15.夕暮れ時のシンデレラ
前回までのあらすじ:帝都に来たマリエラ一行。マリエラはロキと名乗る少年に、ジークはかつての仲間イヤシスと再会する。一方、皇帝の執務室に現れたロキは、「新しい石でどこの迷宮の機嫌を取るのか」と聞くのだった。
「その角を曲がってまっすぐ行けばお屋敷が見える。私に構わず先に行って! 走って、ナンナ!」
ハアハアと、息を荒げつつマリエラは叫んだ。
“俺に構わず先に行け”
一度は言ってみたいことランキングの上位を占める名言である。
だがしかし、そのマリエラを追いかける者はない。強いて言うなら追手は時間で、ついでに言うなら敵はマリエラ自身の運動不足だ。筋肉は裏切らないと言うけれど、マリエラが筋肉を裏切っているのだから少々走ったぐらいで息が切れるのも仕方あるまい。
「うなんな!」
任せろとばかりにナンナは声を上げると、弾丸のように走り始める。
さすがは獣人、人化していてもすばらしい身体能力だ。角を曲がってすぐのところで誰かと出くわしたらしく、「わっ」という男性の声が聞こえたが、ぶつかった様子はないから上手くかわして屋敷まで駆け込めたのだろう。
「間に合った……かな?」
ゼイゼイと息を切らしたマリエラが、ヨタヨタ歩きで曲がり角に到着した時には、ナンナの姿はすでになかったから何とか間に合ったのだろう。
――変身薬が切れる時間に。
ナンナとマリエラ、保護者ジークの初めての帝都散策は、ジークの黒歴史との邂逅に始まり最後はこんな駆け込みエンドになってしまったが、それを除けばタイムリミットを忘れるくらいに楽しいものだった。
チョコレートショップで買い物を終えたマリエラたちは、帝都で一番賑やかな場所と名高いコロッサル・バザールへと向かった。
コロッサル・バザールは、“無いものはない”と言われるほど大きなバザールで、小さな店や露店が密集した複数の通りからなる。
色とりどりの野菜や果物、魚に肉に菓子やパン、いろんな地方の調味料に香辛料。それらを調理する調理器具に食器の類。もちろん洗剤や石鹸、化粧品などの消耗品や雑貨もあれば、家具のような大物もある。服や靴、素材もあればポーションもあり武器や防具、果ては魔道具まで扱っている。
どの店も、道にはみ出すように商品を陳列していて、狭い通りを一層狭くしているし、店内は壁が見えないほど商品だらけだ。あまりの商品の多さに頭がくらくらしてきそうだ。
何でもあるが、品ぞろえは専門店には及ばないし、質は高級店ほどよくもない。
一見リーズナブルに見えるけれども、質が悪かったり割高なものも混じっているし、逆にすごい掘り出しものも混じっている。庶民の物欲を大いに掻き立てる場所、それがコロッサル・バザールだ。
当然のことながら、その場で飲み食いできる屋台もたくさんある。その食の豊かなことといったら!
