22.最後の分岐
前回までのあらすじ:夢幻の一撃、イヤシスの逆ハーパーティーだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
恐ろしく気まずい雰囲気が、夢幻の一撃の4人の間に流れていた。
ミッテクール、フセグン、リョウ=ダーンの愛欲の複製品が、3人ともイヤシスの姿を取って現れたのだ。ちなみに3体は胸が、3体は尻が、残る3体はスリットからのぞく太ももが実物よりも艶めかしいというおまけつきだ。
イヤシスは治癒魔法使いなので、戦闘力は高くない。全員がモンスタールームから逃げ出すこと自体は簡単で、出口まで追いかけてきたイヤシス軍団は、ジーク、エドガン、ナンナの3人がサクっと退治してくれた。
マリエラたち『炎の遣い』からすれば、危機は去ったわけなのだが、『夢幻の一撃』は、絶賛解散の危機の最中である。
まぁ、あれだ。
『夢幻の一撃』は、イヤシスの逆ハーレムパーティーだったというわけだ。勿論3人とも自分だけが付き合っていると思っていただろうことは、男性3人がイヤシスに向けた責めるような視線から明らかだ。
修羅場が始まりそうな雰囲気ではあるが、さすがに『夢幻の一撃』もいい大人の集団なわけで、依頼の最中、しかも迷宮の真ん中で喧嘩をおっぱじめたりはしていない。
ただ、あまりに重苦しい雰囲気故に、「なんで指示を無視して全員でモンスタールームに入ってきたのか」と問い詰めることも躊躇してしまった。
(まぁ、聞かなくても分かるがな……)
助けを求めるような視線を送って来るイヤシスに、ジークは内心ため息を吐いた。
『夢幻の一撃』がジークたちを罠にはめようとしたことよりも、この期に及んでジークに助けを求めようとするイヤシスの心根に、ジークは心底うんざりしたのだ。
内緒の告白や公平の二律背反の罠にかかる度に回復をしようと駆け付けてくれたけれど、「ポーションがあるから」と断って正解だったとさえ思ってしまう。
(イヤシスって、こんな顔してたっけ……)
夢から覚めた心持ちと言うのはこういう事を言うのだろうか。
冒険者になってすぐの頃、田舎の村から帝都に出てきたジークムントは、その煌びやかな様子に圧倒された。どこもかしこも人間だらけで、建物は高く空を切り取っている。夜空が暗い代わりに夜でも街は明るくて、鳥や虫の鳴き声の代わりに人々のさざめきと音楽が、木々や土の香りの代わりに多様な料理と人の臭いが充満していた。
精霊眼を持って生まれ、外見にも才能にも恵まれたジークを、両親も村の人々も特別な子供として扱ったことが、彼の自尊心を必要以上に肥大化させてしまったのかもしれない。
田舎者だと侮られ、服装を笑われる。そんなからかいにも似た些末なことで、まだ多感であったジークムントは、劣等感を覚えてしまった。
冒険者と言うのは汚れるし、ダメージだって負う職業だ。破れた服を繕うことも、洗っても落ちない狩りの汚れも村では当たり前だったのに、帝都の大通りを行きかう人々のオシャレな服装を見てしまえば、そこにいることさえも居たたまれないほど恥ずかしく感じたのだ。
そんな中出会った、いかにも都会の女と言った様子のイヤシスに、ジークが憧れにも似た気持ちを抱いたのは不思議ではあるまい。
美人でお洒落で社交的。活動の拠点を帝都から離れた村々に移してからは、彼女の垢抜けた外見は一層人目を惹きつけた。
ジークが魔物を倒せば褒めてくれ、魔物におびえるフセグンを元気づけ、ミッテクールの段取りの良さに感謝する。『夢幻の射手』がうまく回っているのはイヤシスのお陰だとさえ思っていたのに。
(あぁ……、なんだ。イヤシスは、自分の立場を確保するために、そう振舞っていただけなんだ)
その考えはストンと音がしそうなほどに、ジークの中に落ち付いた。
チョコレートショップで再会した時は、昔と変わらないセンスの良い女性に思えたのに、いったん腑に落ちてしまえば、そこにいたのは、年相応、能力相応のどこか疲れた女性だった。
(『夢幻の一撃』の戦闘力は高くない。この殺傷力の低いアルアラージュ迷宮だから何とかBランクになれたんだろう。パーティーがばらばらにならないように振舞った結果なのかもしれないな)
とはいえ、『夢幻の一撃』の問題行為と痴話喧嘩は別物だ。しかし、『炎の遣い』の一行は問題行為を問いただすことなく先に進むよう促した。
エルシー・ドッペルなんてイレギュラーが発生してしまったが、あの部屋に現れるのは愛しい人の模造品なのだ。『夢幻の一撃』というパーティーは解散の危機に瀕しているが、本来は殺傷力の高い罠ではない。『夢幻の一撃』はジークたちの不和を誘ったに過ぎないのだ。少なくとも、今のところは。
そして目的の33階層は、もうすぐそこまで来ている。
「………………ここが最後の関門さ」
あまりに沈黙が重いから、たった1階層進むのにものすごい時間がかかったように感じてしまったが、ミッテクールが最後の関門と言った場所には、二つの扉がそびえたっていた。
