07.ナンナ
前回までのあらすじ:帝都にはどこでも使えるグランドポーションなるものがあるらしい。
帝国フンワリMAP:マリエラが「こんなかんじかな」と記憶している地図。
通ってきた風景やチラ見した地図、話で聞いた情報から構築されている。意外といい加減なため、時々変化する。
「ナンナなん。よろしくなん!」
「じゅっ、じゅっ、じゅっ、獣人!!?」
マリエラ、ジーク、エドガンの3人が叫んだのも無理はない。あの冷静なヴォイドでさえも目を見開いて驚いている。エドガンなどは目をこすっているが、先ほどまでの真面目な話の間中、居眠りしていたのではなかろうか。
一同が目が覚めるほど驚いたのも無理はない。獣人という種族は、恐ろしく珍しい種族なのだ。基本的に生息している森から出てこないということ、身体能力が恐ろしく高いことくらいしか情報がないし、会ったことがあるという話も聞いたことがない。
そんな獣人ナンナに近づき、ファーストコンタクトを試みたのは、やっぱり我らがエドガンだ。
「なん……だと……」
「ナンじゃないなん、ナンナなん」
「なんなんなんな、なんなんな」
「うなっ」
真面目な話の最中は半分寝ていたくせに、雌ニャン娘の登場に急にアップを始めるエドガン。
恐るべきコミュ力だ。
からかわれたと怒ったナンナの猫パンチを華麗に躱すと、すかさず出された手を取り肉球をぷにぷにしている。
出会ったばかりで即猫パンチを繰り出すナンナに、獣人の戦闘民族ぶりにおののくべきか、それとも肉球ぷにぷにするエドガンを、実にうらやまけしからんとおののくべきか。
獣人ナンナも相当に素早いのだが、エドガンはいろんな意味で手数の多さで知られたAランク双剣使いだ。相手が雌猫ちゃんならば、最高速度を更新したっておかしくはない。
肉球を触られたナンナの方は、「うなっ」と手を引っ込めて後ろに下がり、フシャーと毛を逆立てる。
ファースト・コンタクトはどうやら失敗したらしい。しつこく追いすがろうとするエドガンをヴォイドがやんわりたしなめる。
「やめたまえ、エドガン。猫は手足を触られるのを嫌うはずだ」
「そーなんすか? ヴォイドさん。ナンナたん、ごめんねー」
「フーッ!」
人語を喋っているのだが、猫扱いでいいのだろうか。ヴォイドの適応力も高すぎか。
あと、マリエラどころかジークまで触りたそうなのはどういうことか。狩人なんだから、犬派ではないのか。
「オレ、新しい扉を開きそうだ……」
「エドガンはとっくに開いてるじゃないか」
「それはそれですごいね」
「うなんな」
エドガン、ジーク、ヴォイドと、当然のように交じるナンナの会話に付いていけないマリエラは、目の前の二足歩行する白猫を観察する。
身長はマリエラより少し高いくらい、白い毛並みにブルーの大きな瞳がチャーミングな短毛種だ。手入れの行き届いた毛並みはつやつやしていて、マリエラも触りたくって手がわきわきしてしまう。
速度重視なのか、それとも毛皮が鎧を兼ねているのか、胸部装甲と一体となったような上衣に、しっぽの穴が開いた短パンという快活な格好だ。人間であればボーイッシュな印象を受ける格好なのだが、全身を毛皮で覆われた動物のような見た目のせいか、それともナンナからにじみ出る愛らしさのせいか、似合っていてとても可愛い。
手の指は人間に近い形だし手足の骨格も二足歩行に合わせて変形しているようだ。靴のかかとが高いのは、つま先立ちで歩くからだろう。
顔まで毛でおおわれているせいで猫の印象が強いが、よく観察してみると猫と人間の中間のような造形である。
「獣人は協調性が無さ過ぎて人間のコミュニティーに馴染まないのだが、君たちならば大丈夫そうだな。ナンナ、彼女がマリエラだ。屋敷にいる間、彼女の安全は任せたぞ」
ウェイスハルトに紹介されたマリエラを、ナンナはちらりと横目で見た。ナンナのしっぽはぶんぶんと振られていて、なんだか機嫌が悪そうだ。
だがそれもイイ。マリエラの目はナンナの尻尾を追いっぱなしだ。
