32.ナンナの守護精霊
前回までのあらすじ:獣人の縄張りに迷宮ができたんなー。困ったなん。
どうすればナンナを強化できるのか。
この場合、ナンナ単体の戦闘力というよりは、守護精霊とやらの強化だろうか。
頭を悩ますマリエラ達をよそに、お腹がいっぱいになったナンナは近くのソファーで丸くなると、プープーと鼻息をたててお昼寝を始めた。
「守護精霊が一人に一体いるというなら、弱すぎて見えないだけなのだろう」
久しぶりに口を開いたジークが割とまともなことを言う。
ちょっと出番が欲しかったのかもしれない。
そんなあなたに精霊眼。
眼帯をずらし貴重な加護の魔眼でナンナをちらりと見てやれば……。
「あ、いた。これじゃね?」
「かっ、かわいいっ。手、ふといっ」
「白い……子猫か? 耳が丸いようだが」
白い子猫ちゃんがナンナの背中に香箱座りで丸くなり、一緒になって昼寝していた。
なんて凶悪な外見だろう。白いお餅の二段重ねとは、かわいいが過ぎている。透けているから触れないだろうが、触れるならばモフとモフの狭間に指を突っ込みたい。ここを絶対領域と言わずして、どこを絶対領域というのかと声高に主張したい魔の領域だ。
ナンナと守護精霊の可愛らしさは置いておくとして、こうして一緒にいるのだから、おそらく契約に類する絆はできている。だったら、育ててやればいいではないか。
「うーん。この子猫ちゃんを育ててあげればいいのかな」
「じゃね? このチビ、透けちゃってんじゃん」
「精霊眼を通じて魔力を分けているんだが、いつも力を貸してくれる精霊に比べて、力の通りが悪い気がするな」
エドガンが言う通り、子猫精霊は薄くてすぐに消えそうだ。本当に儚い存在らしい。
「ふむ。森にいた時から守護精霊には優劣があったということは、環境的な要因ではないのかもしれないね。守護精霊は獣人に力を与えるというが、逆もあるのではないかな」
「なるほどですね、ヴォイドさん。サラマンダーには魔力をあげて来てもらってますし。……いつもは」
ふと、暖炉を見てみれば呼んでないのにサラマンダーが灯っていた。ジークが精霊眼を出したので、これ幸いと勝手に出てきてしまったらしい。
「ねぇ、サラマンダー。この子はどうしたら強くなれるかな?」
折角出てきてくれたのでマリエラが尋ねてみると、一生懸命考えているのかサラマンダーの灯った薪がパチパチ弾け、もくもく煙を出した後、かわいい声で教えてくれた。
「キャウゥ……。ナカヨシ!」
どうやら、ナンナと子猫を仲良くさせればいいらしい。サラマンダーは、口をパカッと開けて目を細め、「イイコト言っちゃったー」みたいな顔をしている。
サラマンダーの笑顔を見ながら、思い出したようにマリエラが漏らした。
「そっか。……じゃあ、名前を付けてあげればいいんじゃないかな」
「名前?」
「うん。 師匠が昔言ってたんだ。 精霊みたいに肉体を持たない者にとって、名前はとっても大事だって。この子はまだ名前をもらってない気がする」
「ナンナたん、チビの存在自体に気づいてないみたいだしなー」
「何かのタイミングで姿を見せてやって、名前をつけさせてやるというわけか」
存在を認識させて名前を与え、時折精霊眼で姿を現させながら一緒に過ごせば、絆が深まるんじゃないかというわけだ。精霊眼に頼りすぎるといけないから、使うときはこっそりとが原則だけれど、これなら何とかなるかもしれない。
あとは、どうやって自然に二人を引き合わせようか。
グースカ寝こけるナンナと子猫を眺めつつ、一同が頭を悩ませていたその時、バァーンと扉を開き懐かしい人物が駆け込んできた。
「話は聞かせてもらいましたわ!」
「わわ、キャル様!?」
「うなんなっ!?」
ウェイスハルトの婚約者にしてロバートの妹、そしてマリエラの親友兼一番弟子のキャロラインだ。
人類は滅亡する! 的な勢いで会議室に飛び込んできたキャロラインは、マリエラへの挨拶などすっ飛ばしてナンナの方に駆け寄ると「可愛い!」と黄色い声を上げていた。旅装束のままの様子を見る限り、先ほど着いたばかりらしい。開けっ放しの扉を見ると、苦笑いのウェイスハルトが覗いていたから、ウェイスへの挨拶もそこそこにこちらへ走ってきたらしい。
「うなっ、にゃんだってー!」
キャロラインは正真正銘かよわい貴族令嬢なのに、ナンナは完全に気おされていて、どこで覚えたのかお決まりの返しをしながら助けを求めるようにマリエラを見ている。
助けてあげたいマリエラだったが、「うふふふふ、フワモフですわ!」とナンナを撫で繰り回すキャロラインは獲物を狙う猛禽類みたいな目をしていたから、マリエラもまた、困ったように扉の向こうのウェイスハルトを探すしかない。しかしウェイスハルトは忙しいのか諦めたのか、すでに仕事に戻った後だった。
「ああ、本当に猫獣人に会えるなんて! 可愛いですわ、可愛いですわ! それにこちらの小さい子、これは猫の精霊ですの? あなたの守護精霊さんですよね!」
「! うなっ! ナンナの守護精霊……な……ん?
