43.帝都deデート
前回までのあらすじ:エドガン、愛しのエンジェルちゃんとデートすることに。
「本当にこのコースで大丈夫なん? こう言っちゃなんだけど、マリエラちゃんじゃないんだぜ?」
「大丈夫だエドガン。ほとんど喋らないって言っただろ? 話し言葉に不自由するぐらい遠くから来たんだ。テーブルマナーなんかも勉強中で、本人はそれを恥ずかしがってる。だからこれぐらいカジュアルな方が気を使わなくて楽しめるさ。高い店に連れて行くのもいいけど、緊張してろくに味わえないんじゃ意味がないだろ?」
ジークが考えマリエラとキャロラインが決定したデートコースに、不満の声を上げるエドガンとそれっぽい理由をつけて丸め込むジーク。
嘘は言っていないけれど本当のことも言っていない、悪い大人の交渉術だ。嘘は吐いていないから、こういうのは意外とばれない。
ナンナ改めナンシーとデートできると聞いたエドガンは、デート費用と称して装備でも新調するのかという大金をウェイスハルトに借金しようとしたり、舞踏会に行くようなスーツを貸衣装屋に借りに行ったり、前が見えなくなるほど大きなバラの花束を注文しようとしたりして大変だった。
エドガンの奇行を全部阻止したジークの評価が、戦闘だけでなく内務もできるやつとしてシューゼンワルド辺境伯家で上がったほどだ。
エドガンはデート費用や諸々の準備の代わりに、シューゼンワルド辺境伯家に大量に届いたというサーカスチケットを貰ったのだが、その時の、「え、これでいいの?」みたいな表情の面白かったこと。
ちなみに、こういったサーカスやら演劇やら展覧会のタダ券は、後援している貴族の屋敷にしょっちゅう届くものらしい。特に今回は庶民向けのサーカスだから、貴族用のVIP席チケットの他に屋敷で働く家人用の一般席のチケットがたくさん届けられたのだとか。
サーカスならナンナも楽しめるに違いない。絶対喜ぶからとチケットを渡されたエドガンは「オペラ好きとかじゃなくてよかった。気が合うかも」と、高まる期待にデートの前日はあまりにソワソワしすぎて、護衛の任務を外されたぐらいだ。
「き……来た、本当に来た。あの子だ。マイエンジェル、ナンシーちゃん……。
ジーク、本当にありがとうな。ナンシーちゃんに繋ぎをつけてくれて。もつべきものは親友だ」
「うっ……うん……。じゃあ、頑張って、な?」
ナンナと入れ替わるように、建物の裏手に逃げるように去っていくジーク。
いつものふざけた含みのない、心からの感謝の言葉にジークの良心がキリリと痛む。
せめてもの救いは、キャロラインたちが非常に良い仕事をしたおかげで今日の人化したナンナが非常に可愛いいことだろう。今日という日がエドガンにとって良い思い出になればいい。そう願わずにはいられない。
「初めまして、ナンシーさん。オレ、エドガンて言います。今日はオレの誘いを受けてくれて本当にどうもありがとう」
にこり。(うなんな)
「グハァッ」
マリエラ仕込みの“笑えばいいと思うよ”攻撃に、ハートを射抜かれてしまったエドガンは、バクバク鳴る心臓を押さえる。
「ナンナの方を心配してたけど、初っ端からこんな感じでエドガンさん、大丈夫かな?」
建物の陰から様子をうかがっていたマリエラが、戻ってきたジークに尋ねる。
「……いろいろ心配だな」
ナンナがボロを出すのが早いか、それともエドガンがキュン死にするのが先か。ないとは思うが、万一気付かず帰って来ても、その時は変身薬の時間切れという残酷な未来が待っている。
ナンナにこれ以上変身薬を与えずに、“エンジェルちゃんなんかいなかったんや”と煙に巻くことも考えた。しかし、そのためにナンナを屋敷に閉じ込めるわけにもいかないし、帝都にそこそこ慣れてしまったナンナが獣人姿のままで歩くとも限らない。そうなれば衆目を集めるのは必然で、本来目的であるマリエラの安全がおろそかになってしまう。
だから、エドガンに正体を気づかせる作戦になったのだ。
ジークとしてはエドガンがなるべくダメージの少ない方向で、ナンシーの正体に気付いてくれるよう祈るしかない。
