19.公平の二律背反
前回までのあらすじ:ジーク、罠にはまって好感度が上がる。
「こっからは避けて通れねぇ罠が出てくる。不和と騒乱のアルアラージュの本番ってわけだ」
斥候のミッテクールがそう言ったのは、迷宮の第27階層のことだった。
内緒の告白にジークとナンナがかかった以降は、順調に攻略が進んでいた。
理由は簡単。罠がある場所は、ジークがマリエラを背負って運んでいるからだ。
フリーダム・クイーン、ナンナはと言えば、徐々に増えてくる魔物に興奮したのか、しょっちゅう荷物をほっぽり出して参戦するものだから、今ではヴォイドが荷物持ちをやっている。Sランカーが荷物持ちとは戦闘力の無駄遣いにもほどがある。
途中、それなりの魔物も出てきたが、ほとんどナンナとエドガンで倒してしまった。
「なんな! 鳥なん! ジャンプなん!」
「よし来た!」
鳥の魔物が来た時でさえ、ナンナをエドガンが敵の近くまで投げ飛ばすコンビネーションで倒してしまうのだから、荷物に忍ばせた弓をジークが使う必要もない。
「うへぇ、獣人すげぇな」
「こ、これで、Bランクなのか?」
「……くそ」
「この獣人が『炎の遣い』の秘密兵器……」
ムーンサルトキックだかサマーソルトキックだかを決めて、華麗な着地を決めるナンナに、『夢幻の一撃』の注目と勘違いが集まる。なんだか気持ちのいい戦闘と、これまた気分のいい視線に、ミッテクール、フセグン、リョウ=ダーン、イヤシスに向かってドヤ顔を見せる猫畜生。
実際は、ナンナが楽しく狩れるようにエドガンがフォローしているのだが、そんなことには『夢幻の一撃』もナンナ自身も気付かないから、ナンナの戦力に頼るパーティーとして認識されてしまったようだ。
そして、重要人物なはずのマリエラは、ほとんど忘れさられている。
(私って完全にお荷物……?)
荷物を背負うヴォイドとマリエラを背負うジークを見比べながら、そう思わないでもなかったが、実際荷物のように運ばれているので文句は言えまい。
どうせ背負われるなら背負子でも持ってくるんだったとポジティブに考えながら、迷宮をズンズン進んできたわけだが、それもここまで。
ついに避けては通れない難関に辿り着いてしまったらしい。
「ここはよ、公平の二律背反って呼ばれてる場所だ。ここからはこんな分岐が嫌って程続いてる」
夢幻の一撃の面々は皆浮かない表情になった。ここから先はあまり進みたくないらしい。
分岐の片方は、薄紫のモヤがかかった断崖のような場所を、緩やかに下る道が延々と続いている。薄暗くて陰鬱な場所ではあるが見通しは悪くなく、魔物はいないように見える。ただただ長い道を歩かされる、そんなコースだ。
対してもう片方は、人一人がやっと通れるほどの狭さで足場の悪そうな道が百メートルほど続いている。その先はすれ違えるほどの広さになるが、天井を見ると何かが落ちてきそうな気配がある。
「それぞれにどういう罠があるんだ? 説明してくれないか、ミッテクール」
ジークに丁寧に頼まれて少し気分が良くなったのか、ミッテクールが説明を始める。