………………………………………………………………ちみっこいなん」
キャロラインのおかげで、自分の守護精霊を認識できたナンナだったが、喜んだのもつかの間、自分の守護精霊が小さな子猫の姿をしているのを見て、急激にテンションを下げてしまった。
「弱そうなん……」
「そんなこと。とってもとっても可愛いですわ」
「なんな~」
弱肉強食の獣人にとって、弱そうだということは価値が低いことなのだろう。キャロラインのとりなしにもナンナはしょぼくれたまま、がっかりと肩を落としている。それを見た子猫精霊は悲しそうな顔をして隠れるように体を小さくしてしまう。
「ナンナ、せっかく会えたのに、そんなこと言ったらかわいそうだよ。この子、きっとナンナを助けようと思って出て来てくれたんだよ。
それにこれから育ってもっと強くなるかもしれない。仲良くなったら精霊は力を発揮できるんだよ。仲良くなれるように名前を付けてあげたらどうかな」
「強くなるんな?」
「きっとなるよ」
「えぇ、強くなりますわ」
マリエラとキャロラインの言葉に、少しだけ元気を取り戻したナンナ。ペタンとしていた尻尾も少しだけ持ち上がっている。ナンナにがっかりされてシオシオと小さく消えそうになっていた子猫精霊も、頑張ると言わんばかりに口を開けた。声は聞こえないけれど、どうやら鳴いているらしい。
けれど、ナンナに見つからないようにジークが精霊眼を隠したせいで、子猫精霊はますます薄く消えかけている。
「ああ、もう消えちゃいそう。ほら、ナンナ。早く名前をつけてあげて」
「うな……うなん。うな! ガウゥ! ガウゥにするなん!」
ナンナに名前をもらって嬉しかったのだろう。子猫精霊は尻尾をピンピンに立てて「がうぅ」と鳴くように口を開けた。
名前を付けると言うマリエラの見立ては、どうやら正しかったらしい。消えかけだったガウゥの姿はほんの少しだけ濃さを増す。ガウゥの様子にナンナも嬉しくなったのだろう。しっぽが機嫌よさそうにプルプルしている。
「ねぇナンナ、ガウゥってどういう意味?」
「強そうな名前なん。ガブガブしちゃうなん」
そうか、ガブガブしちゃうのか。
ナンナがガブガブと口にすると子猫もアウアウと小さな口を動かしている。いっしょにガブガブしちゃっているらしい。
「可愛いが過ぎますわ……」
「うん、知ってる」
そしてそんな様子にキャロラインが悶絶していた。
■□■
急に乱入してきたせいで挨拶がおざなりになっていたが、キャロラインはつい先ほど帝都に到着したらしい。道中の馬車でナンナの話を聞いて、会えることをそれはそれは楽しみにしていたとか。到着するなりウェイスハルトへの挨拶もそこそこに走ってきたと言うからよっぽどだ。
政略結婚が常である貴族ではあるが、ウェイスハルトとは恋愛結婚ではなかったか。ウェイスハルトとキャロラインの温度差はもともとあったように思うが、余りにもナンナの優先順位が高すぎだ。ウェイスハルトが若干気の毒に思えるほどだが、彼は彼でナンナのために新鮮な海の幸を準備するほどだから似た者カップルなのかもしれない。
キャロラインが「ウェイス様の歓心を買うなんてこの泥棒猫め!」なんて言い出す展開にならなかっただけ良かったとしよう。
「マリエラさん、いいえお師匠様。お久しぶりです」
貴族令嬢のキャロラインに丁寧な挨拶をされるのは恐縮してしまうのだが、キャロラインの手はナンナをモフり続けているのでわりと色々台無しだ。
「キャル様こそ、無事に到着できて良かったです。道中、襲われたりしなかったですか?」
「迷宮討伐軍の第4部隊が護衛について下さいましたもの。なんの問題もございませんわ。
ウェイス様のご実家ではお義母様もお義姉様もとてもよくして下さって、快適に過ごさせていただいたのですけれど、わたくし、マリエラさんと早くお話したくて。
馬車ってあんなに速いんですのね! 馬車を引くラプトルさんたちには無理をさせてしまいましたかしら? 予定よりずいぶん早くついてしまって。
あぁ、本当にお話したいことがたくさんありますの。
私もマリエラさん一番弟子として、皇帝陛下に献上する自由課題のポーションをいくつか考えてみましたのよ」
キャロラインのお喋りが止まらない。慣れない環境でやはり気を張っていたのか、それともモフモフ醒めやらぬ感じなのか。
マリエラとしても、久しぶりにキャロラインと会ったのだ。今日は部屋に引っ込んで、二人でたくさんお喋りをしよう。ついでにナンナも道連れだ。
ジークたちと別れて客室へと去っていくキャロラインとマリエラ、そしてキャロラインとマリエラに両脇を固められ連行されていくナンナ。子猫精霊ガウゥも後ろをトコトコと付いていったけれど、助けるようにナンナが一声鳴いた時には、その姿は消えて見えなくなっていた。
「うなんな~」
相棒が頼りになるまで育つには、もっと仲良くなる必要があるらしい。
【帝都日誌】こんなにモフモフなナンナさんがいらっしゃるなら、もっと早くに帝都入りしましたのに。ウェイスハルト様ったら、秘密になさってひどいですわ。byキャロライン
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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