18.不和の種
前回までのあらすじ:アルアラージュ迷宮の案内人、まさかのファントムナントカ。
「おいおいまじかよ」
「ジ、ジーク? なのか??」
「ミッテクールにフセグン、……久しぶりだな。そしてあんたがリョウ=ダーンか」
聞き覚えのあるパーティー名だと思ったら、アルアラージュ迷宮の案内役『夢幻の一撃』は、やはりジークのかつての仲間たちだった。
「おい、イヤシス。こいつは?」
「この人はジークムント。昔の……パーティーリーダーよ。ジーク、彼はリョウ=ダーン。『夢幻の一撃』のリーダーをしてもらってるわ」
思いがけない再会に驚いたジークだったが、イヤシスの反応を見る限り、彼らとしても本当に想定外だったのだろう。ジークと面識のないリョウ=ダーンを除く3人は、かつてジークを見捨てた負い目があるのだろうか、ばつが悪いような落ち着かない様子だ。
「……ジークさんのお知り合いでしたか。皆さんに向かっていただくのは『不和と騒乱』と名高いアルアラージュ迷宮。仕事と割り切れる間柄の方が望ましいと言われています。一緒に潜っていただくのが難しいようでしたら、『夢幻の一撃』の皆さまには違約金なしで依頼を破棄いただいても構いません。勿論手付け金はそのままお納めください」
ニクスの提案に、ミッテクールとフセグン、イヤシスは顔を見合わせる。
手付金だけタダでくれるという破格すぎる提案なのだが“案内人の代わりはいるが『炎の遣い』の代わりはいない”と言われたも同義だからか、リーダーであるリョウ=ダーンは一人渋い顔だが口を出さず、仲間の反応を窺っている。
どうやら今のリーダーはワンマンではないらしい。かつてのリーダー、ナントカシューターさんなら一言二言ゴネていただろうに。
「オ、オデは……やるぜ」
「オイラもだ」
「……わかったわ」
フセグンとミッテクールが参加を表明し、イヤシスも二人の意思に賛同する。
逆に心配そうにしているのはマリエラたちだ。
「ジーク、大丈夫?」
「おい、ジーク。気が乗らないなら俺たちから断ったっていいんだぜ?」
「同意見だ。違約金なんて気にする必要はない」
「うなんな」
マリエラ、エドガン、ヴォイドにニャンコ。パーティーを組んだばかりだというのにみんななんて優しいのだろう。ニャンコだけは、周りに合わせて頷いているだけに見えなくもないが。
「みんな、ありがとう。俺は大丈夫だ。……今、大丈夫になったよ。
アルアラージュ迷宮の『不和と騒乱』なんて、俺たちには、きっと何の障害にもならない」
「それでは、こちらを。アルアラージュ迷宮33階層までお願いします」
依頼を受ける意志――、いや、過去と向き合う決意を新たにしたジーク。
その様子に頷くと、ニクスは小さな箱に納められた何かをヴォイドに渡した。これをアルアラージュ迷宮33階層まで運ぶことが、今回『炎の遣い』がニクスから受けた依頼なのだ。
ヴォイドが受け取った箱をしまう様子を『夢幻の一撃』たちの視線が追っていたのは気のせいだろうか。
こうして、ジークの今と昔の仲間たちによる不和と騒乱のアルアラージュ迷宮攻略が始まった。
■□■
管理型の迷宮というものは、入場料が必要らしい。
価格は一人銀貨1枚――安い食堂なら10食はお腹いっぱい食べられる値段となかなかの値段であるが、事前に冒険者ギルドで登録しておけば割引が利く。
迷宮都市の迷宮はラプトルくらいなら連れ込めたけれど、アルアラージュ迷宮はトラップが多く狭い場所も多いから騎獣の連れ込みはできない代わりに、1名なら荷運び人を無料で連れていけた。
