39.結脈式典
前回までのあらすじ:キャロラインが大規模工房で量産型錬金術師なる存在に疑問を感じていた頃、マリエラは孤児院へ。そこにおいてきたはずのナンナも合流する。
「えっと、あと10人くらいいるっていう子供たちはどこですか?」
「あ、あーしが渡しときまス。大丈夫ッス。みんなが食べないように隠しとくッス」
この孤児院にはあと10人くらいいると聞いたばかりだ。その子たちにマドレーヌを配らなければと思ったら、手伝いのお姉さんが手を出してきた。
……本当に大丈夫だろうか。このお姉さんが一番危ない気がする。寄付金をネコババする悪人ではなさそうだが、マドレーヌに関しては”なかったこと”にされそうだ。「お腹の中にしまったんスー」とか言いながら。
「えっと……、ここにはいないんですか?」
「結脈式典スよ。先生たちと一緒に」
マドレーヌを守ろうと抵抗を試みたマリエラだったが、「結脈式典」という初めて聞く単語に頭を傾げた隙に、お菓子に餓えた狼ならぬお姉さんにサクッと奪われてしまった。まだマドレーヌが数十個入った籠を抱えたお姉さんは「大丈夫ッス、大丈夫ッス。奥にしまってくるっス」と言って中へと入っていったきり、なかなか戻ってこない。隠れてつまみ食いをしているに違いあるまい。
マドレーヌの運命はさておいて、「結脈式典」とは何だろう。
「ジーク、結脈式典って知ってる?」
「いや、初めて聞いた。俺も帝都で育ったわけではないからな」
初めて聞いた単語に頭を傾げるマリエラとジーク。
子供たちの半数はマドレーヌとお姉さんを追って孤児院の奥へ、残る半数はナンナと遊んでいるからほかに聞けそうな人もいない。
お菓子も配り終えたし寄付金も渡した。とりあえずナンナを連れて帰ろうかと思った矢先、孤児院の入口の方から声がした。
「結脈式典っていうのはね、錬金術スキルを持つ子供にまとめてラインを結ばせる儀式だよ」
思わぬところから得られた答えにマリエラが振り返ると、そこにはロキ少年が立っていた。
「にいちゃん! リリアにあいにきてくれたの?」
「やぁ、リリア。会いたかったよ」
大好きな兄の姿を認め、駆け寄るリリアちゃん。ロキはにこやかに答えるけれど、遊ぼうと手を引くリリアの頭をなでてあやしつつも、マリエラとの会話を続けた。
「知らない? 帝都にしかない式典だけど、結構有名なんだけどな。この式典のおかげで、錬金術スキルを持つほとんどの子供がラインを結ぶことができる。会場は開かれていて見学は自由だよ、気になるなら見に行ってみる?」
「ほとんどの子供がラインを?」
また、”帝都にしかない”か。しかも、ほとんどの子供が地脈契約できるなど、にわかには信じがたい内容だ。
錬金術スキルは持つ者が多い非常にありふれたスキルだが、ポーションを作るには《命の雫》が必要で、《命の雫》を汲みだすには地脈と契約してラインを結ばなければならない。そしてその契約には師匠の存在が不可欠だ。地脈契約の際に師匠は自らの経験の一部を弟子に委譲するから無限に弟子を持つことはできないし、錬金術師であっても未熟な者は儀式自体が執り行えない。
結果、適性がある者はたくさんいるが、錬金術師になれるものは一握りしかいないのが実情だ。マリエラの弟子の数がおかしいだけで、普通は弟子なんて10人いれば多いほうで帝都中の錬金術師が持てるだけ弟子を持っても、錬金術スキルを持つほとんどの子供を錬金術師にすることなんてできっこない。
そんな不可能を可能にする式典が、帝都ではありふれたもので、しかも見学自由とは。
レビスと言い、この結脈式典といい、帝都には錬金術の常識を超えるものがどれほどあるのだろうか。
知らずに済ますわけにもいくまい。
マリエラはロキに案内を頼むと、結脈式典とやらを見学することにした。
■□■
