09.思わぬ助っ人
前回までのあらすじ:ナンナたん、モフカワ。人間だったらゲキカワ。
(人化のポーションを作るとして、人間を象徴する物って一体なんだろう)
すでにあるポーションの応用、バリエーション違いと言っても新しいポーションを作るのは簡単ではない。これだと思って錬成しても思わぬ効果を示すこともある。むしろ、その思わぬ効果が新たな発見となって有益なポーションが生まれてきた歴史さえある。
技術は自然の原理や原則の延長上に発展していくものだが、ポーションだって同じだ。ただ、その原理や原則が人知の及ばない超常の物なので法則性が見つけにくいのだ。
今回の場合は、魚人の変身薬をベースに、鰓石の代わりになる物を見つけなければいけない。
人を魚人もどきに変身させるには、素早く泳げる手足のヒレ以上に水中呼吸を可能にする機構が必要で、魚の鰓に稀にできる真珠に似た石、鰓石が材料になったのだ。では、獣人の見た目を人間のように変えるには、一体何が必要だろうか。
“人間”の特徴を求めて食堂に集った人々を見渡すマリエラ。ここには、たくさんの人間が集まっている。
兵士、兵士、兵士、兵士、兵士、ニャンコ、兵士、兵士、兵士、ロバート、兵士、兵士。
(ん? あれ、ロバートさんじゃない。なんでロバートさんがここで朝食を? 帝都に住居あるんだよね)
マリエラは視線の先に、一人で朝食をとるロバートを見つけた。
なんで? と首をかしげるマリエラだったが、単に昨夜遅くまで議論が長引き、そのまま泊っていっただけの話だ。
帝都について早々、錬金学府『イリデッセンス・アカデミー』の儀式に迷い込んでみたり、グランドポーションだとか贄の一族だとか錬金術がらみのパワーワードを聞いたのに、ナンナの登場でサクッと脳みそニャンコに上書きされたマリエラと違って、ロバートやウェイスハルトはあの後夜遅くまで働いていたのだ。
だがそんなことはどうだっていい。ロバートは錬金術にも造詣が深いのだ。相談相手としては申し分ない。そう思ったマリエラは、果敢にもロバートに突撃をかました。
「ロバートさん、ちょっといいですか?」
「良くありません。見れば分かるでしょう、私は朝食の最中です」
相変わらずツンケンしているロバートだが、マリエラは構わず向かいに座り、それに追随するようにジークがマリエラの隣に、エドガンとヴォイドがロバートの両隣に座った。
しょっぱなから鉄壁の包囲陣だ。何にも悪いことはしていないのに、哀れロバートは速攻で退路を塞がれる。露骨に嫌そーな顔をするロバートに、最初に仲良し攻撃を仕掛けたのはフットワークも口も軽い男、エドガンだ。
「まぁまぁ、大勢で食った方が旨いっしょ」
「貴様らの皿は空ではないですか」
「もうすぐナンナたんが持ってきてくれるっス」
「私はもう食べ終わりました」
皿にはまだ料理が残っているのに席を立とうとするロバートだが、マリエラも気にせず話を始める。
「実は相談があってですね」
「話を聞け」
エドガンのコミュ力の高さはいつものことだが、今日はマリエラも押しが強い。押し切られたのか、初めから聞いてくれるつもりがあったのか、キレつつも再びカップに手を伸ばしたロバートにマリエラは話を続ける。
「人間の原型とか象徴とかって何だと思いますか?」
「……ホムンクルスでも作るつもりですか?」
「いえ、あの、ナンナを人間ぽくする新しい変身薬を作ろうと思って」
「…………続けなさい」
最初こそ胡散臭げにしていたロバートだったが、新しいポーションを作るのだと聞いて、興味が湧いてきたようだ。しかもさすがはロバートというべきか、マリエラが何種類かの変身薬の作り方を説明すると、それだけで理解してしまったようだ。頭の良さが半端ない。マリエラもちょっと分けて欲しいくらいだ。