「わっかりやすいボス部屋だなー」
「うなんなー」
「それで扉が二つある理由は?」
エドガンとナンナが半口を開けて扉を見上げている横で、ヴォイドがミッテクールに尋ねる。
「どっちにも同種のボスがでる。ただし、片方の強さを100とするともう片方は50の弱い個体だ。全員が片方に入るとそこには200の強さのボスが出てくる」
「分かれて入った方が攻略はしやすいわけか。どちらに強い個体が出るかは分かっているのかい?」
最後まで分断を選択させるとは、このダンジョンらしくはあるが、本当に人数を分けさせるだけなのだろうか。
「人数だ。お前たち『炎の遣い』と俺たち『夢幻の一撃』が分かれて入れば、俺たちの方に弱い個体が出てくる。だが、嫌とは言うまいな。俺たちはこの戦いで絆を取り戻す必要がある」
最後のヴォイドの質問には、リーダーのリョウ=ダーンが答えた。その答えを額面通りに捉えるならば、弱い方なら彼らだけでも十分討伐できるのだろう。
けれど、ここは不和と騒乱のアルアラージュ迷宮だ。ジークの過去と現在の仲間と共に、この最下層である33階層まで辿り着いたが、『夢幻の一撃』の面々は、その間に何度も不穏な動きを見せてきた。
彼らの動機は、すでに予想がついている。
(俺を嫌っているのなら、それでもいいんだ……)
ジークは拳を握りしめる。
イヤシスと、おそらくはミッテクールとフセグンも、かつてジークが犯罪奴隷に落とされて迷宮都市に運ばれたことを知っていた。知っていて助けなかった。
迷宮都市に運ばれた奴隷がどのような運命をたどるか知らないはずがなかったのに。
知っていて、彼らはジークを見殺しにしたのだ。
帝都のチョコレートショップでイヤシスに偶然再会し、その事実に気付いた時はひどく落ち込んでしまったけれど、アルアラージュ迷宮の最深部に辿り着いた今では、彼らがどんな人間なのか自分がどう思われているのか、ジークは理解できてしまっていた。そしてそんなことすら気付かなかった、かつての自分の愚かさも。
この迷宮は人間の弱さや醜さを突きつけてくる。それは己の未熟な部分で、普段取り繕っているよりも自分がしょうもない人間だったという証左だ。
このアルアラージュ迷宮で、以前の自分であれば赤面しそうな恥ずかしい部分をさらしてしまったけれど、今の仲間は笑って絆が深まるだけで終わった。……理想のマリエラに関しては、ちょっと拗ねられてしまったけれど、膨れた実際のマリエラの方が何倍も可愛らしく感じられたのだから、本当に自分はどうしようもないなと思ってしまう。
「ジーク、このままでいいの?」
じっと考え込むジークの手を、マリエラがそっと握る。
柔らかく、温かい手だ。この手に何度助けられてきたことか。
立ち止まるたびに何度でもこの手が差し伸べられてきたからこそ、ジークムントは今ここに在ることができているのだ。
自分を見捨てたものであっても、一度は仲間であったのだ。
救いの手を差し伸べられる恩恵を、幸運を。
ただの一度だけであっても、かつての仲間に差し伸べられたなら――。
ジークは意を決したように一歩踏み出すと、かつての仲間たちに向かって口を開いた。
「――全員で同じ部屋に入らないか?」
まるで支えとするかのように一回りも若い少女の手を握り、懇願するかのような表情でそんな提案をするジークムントに、『夢幻の射手』のリーダーだった男の面影はない。
傲慢さは影をひそめ、まるで別人のようにも思える。
精霊眼という宝石のような美しい瞳のあった場所は眼帯に隠されて見えないけれど、残された蒼い左目は真っすぐ自分たちを見つめていた。
――まるで、彼らの企みをすべて見通しているように。
ジークの真摯な態度に、ミッテクールとフセグンの心が揺れなかったわけではない。けれど彼らが心のさざ波に気付くよりも早く、イヤシスがジークの提案に返答を返した。
「折角の提案だけれど、私たちはこれからも『夢幻の一撃』としてやっていかなきゃならないのよ。そうでしょう? リョウ、ミッテクール、フセグン」
「あぁ、そうだな」
「おう」
「うん」
イヤシスは、ジークとマリエラの繋がれた手に忌々し気な視線を投げた後、仲間たちに声をかけ、片方の扉の前へと歩いて行った。
ここが最後の分岐点。
全33階層からなる不和と騒乱のアルアラージュ迷宮の最後の分岐であると同時に、この場所へとたどり着いたジークとかつての仲間たちの運命の分かれ道だ。
嫌われていても構わない。恨む気持ちもすでにない。ただ、最後の一線だけは越えずにいてくれたなら――。
騒乱の果てに願いに変わったジークのかつての仲間に対する想いは、最後の分岐に裂かれて消えた。
【帝都日誌】道は分かたれてしまいました。すべて俺の不徳の致すところです。byジーク
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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