38.孤児院にて
前回までのあらすじ:キャロラインは視察先で量産型錬金術師の存在を知る。
キャロラインが大規模ポーション工房を視察していたちょうどその頃、マリエラとジークは孤児院を訪問していた。
ちなみにナンナは留守番だ。正確にはお腹いっぱい食べさせて寝ている間にこそっと出てきた。猫好きメイドさんが「お任せください!」とガッツポーズをしていたから、起きても相手をしてくれるだろう。
「マリエラ、帝都でも孤児院に支援するのか?」
「うん、ジーク。寄付だけだけどね。ほら、オークションで結構お金入ったでしょ? お土産代には多すぎるから」
「確かに馬車数台分の酒が買えるな」
マリエラ達が孤児院を訪問したのは、“帝都に必要なポーション”という自由課題のネタ探し的な意味合いもあったが、自らも孤児だったマリエラは迷宮都市でも孤児院に一定の支援を行っていて、その一環で寄付をしにやってきたのだ。特に今はオークションの売り上げで懐が温かい。師匠に馬車数台分の酒をプレゼントするより、寄付する方が有益だ。
迷宮都市に来てすぐの頃は、孤児院の子供たちが採取したアプリオレを買い取る程度だったが、迷宮が討伐されてからは魔の森の浅い場所に薬草畑を作り、そこでいくつかの薬草を育てる事業を支援している。
迷宮が討伐されて迷宮都市は人の領域になったから、城壁の内側では薬草の育ちが悪くなっている。錬金術師の大量増加も相まって、将来的に薬草不足が予想されるのだ。そこで、シューゼンワルド辺境伯家が農地や畜産面積の拡大と合わせて薬草畑の開墾政策を打ち出した。
マリエラは、その計画に一部出資し、かつ魔の森における薬草畑の管理に関する技術指導をする代わり、孤児院の子供達でも採取ができる一番安全な場所をもらったというわけだ。
ちなみにマリエラが200年前住んでいた魔の森の小屋の跡地は少し離れた場所にあって、魔の森になれていない非戦闘職がたどり着ける場所ではないから、今もマリエラ専用薬草園として利用している。
薬草畑と言っても孤児院向けの畑には難しい種類は植えていない。魔の森の中にあるなら、根っこから引き抜かない限り放っておけば勝手に生えるようなものばかりで管理は楽だ。子供たちが採取した薬草は『木漏れ日』でも買い取るが、主としてマリエラが先生をしている錬金術学校で教材として使っている。
「お金だけ渡すのは簡単ですけど、それじゃ孤児院の子供たちは金額分の食事や物資を得られるだけです。ですが自分たちで薬草を育て、採取してお金を得れば、食事や物資に加えて生きるための方法を身に付けることができると思うんです」
子供たちが採取できるようなありふれた薬草は単価も安いし、それだけで生活が成り立つほどの収入にはならない。しかし、学びのきっかけとしては悪くないだろう。
マリエラの考えに孤児院の先生方はもちろんレオンハルトやウェイスハルトも共感してくれたから、教材として一定価格で買い取るルールであるとか警備兵の巡回など、諸々のサポートを取り付けることができた。
運営が始まったばかりでまだ様子見の段階だけれど、需要と供給が落ち着いて孤児院が安定した収入を得られるようになれば畑ごと寄付するつもりでいる。
「“帝都に必要なポーション”かぁ。迷宮都市なら力になれそうなこと、なんとなくわかるんだけどな」
「何かヒントが見つかればラッキー、見つからなくても寄付が目的なんだからそれでいいんじゃないか」
「そうだね。私みたいな平民目線だからこそ分かることもあるかもだし」
薬草畑のことを考えながら、孤児院に向かう道中、そんな話をするマリエラとジーク。帝都に幾つもあるなかで、ここがシューゼンワルド辺境伯家から一番近い孤児院だ。寄付金の他にも焼き菓子をたっぷり焼いて持ってきた。たくさん焼いてきたから足りると思うがここには何人くらいの孤児が住んでいるのだろう。
「こんにちはー」
「だれー?」
「おきゃくさんー」
孤児院の門をくぐると、中庭で十数人の子供たちが遊んでいた。
建物は古いが温かみのある雰囲気で、ピカピカとはいかないが庭も建物もそれなりに掃除がされている。遊んでいる子供たちも質素な身なりではあるが清潔で、痩せてもおらず肌艶もいい。
迷宮都市でも孤児は将来の戦力や労働力として保護されていたけれど、ここはさらに恵まれているように思えた。
「あ、チョコレートのおねーちゃんだ」
「あれ、あなたは確か、リリアちゃん?」
マリエラたちに声をかけてくれたのは、『マダムブラン』のチョコレートショップで会った兄妹のリリアちゃんだった。リリアちゃんはこの孤児院の子だったらしい。今度はマリエラのことを覚えていてくれて嬉しいが、チョコレートとセットとは。
(しまった、チョコレートも持ってくるんだった)
キラキラしたリリアちゃんの目に”チョコレート”と書いてある気がして、内心焦るマリエラ。
腹持ちする焼き菓子がいいだろうと大量に作って持ってきたが、チョコレートは持ってきていない。
猫にチョコレートは毒なのだ。マリエラが菓子を作ると、ナンナが「なんな?」と寄ってきて目にもとまらぬ速さでつまみ食いをするものだから、チョコレートなんて入れられないし、買いためたお土産のチョコレートも鍵のかかる箱に封印してある。
