42.緊急会議
前回までのあらすじ:贄の一族の派閥、幻境がロバートに接近してきた。
「見つけた! オレ、ついに見つけちゃったんだよ!!」
「何を?」
「決まってるだろ、運命のマイ・ハニーだよ!」
「エドガンはいっつも運命感じてるな」
女性に会うたび運命を感じる男、エドガンのいつもの台詞にジークが適当に相槌を打つ。
そんなにしょっちゅう運命を感じられるなら、預言者か占い師にでもなったらどうか。高い確率で予言が当たれば、信者ができてすごくモテるのではないか。もっとも、エドガンの感じる運命が本物ならば、とっくに伴侶を見つけているだろうが。
「それで、何だって?」
「だーかーらー、エンジェルちゃんだよ。やっぱりあの娘、この屋敷で働いてたんだ。オレ、見ちゃったんだよ。女子が泊まってる離れに入ってくところ。遠くからだったけど、あれは間違いないね!」
……やばい。ついにエドガンがナンナの正体に感づきはじめた。
ジークはテンション爆上げのエドガンに「待て」を伝えて自室からとっておきの酒を持ってくると、備え付けのグラスに注いでエドガンに渡す。
シューゼンワルド辺境伯家にあてがわれた個室にはグラスはあるが酒はない。部屋にあれば非番であろうとなかろうと飲んじゃう連中ばかりなのだ。護衛任務で滞在しているのだから当然だろう。しかし、子供の合宿でもないから、持ち込みまでは禁止されない。
マリエラが銀貨3枚もするチョコレートの大箱を部屋に持ち込んでいるように、ジークだって銀貨3枚程度のお高い酒を部屋に持ち込んでいたりする。10年以上寝かせた良い酒が、帝都では銀貨数枚で手に入るのだ。しかも、ここなら部屋に置いておいても神出鬼没で現れるフレイジージャに飲み干されることもない。マリエラの護衛があるから深酒はしないが、ジークの密かな楽しみである。
「なんだよ、ジーク。最近お前、優しいな」
「そういうの、いいから」
「テレんなよー。オレを酔わせてどうすんの? なんつってー」
「まぁ、飲め飲め」
ドバドバドバ。
ロックでちびちび飲む酒を、お茶か何かのように注ぐジーク。
ちなみに時刻は昼を過ぎたころ。真昼間だが問題はない。エドガンを酔わせて、いろいろ白状させるのだ。
ジークの優しさは、下心と後ろめたさと、ちょっとばかりの友情からできている。
キャロラインが「エドガンさんには、意中の女性の正体にご自分で気づいていただきたいんですの!」なんて盛り上がるものだからみんなで隠していたことを、ジークはちょっとだけ申し訳なく思っている。
エンジェルちゃんの正体がナンナで、変身薬によって短い時間だけ変身できるのだと知れば、さすがのエドガンだってショックを受けるに違いないし、何よりみんなして黙っていたこと自体、裏切りじゃないかと思ってしまう。
エドガンのことだから、エンジェルちゃんがナンナだと知れば、すぐに別の女性に目移りするだろうと思っていたし、正直面白がっていた気持ちもある。しかし今回は、エドガンの本気度がいつもと違う気がするのだ。
「で? その、意中の女性がシューゼンワルド辺境伯家のメイドかもしれないって?」
「そうなんら~。ジークとマリエラちゃんが出かけた少し後かな、離れからでてきたんらよ。オレもキャロライン嬢の護衛に出かけるところで遠くからちら~っと見ただけらったけど、間違いねーって」
なんと迂闊なニャンコだろうか。ばっちり見られているではないか。
(いっそ、正直に話した方がいいんじゃないか。早い方が傷は浅い……)
ジークは賢さ4の頭脳をフル回転して、一生懸命考える。
エンジェルちゃんがナンナだと分かったとして、二人がうまく行く可能性はあるのだろうか。
(二人……。ふたり?)
