44.帝都deデート その2
前回までのあらすじ:エドガン、人化したナンナとデートする。
「プイプイプイプイ」
「プププププ」
「いっけー!」
「………………!!!(うなんなー)!!!」
「キューイー!」
腹ごしらえを済ませたエドガンとナンナは、ジーク一押しのデートスポット、アメジスト・アイル・ガーデンを素通りして併設するサーカス会場前の催し物に盛り上がっていた。
エドガンたちが着いた時には、ちょうど午前の公演が終わったばかりで次の開幕まで時間があったが、そこはサーカス。テントの周りにはピエロが菓子や花を配って客引きをしたり、小動物レースが催されていたりする。
ナンナたちが小動物レースに食いついたおかげで、マリエラが楽しみにしていたカフェのタルト、ラズベリー・ローズは食べられずじまいだったが、ピエロに貰ったクッキーは珍しい味わいでなかなかにおいしい。クッキーをポリポリしつつの観戦もなかなかに悪くない。
「くっそー! また負けたー!!」
「……!(うなんなー!)」
デート代を増やそうなんて考えたエドガンがぼろ負けしているのは、プイプイ可愛いげっ歯類がしのぎを削るモルモル・レースである。プイプイ。
今日のレースは大荒れだ。
それもそのはず、猫獣人のナンナがモル・レーサーを威圧しまくっているからだ。
ピエロに貰った菓子を食べながらだから静かではあるけれど、瞳孔は真ん丸に開いて眼もぱっちり開いてキョロキョロしている。
お陰でただでさえ前後方向に加えて上下方向の無駄な動きの多いモル・レーサーたちが、今日はジャンプと同時に180度ターンしてレーンを逆走してみたり、無駄にポップコーンジャンプを繰り返したりと大変な状況だ。レーンを移動してしまった俊足モルにお尻をこずかれ、長毛モルが「プイィ! プイィ!」と鳴きながらトッコトッコとゴールを目指す様子は思わず笑ってしまいそうだ。
観客は盛り上がりだが、予想外の連続にレースは完全に運任せな展開になっている。
こんなレースで勝てるのは、強運の持ち主であるマリエラくらいだろう。いつもはビリで『頑張ったで賞』枠のおっとり系長毛種がまさかの1位で、何も知らずカワイイからと一点張りしたマリエラの賞金がステキなことになっている。
ちなみに当然ながら薄幸なジークの買ったモルはビリだったのだが、掛け金自体たいしたことがないから損害は知れている。
(どうしよ、ジーク。すっごく勝っちゃった!)
(……ヨカッタナ。それはそうとこのレース、ガウゥがかき乱してないか?)
(えっ、気付かなかったけど……。姿、出てないよね?)
姿は見せていないけれど、モル・レーサーがおかしな動きをするたびに、ジークの眼には白い影が微かに見える気がする。これ以上、ナンナを興奮させるのはよろしくない。ナンナはただでさえぱっちりした目を見開いてキョロキョロしていて可愛さに磨きがかかっていて、なんだか注目を集めているように思える。
(気付け、エドガン!)