マリエラたち『炎の遣い』のポーターはナンナだ。目深にかぶったフードと全身を覆うローブを着こんでいれば、迷宮の入口を通過する程度の短い時間なら獣人だとバレることはない。予備も含めて3,4日分の食料やポーション、そしてジークの弓矢を詰めたでっかい荷物を背負っているが、さすがは獣人の身体能力と言うべきか、まるでふかふかの羽根布団でも背負っているような軽やかさで「魔物なんな、なんなんな~」と魔物の臭いにご機嫌に鼻をひくつかせている。
迷宮に入ってすぐの転移陣を使えば25階層まではあっという間だ。勿論、それだけのショートカットが可能な転移陣は無料ではなく、こちらは1回なんと銀貨10枚。しかも1回で5人までしか運べないから、『炎の遣い』と『夢幻の一撃』で片道銀貨20枚の大盤振る舞いだ。それだけのコストを回収するのは簡単ではないし、25階層ともなればそれなりに強い魔物が出る。当然ながら転移した先の25階層は閑散としていた。
「それにしても獣人とは珍しいわね」
「うなんな」
どことなく気まずい一行の格好の話のネタになったのは、獣人ナンナの存在だ。
壁面がうっすらと光る洞窟を延々と進みながら、イヤシスがナンナに声をかける。イヤシスとしてはジークに向かって話しかけたつもりなのだが、猫語を通訳してくれたのは紳士代表エドガンだ。
「まーな。べつに捕まるようなコトはねーんだけどな、目立ちすぎるってーのは問題だろ? ナンナたん、可愛いし」
「うなうな」
「確かに可愛いわね。……後で触らせてもらっても?」
「んなん」
イヤシスが伸ばした手をナンナの尻尾がぱしんと叩く。
すげない態度ではあるが、イヤシスはなんだか嬉しそうに払われた手をさすっている。
ここは不和と騒乱のアルアラージュだが、ネコとならいくらでも和解できそうだ。
「おい、そろそろトラップ多発地帯だぜ。オイラの踏んだとおりについて来てくれ」
「だ、大丈夫だ。き、危険な場所にはオデがマーク付けておくから。でも他にも面倒な罠があるから、き、気を付けてくれな」
おしゃべりで注意力が落ち掛けた一行に、先頭を行く斥候のミッテクールが注意を促す。危険な箇所には、フセグンがインクで印をつけてくれるらしい。
ナンナが「うなんな」言っている間に、最初の難関に辿り着いたようだ。
ちなみに一行は斥候のミッテクールを先頭にリョウ=ダーンとエドガンが時折出てくる魔物の露払いに先行している。それなりの魔物と接敵すれば続く盾戦士のフセグンが引きつける陣形に移るのだが、今のところはエドガンたちだけで問題なく片付いているから、ニャンコを構う余裕があるわけだ。
フセグンの後にはイヤシスが続き、その後をナンナ、ジークがマリエラの前後を固め、最後はヴォイドという構成だ。
さすがは冒険者というか、ジークたちはもちろんのこと、鎧を着たフセグンも同じ女性のイヤシスも余裕な表情で歩いているのだが、マリエラだけは付いて行くのでいっぱいいっぱいで、すでに息が切れ始めている。
逆に元気一杯なのは獣人ナンナだ。
「なんなんなん、なんななんな~」
危険地帯と呼ばれた辺りは、大きな石が散らばる河原のような足元になっていて、危険な罠がある場所にはフセグンがインクで印を付けている。それは平らな石だったり、逆に石の細かな砂地であったり、思わず踏みたくなるような歩きやすそうな場所ばかりだ。
ちなみにさすがは迷宮と言うべきか、付けた印はしばらくすると消えてしまって分からなくなるらしい。だから記憶だよりで、アルアラージュ迷宮を熟知したパーティーはそれだけで食べていける。
前を行く人と同じ場所を飛んで移動するのが面白いのか、そんな場所をナンナは数歩分も飛び越してピョンコラサッサと進んでいくのだが、それで困ったのはマリエラだ。ゆっくりと一歩一歩安全な場所を示してくれなければ、マリエラについていけるわけがないではないか。危険な罠には印があるが、無印の軽微な罠もたくさんあるのだ。
「ちょっ、まって、ナンナ。ここって安全? え? え? え!!?」
ブシュー!!