迷宮都市には畜産をする余力などなかったから魔物の肉を常食していて、オークのような二足歩行する魔物でさえ美味しく頂いていた。魔物ではない食用肉なんて貴族御用達の品で、お金を出しても手に入らなかったのに、なんと帝都では食べるために育成した畜産肉を庶民もみんな食べるのだ。
当然、バザールの屋台にも売っている。おなじみのくし焼きはもちろんのこと、塊で焼いた肉を薄くそいで薄いパン生地にはさんだものとか、パイ生地に詰めたもの、揚げパンかと思いきや中にぎっしり肉のあんが詰まってるものもある。
「てっ、天国!?」
「うなっ。やわらかいなん、いろんな味がするなん」
「確かに旨いな」
ジークサイフの紐が切れ、マリエラとナンナが我を忘れて買い食いしまくったのは言うまでもない。
「ナンナって、肉と魚、どっちが好きなの?」
「さかなんな」
「私は肉かな。ってうわ、口元すっごい汚れてるよ」
「うなんな」
「あぁ、まって。それで拭いたら魔法陣が……」
肉汁で汚れた口元を認識阻害のスカーフで拭くものだから、効果が薄れて人化ナンナの美少女っぷりが気付かれ始めてしまった。衆目を集め始めてようやく我に返ったマリエラは、そろそろ変身薬の効果も切れる頃合いだと気が付いたのだ。
そこからは、食べたカロリーを消費する勢いでダッシュで帰ってきたのだが、本当にギリギリだった。屋敷に向かってラストスパートをかけるナンナの走りを見る限り、手足は獣人のそれに戻っていたんじゃないか。
マリエラが部屋に戻ると、メイド服からいつもの服に着替えたナンナが機嫌よさそうにくつろいでいて、脱ぎ散らかしたメイド服を貸主のメイドさんが片付けていた。
完全にお猫様と下僕である。メイドさんはナンナを甘やかしすぎなのだ。
「楽しかったなん、明日も明日の明日も毎日お出かけするなん」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、変身薬の材料が足りないの。今日見た感じじゃ、売ってなかったし」
「うなんー」
「うっ……。ロバートさんにどこで採れるか聞いてみるよ」
瞳孔を真ん丸に開いたナンナに甘えられるとお願いを聞いちゃいたくなるマリエラも、たいがい甘やかし過ぎである。
「ロバート様なら、食堂でお見掛けしましたよ」
「なんで食堂に……? じゃあ、行ってみます。みんなも戻ってるかもしれないし。ナンナも行く?」
「行かんな」
くぁーっとあくびをしてソファーの上で丸くなるナンナとメイドさんを部屋に残してマリエラは食堂に向かう。
「あら、ナンナさん。靴が片方ありませんが?」
「ヘンシンが解けた時に脱げたなん」
「あらあら~」
メイドとナンナのそんな話が聞こえて来る。
ロバートがいるなら変身時間をもう少し延ばせないか、相談してみるのもいいかもしれない。
■□■
メイドさんの話通り、食堂にはメモを取りつつ本を読むロバートと、なぜか向かいにエドガンの姿があった。
ロバートは、なんでこんなところで読書しているのだろうか? いやその前に帰らずずっとここにいたのだろうか? それも疑問なのだがそれよりも、その向かいに座って魂が抜けたように宙を見つめるエドガンのインパクトがすごい。胸元に何かを大事そうに抱きかかえているが、一体何を抱えているのだろうか。
「マリエラ、どうした?」
「ジーク、あれ……」
食堂の入口で立ち止まっていたマリエラに、合流したジークが声をかける。
「まさか、ロバートさんがエドガンさんに、呪いとかクスリとか……」
「いや、エドガンはあれでもAランクだぞ」
ぼそぼそと話すマリエラとジークに気付いたロバートが、「聞こえていますよ! さっさとこいつをどうにかしなさい。先ほどふらりと入って来るなり、ここに座って動かないのです!」と声を上げた。
どうやら、エドガンは戻って来た時からこの調子だったらしい。ロバートの前に座っているのは、知っている人の近くになんとなく寄って行っちゃっただけだろう。
「どうした、エドガン」
「……オレはさっき、天使に出会った」
「どうやら頭を打ったらしいですね。ポーションをくれてやったらどうです?」
「いや、外傷はなさそうですよ」
エドガンとロバートが合わさると、こういう風になるのかと新鮮に思いながらマリエラはエドガンの様子を観察する。心ここにあらずと言った様子で明らかにおかしいが、外傷はないし、状態異常にかかったようにも思えない。
「あ…ありのまま、さっき起こった事を話すぜ」
「はいはい、そういうのいいですから。何を抱えているんですか?