ジークの想いが通じたのか、いや、財布を覗きこむエドガンはしおしおと萎れていたから軍資金が尽きただけのようだが、エドガンはもう1勝負したそうなナンナを連れてサーカスのテントへ入っていった。よかった、これなら一安心だ。
ちなみにマリエラの方はというと。
「プイヨー」
「よしよし、わぁ、もちもちー」
「ブルルルルル」
「あ、食べてる時は触るなって? ごめんねー」
「プププププイプイ」
「あ、みんな、待って待って!」
払戻金でモルふれあい券とモル餌を爆買いし、一番になったおっとり長毛種を始め大量のモルを侍らせていた。餌目当のモルたちが集まってきてマリエラの餌をひったくっている。
――俺もモルを触りたい。こいつら絶対もちもちだ。
モルに伸びそうになる右手を、ジークは左手でぐっと押さえる。葛藤の末に僅差で友情がモフ欲に勝ったようだ。
「……マリエラ、エドガンたちを見失うからサーカステントに移動しよう」
モフ欲に負けたマリエラをせかして、ジークたちもサーカステントに入っていった。
■□■
「帝都の紳士淑女の皆さま、ようこそ、驚異と夢の場所へ! ここは現実と幻想が交錯し、奇跡が日常となる場所でございます!」
羽の付いたシルクハットにごてごてと飾りのついた赤の燕尾服を着た団長が、サーカスの始まりの口上を述べる。
「精霊たちの空中乱舞! 南方の獣使いの魔獣ショー! 火を噴きます竜人に、失われた魔術による瞬間移動!人知を超えた感動のひと時を心行くまでお楽しみください!! まずは当一座にお越しくださいました皆さまに、精霊の祝福を!」
団長がステッキを頭上高く上げると、先に付けられた玉から虹色の光が噴き出して、天幕をキラキラ輝く星が舞い、テントは「わぁーっ」と歓声に包まれる。
「これが精霊の祝福? そんな感じはしないけど」
「おそらく、魔術と魔導具による演出だろう」
観客たちは歓声を上げているが、精霊たちの空中乱舞は軽業師の曲芸だし、魔獣ショーは魔物ではない普通の獣だ。火を噴く竜人に至ってはリザードマンの皮を被った人間が、口から吹いたアルコールに着火しているだけだ。
普段から精霊やら魔物やら、世界の不思議まみれなマリエラたちからしてみれば、作り物もいいところだけれど、そういうものだと思ってみれば演出としては悪くない。というか、マリエラなどここに何しに来たのかすっかり忘れて楽しむほど、よくできたショーである。
「さて、続きましては、世紀の大魔術でございます! この魔法陣が刻まれましたる柱の中に入りますれば、あちらからこちら、こちらからあちらに瞬時に移動が思いのまま! これぞ失われし転移陣! 本日、この時、失われし超魔術が蘇るのであります! さあさあさあ! ここにおられるお客様の中で、この世紀の瞬間に立ち会い転移の被験者となる勇気ある方はおられますかな!?」
はーい!
思わず上がりそうになったマリエラの手を、ジークがすちゃっと取り押さえる。
マリエラは警護対象で超重要人物なのだ。変な視線はナンナに対するものばかりで、「ここに始まりの錬金術師がいますよー!」と喧伝したくなるほどスルーされているのだが、こんな場所で目立たせるわけにはいかない。
薄暗い観客席にパッとスポットライトが当たる。観客の一人が選ばれたようだ。
「では、そこのお嬢さん!」
「…………!(うなんな!)」
なんとパフォーマーとして当てられたのは、ナンナだった。
ジークなら躊躇なくマリエラの腕を押さえられるが、絶賛片恋中のエドガンにはナンナの腕を押さえるなんて出来なかったらしい。
手伝いのピエロに手を引かれ、軽やかな足取りでステージに上がっていくナンナ。
ウキウキとした足取りだ。白い靴下の残像のように、その足元にガウゥの白い影が見える気がする。
(……なんだ、視線? どこから?)
ナンナに集まるたくさんの視線。その中に、不穏なものが混じっている気がして、ジークは鋭くあたりを見渡す。けれど客席は薄暗く、天幕の上はステージを照らすまばゆい光で目がくらんでよく見えない。
「ナンシーちゃん、頑張れー」
「これはこれはお美しいお嬢さん。お名前はナンシーさんとおっしゃるのですね。観客の皆さま、美しく勇気あるお嬢さんに拍手を!」
「…………!(うーなんな!)」
声援を送るエドガンも、ステージでニャハハと手を振るナンナも不穏な視線には気が付いていない様子だ。
(なんだ、あのピエロ。どこを見て……)
ジークはナンナをステージにいざなうピエロが、ナンナの足元にちらりと視線を落とした気がした。
「ではお嬢さん、こちらに」