チョコレートが欠片も入っていない焼き菓子を申し訳なく思ったマリエラだったが、手荷物の大きなカゴから甘い匂いが漂うの感じて、リリアちゃんが「いい匂い~」と顔をほころばせる。菓子なら何でもいいらしい。
「これはお土産だよ。先生はいる?」
「せんせいはいないけど、おてつだいのおねーさんはいるよ。おねーさーん。おきゃくさーん」
「おきゃくさんー」「おかしくれるってー」「たべたーい」
いつのまにかわらわらと寄ってきた子供達が、マリエラとジークを取り囲む。
モテモテだ。モテ期というやつだろうか。前にもこんなことがあった気がする。あの時は確かクッキーを渡した瞬間にモテ期が去っていったのだったか。
子供たちの騒ぎっぷりに慌てて出てきたのは、マリエラと変わらないくらいの年頃の女の子だった。なんでも孤児院の卒業生で、仕事が休みの日によく手伝いに来るらしい。
「今日はあいにく式典で、院長とか先生は不在なんス。あっ、でも寄付はちゃんと渡しますので! みんなもほら、見てますから。大丈夫ですよ、大丈夫! あぁ~、いい匂いスね~。バターたっぷりのマドレーヌっスか~。しゅごい~、じゅるっ」
なんだか頼りない感じだが、お菓子があれば結構幸せというタイプっぽいので、寄付金を猫ババしたりはしないだろう。袋に入れた寄付金を渡した時でなく、マドレーヌを渡した時に「ありがとうございます、ありがとうございます」と言っていたくらいだ。
寄付金の入った袋が小さかったからか、それともマリエラの見た目に大した金額が入っていないと思ったからか、中身を確認せずにしまっていたが袋の中には金貨である。開けたらびっくりするに違いない。名前も聞かずに受け取ったことを後で院長先生あたりに叱られるんじゃないか。
「帝都の孤児院は国からの援助とかあってですね、みんな不自由なく暮らせてるんスが、こういう甘いお菓子はちょっとムリってか。
お兄さんの方は冒険者ですか? いいなー、稼げるんでしょ? 美味しいもの食べ放題だし、観劇とか楽しいトコ行き放題じゃん。あーしもそういう才能欲しかったんスけど、あいにくなんもなくて。でも、大規模工房に就職できて、毎日石鹸作ってるんス。でも薄給で~。今月、お芝居見過ぎてちょっとピンチで。休みの日とかここ手伝えば、御飯食べさせてもらえるんで、節約、節約ぅ、みたいな。それに今日みたく運がよければこんなお菓子も。ふぁ~、うまっ。これ、バターも卵もたっぷりでしゅんごい贅沢ぅ~」
留守を任されているはずなのに、真っ先にマドレーヌをバクバク食べ始めるお姉さん。たくさん焼いては来たが、そんなに食べていきわたるのかと思ったら、「ここにいることあと10人くらいしかいませんから、足りるっす」とのことだ。
「こんなに大きな孤児院なのに?」
建物のサイズから50人くらいいるかと思ったが、その半分くらいしかいないらしい。
マリエラの様子に来客者に孤児院の現状を説明せねばと思ったのか、手伝いのお姉さんは食べながらも孤児院の現状らしきものを語ってくれる。
「あーしが生まれる前くらいから? 魔物も出なくて孤児も少ないんスよー。なんか、正しい皇帝陛下が即位されてるからとか、先生言ってたな」
「正しい皇帝?」
「うん、なんかそうらしいっす。間違った皇帝が即位すると、魔物は出るし、作物は枯れるしでなんか大変って。しらんけど」
とても興味深い話だが、詳しくは知らないらしい。別に興味もなさそうだ。あと、お姉さんは食べるばかりでマドレーヌを配ってくれない。子供たちの圧がすごいので、話を聞きながらマリエラとジークが子供たちにマドレーヌを配っていく。
「はい、どうぞ」「ありがとー」
「ほら、たくさんあるから」「わたしにもー」
「はい、次の人」「うなんな」
「うなんな? ……ナンナ!?」
配っている最中に変な声が聞こえたと思ったら、なんと、ポリモーフ薬と認識阻害の魔法陣付きスカーフでばっちり外出仕様に変身したナンナが、子供たちに混じってマドレーヌをぱくついていた。
「ナンナ、どうやってここに!」
「甘い匂いを追って来たんな」
「メイドさんは!?」
「ナンナにかかればイチコロなん!」
ドヤアアァ!
ナンナ渾身のドヤ顔が少しむかつく。
あと、メイドさん。あれだけ「お任せください!」と豪語しておいてこれか。時間的に見て、まったく止められなかったんじゃないか。
もともと、気が付けば近くにいてびっくりするほど隠密行動に長けていたけれど、シューゼンワルド辺境伯家のスーパーメイドの監視をすり抜けてくるとは、認識阻害の魔法陣付きスカーフのおかげで隠密行動に磨きがかかっているらしい。獣人の姿はまずいということも理解して、ポリモーフ薬で人化し服も着替えているあたり、いろいろ学んでいるようだ。猫のくせに。
「ナンナ、マリエラ守るなん」
「今は私よりガウゥを守らなきゃダメなんだよ?」
「うなんな」
ちゃんと説明したはずなのに、ついてきてしまうとは。
分かっているのかいないのか、いつもの便利な返事のおかげで判別はできないけれど、来てしまったなら仕方ない。
「いい、ナンナ。絶対に、ぜーったいにガウゥを出したら駄目だからね!」
「うなんな!」
返事だけはいいナンナの様子に、「トラブルの予感しかしないな」とマリエラとジークは遠い目になった。




