01.帝都デビュー
“帝都編”開幕です!
「外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵」の後の話になります。よろしくお願いします。
それは、うららかで少しけだるい帝都クアドラの昼過ぎのこと。
依頼のピークが過ぎた冒険者ギルドの受付嬢は、新しく仕入れた噂話に華を咲かせ、新しい依頼を待つ冒険者たちは彼女らの話に耳を傾けながら暇を紛らわせていた。
「知ってる? あの、『金獅子の牙は迷宮に眠る』の錬金術師が帝都に来るんですって」
「知ってる。迷宮討伐の演劇のモデルになった人でしょ?」
『金獅子の牙は迷宮に眠る』――。
それは迷宮都市を舞台にした、迷宮を滅ぼさんとした人々の演劇だ。
かつてエンダルジア王国と呼ばれた場所は、魔の森の氾濫と迷宮の発生により200年の長きにわたり帝国の重大リスクの一つだった。その迷宮が金獅子将軍レオンハルトとその弟ウェイスハルト、そして彼らが率いる迷宮討伐軍によってついに滅ぼされた。
もちろん容易な道ではなかった。多くの命が失われ、その討伐のさなかに金獅子将軍レオンハルトでさえも呪い蛇の王の石化の呪いによって死の縁に瀕したという。
しかし、運命はレオンハルトを見放さなかった。今際の際、レオンハルトの元に、迷宮都市に存在しないはずの錬金術師が現れ、解呪のポーションで彼を救ったのだという。
運命のいたずらか、それともかつてこの地を守り地脈を治めた大精霊エンダルジアの導きか、その錬金術師の実力はすさまじく、たった一人で街を潤すほどのポーションを作り上げ、非力な錬金術師の身でありながら迷宮討伐軍とともに迷宮の最深部に同行し、その討伐を大いに助けたという。
その史実を題材に作られたのが、『金獅子の牙は迷宮に眠る』という演目で、この受付嬢たちも当然観に行っている。
「その錬金術師、すごくない?」
「すごすぎ。作り話を疑うレベル。だいぶん脚色してるんじゃない? 例えば錬金術師はたくさんいたとかさ」
帝都の冒険者ギルドは広く、受付は複数ある。
冒険者たちは朝あるいは前日のうちに依頼を受けて夕方に達成報告をしに来ることが多いから、今が一番暇な時間で広いギルドの内部は閑散としている。受付も彼女らのいる二つを残して閉まっているし、割のいい仕事からあぶれた冒険者たちが併設された食堂でクダを巻きながら、新しい仕事が持ち込まれるのを待っている。
若い女性の高い声は、閑散とした室内に良く響く。
ギルドの食堂は昼間は酒を提供していないから、聞き耳を立てる冒険者たちの娯楽の一つにちょうどいいのだ。もちろん彼女らが喋る内容は、冒険者あるいは市民たちに知られて困るものではない。
「錬金術師は実はたくさんいた説? でもそんなに大勢いたなら、もっと早くに討伐されててもよくない?」
「でもねぇ、一人だったとしてよ、伝説のポーションが作れる錬金術師が何歳だって話よ。帝都の偉い錬金術師を見てごらんなさいよ、みんなお年寄りばかりじゃない。謁見に来る錬金術師って婚約の挨拶をしにくるんじゃないの?」
「あー、たしか貴族令嬢で、シューゼンワルド辺境伯家の次男と婚約したんだっけ。だったら、おばあちゃん……ってわけじゃないわよね。劇では若くて美人だったし」
「『最初の錬金術師』キャシーだっけ? 役者さんは美人だったけど、実物は分かんないわよ。後家のおばさんが褒美に若い貴族と結婚したのかもしれないしさ」
「悪意のある言い方するわねぇ。また、彼氏と別れたワケ? 八つ当たりするにせよ相手は選ばないと。口は災いの元よ。なにしろ、お貴族様なわけだし。実際、話題作りに『始まりの錬金術師』だっけ? それの名前を利用してるだけで、本人は大した錬金術師じゃないって可能性もあるでしょ。お貴族様なんだから……っと、そろそろ仕事に戻りましょ」
「……ごほん」
受付の奥から咳払いが一つ聞こえた。
上司の視線を感じた受付嬢は、おしゃべりをやめてすました顔で前を向く。ついでに聞き耳を立てていた冒険者たちも、何も聞いていなかった風に装い居住まいを正す。もっとも冒険者たちの何人かは、受付嬢の一人が今フリーであると聞いて服装や髪を整えながら、ちらちらと視線を送っているのだけれど。
再び訪れた静かで退屈な時間は、しかしほどなく破られた。
きゅぃー。
元気が有り余った冒険者たちが、バンバンバンバン開けるせいで蝶番が歪んだ扉が情けない音を立てる。この気の抜けた音は冒険者にあるまじき腕力のなさの現れだ。
ちなみに一番ドアをバンバン開けるのは地方でそこそこ実力があった帝都デビューの冒険者で、夢と希望に胸膨らませ、目をキラッキラに輝かせて元気ハツラツ扉を開け放つ。熟練の冒険者たちやギルドの職員からすれば、「バンバン、うるせーよ」だとか「蝶番が傷むので静かに開けてください」と内心で舌打ちされる、若干迷惑な手合いと言える。
そういう帝都デビューのお上りさんは、暇を持て余した先輩冒険者なんかからちょっぴり意地悪な洗礼を受けるのも、稀によくあることである。受付嬢のおしゃべりが終わって再び暇になった先輩冒険者たちは、面接官よろしく新参者であるなら辛口判定してやろうと視線を扉に投げかけたのだが。
扉を開けて入ってきたのは、お目眼はキラキラで、ほっぺを紅潮させ満面の笑みを浮かべた少女だった。
年の頃は十代後半だろうか。
――帝都だ! 都会だ! 来ちゃったのだ!
