11.ナンナとおでかけ
前回までのあらすじ:ナンナの獣人度、さっそく下がる。
挿絵はMaze.Gure画伯。
「服は?」
「脱がなん、めくらなん!」
「人に声をかけられたら?」
「殴らなん、付いて行かなん!」
「欲しいものがある時は?」
「ジークサイフ!」
「えぇと、あとは……」
「キョロキョロしなん、ウロチョロしなんな!」
「完璧です!」とパチパチ手を叩くのは、ナンナのお世話係のメイドさんだ。
一体どの辺が完璧なのか。ジークサイフとはこれ如何に。 “勝利の財布”への挨拶をしたって、お小遣いは有限だ。スリ防止にジークが財布を持っているだけの話だが、そもそもジークはナンナの財布ではない。強いて言うならマリエラの財布だ。紐はきっちりしまっているから、暴飲暴食マルエラ化からマリエラを守ってくれている。
このメイドさん、マリエラの身の回りも取り計らってくれるスーパーメイドさんなのだが、かなりの動物好きなのだろう、ナンナに対してやたらに甘い。ナンナの女王様状態に拍車をかけたのは、間違いなくこのメイドさんだ。
そのメイドさんの激甘審査に合格し、ナンナは見事外出許可をもぎ取った。マリエラとジークもいることだしウェイスハルトもOKしたので大丈夫だと思いたい。うん、たぶんおそらくメイビーパーハップス無問題だ。
ちなみに「私もお供いたします!」と言ったメイドさんの意見は却下された。ウェイスハルトに。いつもは表情が読めないウェイスハルトだが、あの時ばかりはマリエラでもわかった。あの顔は「仕事しろ」の顔だった。
まぁ、メイドさんが一緒にお出かけしたくなるのも理解できる。
獣人の時から思っていたが、変身薬を飲んだナンナは、そりゃあもう、びっくりするほどの美少女になってしまったのだ。
「これは……すごいな。別の意味で目立つんじゃないか?」
麗しい令嬢をそれこそ何ダースも見てきたウェイスハルトが思わずうなるほどの愛らしさだ。これは、キャロラインに言いつけるネタができたとマリエラが心のメモ帳に書き止めたのは内緒である。
ウェイスハルトをして賞賛せしめた白猫は、白い毛並みを彷彿させる白い肌と、ブルーの大きなアーモンドの瞳、ふんわりとした銀髪の女の子になっていた。スラリとした体形とナンナらしい悪戯っ子ぽい顔立ちが何ともいえずチャーミングだ。
猫耳と尻尾は消えなかったのだが、それがまた愛らしさを添えている。もっとも、見せては人目を惹きすぎるので、外出に際してはメイド服の長いスカートとホワイトブリムで隠している。
こんなカワイイの化身、世界中に見せびらかしたいのだが、認識阻害のスカーフを付ければ目立たなくなるし、連れだしても問題はないだろう。
「エドガンのやつ、ギルドの受付嬢と出かけたことを悔しがるだろうな」
ジークまでこんなことを言うので、マリエラはちょっぴり口を尖らせてジークの足を踏んでやった。ぎゅう。するとナンナも面白がって、反対の足を踏んでいた。ぎゅう。
モテモテジークはちょっぴり嬉しそうにしていたから、お出かけの間中、マリエラとナンナの面倒をせっせと見てくれるだろう。財布の口も緩みまくりだ。ジークサイフ、マルエラに栄光あれ。
今日の目的地は、マリエラにとってあこがれの聖地だ。
シューゼンワルド辺境伯邸から真っすぐ行政区画に向かったところ、中央区画の大通りにある、『マダム・ブラン』のチョコレートショップだ。
マダム・ブランは帝都でも有名なチョコレートショップで、帝都南方にある管理型ダンジョン、バハラートから産出される最上級のカカオを使い、最高のパティシエが作り上げたチョコレートはまさに黒い宝石と謳われる。帝都でも『マダム・ブラン』のチョコレートをもらって喜ばない者はいない。マリエラは、このお店のことを薬味草店のメルルさんから聞いていて、絶対にお土産に買って帰ると決めていたのだ。
マダム・ブランのチョコレートの価値を高めているのは、チョコレートそのものの質ももちろんあるが、貴族であっても並んだ者しか買えないというレアリティにあるのだろう。しかも一人一箱だ。
とは言え貴族が買う時は使用人を並ばせる。実際に行ってみると、行列にはお仕着せなどの制服を着た使用人らしき人達と、なぜか子供がたくさん並んでいた。どうやらこの子供たちは順番待ちの代行をして小銭を稼いでいるらしい。列に並ぶ者の一人が手を挙げると、近くの路地からか出てきて小銭を受け取り入れ替わっていた。子供らにしても悪くないバイトらしく、利用者がいないかと視線を向けられている。
「なんか見られてて落ち着かないなん」
「あー。代行待ちの子供かな」
マリエラとナンナは認識阻害の魔法陣のお陰で目立たないはずなのだが、感覚の鋭いナンナは気になるのだろうか。
「うなうな。あのほっかむりがジークを見てるなん」
「ほっかむり……」
ナンナの示す方を見ると、帽子を目深にかぶった人物が、確かにジークの方を見ていた。それにしたってほっかむりとは、久しぶりに聞いた気がする。