「なるほど、それで人間の原型ですか。では聞きますが、アレはそもそも人ですか? それとも言葉を喋る獣ですか?」
ようやく順番が来たのか、カウンターで「肉、肉、肉なん、もっとなん」と騒ぐナンナを指さしロバートが問う。
「ナンナは人です」
「ナンナたんは可愛い女の子だぞ」
「エドガンは黙ろうな」
即答するマリエラとエドガン、そしてエドガンを黙らせるジーク。ヴォイドはにこやかに食後の紅茶を楽しんでいる。
ロバートが言うと、獣人差別のように聞こえてくるが彼が言いたいことは、そうではない。
「そう、あれは獣に近い姿をしても根本的には人間です。
人でないものを人間にするというのなら、『ドリーカドモン』であるとか、あるいは『シャムハトの甘美なる神聖』に人間の原型を求めていく必要もあるでしょうが、その原型はすでにあるのです。そうであるなら簡単な話ですよ」
「えぇっと、つまり?」
ロバートには簡単だろうが、マリエラには難しいのだ。もう少し分かりやすく話して欲しい。
マリエラが悩んでいる間に、肉料理ばかりが山盛りになった皿を両手にナンナが戻ってきた。そのナンナをちらりと見て、ロバートはちょっぴり意地悪そうに答えを告げた。
「分かりませんか? 毛ですよ。この毛玉を無くしてしまえば、人間らしく見えるというものです」
「なんな!!?」
ナンナが誤解する言い方は、控えて欲しいものである。
毛を逆立てて「ふしゃー」と威嚇するナンナをなだめるのは大変だったが、揶揄って満足したのか、その後のロバートはかなり有益なアドバイスをくれた。
なんでも獣は人間のように全身から水のような汗をかいたりしないのだそうだ。体温調節がどうとか言っていたが、要はその辺りの機能を付与しつつ、美容脱毛系の効果を与えればいいんじゃないかということだ。
「ならばケンタウロスの鬣かケルピーの波紋花などが良いでしょう。どちらもやや希少ではあるが、このロバートになら手に入れる伝手はあります」
「なるほど。ありがとう、ロバートさん!! ほら、ナンナもお礼言って」
「うなんな!」
さすがはロバート。確かにそれなら可能性が高そうだ。
手を打って喜ぶマリエラと、毛皮を無くすと脅かされて怒るナンナ。
「もしかしたら一緒にお出かけできるかもしれないんだよ? ほら、お礼いうの」
「うな!? うなー。ゴロゴロなん!」
喉を鳴らすと「ありがとう」なのか。
しかしポーズがあざとカワイイ。ナンナのゴロニャン攻撃にロバートも一発で撃沈らしい。意外とチョロくて助かる。
「む……むう、仕方ありませんね。すぐに手配しましょう。ですが他の材料は? オーロラの氷果に時騙しの花蜜でしたか、どちらも非常に……」
「大丈夫です、どちらもいっぱい持ってきてるから!」
「いっぱい……。栽培できるようになったオーロラの氷果はともかく、時騙しの花蜜など美容の秘薬ですよ、どれほどの価値が……」
ぶつくさ言いながらも、ロバートはすぐに素材が届くよう手配してくれた。どちらも手元にあるようで、1刻ほどで届くという。
「ジーク、ごめんね。今日は今から錬成するよ。ロバートさんも見ていきますか?」
「ふむ、新たなポーションの誕生か。仕方ありませんね、立ち会いましょう」
「あ、あぁ……。帝都でどれくらいポーションが作れるか、確認する必要もあるだろうしな」
「んじゃ、オレら出かけてくっから」
「僕も失礼するよ」
偉そうにのけぞりながらも興味津々といった様子のロバートと、明らかに盛り下がりを見せるジークを残して、予定のあるヴォイドとエドガンは出かけて行った。
去り際にエドガンが「ドンマイ、ジーク」と肩を叩いて行ったのに、新しいポーションで頭がいっぱいのマリエラは、デートの予定がつぶれてジークの残念そうな様子に気が付くことはなかった。
【帝都日誌】猫が飼えなければ作中で飼えばいいじゃない。by作者