ちなみにナンナの尻尾はスカートの中に隠れているが、猫耳は頭の上に出たままだ。ホワイトブリムに軽い認識阻害を掛けてはいるが、「変な髪飾りを付けてるな」くらいは思うレベルだ。ここが一番の気付きポイントだと思うのだけれど……。
「か、カワイイ髪飾りですね! とてもよく似合ってる」
「…………(うなんな)」
ダメな様子だ。恋は盲目が過ぎている。
「さてジーク探偵行きますか」
「そうだなマリエラ探偵、気配遮断の魔法陣の準備はいいか?」
「はいどうぞ、であります」
「うむ、ありがとう」
そして、危なっかしいエドガンとナンナを二人きりで行かせるはずはない。万一に備えてジークとマリエラが遠くで見守る予定でいる。二人の探偵ごっこのへたくそさはさておいて、スニーキングミッション開始だ。
■□■
「目的地は公園だよね? サーカスもそこで開かれてるの?」
「アメジスト・アイル・ガーデンだな。噴水や水路が整備された庭園で、ピンクや紫色の花壇が遠目にアメジストの島のように見えるらしい。最近整備された帝都でも有名なデートスポットで中に併設されたカフェでは若い女性に人気のスイーツが楽しめるそうだ。一番人気はラズベリー・ローズ。繊細なローズ風味の生地にラズベリーのコンポートが挟まったタルトだそうだ」
「へぇ、美味しそう。ジーク、詳しいね」
「ついでに俺たちも食べようか」
「うん!」
詳しいのは当然だ。マリエラと行くために、せっせとリサーチしていたのだから。
ジークの努力の結晶はエドガンのために活用されてしまったのだが、エドガンたちの監視というおまけ付きだがマリエラと二人で行くのは違いない。むしろスニーキングミッションのドキドキ感が相まって、ちょっぴり刺激的でさえある。
一同がアメジスト・アイル・ガーデンに着く前に、刺激的な匂いが漂い、威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
「さぁさぁ、そこのお二人さん! 帝都でも最高の刺激を手に入れるチャンスだぜ! 今日はいつもより運のいい日だ! 振る舞い酒が付いてるぜ。さぁ、買った買った! 早い者勝ちだ」
スパイシーな香辛料とジューシーな肉の油の臭い。軽快な呼び込みの元はブリトーやタコス、ケサディーヤを売る屋台だ。
「辛いものが好きなら、この屋台のホットソースを試してみな! ほんとうに辛いぜ! 苦手な奴も安心しな、マイルドソースも負けちゃいねぇ!」
「うち自慢のメニューは、チキンとアボカドのクリーミーなブリトー! パリパリのトルティーヤに、フレッシュな野菜やジューシーなチキンがたっぷりだぁ。一遍食べたら病みつきだぁ!」
「辛いのに飽きたら、フレッシュなバーガーはどうだい!? サックサクのフライもたまんねぇ!」
多くの人々が屋台に集まって、ビール片手に肉汁滴る料理にかぶり付いている。
なんでもどこかの貴族家でおめでたいことがあったらしく、ビールが樽ごと振舞われたとか。料理を頼めば1杯無料とくれば、賑わうのも当然だろう。
ブリトーには、ジューシーな鶏肉や豚肉、アボカド、トマト、レタスなどの新鮮な野菜がたっぷりと詰め込まれているし、タコスには、スパイシーなビーフが乗っている。そして、ケサディーヤは美味しそうなサルサソースの下からチーズがとろりととろけているではないか。
呼び込みをする男は、掛け声にも負けないいい笑顔で、つられて購入した人々も料理を手に持ち、幸せそうに食べ歩いている。
この辺りは南方料理の屋台が有名なのだ。多少毛色の違う店も交じってはいるが、味はもちろんのこと、素手で食べられる手軽さがナンナにもぴったりだ。通りにはテーブルや椅子も置かれているから、気軽にランチが楽しめる。
「………………(うなんなぁー)」
「どうかした、ナンシーさん。旨そうだね、食べようか」
「コクコク(うなんな!)」
声が出ても出なくてもいつもとさして変化のないナンナが、見事に釣れたようだ。
ナンナはカトラリーを上手く使えないのだ。最近は少し上達したけれど、基本的にはナイフで切ってナイフで食べるワイルドさだから、レストランなどに入られると一発でばれてしまう。だから食事はこういった露店で済ませるのがベストで、ナンナが確実に釣れるいい匂いのする通りをデートコースに盛り込んでいる。