『うなんな』と鳴くナンナの姿を幻視するジーク。ジークの中ではほぼ猫なのだ。
ナンナはマリエラに次いでエドガンと仲が良い様子だが、それは女性としてよりは良くて子供、悪くてペットという感じに思える。少なくとも女性として認識しているようにはとても見えない。
……まぁ、ニードルエイプのナターシャちゃんの件もあるから、エドガンのストライクゾーンはジークには計り知れないが、あの時は男ばかりの雪山でジークも含めてまともじゃなかった。麗しい女性がいくらでもいる帝都ではさすがに人間に絞られるだろう。
「オレさ、女のコはみんな笑ってほしいって思うんら~。笑顔でいてくれるんなら、そばにいるのはオレじゃなくても構わねーのら。でもさ~、あの娘だけは~、オレが笑顔にしてやりたいんら……」
速攻で酔っ払い、本音をジャバジャバ駄々漏らすエドガン。
それを聞いたジークはというと、割といい感じの本音なのに、エドガンに遊んでもらって『うなははは!』と爆笑する猫畜生の姿を幻視してしまう。
「くっ……」
なってるよ! エドガンに紐でじゃらして遊んでもらって、めっちゃ笑顔になってるよ!
そう教えてやりたいところだが、当然言えるはずもない。エドガンとナンナの間には男女のしっとり感はからきしで、カラリと晴れた青空のようだ。
ジークとエドガンの付き合いはそれなりに長い。エドガンが幼少期のトラウマ――笑顔の美しかった母親が魔物植物の苗床になって絶叫の果てに亡くなってしまった反動で、過剰なまでに女性に笑顔を求めるようになってしまった経緯だって知っているのだ。
エドガンは女性にだらしない浪費家で、不幸そうな女性は放っておけずに手を出しては騙される仕方のない奴だけれど、優しく根の良いやつなのだ。
(俺には言えない……)
これはもう、第三者であるジークの口から真実を伝えて終わりにしていいことじゃない。
そう思ったジークは、エドガンのグラスに酒を注ぎまくってつぶした後、マリエラに相談すべく立ち上がった。
■□■
「マリエラ、ここにいたのか」
「《ウォーター》、《命の雫》あと《加熱》。あ、ジーク、お風呂入る? もうすぐ終わるからちょっと待ってね」
ママを訪ねて……じゃなかった、マリエラ訪ねて三千里。いや、割とあっさり見つかったマリエラは、清掃中の札のかかった男性宿舎の大風呂でお湯はり作業の途中だった。
バイトである。シューゼンワルド辺境伯帝都邸で使う大量の水を生活魔法で賄うことで、マリエラには特別手当のおやつが出るのだ。
もっとも、お客様であるマリエラは、こんな作業をしなくてもおやつを出してもらえるのだが。
師匠のスパルタ教育のお陰で魔力だけは人一倍あるマリエラは、その大半を日々錬金術で使い切る生活をしていた。
しかし、帝都に来てからというものポーションをほとんど作っていない。《命の雫》を汲むのに迷宮都市の何倍もの魔力が必要だが、それでも汲める量がちょろちょろだから、作れるポーション量が限られていて、魔力が余ってしようがないのだ。
そんな時、「帝都は水代が高いらしく、男性宿舎の大風呂の湯が汚い」という話を聞きつけ、この仕事を買って出たわけだが、水を汲む魔石代が浮いたとか、お風呂が気持ちよくなったとか、筋肉の色つやや良くなってムキムキがムチムチで風呂が前より暑苦しいと好評だ。いや、最後のは苦情だったかもしれないが。
「マリエラのお陰で、毎日綺麗な湯につかれるとみんな喜んでいたよ」
「この辺り、水が出にくいからね。いい感じで魔力が減るよ」
生活魔法の《ウォーター》は、飲用できる綺麗な水を作り出す魔法だ。
