37.工房見学
前回までのあらすじ:ロバートの研究テーマ『神秘的エネルギー相互変換の阻害要因とその除去方法の確立』
帝都には驚くほど沢山の人間が住んでいる。
その暮らしを支えているのは、大量に生産される食料であり物品だ。帝都では貴族や富豪向けの高級品だけでなく、庶民向けの品々も種類が豊富で、しかも価格は品質から見て驚くほどに安い。大量の安価な品々を支えているのは、外縁部に建造されている大規模工房である。
迷宮都市でも石鹸や殺虫団子の大規模工房をキャロラインが運営しているが、帝都の規模は比べるべくもない。数も種類もはるかに大きく、何より生産コストが比較にならない。迷宮資源に頼れないこれからの迷宮都市の産業をどのように盛り立てていくか、そのヒントをつかむため、キャロラインは積極的に帝都で視察を行う予定だ。
今日は最初の視察ということもあり、帝都で最も大きいポーション工房に来ていた。ここでは低級ポーションや魔物除けポーションといったスタンダードなポーションを製造している。
擦り傷、切り傷、手荒れに肌荒れ、日常生活で生じる様々なトラブルをだいたいカバーできる低級ポーションは、冒険者だけでなく一般市民にとっても必需品でその流通量は膨大だ。
「エー、薬草は魔物の領域に近い方が生育が早いですから、当工房では魔の森に近いヘザーデール村に直営の薬草畑を設け、栽培を行っております。エー、薬草は乾燥させれば重さが五分の一程度に減りますし、劣化も抑えられます。採取後ただちに乾燥させた薬草を帝都に輸送することで、エー、安定した品質のポーション製造を可能にしています」
「エー」を3回挟みながら『最初の錬金術師』キャロラインを案内してくれたのは、この大規模工房で一番エライ工房長だ。何かとんでもない質問が飛んでくるのではないかと、緊張した様子で施設を案内している。
工房長に先んじて扉を開けて押さえたり、見学者用のローブや手袋を用意したりと走り回っているのは、案内係の女性だという。案内専門の人員もいるし、工房には見学者用の通路に加え、低級ポーションの作り方が図示された案内板まであるから、結構な頻度で工房の見学がある様子だ。帝都に名だたる大工房というわけである。
見学者用の通路から、キュルリケやブロモミンテラといった馴染み深い薬草が、牧草の束のように乾燥し四角く成形された状態で倉庫に運び込まれてくる様子が見える。薬草は一旦倉庫で品質を確認した後、材料として供給されるらしい。
「エー、本日は、エー低級ポーションの製造工程をご覧いただきます。工程自体は簡単なものではございますが、我が工房では、エー、1日に最大、エー、1万本の製造が可能です」
「エー」4回。1万本とはすごい数字だ。マリエラでも無理な量だろう。とんでもなく魔力の多い錬金術師がいるのだろうか。
そう思ったキャロラインだったが、案内された最初の部屋にあったのは、見上げるほどに大きい魔道具とそれにつながる何本かの運送装置で、錬金術師は一人もいなかった。
「エー、こちらの魔道具の中には円盤状の破砕歯が入っておりまして、薬草を磨り潰すことができます。出口には、エー、ふるい分ける装置が付いていますので、エー、所定のサイズより大きい薬草をこちらのラインを通って再び粉砕機に戻されます。エー、薬草の破砕寸法を揃えることで、エー、無駄のない薬効抽出が可能になります」
ゴゴゴゴゴ、ガガガガガ。
説明の声がよく聞き取れないほど工房の中は魔道具の作動音でうるさく、魔道具の密閉が悪いのか薬草の粉が舞っている。魔道具の様子を見ているドワーフの技師はマスクとゴーグルを着用し、吸わないようにしているようだ。ちなみに「エー」は5回であった。
「エー、昔は風車で薬草を挽いておりましたが、エー、魔道具の発展により設備はコンパクト化でき、天候によらず安定生産できるようになりました。エー、次が抽出の工程です」
「エー」3回。そう言って案内された部屋にも大きな水槽の魔道具があったが、こちらにはちゃんと錬金術師らしき人々がいた。しかし、大勢で一つの巨大な装置に張り付いて、一組は《錬成空間》を張り続け、もう一組はずっと《命の雫》を汲み上げ続けている。水槽は一回ごとに出し入れをするバッチ式ではなく流しながら連続して生成していくタイプのようで、薬草粉を自動投入しながら中の機械羽がかき混ぜて、薬液を抽出しながら次の工程に送るようだ。
「《錬成空間》」「《錬成空間》」「《錬成空間》」「《錬成空間》」「《錬成空間》」
