17.依頼
前回までのあらすじ:マリエラ一行、陰謀渦巻くアルアラージュ迷宮へ
「ぅわぅれぅわぅれぅわ~」
「ぅう~な~ん~ぬわぁ~」
カタカタと小刻みに揺れる馬車の中で、マリエラとナンナが声を震わせて遊んでいる。
こんな暢気な芸当ができるのも、これが帝国でも有数の速度と快適性を誇る『テオレーマ』の馬車だからだろう。そして、こんなご近所迷惑なことができているのは、貸し切りにしているからだ。
「はぁ~や~い~ん~んなぁ~」
見る間に流れていく景色にナンナはご満悦である。
迷宮都市から帝都に来る時にもこの馬車にはお世話になったけれど、本当に驚くべき速さだ。そしてこれだけの速度にも拘わらずたいした揺れを感じないのは、よほどいいサスペンションを使っているのだろう。黒鉄輸送隊の馬車も、最近はドワーフの技術を取り入れて改良を重ねているがこうはいかない。テオレーマの商人、ニクス・ユーグランスはエルフだからエルフの魔術が使われているのかもしれない。
「よりによってアルアラージュかぁ……」
楽しそうにしているのはマリエラとナンナだけで、向かいの座席に座ったエドガンが、ぐはぁ、とばかりにため息を吐いた。マリエラの隣に座るジークも浮かない顔だ。
「アルアラージュ迷宮ってそんなに危ないの? 案内人がいれば大丈夫なんだよね?」
アルアラージュ迷宮に行きたいと告げた時、いい顔をされなかったのは確かだが、準備さえすれば問題ないという結論になったのではなかったか。
すごく強い魔物でもいるのかとマリエラが不安になって聞いてみると、ジークから思わぬ答えが返ってきた。
「あそこは『不和と騒乱のアルアラージュ』と呼ばれていて、いわゆるパーティークラッシャーな迷宮なんだ」
パーティークラッシャーとはこれ如何に。
冴えない男だらけのパーティーに突如舞い降りた女性メンバーとかそういう系の話だろうか。
「……えっと?」
頭の上に「?」を浮かべるマリエラに、エドガンはさらに詳しい話をしてくれた。
アルアラージュ迷宮は、帝都近郊にある立地と様々な錬金術素材が採れるという特徴から、帝国に欠かすことのできない管理型の迷宮だ。
管理型迷宮の常として、発生する魔物は大して強いものではないが、非常に厭らしい罠がたくさんあるという。
「仲間を見捨てると得するみたいな罠が結構あるんだよ。んで、迷宮じゃ死なないんだけど、仲間割れしてパーティーとしては再起不能になったり、色恋絡んだパーティーだったら別れる確率結構高いんだ。アルアラージュ失恋とか言って。オレも何回別れたことか」
「まぁ、エドガンはアルアラージュ関係なく失恋してるけどな」
「ジークよぅ、それ言っちゃう? てか、一緒に潜るんだったらお前らが一番危ないんだぞ。マリエラちゃんに嫌われたらどうするつもりだよ」
「ぐっ……。お、俺たちの絆が……」
「絆が試されてるーなんて軽い考えで潜った連中が、何人後悔してることか。あの迷宮は仲たがいのプロだぞ、プロ! 凄腕の別れさせ屋みたいなもんだ」
アルアラージュ迷宮、なんて恐ろしい迷宮なんだ。
マリエラはガクブルしながら話を聞く。
「まぁまぁ。だが、アルアラージュの素材は大量に出回っているのだろう? だったらそこで活動している者たちも大勢いるということになる。うまく切り抜ける方法があるということだ。案内人を雇うのだからその辺りはうまく避けてくれるだろう」
「ぅう~なぁ~ん~なぁ~」
現実的な案を出してくれたのは、さすがのヴォイド先生だ。ちなみに猫畜生のナンナは未だに窓にへばりつきながら一人でナンナン言っている。
「ナンナたんは大丈夫そうだけど……。アルアラージュはフツーはソロで潜るか、仲良くない割り切った連中と契約して潜るんスよ。欲しいもの――、ケルピーの波紋花だっけ、それって30階層くらいだっけ? それくらいなら、オレらだったらソロでもイケるだろうけど……」
「その場で加工しちゃわないと駄目なやつなんで」
「ぅう~なぁ~ん~なぁ~」
錬金術素材の中には、採取して時間がたつと変質してしまい使い物にならない物がいくつもある。ケルピーの波紋花もその一つだ。つまり、錬金術師を連れて迷宮に潜るか、ある程度の錬金術が使える戦士が採取する必要があるわけだが、このケルピーの波紋花の場合、ケルピーと戦闘しながら採取、加工しないと効率が悪すぎて満足な量が採取できない。つまり、複数人での採取が望ましいわけだ。
仲間割れの迷宮で複数人での共同作業が必要な素材とは。どうりで希少で値段も高いはずだ。
「まぁ、最近じゃほとんどの罠は調査が終わってるらしいから、案内がいれば最悪のことにはなんないだろうし、ジークとマリエラちゃんなら、意外と平気かなとも思うけどさ」
ぽり、と頭を掻きつつエドガンが照れたように言葉を切る。
「オレ、ジークと喧嘩したくねーんだよ。……友達だからさ」
ぼそっと漏らしたエドガンだったが。
「え?」
「え!?」
ジークの口から洩れた疑問符付きの言葉に、エドガンは「嘘だろ」みたいな表情になった。
■□■
「もう少しで着きますよ」
話を聞いていたのか偶然か、非常にいいタイミングで御者席にいたニクス・ユーグランスがのぞき窓をノックして声をかけてきた。
「最終確認をしたいのですが、そちらに行かせてもらっても?」
