13.兄妹との再会
前回までのあらすじ:『夢幻の射手』ジーク、かつての仲間にロックオンされる。
マダム・ブランのチョコレートショップに並んでいる時に感じた視線は、ジークの知り合いだったらしい。
「すぐ戻る」
そう言ってジークは行列代行の子供を雇うと、イヤシスという女性と列から離れた。とはいえマリエラから姿が見える距離だ。会話の中身は聞こえないけれど、普通に会話しているように見える。少なくとも女性が声を荒げる様子はないし、ジークの様子も変わらない。
マリエラはジークの過去を知っている。昔の仲間とは折り合いが悪かったことも、ジークが自分の過去を恥じていることも。
だから過去を知っている仲間とは、会いたくないだろうと思っていたし、万一出会ってしまったら、奴隷に堕ちたジークのことを悪く言うのではないかと心配していた。帝都に来る前に、ジークは「大丈夫だ、心配するな」と言ってくれたけれど、マリエラに聞かせたくない話になる可能性があると思って距離を取ったのではないか。
もしあのイヤシスという人がジークを侮辱するようなら、走って行って全力で対抗するつもりだ。マリエラは武力の面では弱いけれど、傷つくのは肉体だけではない。むしろ肉体の傷ならば、どんなものでもマリエラならば癒すことができる。でも、心に付いた見えない傷はそうもいかない。ジークに対して暴言を吐くなら許さないぞとマリエラは身構えていたのだが、ジークの様子を見る限り、剣呑な雰囲気は感じられない。
(大丈夫そう……かな?)
安心すると同時に、「綺麗な人だったな」だとか、「どういう関係だったのかな」だといった、雑念が湧いてきてなんだかソワソワしてしまうのだから思春期というのは厄介だ。
「ねえ、お姉さん、あの人お兄さんの元カノかな」
「にいちゃん、元カノってなあに」
「えぇ!? ってあれ、あなた?」
ジークの代わりに並んでくれている少年が、いきなり声をかけてきた。一緒に並ぶ少女の方はどうやら妹らしい。気になっていたことを言葉にされて、驚いてしまったマリエラだったが、この時ようやくこの少女が、昨日、行政区画で兄を探していた少女であることに気がついた。少々ジークに気を取られ過ぎていたらしい。
「リリアちゃんだっけ? お兄ちゃん見つかったんだね。よかったね」
「あぁ、お姉さんがリリアの言っていた。昨日はリリアがご迷惑をおかけしました。ほらリリア、お姉さんにありがとう言いな」
「? おねーちゃん、ありがとー」
「うなんな」
肝心のリリアちゃんはマリエラのことを覚えていないようで、頭の上に「?」を浮かべながらお礼を言ってくれた。
兄に言わされている感が半端ないが、リリアちゃんと長くいたのはヴォイドだし、子供は未来に生きるものだ。昨日なんて昔の話忘れていたって仕方がない。
そして、なぜかマリエラへのお礼に応じるナンナ。
ナンナは子供が好きなのか、それとも精神年齢が近いからか、二人はこの一瞬で仲良くなったようだ。リリアちゃんの脈絡のない話に「うな」か「うなんな」で答えるという高度なコミュニケーションが成立している。「うなんな」万能すぎないか。
(ジークは大丈夫……だよね。リリアちゃんとナンナは面倒を見合ってくれてるし。うん、切り替えていこう)
リリアちゃんはナンナに任せて、マリエラは少年に気になっていたことを聞いてみる。リリアちゃんと出会ったあの場所は『イリデッセンス・アカデミー』。帝国の最高学府――、いわゆる大学という場所で、子供に用のある場所ではないのだ。
「昨日の、あそこって大学だよね」
「そうだよ。僕は、えぇと……人より早熟なんだって。勉強をさせてもらってるんだ」
リリアちゃんのお兄ちゃんは13歳くらいの賢そうな少年だ。