(計画通りだね。もぐもぐ)
(そうだな。むしゃむしゃ)
ついでにマリエラとジークも腹ごしらえだ。マリエラはチキンとアボカドのクリーミーなブリトーにトロピカルなフルーツジュースを、ジークはホットソースがたっぷりかかった肉たっぷりのタコスとアイスティーだ。タコスをがぶりといったあと、振る舞い酒だと渡されたビールをじっと眺めていたが、エドガンたちはともかくマリエラの護衛もあるから飲みたいのを我慢したのだろう。スパイシーな料理ばかりだから、飲みたくなるのもよくわかる。
逆に我慢する必要のないエドガンとナンナは貰ったビールを「ぷはぁ」とうまそうにやっている。
「…………(うなっ)」
「あれ、どした? あ、もしかして辛いの駄目だった?」
「コクコク(うなんな)」
「そっかぁ。じゃあ、それ、オレ食うよ。あそこのバーガーならいけるかな」
「じーっ(うなんな)」
「あっちの、肉串も食べる?」
「コクコク(うなんな)」
「いーよ、いーよ、どんどん食べな」
最初は右手と右足が同時に出るほど緊張していたというのに、薄いアルコールを飲んだおかげかいい感じにエドガンの緊張がほぐれたようだ。エドガンの料理を一口もらったり、逆にナンナがいらないものをエドガンに食べさせたりと、なんだか仲良くやっていて、本当にデートしているようだ。
ナンナが最初の料理を食べられなかったのは、辛かったからではなくて玉ねぎがはみ出すほど入っていたからだ。
猫とはいえ獣人だから多少食べたくらいでは中毒症状が出たりしないが、体に合うものでもないらしく、嫌いな食材として食べようとしない。だから、それほど注意する必要はないのだが、細かく刻んで濃い味付けがしてあると、そのまま食べてしまったりもするから、シューゼンワルド辺境伯家では、ナンナの食事はちゃんと配慮されている。
今日は外食だから心配したが、肉串の間に挟まっていたネギも、バーガーの付け合わせの山盛りオニオンフライも残して肉ばかり食べている。いつものナンナなら、「猫だから」で済むが、美少女姿での好き嫌いは少々お行儀が悪く感じるものだ。ここでエドガンが「ナンナっぽいな」と思ってくれればよかったが、「野菜嫌いなのかー。いいよ、いいよ、オレ食べるから」とナンナの残した野菜を食べてあげている。
普段のナンナもおニャンコさま待遇で皆にちやほやされているが、今日はそれ以上の好待遇だ。ご機嫌なナンナはとてもいい笑顔で料理を楽しんでいる。
(いい感じじゃない?)
(そうだな)
(あ、移動始めた。むぐむぐ、ごくん。それにしてもスゴイ人混みだね)
(タダ酒があるからな)
(なんかナンナを見てる人が多い気がするケド……)
(今日は認識阻害を付けてないからな。まぁ、エドガンが付いてるんだ。変なちょっかいをかける男はいないだろう)
人化したナンナは美少女で、エドガンも顔立ち良いの好青年だ。どちらも“黙っていれば”が付くけれど、遠目には人目を惹くカップルに見える。
エドガンはデレデレだけれど、ナンナとのデートを楽しみつつも、隙なくガードしていることを見る者が見れば分かるだろうから、余計な邪魔は入るまい。
実際、ナンナの美貌につられてフラフラ近づいてきた若者は、不意に振り返ったエドガンのひと睨みで視線をそらして退散している。
――さすがはエドガン。Aランカーは伊達じゃない。
その信頼と安心感が、ジークとマリエラの判断を鈍らせていた。
【帝都日誌】『南方料理の屋台通り ★★★★☆ 店舗数が多く幅広い層のニーズを満たすが、全体的に味は辛め。人が多いため騒がしく落ち着かないが、その分、同行者との距離が近づきやすい。価格面もリーズナブルで高評価』byジーク
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』と交互に更新予定。
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