06.グランドポーション
前回までのあらすじ:グランドポーションってなんぞ?
「それで、グランドポーションってなんですか?」
ロバートがポロリしちゃった「グランドポーション」という地雷ワード。
それをスルー出来ずに踏んじゃうあたり、マリエラらしいと言えるだろう。
だが、エリクサーまで作れる錬金術師のマリエラが知らない種類のポーションなのだ。興味を持つのも致し方あるまい。
聞き返すマリエラの様子にロバートがしまったという顔をする。相変わらず正直というか脇の甘い男だ。変に勘繰られるよりは教えておいた方がよいと思ったのだろう、ウェイスハルトは小さくため息を吐くと説明してくれた。
「グランドポーションとは、世界中のどこででも使えると言われているポーションだ。我が国が帝国を名乗っているのは、かつては他国だった地脈の異なる領土を併合しているからだが、帝国がこれほどの領土を持つに至った陰に、グランドポーションの存在があったと言われている。グランドポーションがあれば攻め入る難度を大きく下げられるからな」
「すごい、そんなものが」
それは、錬金術師の常識を覆す存在だ。マリエラは本当にびっくりしたのだが、ウェイスハルトもロバートもその存在には懐疑的な様子だ。
「伝説の域を出ない話だ、そんなものが使われた記録はない」
「そんなものがあったのなら、迷宮都市は迷宮の討伐にあれほど苦労したりはしませんよ。私も新薬など作りはしなかったでしょう」
「言われてみればそうですね」
帝国の歴史は200年前の魔の森の氾濫よりずっと古い。本当にそんなものがあるのなら、エンダルジア王国滅亡の時に登場してもおかしくないではないか。あの時は、まだ他国だったからなのかもしれないが、シューゼンワルド辺境伯領に組み込まれた後も、迷宮都市は本当に危機的状況だったのだ。
ウェイスハルトとロバートの言葉にあっさり同意したマリエラに、ロバートが「単純なやつめ」と言いたげな顔をする。
「おとぎ話にすぎない、と一笑に付したいところですがね。ここにはそれこそおとぎ話にすぎないエリクサーなどという代物を錬成した錬金術師がいるわけです。……本当に、なぜコレがと未だに信じがたくはありますが。実際に帝都で《命の雫》を汲んで見せたのですから、もしやグランドポーションも錬成できるのかと思った訳です。まさか名前すら知らないとは思いませんでしたが」
ロバートが早口でまくし立てる。マリエラのことを褒めているのかけなしているのか、それとも単にいいわけか。いつの間にか丁寧な口調に戻っているから、冷静にはなったようだ。
偉そうではあるのだが、実際にロバートは貴族でエライわけだし、言動の割には親切でおせっかいなことが分かっているので、マリエラは気になっていたことを聞いてみる。
「ところでロバートさんはどうしてあんな場所にいたんですか? あのおじいさんが言っていたゲニウスって何ですか?」
「ゲニウスとは帝都を統べる精霊の呼称らしい。炎災の賢者殿は帝都の地脈には主はいないと言っていましたが……。詳しくは私も知りません。それで私があそこにいたわけはね、レビスについて聞きだすためです!」
ドヤ顔で教えてくれるロバート。なんだか、”光るお茶”ができるようになった時のキャロラインを思い出す。似ていないと思っていたが、案外似た者兄妹なのかもしれない。
「レビス……。《命の雫》をふんだんに含む物質ですよね、それを使って皇帝陛下に献上するポーションを作れっていう、今回の依頼がらみの」
「そう、そのレビスに関する視察です。前回はさっさと持ち帰られてろくに話も聞けなかったから確かめに行ったのですよ!