一般的には手に持った器にジワリと水が湧き出して、気が付けば水位が上がっている程度の効果で、攻撃に使えるものではない。しかし便利なことには変わらないので、魔導具化され帝都のような大きな街では各家にあって当然くらいの位置づけだ。
魔導具にせよ生活魔法にせよ当たり前になりすぎて、どういう仕組みで水が出て来るのか考えることもないほどだが、この《ウォーター》、無から水が生成されるわけではない。
「《ウォーター》って、空気の中にも水があって、それを集めてるんだって師匠が言ってたっけ。集めた分は、近くの井戸とか川とか地下水脈とか、空の上の雨雲とか、そういうところから持って来るって。だから、水の少ない乾いた土地だと効率が悪いって聞いた」
その理屈だと水分の流れに沿って風が吹きそうではあるが、水だけが集まってくるのは魔法と呼ばれるゆえんだろうか。
「……効率が悪いようには見えないが」
ムキムキの兵士が十数人は入れる浴槽の上に浮かぶ、巨大な《錬成空間》を見上げながらジークが呟く。ジークからしてみれば、《ウォーター》の仕組み以前にこちらの方がよっぽどファンタスティックだ。
効率云々言うのであれば、こんな重量物を浮かせるよりも浴槽に直接貯めたほうがいいだろうに。
「こういうの楽しいのか、寄って来るんだよね。お風呂もちょっと綺麗になるし。精霊眼で見てみて」
ジークが眼帯を外すのに合わせて、マリエラは《錬成空間》を解いて《命の雫》を溶け込ませたお湯を浴槽にザーッと落す。
すると高さの割にはたくさんの水しぶきが飛び散り、もわわぁっと湯気が浴室一杯に広がっていく。浴槽いっぱいに広がって渦を巻く水の音、水面に跳ねる水しぶきの音がサラサラ、シャラシャラ賑やかで、照明の光を反射するようにお湯にも湯気にも小さな光が嬉しそうにキラキラ光る。
「生まれたばかりの水の精霊と、火の精霊が少しだな」
言葉どころか声も持たない微弱な精霊は精霊眼に映されてようやく光の反射程度に目視できるほどか弱いものだ。しかし、流れ落ちるお湯と、もうもうと立ち昇る湯気にぐるぐるかき回されてとても楽しそうに思える。
サー……。
「1杯目は精霊に。そうすれば洗い残しの汚れなんかも綺麗にしてくれるし、残ってくれれば心地いいお風呂になるんだけど。あー、皆いっちゃった」
浴槽からお湯がなくなり、湯気が治まるにつれ、精霊たちも消えて行く。
ほとんどの精霊は、目に見えないから気付かないだけで、いつの間にか現れて、気が付けば消えている。姿と呼べる形を持っているのはごくごく稀な存在だ。
それでも、楽しくて心地いい場所にはいくらかとどまるものもいて、存在する時間が長くなるにつれ、意思や力を持つ存在へと成長していくのだが、帝都はどうにも精霊がいつきにくいように感じる。
一度サラマンダーに理由を聞いてみたけれど、ぽかんと半口を開けた状態で「そうなの?」とばかりに首をかしげていたから、理由は分からないままだ。
「お湯と一緒に流れていったが……。どこに行ったんだろう?」
「うーん、リューロさんのところとか? あれ、魔力のこもった綺麗な水だし」
「水脈が繋がってるのか?」
「それは分かんないけど。穢れは魔の森の奥まで流れていくでしょ? だったら綺麗なのも届くかなって。……うん、ちょっとやってみよう。ししょーがおせわになってまーすって。多分、お世話になってるはずだから」
お供えなのかお歳暮か。なんにせよこう言うのは気持ちが大事だ。届くかどうかは定かでないが、師匠が世話になっているのは間違いなかろう。
マリエラがたっぷりの魔力と出来る限りの《命の雫》を込めて作った水は、いつもより3割増しで渦を巻いて流れていった。
■□■
「素敵! 最高! カンペキですわぁーっ!!」