ナンナはむしろジークやエドガン、ヴォイドに興味がありそうにしている。性別によるものかと思ったが、ロバートには見向きもしないところを見ると、おそらくナンナにとっては強さが評価対象なのだろう。獣人らしい対応と言えるが、護衛としては少々困るのではないか。マリエラとしては、日当たりのいい場所で丸くなっていてくれても構わないのだが。そして、ナンナをもふりながらマリエラも一緒にお昼寝するのだ。
(はわわわわ。おっきな白猫と日向でお昼寝……)
幸せな妄想にぽわぽわしてしまうマリエラ。先ほどまでの深刻な話は全て過去になっている。
「マリエラ嬢、獣人の特性については追々説明するが、まずはサラマンダーを出してはくれないか。顔を見せるだけでいい」
「え、あ、サラマンダーですか、はい。《来たれ、炎の精霊サラマンダー》」
ウェイスハルトに声をかけられ正気に戻ったマリエラが、言われるままにサラマンダーを呼び出すと、小さなトカゲが手の上に現れ腕を伝ってマリエラの肩まで登った。知らない場所に呼ばれて少し興奮しているらしく、「キャウキャウ」と声を上げる。すると暖炉の炎が歓迎するかのように大きく揺らめき、薪がパチンと音を立てて爆ぜた。
「なっ、なっ、なっ」
「ナンナ?」
暖炉の炎以上に大きな変化があったのはナンナだ。サラマンダーの姿を見たナンナの瞳孔がキュキュっと窄まりサラマンダーを凝視している。
「守護精霊なん! よわよわニンゲンに守護精霊がいるなん!」
「守護精霊?」
興奮しきりのナンナ。あったばかりのマリエラを“よわよわ”扱いとはなかなかに失礼なニャンコなのだが、それには触れずにウェイスハルトが答えてくれる。
「獣人には一人に一体、守護精霊と呼ばれる同じ獣性を持つ精霊がいるらしい。強者ともなればその守護精霊は他者から視認できるほどだとか。彼らの常識からすると、サラマンダーを使役できるマリエラは大変な強者というわけだ」
「よわよわなんな、つよつよなん……」
相当混乱しているのか、マリエラの周りをぐるぐる回り始めるナンナ。溶けてバターになってしまいそうだ。ナンナは白猫だからコンデンスミルクか何かだろうか。時折ふかふかした毛皮が手に触れて気持ちがいい。ぜひとも撫で繰り回したい。
「ナンナよ、これは守護精霊ではないがマリエラはサラマンダーを使役できるのだ。彼女の戦闘力は低いがサラマンダーは彼女の命令に従う。マリエラの側にいれば守護精霊を使役するヒントが得られるやもしれんぞ。マリエラの言うことをよく聞いて、彼女をきちんと守るというなら、お前をマリエラが屋敷にいる間の護衛として側にいさせてやろう」
「わかったなん! ナンナにおまかせなん!」
なんとサラマンダーを餌に白猫娘が釣れてしまった。
だがしかし、ナンナはマリエラの言うことを本当に聞いてくれるのだろうか。現在進行形で軽んじられている気がしないでもないのだが。ここは早いうちに確かめる必要があるだろう。何しろ今のマリエラは、ナンナにお願いされている立場なのだ。
「一緒にいるなら、私のお願い聞いてくれなきゃだめなんだよ」
「うなんな!」
それはYesなのかNoなのか。頭をこくんと縦に振っているからYesなのだろうが。
「じゃあさ、あとでなでなでしてもいい?」
「うなんな!」
よし、キタ、契約成立だ!
頷くナンナに思わずガッツポーズを決めるマリエラ。
ウェイスハルトは「ナンナは音にも臭いにも敏感だ。同じ部屋にいれば夜も安心して眠れるだろう」なんて追加の説明をしているのだが、そんなことはどうでもいいのだ。
豪華なお屋敷で、でっかい猫をモフる幸せ。
マリエラの帝都でのQOLは最高のものが約束されたも同然だ。
やっぱりジークもナンナをモフりたいのか、眼帯を外して精霊眼を出そうとし始めたのだが、いつの間にか背後にいたヴォイドにそっと押さえられていた。
話がややこしくなるのはよろしくないし、ナンナはマリエラの護衛に必要だ。精霊眼は当分の間、封印しておいてもらいたい。