ロキに連れられて出向いた先は、外壁近くの建物だった。門扉のすぐ近くに小さな講堂のような建物が建っていて、どうやらここが会場らしい。建物と壁で仕切られた敷地の奥には塔が見える。リリアちゃんと初めて会った帝都中心の塔とどこか似た塔だ。あの場所ほどではないが、ここも他よりいくらか《命の雫》の気配が濃い。
そして、入り口の看板には『イリデッセンス第4アタノール』の文字。贄の一族が中枢を担う錬金学派、イリデッセンス学派の施設に間違いない。
「アタノールかぁ……」
思わず漏らしたマリエラに、ジークが「アタノールとはどういう意味だ?」と尋ねる。
「アタノールって“炉”って意味だったと思う。錬金術もね、昔からずっと同じやり方じゃなくて、だんだん進歩してるんだよ。今では《錬成空間》の中で温度上げたり抽出したり、それこそ熟練度次第でなんでもできちゃうんだけど、昔は《錬成空間》の替わりに『哲学者の卵』って呼ばれる容器を使ったり、温度を上げるのに専用の炉を使ってたんだって。その炉の名前が『アタノール』だったはず」
「つまりここは”4番目の炉”なのか?」
「そうなるね」
「うなんなー」
神妙な顔のマリエラとジークを見て、これまた神妙な顔で相槌を打つナンナ。
うなうな頷いているけれど、何もわかってないに違いない。とはいえ、マリエラ達だってまだ何もわかっていないのだ。
「もう始まってるから静かにね」
先導するロキについて中をのぞくと、孤児院の先生らしき人達が見守る中で何やら儀式が行われていた。
講堂の床は石畳で、大きな円形の魔法陣が描かれている。なかなかに複雑な魔法陣だ。これほどの魔法陣を見たのは、師匠に転写された以外では初めてだ。簡単な魔法陣ならポーションなどに刻まれているけれど、これだけ複雑なものが現在も使われているとは驚きだ。しかも、何度も使えるようにだろう、石畳に彫り込んである。
魔法陣の中央には十人足らずの子供たちが、手にポーション瓶を持って座っている。
「才ある子らよ、アストラルポーションを飲み旅立ちの準備を始めなさい」
「はい、導師さま」
部屋の奥、一段高くなった場所に立つ老人が厳かに語り掛けると、子供たちは手に持ったポーションを飲み干し、たちまちくたりと意識を失っていく。
子供たちの眠る魔法陣の外周部には、魔法陣に繋がるように等間隔で小さな円形の陣が描かれていて、5人の老人が座っている。老人たちも別のポーションを飲んだのか、意識はないようだ。
「さあ、子らよ。なにも恐れることはありません。そこに広がるは大いなる大地。この帝都の大いなる礎。この地に生まれしヨハンの民よ、その名を大地に刻みつけ、大地の慈悲をいただくのです」
導師さまと呼ばれた老人が語り掛けると、子供たちの《命の雫》が薄くなるのをマリエラは感じた。おそらく肉体を離れて地脈へ潜っていったのだろう。
「あれが結脈式典だよ。
周囲の老人は大規模工房を退職する人たちなんだ。もう錬金術は必要ないから、今まで働いて培った経験を子供たちに与えることで、最後の勤めを果たしてるんだ。まぁ、立候補すれば退職金が上乗せされるからっていうのが大きいらしいけど。
あそこにいる立派な衣のお爺さんは、中宇の導師。ここの責任者だね。中宇っていうのは、このアタノールとか結脈式典を取り仕切る人たちの組織の名前。イリデッセンスにはいろんな組織があるんだよ。
で、真ん中にいる子供たちが新しく錬金術師になる子供たち。目覚める頃にはラインが得られてる」
儀式を邪魔しないように、小声で説明してくれるロキ。
マリエラは講堂中を見渡してみる。ここは地脈契約する場所のはずなのに、精霊の姿を全く見ない。
「精霊はいないの?」
地脈から戻るときは、あの魔法陣を通じて周囲の老人たちが子供たちを呼び戻すのだろう。けれど精霊もなしにどうやって地脈に潜ったのか。先ほど飲んでいた、アストラルポーションとやらの効果だろうか。
マリエラの疑問を見透かしたようにロキが答える。
「結脈式典は地脈契約と違って精霊は必要ないんだ。代わりにアストラルポーションを使う。量産型は深く潜る必要はないからね、ポーションで充分なのさ。彼らの多くは将来、大規模工房で働くからね。ライブラリだって必要がない」