………………あ」
その証拠に、構ってくれそうな二人が近寄ると、もったい付けつつ天使とやらについて話そうとするのだが、エドガンが大事に抱えている物――片方だけの女性ものの靴を見たマリエラは、それだけで全部を察してしまった。
(そういえばナンナ、角を曲がった時誰かとぶつかりそうになってたっけ……。人化したナンナ、すっごい可愛いからなー)
そしてジークもマリエラの様子から、おおよそのことを察したのだろう。把握した、とばかりにマリエラへと視線を送った。
「あー、エドガン。ここじゃロバート殿のお邪魔だから向こうにいこうな。話聞くから……」
「やっぱ、持つべきものは親友だな、ジーク。聞いてくれよー、オレはついに! ついに出会ってしまったんだ!!! あの白銀の髪に湖面のような青い瞳! 触れそうなほど近くにいたはずなのに、まるで翼があるみたいにふわっといなくなって……。それで後にはこの靴が……!」
ジークがエドガンを連れて席を立ち、代わりにマリエラがロバートの前に座る。
「……何の用です?」
「ケルピーの波紋花の取れる場所を知りたくて」
マリエラがちらっとエドガンの方に視線を向けつつそう言うと、ロバートも理解したらしい。
「……なるほど。ケルピーの波紋花ならばアルアラージュ迷宮で採れますね」
「アルアラージュ。そこって遠いんですか?」
「いや。帝都の北、馬車で半日ほどの距離です。管理型迷宮で別名、薬草窟とも呼ばれていますね。ポーション素材の産地ですから、自由課題の役に立つ素材もあるかもしれません」
そう言ってロバートは手元のメモをマリエラに渡した。よく見るとロバートが読んでいた書物は『帝都管理型迷宮総覧』という書物で、メモにはアルアラージュ迷宮で採れる役に立ちそうな素材の一覧とその採取方法、階層ごとの注意点がまとめられていた。
「管理型迷宮は入口付近で地図が買えると聞きますし、案内人の職に就く者もいるそうです。詳しくはそれらを頼りなさい」
それだけ言うとロバートは、用は済んだとばかりに再び読書に戻ってしまった。
(うーん、なかなか打ち解けないなー)
ロバートのツンデレが過ぎる。
渡されたメモはとても分かりやすく書かれていて、案内人の方がお金を出して欲しがりそうな代物だった。どうしてロバートはシューゼンワルド辺境伯邸の食堂にいるんだろうと思ったけれど、おそらくマリエラにこれを渡すために、ここで作業していてくれたのだろう。
(やっぱりキャル様のお兄さんなんだなぁ……)
とってもいい人で、そしてとっても面白い人だと思ったマリエラは、「助かります、ありがとうございます」とメモのお礼を言った後、ロバートに聞いてみた。
「ところでロバートさん。恋の病に効くポーションってありませんかね?」
「知りませんね。ついでにバカに付けるポーションも知りません。……だがまぁ、早いうちに教えてやった方がいいでしょう」
すっかり獣人に戻ったナンナが「お腹空いたなん」と言って食堂にやってきたけれど、エドガンは見向きもしない。それを見たロバートが可哀想なものを見る目でそんなことを言う。
やっぱりロバートは、口は悪いがいい人だ。
そして肝心なところで抜けている人だということを、マリエラもまたサクっと忘れてしまっていた。
不和と騒乱のアルアラージュ
素材を使う側の錬金術師には産地として有名だけれど、素材を採取する冒険者からは、パーティークラッシャーとして悪名高い迷宮なのだ。
【帝都日誌】天使に出会った。彼女のあまりの可愛さに空も顔を赤らめて、彼女の瞳だけが空よりずっと青かった。 byエドガン
【帝都日誌】このために、ナンナを人化させました。 by作者
キャロラインが無双する「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」16章後編は、B's-LOG COMIC Vol.126(7月5日配信)掲載です!
6/28に輪環の短編集で、キャロラインのSSを更新予定です。
キャロラインがなかなか帝都に来ない理由が分かるかも。
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』2章を更新中!
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