「《命の雫》」「《命の雫》」「《命の雫》」「《命の雫》」「《命の雫》」
「これは……」
「エー、こちらが抽出工程です。10人で班を作り、エー、1班が槽の表面に薄く錬成空間を貼り、もう1班で《命の雫》の汲み上げに専念することで、エー、これだけのサイズの抽出容量を確保することに成功しました。エー、ここからここまでの水槽で抽出を行い、こちらで分離します。薬草粉は軽いですから二段階の浮上分離工程のあとあちらのフィルターを通りまして、ろ過されたポーションがこちらの魔道具で瓶詰めされて出て参ります」
4「エー」。案内された次の工程では、説明通り運送装置の上にポーション瓶に詰められた下級ポーションが流れていた。それを運送装置横に並んだ工員たちが封をして箱に詰め、別の錬金術師の集団が《薬効固定》をかけている。
「当工房では錬金術師の魔力が切れないように、エー、一定時間で持ち場を錬金工程から非錬金工程――、薬草の検品やポーションの瓶詰といった魔力を必要としない作業ですね、こういったものにローテーションしています。こうした効率的な錬金術師の運用と最新の魔道具設備によって、エー、当工房ではポーションの大量生産を達成しております」
一通りの説明を終え、額の汗を拭きながらも自慢げな表情を見せる工房長。慣れてきたのか「エー」は2回。
それはさておき、確かにこれはすごい設備だ。
これならば、汎用性の高いポーションを大量に製造することも可能だろう。なにより、未熟な錬金術師でも安定した製品を作ることができる。
この大工房には10人一組の班が何十とあるらしい。つまり何百人もの錬金術師もどきが働いているわけだ。一人ではまともにポーションも作れない、レベルの低い錬金術師を雇えば費用も安く抑えられるだろう。
錬金術というスキルは持っている者が非常に多いけれど、習熟するのに大量の経験を要する。ポーションを作るには材料がいるから、一人前の錬金術師になるには材料費だけでもとんでもなくかかるのだ。マリエラのように魔の森の中に住んでタダで薬草取り放題な環境でもなければ、中級ポーションすらまともに作れるようになれない。
それは多くの者が錬金術師として食べて行けないということだ。
しかしこの工房ではたくさんいる錬金術スキル持ちを活用して、大量に安くポーションを生産している。働く錬金術師たちも、生きていくには困るまい。
「帝都ではこういった方式で、ポーション以外の日用品や、加工食品や紙製品など、様々な品を大規模に製造していますのね?」
「エェ、エェ。安価に出回る製品だけではございませんで、細々とした商いを行う個人店を除きまして、大抵の製品は大なり小なり工房で作られてございますね。エー、なんでしたか、ご婦人に人気のチョコレートショップ……あぁ、マダム・ブランでしたかな。ああいった、高級店も店舗とは別に専門の工房を構えておりますな。なんでも、酷く手間暇がかかる菓子だそうでして、エェ、エェ」
マリエラも料理から石鹸など日用雑貨の製造、果ては洗濯から風呂上がりの髪の乾燥に至るまで錬金術を使い倒しているから、帝都でも錬金術が活用されていること自体には驚きはない。帝都の発展ぶりを思えば、やはりと思わなくもない。戦えない者も働ける場所が多いのは単純にいいことだとも思う。
大規模工房の仕事は給料が良いわけではないし、単調で面白味に欠けるから人気のある職種ではないが、錬金術師であれば雇ってもらえるし安定した仕事ではある。だから帝都では子供に錬金術のスキルがあれば、とりあえず錬金術師にするのだと言う。
しかし、この工房のありようと工房長の話に、キャロラインは強い違和感を覚えた。
(せっかく錬金術師になれたというのに、これでは上達が見込めませんわ。誰でも低級ポーションや必要な品が買えるというのは素晴らしいことですけれど、彼らの師匠はこの状況を嘆かないのでしょうか)
錬金術師になる――、地脈と契約するには師匠の存在が不可欠だ。
ずっと錬金術師にあこがれていたキャロラインは、聖樹の精霊イルミナリアに導かれて地脈へ至り、マリエラの導きで再びこの世に生を得たあの体験を、昨日のことのように覚えている。地脈という場所で大いなるものに触れた感覚、そして、世界へと呼び戻してくれる師の暖かさ。あの瞬間、キャロラインはマリエラがずっとずっと積み上げ培ってきた大切なものを譲られたのだと理解したのだ。意志を継ぎ、使命を継ぐ後継者となるために、師の一部を譲られたのだとそのように感じた。
だからこそ、この状況が理解できない。