「見ての通り、こっちの狭いほうが近道だ。今日中に目的地に着きたきゃこっちを通るほかねぇ。だけどこの道を無事に通れんのは一人だけだ。あそこの狭くなってるとこの天井、見えるだろ? あそこを誰か通り抜けようとすると、上から扉が落ちてきて後ろに続く連中は通り抜けられなくなる。全員が通り抜けたきゃ、先頭のやつが扉を支える必要があるんだが……」
もったい付けるように言葉を切るミッテクール。ここに罠があるというのだろう。
「支えると、電撃が流れんだよ。それも結構な強さのヤツがさ」
「さ、先に言っとくが、オデは支えんからな」
話に割り込んできたのは夢幻の一撃の盾戦士フセグンだ。
がっしりとした体格に金属鎧、大きな盾を持ったフセグンはいかにもパーティーの盾役と言わんばかりの外見をしているが、その実、酷く臆病な男だ。
ジークと組んでいた時は、大きな盾に隠れることが役割だったようなものだ。弱気は魔獣に見抜かれる。斥候のミッテクールが連れてきた魔物は、高確率でフセグンにターゲットを移し、フセグンが盾の陰で怯えている間にジークが矢で射殺すパターンが多かった。
「そっちを通りてぇんなら、オ、オメらの誰かが支えたらいい。ぜ、前衛だって痛ぇもんは痛ぇんだ。死なねぇからって、なんでもかんでもオデに押し付けんでくれや」
顔を赤くしてそう主張するフセグンを見て、今のリーダーであるリョウ=ダーンが「ちっ」と舌打ちしているところを見ると、今も打たれ弱さは変わっていないらしい。しかし、リョウ=ダーンは弱気なフセグンにいらだつ様子を見せながらも、フセグンに同意する発言をした。
「俺たちは案内だ。向かって来る魔物は当然排除するが、扉を支える仕事はそちらで頼む。扉は重いわけではない。子供でも支えられる重さだ」
「大丈夫よ、急いで通れば死ぬほどじゃないし、ちゃんと私が回復するから。でもほら、私も回復って仕事があるから遠慮させてもらうわね」
リョウ=ダーンに続いてイヤシスも拒否する。皆、本気で嫌そうだ。どうやらこの扉から流れる電撃は、よほど激しい痛みを伴うらしい。
「ちなみに、そちらの遠回りを選ぶとどうなるんだ?」
「なんな?」
今日中に33階層を目指すなら、遠回りの選択肢はないのだが、念のためか単なる好奇心かエドガンが尋ねる。
「……そっちは、あの紫の霧のせいで、全員痛い思いをするんだ。まぁ、電撃ほどじゃねぇ。爪の隙間に針を刺されるくらいかな。それが道を抜けるまでずっと続く」
「ハァ、性格の悪い迷宮だぜ」
「うなんな」
全員で何とか我慢できる程度の痛みを共有するか、誰か一人が苦痛を背負うか。その選択を迫るのが、この公平の二律背反と呼ばれる罠なのだろう。しかも痛みを共有する道は長く時間がかかり、誰か一人に痛みを押し付けたほうが早く進めるときている。
「言っとくけどよ、近道の方を一人で抜けたら、1時間は扉が閉まって開かねぇからな。一人ずつってのは使えねぇぜ。仲間が残っている状態で扉を支えきれなくなっても同じだ。残された連中は遠回りしなきゃらんねぇ」
この罠があるからソロで潜った方が効率がいいと言われるわけか。ただし、誰かが通った後は1時間も誰も通れなくなるわけだから、他に進みたい者がいたならいい迷惑だ。自己中心的なソロ冒険者が何人もいるなら、この街の雰囲気の悪さもうなずける。
――さぁどうする? 一体誰が犠牲になる?