見事に印のついていない罠を踏み抜いてしまうマリエラ。途端に周囲の石の隙間から、得体のしれないガスが噴き出す。
「マリエラ、あぶない!!」
「なんな!!」
一撃瀕死のマリエラを守るべく、とっさにジークとナンナが飛び出したおかげで、マリエラがガスを浴びることはなかったけれど、マリエラを庇った二人はガスを吸ってしまったらしい。ケホケホ、クシュンと咳やくしゃみをする二人。
「きゃあ! ジーク、待っていて、今回復するわ!」
「ジーク! ナンナ! 大丈夫!!? って、わあ!」
ジークがガスを浴びたのを見て、マリエラより先に声を上げたのはイヤシスだ。素早く駆け寄ってきたイヤシスは、マリエラを押しのけてジークの側に寄ろうとするが、イヤシスの手がマリエラにかかるより先に、反射的に動いたジークの手がマリエラを引き寄せる。
「良かった、なんともない……みたいだな。俺は大丈夫だ。マリエラ、気分は? 大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう、私は大丈夫だよ」
「うなうな! うなんな!」
「え? ちょ、ちょっと、回復は?」
いつもよりなんだか積極的なジークの様子に面食らうマリエラと、自分の無事をアピールするニャンコ。せっかく駆けつけたのに粗雑に扱われたイヤシスは、露骨に不機嫌そうな顔をしている。
「そうか、マリエラが無事でよかった。マリエラ大好き……!!?」
「へ、ジーク!!?」
「うな?」
「ハァ!?」
いきなりノロケ始めるジークにあっけにとられる一同。
「あ~、そりゃ、内緒の告白って罠だなぁ。全く運がいいのか悪いのか」
思わぬトラブルの発生に、戻ってきたミッテクールが教えてくれる。
なんでも、ちょっぴり素直になってポロっと本音が漏れてしまうガスらしい。肉体的には何のダメージもない代わりに治癒魔法やポーションでの解毒は不可能。一定時間が経てば解けるからそれまで黙っているほかないとか。
「ここにはしばらくクッセー屁が止まらなくなったり、足の裏が痒くなったり、髪が抜けちまったり、30歳も老けちまったりっていう、一時的におかしなことになる罠がたくさんあるんだ。そん中じゃラッキーなんだけどよ、このポロっと出ちまう本音てのが厄介でさ。パーティー組んで一緒に活動してても腹ン中はさ……ホラ、分かんだろ? それがポロっと出ちまって大ゲンカってことが割とあるんだわ」
それは、印をつけておくべき重大な罠ではないのだろうか。
久方ぶりの再会だというのにジークと話そうとしなかったミッテクールの顔は、どこか愉悦の色がにじんで見える。ジークが今の仲間に対して暴言を吐くのではないか、そんな風に思っているのではないか。そのような邪推をしてしまいそうな表情だ。
現にこのガスを吸ってから、ジークはしゃべりたくて仕方がないのだ。それを証明するように、ジークの隣ではナンナが「うなうなうなんなうななんな」と一人で鳴きまくっているではいか。
その薄暗い思惑に気が付いているジークは一言もしゃべるまいと必死で口を閉ざすのだけれど、状況を分かっているのかいないのか、マリエラがジークの手を取り謝罪する。
「ジーク、ごめんね。私が鈍くさいせいで……」
「吸ったのがマリエラじゃなくてよかった。気にするな……ら、結婚してくれ……って、違うっ、いや違わないけどっ……」
「……ジーク?」
「なんな? ななんななんなんな」
マリエラに申し訳なさそうに謝られたら、フォローしない訳にはいかないだろう。そもそもマリエラは悪くないのだ。強いて言うなら、マリエラがトラップを踏まないように先導しなかったナンナが悪い。
だからここまでは不可抗力というやつなのだが、ジークのこんな面白い状況をエドガンが放っておくわけはなかった。
「うっひょー、ジーク、お前オモシレーことなってんな! なぁ、なぁ! オレは? 俺のことはー!!?」
「黙れ、エドガン! お前なんか友達だ!!」
「うはっ……。やだ、ちょっとテレちゃう」
「うなんな」
「ははは、これは面白いね。じゃあ、僕のことは?」
「ヴォイドさんまで、やめてくださいよ。……尊敬してます。夫婦円満の秘訣教えてください」
「うん、君は毎日これを吸った方がいいんじゃないかな」
「うなうな」
「ナンナ、お前は黙っていろ! だいたいお前だけずるいぞ、この猫め、人語を喋れ!!!」
「夢幻の射手」
「あああ!! どこでそれを!!!」
ガスのお陰で漏れてしまったジークの本音は、最後のナンナに対するもの以外は悪口でもなんでもなかった。ナンナはほぼ猫なので、これも悪口かは微妙だが。ちなみにナンナは「うなんな」言うだけの猫畜生なので、ジークの暴言も漏れた本音もどちらもノーダメージだ。それでもしれっと仕返しをしてくるあたり、悪いネコチャンぶりである。
「ファントム、なぁに、ナンナ?」
「お出かけなんな、聞こえたなんな」
「よーし、ナンナ。なんっでも好きなもの買ってやる! だから黙ろうな?」
「ジーク?」
「うなんなー」
どうやらナンナの耳にはチョコレートショップでのジークとイヤシスの会話が聞こえていたらしい。まさかこんなところでブッ込んでくるとは。
ジークサイフの約束を取り付け、再び猫語に戻るナンナ。猫畜生の呼び名はだてではない。
「……ちっ」
ジークが今の仲間と仲良くやっているのが面白くないのか、ミッテクールは小さく舌打ちをすると列の先頭へと戻っていく。様子を見ていたフセグンも何か理解のできないものを見る目でジークを見ていた。
そして、取り残されたイヤシスは。
(なんなの、あの娘……。ジークが結婚してくれですって?)
ただ一人、マリエラを睨みつけるイヤシスの胸中には、確かに不和の種が芽生えていた。
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