あれほど大切なものを譲られておいて、どうしてここの錬金術師達は、己の技を磨くこともせず、ただ日常の糧を得ることで満足しているのだろうかと。そして、そういう者がこれほど多くいるというのに、彼らの師匠は彼らを錬金術師にしたのだろうかと。
それにもう一つ、工房での様子を見て、どういうことかと驚いたこともあった。
「工房長さま、質問があるのですけれど。錬金術師にするには師匠が必要なのではありませんこと? 地脈と契約して戻ってくる時に、師匠は錬金術の経験を消耗してしまいます。せっかく錬金術師にしていただいたのに、師匠は何もおっしゃらないのでしょうか。
それと、こちらは疑問なのですけれども、他の方が汲んだ《命の雫》を別の方の《錬成空間》に封じ込めるのはできないはずではありませんの?」
《命の雫》は《錬成空間》から出すと大気に解けて消えてしまう。そして、《命の雫》を閉じ込める《錬成空間》は同一人物の者でないとダメなのだ。
例えばマリエラが《命の雫》をジャバジャバ汲んでも、キャロラインの《錬成空間》でそれを受け止めることはできない。『地脈の欠片』を装置を使って溶かすときに、複数が《錬成空間》を張ることはあるが、それはあくまで補助の目的。メインの《錬成空間》が破れないように上側から添えるだけだ。
なのにこの工房では、魔道具の水槽沿いに複数人で一つの《錬成空間》を構築していた。あれは、いったいどういうカラクリなのか。
キャロラインの質問に、工房長は「あぁ!」とばかりに声を上げる。予想された質問だったようだ。
「ここにいる工員たちは、皆、量産型錬金術師ですから」
「量産型とは……?」
「名前の通り、大量に、まとめて結脈式典でラインを得た錬金術師達です。エー、いちおうラインも錬金術スキルを持っていますから、便宜上、錬金術師と呼んでいますが、きちんとした師弟関係を持つ錬金術師とは別物と思っていただければ。
エー、複数で錬成できるのも量産型錬金術師だからです。結脈式典でラインを得とりますから、ラインやら何やらも規格化されているわけですな。もちろん式典の時期と場所によって相性なんかはありますから、その辺りは班編成で考慮しとります。それから、エー、均等に《錬成空間》を張れたりするのは魔道具の調整機構あってのことですな。
エー、なんでしたら、魔道具に詳しい者を呼びましょうか?」
「結脈式典でラインを得た、規格化された量産型の、錬金術師……?」
初めて聞く情報にキャロラインは驚きを隠せない。その様子に、何か不興を買うようなことを言ってしまったと勘違いしたのだろう、工房長は焦ったように説明を続ける。
「エ、エー、もちろん帝都には、特級ポーションを錬成できる著名な錬金術工房もございます。エー、名のある錬金術師に師事できた錬金術師の皆様は、きちんとした、エー、地脈契約を締結の上、修練に励まれて、エー、次代の錬金術師を目指されております。
当工房の工員たちを仮にも錬金術師と申しましたのは、エー、あくまで例えと申しますか、所詮、量産型は量産型。名ばかりの、エー、見習いとも呼べない者ばかりです。エー、汲み出せる《命の雫》の量をご覧になれば分かる通り、錬金術師の皆様とは、エー、契約する深さが違いますので、ハイ」
8回も「エー」を挟みながら釈明をする工場長。
どうやら、マリエラやキャロラインのような師匠によって地脈契約を果たした錬金術師達は、量産型錬金術師を同じ錬金術師として見てはいないらしい。
その気持ちはわからなくはないのだが、量産型錬金術師というものは、いったいどうやってラインを得たというのだろうか。
【帝都日誌】結脈式典でラインを得た、量産型錬金術師? それって一体…… byキャロライン
イケメン眼鏡とイケメン眼鏡親父が勢ぞろいする
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」19章前編は、
B's-LOG COMIC Vol.131(12月5日配信)掲載予定です。
本日、ヴォイドの帝都義実家訪問SS更新しています。
よろしければ、輪環の短編集をどうぞ。
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ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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