34.オークション
前回までのあらすじ:マリエラ、キャロラインとオークションに行く。
「皆様、本日のオークションは、ポーションの素材を取り扱うものとなります。今回は、本オークションハウス初公開の珍しい素材も多数出品されております。どうぞ奮ってご参加ください!」
中央の壇にオークションの司会者が昇り開始の挨拶を告げた。
司会者の言葉に続いて、会場のドアが開き、素材が会場に持ち込まれる。
「それでは、最初の出品をご紹介いたします! こちらは、魔の森の湿地帯に棲む伝説の大亀、シュクラスの甲羅です。防御力の向上を促す堅牢のポーションの素材ですが、このサイズ、齢は100歳を超える大物です! 齢と共に効能が上がることは、錬金術師の皆様ならご存じのことと存じますが、これだけの出物、そうそうはございません! まずは、金貨10枚からの開始とさせていただきます」
「金貨11!」
「12!」
「12と大銀貨5!」
「13!」
「13出ました! 他にございませんか? それでは金貨13枚で8番の方の落札でございます」
司会者の言葉に、オークションが始まった。金貨10枚なんて裕福な家の1年の収入くらいの金額なのに、入札は次々と上がりなかなかの値段で落札される。
マリエラの隣に座ったジークも驚いた様子で、マリエラを見て口をパクパクしている。
「続きましては、定番のユニコーンの角でございます。帝国国立飼育園の認定印の刻まれた正規品。角の主は齢3歳、成人を迎えたばかりの初回採取品となっております!」
マリエラたち招待客の手元には、あらかじめオークションの目録が送られていて、何が出展されるかは分かっているのだが、次々と持ち込まれる珍しい品の数々を眺めているだけでもとても楽しい。
(これがオークションかぁ。それにしてもお金ってあるところにはあるんだなぁ)
初めて見るオークションと、珍しい素材の数々にマリエラはワクワクして来る。とはいえ出品される品の多くは、マリエラの知っているものばかりだ。人が手に入れにくいたくさんの素材を、師匠がマリエラに与えてくれた証拠だ。
そして、今回出品された品のいくつかも、師匠が持ってきてくれたものでもある。例えば先ほど高値で売れたシュクラス亀の甲羅とか。
ちなみに貰った時には中身があった。ひっくり返した亀を船代わりに地下大水道をザッパーンと遡ってきたのを見て、誰が高級品だと思うだろうか。
亀とは言え肉は肉。傷んではもったいないとお鍋にして食べたのだけれど、こんなに高値で売れるなら、肉も食べずに持ってくればよかった。確かに肌はプルプルになったが、泥くさくて味は今一つだったし。
食べ終わった殻がこの値段とは、そりゃあ、ジークも口をパクパクさせるはずだ。
「そして今回の目玉商品! 聖樹の根でございます!
聖樹の素材は宿る精霊の同意なく採取は不可能であることは周知のとおり! 慈悲の落葉、寵愛の小枝と言われますが、今回出品されましたのは、まさかの根!
聖樹の根元を採取のために掘り起こすなど、宿る精霊が怒り必須の所業のはず。なのに一体どうやって手に入れたのか!? しかし正真正銘、聖樹の根っこでございます!
