45.思わぬ助力
前回までのあらすじ:一見順調そうなエドガンとナンナのデート。しかしサーカスで……。
(ガウゥが! ガウゥがいなくなったなん! 助けに行くなん!)
「えぇっ!? ちょっと待って、落ち着いて!」
解毒ポーションで体調が戻るや、走りだそうとするナンナをマリエラは抱き着くようにして何とか止めた。同時に服から漂う微かな臭いに気が付いた。
(放すんなー!)
獣人の脱兎の勢いを鈍くささに定評のあるマリエラが止められたのは、今世紀最大の奇跡が起こったわけではない。
守護精霊を失ったナンナは、明らかに弱っているのだ。暴れてもしがみついたマリエラの重みでその場でへたり込んでしまうほどだ。ちなみに今のマリエラは、マルエラではなくマリエラだ。体重は標準状態であることを申し添えたい。
ガウゥでも側にいるだけでナンナに力を与えていたのだと分かる。
「居場所、わかるの?」
(…………うな)
マリエラに止められて少し冷静になったナンナは、ガウゥの居場所が分かるのかという質問にコテンと首をかしげて返した。どうやら分からないらしい。
(まほーにゃ、さっきのまほーでいなくなったなん! ばーんで、もくもくーで、ぐるぐるになったなん! その時なん!)
「うーん……」
魔法とは先ほどのサーカスのショーのことだろう。
言いたいことは分かるのだけれど、この腑に落ちない感じは何なのか。
「マリエラちゃん、解毒ポーションって……。何か合わないものでも食べちゃったかな。味が濃かったから気付かず食べちゃったとか。これ、さっき貰ったクッキーだけど……」
「そういえば……」
心配し、クッキーを差し出すエドガンの言葉に、マリエラははっとなって割って中身を確かめる。
「やっぱり。これ玉ねぎ入ってる……」
もしやと思ったマリエラは、先ほど感じたナンナの服の匂いをもう一度かぐ。
「スンスン……シダーやミントの香りが混ざったみたいなこの臭い。多分猫酔いの木かなんかだ。そう言えばお昼にお酒も飲んでたよね。それにさっきの症状……」
昼食に振る舞われたアルコールに、公園で配られた玉ねぎ入りのクッキー。そしてあの煙幕はおそらく猫酔いの木の粉末が混ざっていたのだろう。単体では大した害はなくとも、積み重なれば猫獣人であるナンナの体調を崩すことは可能だ。
(初めからガウゥが狙われてたんだ……)
帝都邸の誰かか、それとも街に出かけているときにガウゥを見られてしまったか。
後者であっても、ナンナはシューゼンワルド辺境伯家のお仕着せを着て出かけているのだ。ナンナは人気者だから、使用人や兵士の噂は絶えない。家を特定できたなら、情報を集めるのはたやすかったろう。
エドガンがこれっぽっちも気付いていないから、大丈夫だと過信していた。
サーカスのタダ券からして罠だったのかもしれない。お酒も玉ねぎもマタタビも、人間にはさして害はないのだから、手当たり次第に振舞ってナンナが罠にかかるのを根気強く待っていたのか……。
入念すぎる気はするが、そもそも、守護精霊なんて実体のない存在、何の準備もなしに捕まえられるはずはない。
わあああぁ。パチパチパチ。
サーカスの天幕から聞こえる音楽は盛り上がりを見せ、歓声が漏れ聞こえてくる。多くの観客にとっては夢のようなひと時が終わりを迎えたのだろう。
けれど、ナンナにとって悪夢に違いあるまい。泥沼にからめとられてゆくように、少しずつ、少しずつ魔の手が忍びよるような気持ち悪さを感じてしまう。
「とにかく探しに行こう。エドガンさん、ナン……シーは、その、大事なものをさっきのショーの途中で取られちゃったみたいなんです。盗んだ相手は、たぶん突発的な犯行じゃない。気を付けてください」
「うわ、マジか。ナンシーちゃん、心配すんなって。オレが取り戻して見せるから!」
本当は、エドガンにナンナの正体を告げたほうがいいのだろうが、ショックのあまり判断が鈍る可能性がある。何より事態は一刻を争う。
大切なものの正体を伏せたまま、マリエラたちはサーカステントの裏側へと急ぐ。
団長か、補助役のピエロを押さえられればガウゥを取り戻せるかもしれない。
そう思ったマリエラだったが、駆け付けたサーカステントの裏で見たものは、縛られ昏倒しているサーカス団員と思われる男と、彼を囲み困惑気な表情を浮かべるサーカスの面々だった。
ガウゥを連れ去った連中は、ナンナが不調の内に何の痕跡も残さず逃げおおせた後だったのだ。
■□■
「ほう、ニクスの奴がわざわざ忠告してやったというのに、まんまと守護精霊を取られたか。どうせサーカスの連中も成り代わられた被害者で、犯人の行方はようとして知れず、というところかの」