マリエラの言いたいことをすぐに理解したらしく、この年で学生なのだと教えてくれた。
仕立ての良さそうな服を着ているが、おそらく平民なのだろう。ロバートからあそこは贄の一族の総本山だと聞いていたから、もしや『形代』に選ばれてしまったのかと心配したのだが、どうやらそうではないらしい。ということは、天才少年か何かだろうか。
「へぇ、賢いんだね。そうだ、帝都のこと色々教えてよ。大学とかがあるところが行政区画で、ここは中央区画、城壁の外は外縁部って言うんでしょ? 帝都って、どの建物も明るい屋根で統一されてて綺麗だよね」
「この辺りの粘土を焼くとあんな色になるんだよ。地面もほら、赤みがかっているだろ? ここは本来、農業には向かない荒れた土地なんだ。
とはいえ帝国が領土を拡大するにつれて帝都には人が集まってきた。その結果、広大な中央区画が出来上がったんだ。
この中央区画はね、複数の民族が集まってできあがったせいで、入り乱れた構造をしている。もちろん庶民の家の隣に貴族の屋敷があるわけじゃないけど、ここは貴族街、ここは商業区画、ここは庶民の住む区画と割り振られているわけじゃなくて、貴族の屋敷がある高級住宅街が中央区画内にあちこち飛び地であるんだよ」
「へぇ、すごいね」
少年は、街を褒められたと思ったようだが、すごいのはこの少年だ。行列代行よりガイドか何かをした方が儲かるのではなかろうか。
少年の話によると、帝国には複数の辺境伯がいて、その邸宅はそれぞれの領地がある方向の城壁沿いにあるらしい。その結果、付近には自然とその地域の特産物や文化が色濃い街が形成され、帝都にいながら幾つもの文化に触れることができるとか。観光するならこういうところがお勧めだと教えてくれた。
「街並みはどこも同じ感じなの?」
人が大勢住んでいるからだろう、迷宮都市と比べると4階建て、5階建ての背の高い建物が多くて空が狭い。それでも開放的に感じられるのは、建物の材質や構造によるものだろうとマリエラは思う。
迷宮都市では魔物が攻めてくることを前提とした石造りの強固な建物ばかりで、街全体が砦のように重苦しい雰囲気だったが、帝都の建物は魔物の襲撃など全く想定していないような素材で、構造も開放的だ。
クリーム色の壁や明るい色合いの屋根に大きい窓、通りに面した店舗のショーウィンドウは何が売っているのか外からわかるほど大きい。レストランやカフェが連なる通りなどは、路上にテーブルや椅子が並べられていて、帝都っ子がお茶を飲んでいてお洒落だ。
ちょっとした植え込みには様々な樹木や色とりどりの花々。魔物の嫌うブロモミンテラとキュルリケの2択しかなかった迷宮都市とは大違いだ。植物を素材になるかならないかの2択で判断するマリエラでさえ、なんの薬効もない草花もいいものだなと思ってしまう。
「この街は安全なんだねぇ……」
思わずつぶやいたマリエラに少年が同意するように頷く。
「そうだね。もう何百年もの間、戦火に焼かれたことも魔物に襲われたこともないよ。……ずっと昔に戦火に乗じてめっちゃ焼かれたことはあったらしいけど。
それはおいておくとして。この中央区画をぐるりと囲む城壁はね、200年前、つまりはエンダルジア王国を襲った魔の森の氾濫の時に建造されたんだ。
栄耀栄華を極めたエンダルジア王国が一夜にして滅びたあの惨劇は、帝国中枢を震えあがらせてね。ほら、帝都の周辺にも、管理型の迷宮がいくつもあるから。
よほど怖かったんだろうね。ものすごいお金と時間をかけて、こんなに大きな街をぐるりと囲ったんだ。そういうとこ、人間ってすごいなって思うよ。
それでも畑や工房までは囲えない。城壁建造に合わせて区画整理が行われ、住宅は城壁の内側に、畑や大型工房などの生産区画は外側へと移されて、今の構造になったんだよ」