地虫や粘体の忌避効能はもちろんのこと、足、特に足裏に関する病に絶大な効果を発揮いたします!」
「うおおおぉ!」
会場から興奮の声が湧き上がり、マリエラはビクッっと思わず縮こまる。
もちろんこの聖樹の根っこもマリエラの出品だ。『木漏れ日』の地下室から地下大水道に続く道に聖樹の根っこが飛び出して邪魔だったので、イルミナリアと交渉し切らせてもらったのだ。聖樹の精霊イルミナリアとしても、「なんかスースーするし、ちょっと痒かった」らしく、「あー、そこそこ。もちょっと右も。それは土の中に戻して」みたいなノリで手入れをした残骸だ。『木漏れ日』で保管するには多すぎたので、旅費の足しにならないかと師匠のお土産と合わせて『テオレーマ』のニクスに相談したら、「そ、そんなレアな品を!?」と目を向いて驚かれ出品する流れになった。
ちなみに「足裏に関する病」とは、じくじくして痒くなっちゃうアレである。臭いし歩くと痛いし、人にもうつって迷惑なのに治りにくい困った病だ。
「錬金術師もそうですが、貴族の中でも水虫にお悩みの方は多いらしいですわ。聖樹の根を使ったポーションで治療すれば、一回で完治どころか二度とはかからないとさえ言われておりますから、最高の治療薬としての人気はもちろん、お守り代わりに根を身に付けたいと望む方も多くいらっしゃいますの」
キャロラインがこそっと説明してくれた。
イルミナリアのいらない根っこはびっくりするほど高値で売れた。これは、イルミナリアにもお土産を奮発しなければ。でも聖樹の精霊って、一体何が喜ぶんだろう。
■□■
「こちらがユニコーンの角に月の魔力水晶、邪妖精の鱗粉に春妖精のフェアリーダスト、レイスの涙に不死者の虫歯、フォレスト・ジュエルにアマラントスの花弁になります。その他、事前注文いただいた品はこちらに。この度は、大量の落札と希少な品々の出品、誠にありがとうございました」
オークションの終了後、落札した商品の引き渡しのためマリエラたちは個室へと通された。
にこやかに応対してくれているのは、すっかり顔見知りになったエルフのニクス・ユーグランスだ。
「随分買えたみたいだな」
「待ちすぎてのびちゃったなん~。うなん~」
清算と商品の引き渡しのために案内された個室には、馬車ドライブから戻ったエドガンとナンナが一足先にくつろいでいた。特にナンナはぐでぐでだ。猫は待たせると伸びるのか。
ソファーから半分ずり落ちていたナンナが、そのままズルリと床に落ちたあと、落札商品を運んできたワゴンに近づいて来た。
「クンカクンカ。食べれるなん?」
「ちょっと無理かな」
「なんな~」
ユニコーンの角をカミカミするのは防げたが、替わりに品物を入れるための木箱の中に入られてしまった。そろっと近づいてきたエドガンが、蓋を締めようとして猫パンチを喰らっている。ナンナは爪を出してはいないし、それをわかった上でエドガンも猫パンチを喰らっているから随分仲が良くなったものだ。
「別の箱をお持ちしますね」
「すいません。箱代お支払いしますので」
「これほどたくさん落札いただいたのですから、これくらいサービスさせてください」
新しい箱を取りに一旦退出するニクス。
素材は《薬晶化》してしまえばコンパクトに持ち運べるのだが、人前で目立つことをするわけにもいくまい。それにしても、思いのほかに大漁だ。オークションに出品した品が思わぬ高値で売れたので、めぼしい品々を片っ端から落札したが、それでもおつりが金貨で来たくらいだ。
「思ったよりたくさん買えましたね、キャル様」
「本当に。お兄様に言付かった品もすべてそろいましたし、ユニコーンの角や月の魔力水晶など、相場より安かったのではありませんか?」
今回は、師匠のお土産の魔の森素材や聖樹の根っこに人が集まったおかげで、ユニコーンの角に月の魔力水晶といった流通量の少ない定番の品が比較的安く手に入った。大変不本意ではあるが、師匠へのお土産のお酒もたっぷり用意せねばなるまい。
「それにしてもお兄様、不死者の虫歯が欲しいだなんて何の研究をしてらっしゃるのかしら?」