弱り目に祟り目とはこのことか。
鵜の目鷹の目魚の目うるめ……後半はいい加減だがとにかく手段を選ばず探した結果、マリエラは痛い視線を受けている。
とんだまぬけじゃの、と言いたげな目だ。
目は口ほどにものを言うとはまさにこんな感じかな、と思いながらマリエラは十代前半に見える少女の暴言に「返す言葉もございません」とうなだれる。
初対面だというのに暴言全開のこの少女の名は、フェイレーン・イリステリア。
師匠フレイジージャが『司書』と呼ぶハイエルフだ。
フェイレーンに指摘された通り、サーカスの控えテントで倒れていた男性はピエロ役の団員だった。ガウゥを攫った連中に成り代わられていたのだろう。当然というべきか、サーカスからは何の手掛かりも得られなかった。
困り果てたマリエラたちが思い出したのが、テオレーマにいるという『司書』だった。
ヴォイドが会うのに苦労したと聞いていたから門前払いも覚悟して藁をもつかむ気持ちで来たのだが、流石は『司書』というべきか、マリエラたちの来訪を知っていたかのようにすんなり会うことができた。
ただし、部屋に呼ばれたのはマリエラだけ。
理由を聞けば、余計な縁は作りたくないのだという。
会った時は幼い見た目に驚いたものの、フェイレーンという人物が、師匠同様、見た目通りの存在でなく、かつ、これまた師匠同様にろくでもない部類の存在であることは一目でわかった。
なのでマリエラは平身低頭、おりこうさんに畏まりつつ事情を話したのだけれど。
「あのう、それでガウゥの居場所は……」
「知らぬ。ちらと見かけたばかりの森の仔の片割れの居場所など、分かるはずがなかろうに」
「でも、帝都で精霊を攫っている人の目星は付いてるんですよね?」
「確証はないし、簡単に手だし出来る相手でもないぞ。じゃが安心せい。組織が大きいということは、末端は狙いやすくもあるものじゃ」
ニクスが警告してくれた時点で予想していたが、精霊を攫わせているのは権力者か何かなのだろう。それでもガウゥを放ってはおけない。何とか秘密裏に助け出さなければ。
「……分かりました。十分気を付けますので、場所を教えてくれませんか?」
「だから知らんと言うとるじゃろうに」
意を決し、キリリとした表情で聞いたのに、本当にガウゥの居場所を知らないらしい。だったらどうしてマリエラがこの部屋へ呼ばれたのか。
「えぇ……。世界の記憶の司書なんですよね? ちょちょっと調べるとかできないんですか」
「できるわけが無かろう。これまでもこれからも縁交わることのない者の何もかもを知れるなぞ、この世の存在には無理じゃ。だいたい守護精霊の居場所は、半身たる森の仔が一番知れるが道理じゃろ。もっともそれが出来るなら、おめおめと半身を奪われたりはすまいし、ここへも来ておらぬじゃろうがの」
そう言えば、ヴォイドも「親交を深めるのが先」と言われたと聞く。おそらくだが、何らかの縁が結ばれた者のことしか分からないのかもしれない。そう考えれば、この部屋にマリエラだけ呼ばれた理由もフェイレーンはむやみに縁を結びたくないのだろうと理解できる。では、どうしてナンナでなくマリエラなのか。
(こう言うってことは、ナンナは気付いてないだけで、ガウゥと繋がってるんだ)
マリエラは、かつて《命の雫》と同化してキャロラインを探し出したことを思い出す。
ここが迷宮都市なら同じ方法でガウゥを探せたかもしれない。しかし、ここは帝都。魔の森の地脈と契約したマリエラには《命の雫》をたどって探すことはできない。
(でも、ナンナなら……?)
「何か気付いたようじゃの」
「肉のしがらみから解き放たれれば、ナンナはガウゥを見つけ出せますか?」
「たやすいじゃろうな」
だったら問題は一つだけだ。
「ナンナの精神を肉体から解き放つ方法……」
キャロラインを探した時は、師匠が導いてくれた。けれどここに師匠はいないし、今回はマリエラ自身だけでなくナンナを導かなければいかない。
そんな芸当、とてもではないがマリエラにはできない。サラマンダーにでもお願いすればいいのだろうか。“混ぜるな危険”的な方向で、トラブルの予感しかしないのだが。
悩むマリエラにフェイレーンがニヤリと笑った。
「何を悩む。お主は錬金術師だろう? この街では、それを叶えるポーションがあるではないか。そのために、お主をここに呼んだのじゃ」
「それって、まさか……」
フェイレーンの言わんとする内容に、マリエラは思わずごくりと息をのんだ。
【帝都日誌】司書が金髪のじゃロリだった。byマリエラ
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