「俺を? む、あれは……」
ほっかむりは、どうやらジークの知り合いだったらしい。ジークと視線が合ったほっかむりは思い切ったようにこちらに近づいてくると、帽子を通常の位置に戻してとって顔を見せた。
「やっぱりジークムントだったのね、お久しぶり」
「イヤシスか」
イヤシスと呼ばれた女の人は、サラサラの長い金髪を後ろでゆるくまとめた、綺麗な女の人だった。服装から見ておそらく治癒魔法使いなのだろう。一見清楚な服装ではあるが体のラインを隠しきれない服装をしている。胸のサイズはアンバーさんには敵わないが、性格ゆえにカラッとした雰囲気のアンバーさんと違って、大人の女性というか、艶めかしい印象の女性だ。
(この人、もしかして……)
もしかしなくてもジークの昔の知り合いだ。会うだろうとは思っていたが、こんなタイプは想定していなかった。迷宮都市にも女性の冒険者はたくさんいるが、こういうタイプは珍しいのではなかろうか。なんというか、前線で戦う人ではない気がする。
「無事だったのね」
会話をしたそうなイヤシスの様子に、ジークは「すぐに戻る」とマリエラに告げると、適当な子供に向かって片手を上げる。なぜかイヤシスも手を上げていて、それを見た兄妹らしき二人の子供が近づいてきた。
イヤシスは、兄弟とマリエラたちのすぐ後ろに並んでいた代行の子供に硬貨を握らせる。相手が代行の子供であれば、小銭を握らせることで割り込みも出来るらしい。
ジークとイヤシスを交互に見るマリエラには目もくれず、「近くにいい店があるのよ」とジークを連れ出そうとするイヤシス。けれどジークは、会話が聞こえない程度に離れた道の端で立ち止まる。
ジークにはこの場を離れるつもりがないらしいと理解したイヤシスは、初めてマリエラたちにちらりと視線を投げた後、ジークに向かって話を始めた。
「心配していたのよ。その……迷宮都市に行ったって聞いて」
「おかげさまで、今は自由に暮らしている。イヤシスだけか、他の皆は?」
「『夢幻の射手』の皆も今は帝都にいるわ」
夢幻の射手。
かつて、ジークがリーダーを務めたパーティーの名前であり、その頃のジークの二つ名でもあった。イヤシスはジークの知り合いどころか昔の仲間だったのだ。
(懐かしい。……いや、なんというかこそばゆいな)
ジーク自身、意外ではあったのだけれど、かつての仲間と再会した以上に、かつての二つ名を聞いて、なんだかそわそわしてしまう。
なかなかに、厨二感あふれるネーミングだ。
自分で自分を『夢幻の射手』とか言っちゃう時点でたいがいだが、それをパーティー名にしているあたり、“俺の!”パーティーだと言っているようなものだ。いうなれば「俺と愉快な下僕たち」だ。むしろその方が、自覚がある分ましだとさえ思う。
エドガン辺りが聞きつけたら、超腹が立つニヤニヤ笑いでいじって来るのが明白だ。自分でも若気が至りまくりで、墓穴を掘って入りたいと思っているから、マリエラには聞かれたことがあるが、現在に至るまではぐらかしたままである。
そのセンスのひどさは置いておいて、あの頃は、斥候のミッテクール、盾戦士のフセグン、それに治癒魔法使いのイヤシスと4人でパーティーを組んで活動していたのだ。
――ジークがワイバーンに精霊眼を奪われるまでは。
「……あなたと別れた後、新しいアタッカーを迎えたの。リョウ=ダーンっていう剣士。今では全員がBランクに上がったわ。今では名実ともにBランクパーティーね。『夢幻の射手』から名前を借りて、夢幻の一撃って名前で活動してる。アルアラージュ迷宮じゃ、ちょっと知れたパーティーなのよ」
「……そうかよかった」
そのネーミングセンスはどうなんだろう。
『夢幻の一撃』なのか『幻影の攻勢』なのか、それとも『姿を消す突撃』なのだろうか。
(『姿を消す突撃』……は突進してる時点でバレるだろ。それに攻撃が夢幻や幻影じゃダメージにならないんじゃ……)
イヤシスの話を聞いてジークが真っ先にそんなことを考えてしまったあたり、だいぶマリエラを始めとした『木漏れ日』メンバーに毒されている。シリアスがこぼれ落ちすぎだ。ついでに自分が付けた『夢幻の射手』についても、記憶からするっと抜け落ちている。
『夢幻の射手』なんていなかったんだ。それでいいじゃないか。黒歴史は封印だ。
割としょうもないことを考えて、ジークは思わずフフッと笑ってしまったのだが、それを見たイヤシスは少なからず動揺を覚えた。
(笑っ……た? あのジークが、私に……?)
イヤシスに笑いかけたわけではないのだが。
思いもよらないかつての仲間の微笑に、イヤシスの胸は不覚にも高鳴ったのだ。
【帝都日誌】『夢幻の射手』なんていなかった。いなかったんだ。byジーク
ファントム・シューター……シューター……シューター……
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