「本当に詳しいね。ガイドとかできそう」
「にいちゃんすごい」
「うなんな」
3人に賞賛されて少年はにっこり笑う。まだ若いのにほめられ慣れている感じだ。
「帝都のことなら何だって知ってるよ」
なんて言っちゃうのだから、大したものだ。
「じゃあさ、美味しいお店とかも知ってる? 帝都に来たなら絶対に食べたほうがいいっていうお店!」
これは是非とも仕入れておきたい情報なのだが、食い気味のマリエラの質問に少年は笑って答える。
「そんなのありすぎて困っちゃうよ。
まぁ、チョコレートならこの店は良いチョイスだけどね。
帝都なら何でも売ってるし、なんだって手に入る。好奇心を満たしたいなら教育機関も充実しているし、図書館や美術館、博物館だってある。辺境伯たちがしっかりしているから帝都は安全で豊かだ。懸念だった迷宮都市の迷宮も片付いたから刺激が足りないくらいだよ。それでも刺激が欲しいなら、少し離れた場所には管理された迷宮もある。一生楽しく暮らせる最高の街なんだから。お姉さんも、ずっと居たくなっちゃうよ」
「すごい。詳しいんだね。でも大丈夫? 疲れてない? 勉強し過ぎは良くないよ」
どうしてそんなことを思ったのか。
血色の良い元気そうな少年なのに、マリエラにはひどく疲れているように感じられて思わず心配を口にしてしまった。
「疲れてる? 僕が? ……そう、だね。そうかもしれないね。
でも、がんばらなくちゃ。僕にはさ、叶えなきゃいけないことがあるからね。
……ねぇ、お姉さん。お姉さんの叶えたい願いはなあに?」
まだ幼いと言っていい少年が語る言葉は、“少年よ、大志を抱け”な感じなのに、なぜか切実な響きがするように思える。“叶えたい”ではなく“叶えなきゃ”と言っているせいだろうか。
(私の願い……)
マリエラの視線の先には、ジークがかつての仲間と話をしている。
ここは帝都で、今のマリエラには十分なお金があって欲しい物は手に入る。望めば立場だって得られるだろう。ジークはマリエラの選択に同意してくれるに違いない。
きっと今のマリエラの前には、かつてよりずっとたくさんの可能性が開けていて、望む未来を選び取れるのだろう。それは分かっているけれど、マリエラは何の迷いもなくこう答えた。
「お土産をたくさん買って、みんなで無事に帰ることかな。手始めにマダム・ブランのチョコレート! いっちばん大きい箱を買うの」
「えー、真面目に聞いてるのにー」
少年が膨れて見せるが、マリエラはこれでもおお真面目だ。まじめに見えないというなら、もともとそういう顔なのだ。
「あ、ジークが戻ってきたんな」
ナンナの声がマリエラと少年の会話の終わりを告げる。
「まぁいいや。お姉さんまたね。今度は美味しいお店でも案内するよ」
「ナンナちゃん、ばいばい」
兄妹と入れ替わり、ジークとなぜかイヤシスも一緒に列へと戻る。
(だって、どこにいたって私のやることは同じだし。大事なものは毎日ちょっとずつ頑張って大事にしていくものだと思うし)
言えなかった続く言葉を告げていたなら、何かが変わっていただろうか。
「リリアちゃんと、えっと名前……。てか、今度?」
そういえば名前を聞いていなかったなと思うマリエラ。なのに、また今度とは。
兄弟はパタパタと路地へ駆けていく。
「そのうちまた会えると思うよ! 僕の名前はロキ。覚えておいてね」
そんな言葉だけを残して。
【帝都日誌】リリアちゃんが元気そうで安心したよ。ロキ君、なんか疲れてそうだけど、だいじょうぶかなぁ。byマリエラ
ちょっぴりダークな異世界転生ストーリー、『俺の箱』を改定&更新中!
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