夢幻の一撃の面々が試すような視線を向けてくるのだけれども。
「なるほど、ここは僕の出番だね。ナンナくん、荷物を頼むよ」
「うなんな!」
これまで黙って話を聞いていたヴォイドが躊躇する様子もなく先に進むと、天井から落ちてきた扉を片手で受け止めた。
バリバリバリバリバリィッ。
途端にヴォイドの肉体を電撃が打ち据える。
「お、おい、マジか!?」
「ヒッ、ヒィイッ」
「は、早く潜り抜けろ! 気を失って扉が閉まったら事だぞ!」
「かっ、回復を! 癒しの光を!」
夢幻の一撃の4人が慌てて扉を潜り抜けた後を、マリエラたちが付いて行く。扉を支えるヴォイドの肉体に、電流が流れ続けているのだろう。その表情に変わりはないが、全身が小刻みに痙攣し、髪はパチパチと音を立てて逆立っている。
「ヴォイドさん、大丈夫ですか!!?」
全員が通り抜けた後、十分に余裕をもって扉を放したヴォイドにマリエラが声をかけ、ジークやエドガンも側に駆け寄った。
「問題ないよ。僕の妻を誰だと思っているんだい?」
明らかに電撃を受けたはずなのに、何事もなかったように言ってのけるヴォイド。
「僕の妻」という発言力の重みがすごい。というかエルメラさんはそんなにノーコンなのだろうか。それとも夫婦喧嘩の時なのか。どちらにしても、さすがは伝説のSランカー『隔虚』だ。これには賞賛の眼差しを送らざるを得ない。
いや、エルメラの祖母も『雷帝』だったというから、超常の回復力もないというのに先代雷帝を妻としたガーク爺がすごいのか。どちらにしても尊敬すべき人々だ。
「これが、夫婦円満の秘訣……」
「違うと思うぞ、ジーク。まだ内緒の告白の影響が残ってんのか?」
「うなんなー」
ジークの呟きにエドガンがツッコみ、ナンナが毎度のように鳴く。目がキラキラしているから、これは感心している鳴き方だろう。
マリエラが差し出すポーションを断り、「さぁ、先を急ごう」と言うヴォイドに夢幻の一撃の盾戦士フセグンが化け物でも見るかのような視線を送っていた。
「い……いだぐ、ねぇのか……?」
「痛みが無いわけではないよ。だが、この程度なら耐えられる。僕は刺激には慣れているからね」
「そ、そんなごと……」
痛みがあるというのなら、今の状態が続くはずはないとフセグンは思う。
この公平の二律背反と呼ばれる罠は、この一か所だけではない。もっと浅い階層から29階層まで嫌と言うほど続いているし、階層が深くなるほどに支える痛みは増していく。
格好をつけたのかも知れないが、一番最初の関門で扉を支える役をヴォイドは買って出てしまった。だから、この先の関門もヴォイドが支えて当然だと他の全員が考える。
痛みがあるのはヴォイドばかりで、他の全員は痛みを感じず近道を通っていける。そんなことを繰り返すうちに、割を喰った人間は絶対に不満を抱くのだ。
どうして俺ばかりが、と。
(オデたちは、そうだった……。オ、オデはもう、絶対に、一人で扉を支えたりしねぇ……)
夢幻の一撃がアルアラージュ迷宮で活動し始めた最初の頃は、この扉を支えるのはパーティーの壁役であるフセグンの役割だったのだ。
電撃が身体を貫いた時の痛みをフセグンは忘れられない。シールドのスキルによってダメージ自体は軽減されるが、電撃の作用と痛みは軽減されないらしく、体は激しく震え、痙攣する全身に立っているのも困難になった。気力を振り絞り、目を見開いて大声を上げるが、すぐに声も出なくなる。何とか全員が扉を抜けた後、その場に倒れ込み、無様に地面に膝をつくのも毎度のことだった。
その度に感じる“またか”と言わんばかりの仲間の視線。
罠の苦痛と屈辱感にパーティーを抜ける決意で抵抗し、持ち回りで扉を支えたのはたった1回きりだった。夢幻の一撃のメンバーは、たった一度扉を支えただけで、遠回りの道を選ぶようになった。勿論その道だって傷みを伴うもので、途中何度「フセグンが扉を支えてくれれば、すぐなのによ」と恨み言を言われたことか。
(ジ、ジークはこいつらにいい顔して取り入ってるだけなんだ。もうすぐ化けの皮がはがれる。あのヴォイドとか言うのんが音を上げりゃ、次かその次に支えることになる。そ、そしたら昔みてーに、「お前が支えろ!」とか怒鳴るにちがいねぇ。な、仲良しごっこもそれで終いだ。だって、ジークは昔……。オデの背中を蹴ったじゃないか)
フセグンは、眉間にしわをぎゅっと寄せると、何度も何度も反芻した苦い記憶を思い出した。
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