先に言っておきますが、レビスでグランドポーションは作れません。あれは、まぁ、私も知らぬ《命の雫》を大量に含む物質であることは認めざるを得ませんが、それでも含んでいるのは帝都の《命の雫》ですからね」
ふふん、と顔を斜め45度に上げ、「ですが、私には分かってしまったのです」と自信満々にロバートは続ける。
「先ほど《命の雫》を汲みあげて見せた事象。あれこそがグランドポーションの正体でしょう。
あの《命の雫》は、迷宮都市のものだが帝都でも使えると言ったでしょう。つまり、帝都でも迷宮都市でも使えるポーションができるはずです。それでもって、“どこでも使える”と吹聴すれば事情を知らぬ者は信じます。事実、2か所で使えるだけでも驚愕ものですからね。
つまりは、過去にも地脈の変動の際、別の場所で《命の雫》を汲めた者がいて、そのポーションでもって周辺国への示威行為をしたというのが、このロバートの推測です。
とすれば、今回のレビスを使った件も似たものでしょう。
この国の広大さを見てごらんなさい。どれだけの地脈を併合してきたことか。それだけ敵も多かったでしょう。そして、今もってなお、気が抜けないのかもしれません。
グランドポーションとは周辺国家だけでなく、帝国の隅々まで忠誠を誓わせるためのブラフ、演出装置なのですよ。
“かの大迷宮の討伐に貢献した『始まりの錬金術師』に、帝国はどこででもポーションを作らせることができる”と示せれば効果は言わずもがな。
迷宮都市に忠誠を誓わせるための儀式の一種に違いありませんね」
ドヤアアァ! とばかりに自らの推論を語って見せるロバート。
想像にしか過ぎないというのに「正体見たり」と言わんばかりだ。逆にウェイスハルトは「それって、ロバートの想像だよね?」と冷めた顔をしている。さすがは賢さ5の男、冷静にして沈着だ。
かつてロバートは、マリエラは囮か何かで錬金術師ではないと思い込み、マリエラのいる前で「錬金術師はどこだ!」とやらかしたことがあったのだ。優秀な学者だというのに、こういう勘はすこぶる悪い。だからマリエラは、恐らくロバートの見立ては外れているのだろうと思っている。
黒歴史職人ロバート。
そのくせ彼は、核心に近い情報だけはきっちり入手しているのだ。
その証拠に、締めとばかりに続けた言葉に、マリエラは吃驚させられたのだから。
ロバートは言ったのだ。
「それよりも、行政区画のあの場所です。あそこには近寄らない方がいいでしょう。あそこは、贄の一族の総本山ですからね」
「贄の一族!?」
まさかその名前がここで出てくるとは。
贄の一族とは、皇帝や重要な任務に就く貴族に、その身に降りかかる災厄を肩代わりさせる形代と呼ばれる生き人形を作り宛てがう一族だ。
ロバートとキャロラインの伯父ルイスは、その形代に選ばれたせいで命を落とし、ルイスの《命の雫》を受け入れた二人の父ロイスは長く苦しむこととなった。その対価としてもたらされた贄の一族の知識を使ってロバートが作り上げたのが、新薬と呼ばれるもの――形代に加工した奴隷に兵士のダメージを転写する呪術の一種だったのだ。
(あのおじいさん達が贄の一族……)
だが、彼らは錬金術師がどうとか言ってはいなかったか。
「贄の一族って、錬金術師なんですか?」
「そんなことも知らないのですか? 当然でしょう。形代というのは貴人が受ける怨念――嫉妬や敵意、あらゆる悪意を肩代わりする者です。物理的な攻撃は防ぎようがありますが、形のない害意は普通は防げません。そのくせ悪意――彼らは“穢れ”と呼んでいましたが、穢れが蓄積すれば、運命が悪い方向にねじ曲がってしまうそうです。
そして形のない穢れを肩代わりするには、適性だけでなく貴人との相性が必要です。形代が幼いころからどれだけの時間をかけて肉体を調整することか。だからたとえ皇帝であろうと形代は一人か多くて二人しか持てません。
……無理に作りかえられ、覚えなき悪意を押し付けられた形代の肉体は、ひどく痛むのですよ。しかし、替わりはいないのです。長持ちさせるために、最高の癒しを与えるのは当然でしょう?」