燕尾服の団長が示すそれっぽい魔法陣の上にナンナが立つと、上からこれまたそれっぽい模様が描かれた円柱がナンナの上と転移先に降りて来る。遠くから見れば石柱に見えるが、揺れ方からして張りぼてだ。
「あの魔法陣、何の意味もないっぽいけど、瞬間移動なんてできるのかな?」
「いや、デタラメだと思うぞ。ああいうのは床が抜けるようになっていて、床下を通って反対側に行くんだ」
「なーんだ」
ジークにタネをばらされてガッカリするマリエラ。
この手のものは、タネも仕掛けもあるものだ。だからこそ、それを知られないように関係者だけでパフォーマンスを行うものだが、どうして観客をステージへと上げたのか。
ドゥロロロロロロロ。
石柱が降りきり、ドラムロールが鳴り響く。
「開け、転移の門! 時空を司る神秘の扉よ! シルヴァナリア・ゾルゲリオン、アルカノマンタ・フルビオーサ……」
団長が高らかに唱える呪文に合わせて、ステージが赤や紫、緑や黄色のとりどりのライトで照らし出され、石柱の周りには白い煙がもくもくと立ち昇る。
「はえぇ、スッゴイ……」
ここに師匠がいたならば、ゲラゲラ大爆笑しただろうデタラメさだ。その弟子であるマリエラにもデタラメだと分かるのだが、演者が真剣なものだから、よくもまぁ何の意味もないのにそれっぽい呪文を考えたものだと一周回って感心してしまう。
「ゼノクラスタ・ダルヴァナクト!」
団長のなっがい呪文がようやく終わった。
どの辺が“瞬間”なのか、抜け道を通る時間は十分あるじゃないかと問い詰めたいが、観客は皆雰囲気にのまれたのか、術の成否をかたずをのんで見守っている。
ズズズ、ともったいを付けてナンナが入った石柱が上がると、当然ながらそちらは空で、次いで上がった移動先に、呆けたようにナンナがへたり込んでいた。
「成功です!!! 皆さま、勇敢なお嬢さんに盛大な拍手を!!!」
「わー!」「わー!」「わー!」「きゃー!」「ブラボー!」
喝采の拍手の中、ピエロに手を借りて立ち上がるナンナ。よろよろとステージを降りたナンナの足取りは、明らかに重たい。
「ジーク、ナンナの様子、変じゃない?」
「あぁ……。ふらついている」
エドガンもナンナの異常に気付いたのだろう。
ステージ下まで駆け寄ると、ナンナを支えるように通路を抜け、何事か話しながら天幕の外へと歩いて行った。
一体何があったのか。少なくとも、こっそり後を付けている場合ではあるまい。
外のベンチで休むナンナとエドガンにマリエラとジークが駆け寄る。
「エドガンさん、ナン……ナンシーどうかした?」
「大丈夫か?」
「ジーク、マリエラちゃん。来てたのか。ナンシーちゃんの具合が変なんだ。息が苦しそうだから外に連れてきたんだけど、どんどんひどくなって……」
ナンナの瞳は充血していて焦点が定まらず、ハッハと息も苦しそうだ。
とりあえず、ナンナの正体に気付いていないエドガンには少し離れていて欲しい。
「エドガン、水を貰ってきてくれないか?」
「あ、あぁ、分かった!」
マリエラの意図を汲んだジークの機転でエドガンが離れた隙に、マリエラは素早くナンナを診察する。
「なんだろ、中毒? 酔っぱらってようにも見える。ナンナ、これ、毒消しポーション。飲んでみて」
幸い基本的なポーションは常に持ち歩くようにしている。毒を盛られる可能性を見越して、キャロラインが即効性の毒に良く効く素材を仕入れてくれていたのだ。蟲だけど。
これならば、ちょっとした中毒や酩酊くらいすぐに回復するだろう。
症状を見たマリエラが携帯していた解毒ポーションを飲ませると、ナンナの症状はすぐに落ち着いたようだった。
しかし体調の戻ったナンナは、消音の魔法陣があっても伝わるほどの必死さでマリエラにすがるように叫んだ。
(ガウゥが! ガウゥがいなくなったなん!)
【帝都日誌】モルをプニプニでもちもちしたい……などと言っている場合じゃなかった。byジーク
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」
B's-LOG COMIC Vol.133(2月5日配信)はジヤのポジティブさがさく裂!
ジヤのシーンを見てこう思ったのは私だけではないはず。(選んだ時点ではこれだけ化けるとはマリエラも思ってなかったんですが)
今のジーク見て、自分が選ばれる可能性あったと思えるジヤの自己肯定感の高さ、リスペクト。このコマで、ちょっとだけジヤを好きになったよ。七分のズボン履いてるとことかちょっと可愛いしね!
★ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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