「それって、錬金術師なの?」
それじゃ《命の雫》はちょろちょろしか汲めないし、ライブラリが見れないならポーションの作り方も分からないじゃないか。
「高度なポーションを作るのが錬金術師だというなら違うだろうね。
もちろん、昔ながらの地脈契約もあるよ。精霊に連れられて地脈に潜り、師の導きで地上に戻る。そうやって生まれた錬金術師は『ユニーク』って呼ばれてる。街中でポーションの専門店を構えたり、工房を持って上級や特級のポーションや、お客さんの要望に合わせたいろんな珍しいポーションを作るのはそういう錬金術師たちだ。
錬金術師って言ったらユニークのことだし、結脈式典で生まれた錬金術師は大量生産なんて呼ばれて、錬金術師として見られないことが多いね」
やっぱり量産型というのはマリエラの思う錬金術師とは別物らしい。ならば彼らは何なのか。何のための結脈式典なのだろう。首をかしげるマリエラにロキが話を続ける。
「でもね、帝都で一番必要なポーションは低級なんだ。普通に暮らしていて大怪我なんてそうしょっちゅうするもんじゃないからね。ちょっとした大怪我だって中級があれば事足りる。そして、たくさんいる帝都の市民に低級ポーションを安く提供するには、錬金術師だけじゃ全然数が足りないんだ。
それにたくさんの人間が生きていくには、ポーション以外にもたくさんの物資が必要でしょ。それを製造するのに、錬金術というものはとても役に立つ。錬金術スキルっていうのは、ポーションを作る以外にも汎用性が高いし、錬金術スキル自体、持っている人が多い。
でもさ、今までの地脈契約じゃ、錬金術スキルを持った子全員にラインを結ばせることはできない。
師匠を得ることができて錬金術師として身を立てられるのなんて、ほんの一握りの“恵まれた”者だけだ。この帝都で“恵まれた”っていうのはさ、運がいいっていうんじゃない。親が錬金術師だったとか、金持ちで子供を師匠に付けられたとか、生まれながらに家柄とか財産とかを持ってるってことさ。
恵まれた人しか地脈の恩恵にあずかれないんじゃ、金持ちがどんどん金持ちになっていくだけで、帝都全体で見ればどんどん貧しくなってしまう」
200年前のエンダルジア王国でも、特級や上級ポーションを作れる錬金術師は少なかったなとマリエラは思いだす。マリエラは上級ポーションを作れたけれど、どこの店でも門前払いで置いてくれるところなんてなく、安値で買いたたかれるだけだった。
「この子たちは親のない孤児で何も持ってはいないけど、親がいたって似たような子供はいくらでもいる。家柄も財産もなく、戦う力もなければ特段賢くもない。災害だとか、それこそ魔物の氾濫だとか、そういうのが起こったらすぐに死んじゃう、そういう人ばっかりなんだ。だってそれが民衆ってもんでしょ。
そしてそんな民衆がそこそこ幸せに生きていくには、お金がいる。仕事が必要なんだ。
食べ物や温かな寝床、ちょっとしたポーションだとか、清潔を保ったり娯楽を楽しめる少しの余裕。恵まれた人からすれば些細なものかもしれないけど、そんなものを手に入れるのだって、ここに居る子供たちみたいな持たざる者には難しいことだよ。
だけど、こうやってすごく浅いものだけどラインを結ぶことができれば、この帝都になら仕事がある。特別な才能もない、身一つしかもっていない彼らも働いて、帰る場所を持つことができる」
ここまで一気に話したロキは、マリエラをじっと見つめながら問いかけた。
まるでこの国の思想、錬金術の在り方について、裁定を仰ごうとするかのように。
「……ねぇ、すごいことだと思わない?」
「思うよ」
ロキの言葉に、マリエラは心から同意した。
【帝都日誌】アストラルポーションって初めて聞いた。 byマリエラ
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