ロバートが何処かつらそうに話すのは、形代となった伯父ルイスを思ってか、それとも自らが新薬として犠牲にした人々を思ってか。それでも彼は言葉を止めない。口は悪いが、マリエラが知るべき情報だと思ったのだろう。
「彼らは、皇帝専属の錬金術師集団です。帝都の神秘の中心と言ってもいい。
知識を求めて門を叩く錬金術師は多くいますから、今ではだいぶ膨れ上がってイリデッセンス学派と呼ばれていますよ。
イリデッセンス学派くらいは知っているでしょう? 何、知らない? 不勉強ですね。あの場所こそ、帝国最高の錬金学府『イリデッセンス・アカデミー』ですよ。まぁ、今では帝国最高の錬金術研究機関という位置づけで、研究の幅も広い。このロバートが在籍しているくらいですからね。一般の学生や研究者も多いので、形代なんぞの情報は当然秘せられていますが。
イリデッセンス学派の中でも秘密主義で血族主義、本当の秘術を扱う中枢こそが贄の一族と呼ばれる連中です。秘密はその存在ごと秘されてこそ守られるもの。アカデミーの教授であっても贄の一族の名を知らない連中は多いから、知らなくとも無理はないでしょうが。
ですが錬金術師を名乗るならこれくらいは覚えておきなさい。贄の一族は、この帝国の始祖こそが錬金術師の祖であると言っているのですよ」
「帝国の始祖が、錬金術師の祖……」
一番最初の錬金術師がどうやって地脈から戻ってきたのか。
錬金術師なら誰だって考えたことがあるだろう。けれど、その最初の一人がこの帝国の始祖だとは。そして、それを提唱するのが、この地に連綿と秘術を繋ぐ贄の一族。
その言葉に、漠然とした不安を掻き立てられたのはマリエラだけではなかっただろう。
「ロバートよ、そう心配を煽るものではない。我がシューゼンワルド辺境伯家が付いているのだ。火中の栗を拾いに行くような真似をしなければ、そう危険が及ぶこともあるまい。…………今日、行ったばかりだが、以後気を付ければよい。
マリエラ嬢、君の仕事は指定された特級ポーションともう一品の自由課題――、君が“この帝都に必要と思うポーション”を錬成することだ。陛下との面会は私とキャルの仕事だし、面倒な連中の相手も請け負おう。
せっかく帝都にまで来たのだ。数日もすればキャロラインも来る。帝都での暮らしを楽しむといい」
暗くなってしまった雰囲気を払拭しようとしたのだろう。ウェイスハルトの言葉に、マリエラの表情は少しばかり明るくなった。本当にできた人だ。キャロラインは当たりを引いたと言っていい。
そう、ここは憧れの帝都なのだ。美味しいお菓子に珍しい料理、最新の服や靴や鞄に珍しい雑貨、そして見たこともない錬金素材の数々がマリエラを待っているに違いないのだ。
マリエラたちが一足先に帝都入りしたのは、“帝都に必要と思われる錬成品”という自由課題の為に、帝都を知る必要があったからだが、帝都を知るついでに楽しんじゃってもいいではないか。言わばこれは、観光付きのご褒美出張というやつだ。
護衛だって、ジークにエドガン、さらにはヴォイドと、交替で就くにしても過剰戦力だ。それでも心配そうな顔をするジークに向かって、了承を取り付けるようにウェイスハルトが続ける。
「マリエラ嬢にはもう一人女性の護衛を付ける。男性では立ち入れないところもあるだろうし、24時間護衛をするわけにもいくまい。少々………………個性的な者ゆえ、屋敷の敷地内での警護に限られるが、能力は保証しよう」
「個性的」の前に開いた間はなんなのか。先ほどとは違う緊張感を感じたのは、ここにいる一同がそれなりの修羅場を潜り抜けてきたからか。
ベルを鳴らし、入ってきたメイドに護衛とやらを呼ぶように伝えるウェイスハルト。喋るだけ喋ったロバートは紅茶を飲みながら満足そうにしているが、護衛が来るまでの短い時間、部屋に漂う緊張感にマリエラは逆に喉が渇いたくらいだ。
そして。
「ナンナなん。よろしくなん!」
「じゅっ、じゅっ、じゅっ、獣人!!?」
ウェイスハルトに呼ばれて部屋に入ってきた女性は、なんと体中が白い毛でおおわれた、二足歩行の猫だった。
【帝都日誌】ニャン娘ちゃん、キタコレ! え? 贄のなんたらが錬金術師がどうとか? 寝てたからシラネ。byエドガン