「はい、どうぞ」
ジークが返事をすると、ニクスは走っている馬車の外側をするりと移動して、乗車席へと入室してきた。
この馬車の持ち主である『テオレーマ』という商会は、帝都で知らぬ者なきオークションハウスだ。マリエラたちに馴染みのある所なら、迷宮の階層主の素材など希少で値段の付けられない物をこの高速馬車で運搬し売却してくれていた。
帝都中の珍品名品希少品を運びまくっているのだから、このニクスというエルフの青年が相当に腕が立つことは言わずもがなではあるのだが、彼個人の武勇以上に、この馬車に刻まれた樹木と天秤のテオレーマのエンブレムは有名だ。
非常に高価な貴重品を少人数で運ぶのだから、どれほど腕が立とうと襲われ、商品を奪われることは起こりうる。けれど、オークションハウス・テオレーマの創立以来、襲撃に対する報復が行われなかったことは一度もないのだ。一切の証拠を残さずに――例えば魔の森の真ん中で御者も護衛も皆殺しにして荷を奪い、襲撃の痕跡ごと隠滅したうえで荷をどこかに隠したとしても、襲撃者と荷物の行方はあり得ないほどの早さで見つけ出されて報復が行われる。
“テオレーマの天秤は傾かない”と囁かれるようになった頃には、このエンブレムを持つ馬車に手を出す者はいなくなった。つまりこの馬車で運ばれているマリエラたちは、帝国で一番安全なドライブの最中なのだ。
「運んで頂けてとても助かりました」
「いえこちらこそ、依頼を受けていただいて助かっております。それにしても獣人ですか。私も長くこの仕事をしていますが運ぶのは初めてですよ。それで具体的な依頼の内容なのですが……」
ジークとにこやかに挨拶を交わしつつ、ニクスが依頼について話し始める。
『始まりの錬金術師』マリエラや、獣人であるナンナのレアリティーはとんでもなく高いのだが、ドナドナされちゃうわけではない。値段が張る上、手の空いている時に限られるが、輸送を請け負うこともある。中には腕を見込まれて、かなり難易度の高い依頼が転がり込んでくることもある。
運んでもらえればラッキーくらいの気持ちでテオレーマに問い合わせたところ、ちょうどニクスの方にアルアラージュ迷宮がらみの依頼が入っていたというのだ。
しかも腕が立ち信用のおける冒険者が必要な内容だったものだから、これ幸いと逆に依頼を持ち掛けられたというわけだ。
「本日はこちらが手配した宿でお休み頂いて、明日からアルアラージュ迷宮に潜っていただきます。25階層までは転移陣で移動できますが、そこから目的の33階層までは踏破いただくことになります。最短距離で6時間というところでしょうか。そちらの目的の、30階層での採取活動と合わせて1泊2日と言ったところですね。必要な荷物は宿に手配させていますので、到着後確認ください」
ニクスの依頼を受けたおかげで宿泊先から荷物の準備、情報収集に至るまで、至れり尽くせりのおまかせらくらくパックである。とはいえ、テオレーマに持ち込まれる依頼だ。一筋縄でいくはずがない。
「肝心の案内人は?」
「明日の朝の顔合わせになります。当初のCランクパーティーが急きょ変更になりまして……。アルアラージュ迷宮を中心に活動しているBランクパーティーが受けることになったそうですよ」
「ほう」
案内人が急に変更になるなんて、始まる前から騒乱の臭いのする話ではある。
「こちらは、Bランクのヴォイドさん率いるパーティーとしてお伝えしていますので」
にっこりと笑って見せるニクス。Aランクが2人いるパーティーだと言わないあたり、こちらも不和は標準装備だ。不和と騒乱のアルアラージュ攻略は、すでに始まっていると言っていい。ちなみにニクスにはヴォイドの正体を伝えていない。Aランクが二人もいれば十分な依頼なのだろう。
「守秘契約については?」
「もちろん、皆さま『炎の遣い』の情報も含めて、迷宮内で起こったことは決して漏らさないよう契約魔法にて誓約してからお引き合わせいたします」
ヴォイドの質問にも丁寧に答えるニクス。視線がちらりとナンナに向いていたから、獣人の情報を漏らされては困ると認識したのかもしれない。
「うなっ、街が見えてきたなん!」
ナンナの声に窓の外を見てみると、赤みがかった土壁に囲まれた街並みが見えてきた。帝都に比べれば華やかさに欠けるのは、実用的なシンプルな建物が多いからだろうか。それともアルアラージュ迷宮を『不和と騒乱』の迷宮だと聞いたせいで、街中が殺伐とした雰囲気に感じられるのだろうか。
検問に備えて御者台に戻ろうとするニクスに、ジークは思い出したように聞いてみる。明日会うという案内役のパーティーについて、詳しく聞いていなかったことを思い出したのだ。
「そういえば、案内役のパーティーは何という名前なんですか?」
Bランクパーティーなんて星の数ほどいるものだ。帝都で活動してもいないジークたちが知っているはずもないのだが。
「あぁ。なんでも『夢幻の一撃』というそうですよ」
ニクスが言い残したパーティー名は、つい先日、聞いたばかりのものだった。
【帝都日誌】黒歴史が助走を付けて追いかけて来るんだが。byジーク
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