更に地下へと流れていった。


 その直撃を受けたガウゥはというと。


「随分と縮んだな」

「うーん、まだちょっと薄汚れてるね」


 マリエラの作戦は半分功を奏したのだろう。ガウゥは毛がぺシャッた分を加味しても、いつもよりちょっと大きいかな、位のサイズまで縮んで、真っ黒だった色も灰色くらいに薄まっていた。


「うな、うなな? ガウゥ、ガウゥ! ナンナなん!」


 ギニャーーー!!!


 ナンナの声に我に返ったガウゥが、狂乱めいた表情を浮かべてナンナめがけて飛び掛かる。

 初めてお風呂に入れられた動物が、パニックになって飼い主の頭めがけて這い上るあれだ。危ないと叫ぶ間もなければ、エドガンでさえナンナを庇う暇もない。

 そんなガウゥを、ナンナは両手を広げて受け止める。


「大丈夫、大丈夫なん。ガウゥはナンナの守護精霊なん、ナンナがガウゥを守るなん!」


 ナンナがガウゥを抱きしめた瞬間、ガウゥはナンナの中に消えるように溶け込み、人間の少女だったナンナの姿はまるで魔法が溶けたかのように白い毛皮に覆われた獣人のそれに変わっていった。


「ポーションの効き目が切れた? いや、これは……」


 ナンナの変化に気付いたジークは、マリエラを背後に庇いつつ警戒の色を浮かべる。


 めき、めき、めき。

 毛皮に覆われていても人間と変わらなかったナンナの手足はまるで猛獣のように太くなり、何より人間を思わせた頭部は鋭い牙を覗かせた獣のそれに変わっていた。


「獣化、するのですか……」


 エルフは寿命が長いというがニクスも初めて見たのだろう、驚いた表情を浮かべながら、獣の攻撃に備えて剣を握る手に力がこもる。


「ナンナたん……」


 一番近くにいるエドガンも、どうしたらよいのか分からない様子だ。もちろん、マリエラだってナンナが今どんな状態なのか分からない。


「ナンナ、ナンナ、しっかりして!」


 獣化したナンナが先ほどまでのガウゥのように襲ってきたら、戦わない訳にはいかない。そんな恐れを抱きつつ、ナンナが正気に戻るよう名を呼んだのだけれど。


(うなんなー。なんか体が痛いんなー)


 尻尾をくるんと足の間に挟んでうずくまり、手先をぺろぺろ舐めだすナンナ。何か言いたそうにこちらに向かって鳴くような様子を見せるが、なぜか声は聞こえない。


「あ、呪い! 怨嗟の壺の呪いが残ってるんだ! ニクスさん、解呪のポーション。まだ残ってますよね?」

「え? あ、はい。ここに……」

「オレが飲ますよ。ナンナたん、ほらこれ飲んで!」

(うなんなぁー)


 守護精霊と一体化して、でっかい猫と化してしまったナンナに解呪のポーションを与えると、今度こそ怨嗟の呪いは消え去ったようだった。

 体の痛みが取れたナンナは機嫌よさそうに「うなんな」と鳴くと、毛皮の水を振り払うようにブルルルルッっと体を震わせる。


「うわっ」

「わぷっ」

「おっと」

「もー、ナンナ!」

「うなんな!」


 飛び散る水滴にマリエラたちが顔を背け、再びナンナに視線を向けた時には、ナンナは元の獣人の姿に戻っていて、ナンナの足元から顔を覗かせた小さな子猫の精霊が、まるでお礼を言うようにご機嫌そうに鳴いていた。



【帝都日誌】……さすがに気づくよね。仕草がまんまなんだもん。byエドガン


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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
エドガンはそこまで鈍くなかったんですねぇ。いい人です。
当たり前のように精霊を呪いごと取り込んだナンナたんですけど 恋愛小説とかだったら「私がやるわ!」「そんな!危険だ!」「でも!」みたいな(うっとうしい)感動的なワンシーンがあったんだろうなぁとか思って …
[良い点] マルエラは米俵 もじもじ雫汲み ガウゥじゃらし、なおナンナ
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