「えぇ、本当に! なんて可愛らしいの!!」
「馬子……いや猫子かな? にも衣装ですねぇ」
(うなんな)
大興奮の猫好きメイドと、一緒に喜ぶキャロライン。そして、二人の興奮ぶりにちょっと引きつつ同意するマリエラと完全に蚊帳の外、いや背景と化すジーク。
ジークから話を聞いたマリエラが、お風呂のお湯はりの後、緊急会議を開いた結果、事態は大きく動くこととなった。
この部屋にいる4人目の女性、ナンナはというと、変身薬で変身後、普段の猫畜生ぶりが嘘のように可愛らしく着飾っている。心持ちぐったりしているのはキャロラインとメイドにもみくちゃにされたせいだが、声がほとんど聞こえないのは襟に縫い込まれた魔法陣の効果である。
消音効果のある魔法陣で、本来は靴底などに刻んで足音を消すのに使われるのだが、今回はナンナの声を消すのに利用した。ナンナには演技どころか黙っていることなんてできない。会うなり「うなんな、うなんな」言って、正体がばれるのが関の山だ。
「それでは、設定を復習しますわよ。ナンナさんは、今からナンシーさんです。ナンシーさん!」
(うなんな)
はい、と手をあげて見せるナンナ。ここまでは大丈夫そうだ。
「ナンシーさんは、訳あってシューゼンワルド辺境伯家でお預かりしているお嬢さんで、かなり遠い地域の出身です。こちらの言葉が少し不自由なので、それを恥ずかしがって小声になってしまう、可愛らしい方です」
(うなん)
可愛らしいと言われて、くねり、と体をくねらすナンナ。ここも何となくわかっているらしい。あざとカワイイ仕草であるが、これは猫バージョンでやった方が破壊力が高そうだ。
「今日は、エドガンさんが帝都を案内してくれます。きっと、美味しいものをたくさんごちそうしてくれるでしょう」
(うなんな!)
美味しいものと聞いて、尻尾と耳が立ちそうになるナンナ。それを止めるようにキャロラインが「ただし!」と鋭く声をあげる。
「エドガンさんに、ナンナさんだとバレたらそこでお出かけは終了です。美味しいものも食べられません。だから、声も耳も尻尾も、もちろんガウゥも出してはいけませんよ」
(うなんな!)
(すごい、ちゃんと会話が成り立ってる……)
こくこく頷くナンナとキャロラインのやり取りを見ながらマリエラは感心する。
元からナンナは、ほぼ「うなんな」で会話を済ませる傾向があったが、声が出なくても成立するとは思わなかった。これならしゃべらなくても何とかなるかもしれない。
ナンナだと分かっていれば、猫の姿を幻視できるほどにナンナなのだが、今は超の付く美少女だ。ナンナのイメージとは程遠い服だって着せているから、言われなければ気付くまい。
「あぁでも、同意する時の意思表示くらいできた方がいいかしら……」
何もしゃべらず頷くばかりの相手と一緒にいるのは気疲れだろう。
キャロラインが、「こういう時、どうしたらいいかしら?」と聞くものだから、エドガン候補の“すべての女性を笑顔に”という公約を思い出したマリエラは、
「笑えばいいと思うよ」
とどっかの少年主人公のようにナンナにアドバイスしておいた。
にっかー。
「うっ。なんて無垢な」
「尊いですわね」
「ナンナ、怖い子」
マリエラのアドバイスに従って、特大の笑顔を浮かべたナンナは、とんでもなく可愛かった。
マリエラ達女性陣でさえ、その輝きに目がくらみそうになるほどだ。
これならエドガンはイチコロだろう。
「さぁ、時間ですわ。ナンナさん、エドガンさんと楽しんでいらして!」
(うなんな!)
そうなのだ。
ジークが招集した緊急会議の結果、エドガンは素性を隠した人化ナンナと帝都でデートすることとなったのだ。