「さあ?」
こんな催しだからロバートも来るものだと思っていたら、マリエラたちが参加すると知るや――、正確には聖樹の根っこの出品者がマリエラだと知るや、欲しい物のリストをキャロラインに渡して「この額で入手できるなら落札してきてくれ」と不参加を表明した。
一番欲しかったらしい聖樹の根っこは、当然マリエラから直接譲り受けている。キャロラインは知らない様子なので黙っているが、マリエラとしては不死者の虫歯の用途より、ロバートの足の裏が心配だ。
「ところでマリエラさん、自由課題の“帝都に必要なポーション”ですけれど、目星はついていらっしゃいますの?」
「うーん。帝都って夜も明るいですし、寝ずに働く人の為の『不眠のポーション』とか、アルアラージュ迷宮に潜った時に思ったんですけど、トイレとか困るじゃないですか。だから不要な水分を汗に変えてくれる通称『霧の中の貴婦人』とか……」
「『不眠のポーション』は帝都にも作れる錬金術師がおりますわね」
「マリエラ、どうして『霧の中の貴婦人』という名前なんだ?」
「それはね、ジーク。汗かきすぎると体温が下がって良くないじゃない、だから、掻いた汗がすぐ蒸発するからなんだよ。体もちょっとあったかくなるの」
「霞むほどの蒸気が出るわけか。それは、………………臭うんじゃないか?」
「そうなんだよねー。だから、汗のにおいを花の香りに変えるポーションと合わせて飲むんだって」
「それで『霧の中の貴婦人』か。臭いが良くても悪くても、魔物が寄ってきそうだな」
「使えないよねー」
「もっと皇帝陛下のお役に立つようなポーションはございませんの?」
「老化を防いで若さを保てる『不老のポーション』とか、万一攻撃された時に一時だけ体を鉄のように硬くして攻撃を防ぐ『鉄人化ポーション』とか。あとは、死んだあと1時間だけ活動できる『遺言の刻限』とかも考えたんですが、どれも割と深刻な副作用があるんですよね」
「副作用ですか。毒と咎められかねない物を献上するわけにもいきませんものね」
残念ながら、マリエラの現時点の最有力候補は花の香りのおしっこを全身の毛穴から噴き出させる『霧の中の貴婦人』なのだ。微妙過ぎて困ってしまう。
ちなみにキャロラインの腹案は、ガザ蟲というキモチワルイ蟲の解毒液を使った解毒ポーションだ。低級ながら即効性は高いのだが、原料を知る一部貴族の間では蟲汁ポーションとして悪名が高く、これまたとても献上できない。
他の意見は無いものかと部屋を見渡してみると、ヴォイドは周囲の警戒をしに出掛けたきり戻っていないし、ナンナでいじりに飽きたエドガンは時折「へくしっ」とくしゃみをしながら部屋の隅で居眠りをしている。借りたい猫の手、ナンナはと言うと箱の中で丸くなっている。よほど箱が居心地がいいのか、いつの間にかガウゥも出てきて寄り添うように眠っていた。
その耳がぴくぴく動いてガウゥとナンナが同時に顔を扉に向けると、ノックと共にニクスが部屋へと戻ってきた。
「お待たせいたしました。新しい箱と……。それは精霊ですか?」
「ガウゥなん!」
シューゼンワルド辺境伯の兵士たちにカワイイカワイイ言われ過ぎて、自覚が出来ているのだろう。ナンナは、猫が子猫を連れてるなんて可愛いが過ぎるだろうと言わんばかりにガウゥを紹介したのだけれど、ニクスは皆のように目を細める代わりに眉間にしわを寄せ、渋い顔でガウゥを見ていた。
「うなんな?」
どうしたというのだろう。これまたあざと可愛く首をかしげるナンナと、困惑気な保護者達一向。
「帝都では、精霊を連れ歩かない方がいい。少なくとも誰に見られるともしれない場所で、姿を現すべきではない。……帝都には精霊を攫う連中がいるのです」
――そういえば、帝都ではあまり精霊を見ない。
湧いては消えるたくさんの精霊をすべて捕まえるなんてできるはずがない。
捕まえるからいないのか、それとも、いないからこそ捕まえる必要があるのか。これほど《命の雫》に光り輝いている街なのに、あまりに精霊の姿が少ない違和感に気付いて、マリエラはどうにも落ち着かない気分になった。