そんな心の声が駄々洩れのワクテカとした表情は、間違いなく新参者の冒険者なのだが。
(あーこれはお客さんだな。……だが、後ろの連中は別口か?)
冒険者面接官たちの、少女に対する審査は数秒で依頼主だと判定する。けれどその後ろに続く3人の男たちを見た後、これはどういう一団だろうと面接官一同は少々頭を悩ませた。
そんな視線をものともせず――いや、おそらく全く気付くこともなく、少女は受付へと歩みを進めた。
「すいません」
「はい、ご依頼でしょうか?」
カウンターを訪れた少女が声をかけ、受付のギルド職員が依頼かと応じる。
ちなみに、応対したのは彼氏と別れていない方だ。なぜなら彼氏と別れたばかりの受付嬢は、後ろに続く3人の男性ばかりに視線を投げかけ、少女を見てすらいなかったのだから。
職務に忠実な受付嬢は、冒険者面接官たちと同様に、少女を依頼をしに来た客だと判断したようだ。この判断には冒険者面接官たちも全く同意で、持ち込まれたのが美味しい依頼だったなら、自分が受注しようと皆耳を澄ませている。
何しろこの少女はどこから見ても隙だらけだし、これっぽっちも強そうに見えない。やたらとワクワク顔をしているが、それも含めて庶民らしさがほとばしっている。この少女が依頼を受けに来た冒険者だなんて誰も思わないだろう。
けれど、その日の少女はワクワクと希望に満ちた表情を崩しもせずに声高らかに答えたのだ。
「違います。冒険者パーティーの登録をお願いします!」
そうなのだ。
ワクテカ少女マリエラと、その後に続く3人――、ジーク、エドガン、そしてあろうことかSランク冒険者、『隔虚』ヴォイドの4人は、本日、冒険者パーティー『炎の遣い』として帝都デビューを果たしたのだ。
むふー。
言っちゃった、言っちゃったぞと満足そうなマリエラに対し、ギルドの受付嬢は困惑気な表情でマリエラとその後ろのジークたち3人を交互に見る。
――え、4人組なわけ? これどういう集団?
そう問いただしたいのだろう。彼氏と別れた受付嬢が熱い視線を送るジークたち3人の男性は、雰囲気や装備から上位の冒険者であると予想がつくし、対して3人を引き連れたマリエラのヒヨコっぷりも見たままなのだ。
貴族の子女であるならば、強い護衛を付けるのも分かるけれど、マリエラはどう見たって庶民、それも田舎から帝都に出てきたばかりのお上りさんなのだから、パーティーを組むと聞いて困惑するのも無理はない。
「えぇと?」
「パーティー名は『炎の遣い』です!」
混乱する職員とドヤるマリエラ。パーティー名を聞かれた訳ではないのだが。
もうすでに、言葉は通じているのに会話が成立していない。そこに通訳登場とばかりに、後ろのジークが助け舟をだす。
「マリエラ、俺が代わろう。……職員さん困ってるから、な?
すいません、彼女は迷宮都市の商業ギルドの職員でして。我々の任務の合間になりますが、帝都の迷宮の植生の調査を行うために臨時でパーティーを組むことになりまして」
「そっちのおねーさん、美人だねー。オレ、エドガン。こう見てもAランカーなんだぜ?」
「エドガン、話がややこしくなるから黙っていたまえ」
「……あぁ、なるほど。採取師の方でしたか」
なぁーんだという雰囲気が、職員だけでなく冒険者ギルド全体に漂った。ちなみにエドガンはでっかい釣り針に引っ掛かり、彼氏と別れた受付嬢に釣り上げられている。さすがだ。勿論エロガン的な意味ではあるが。今まで散々女性関係で痛い目にあったというのに、学ばないにもほどがある。
エドガンはさておいて、帝都でも迷宮内部に自生している植物や鉱石の採取を専門にする者は少ないながら存在する。例えば採取してすぐに処理が必要なものだとか、採取に専門知識が必要な資源はそれなりに存在するのだ。迷宮都市のガーク爺などは冒険者としてよりも採取師として有名で、帝都でも知る人ぞ知る存在だ。
とはいえ、普通は並み以上の戦闘力を持つもので、マリエラのように一撃瀕死のよわよわちゃんは珍しいのだが、そこは説明をした男――ジークの説明で納得がいった。
彼は少女が「迷宮都市の商業ギルドの職員」であると言ったし、「任務の合間に」とも言ったのだ。
(この冒険者たちは噂の錬金術師の関係者ね!)
迷宮都市の迷宮は、討伐されてしまったのだ。あれは大いなる災いの種であったけれど、魔物の素材や様々な資源をもたらす飯の種でもあった。討伐された迷宮は徐々に魔物が生じなくなり、同時に内部で採取できた動植物や鉱物も発生しなくなっていく。そして時間をかけてただの穴へと変わっていくのだ。
迷宮の討伐は戯曲になるほど英雄的な冒険譚ではあるけれど、これからも迷宮都市に暮らす人々にとっては、枯渇していく資源とどのように向かい合い、どのように新たな産業を発展させていくのか頭の痛い問題だろう。
帝都の周辺にはどれも階層が深くならないように管理された迷宮がいくつかあって、魔物や迷宮の資源を安定供給している。「迷宮に入りたい」という少女の様子に受付嬢はなるほどそうかと納得がいった。
(きっとこの娘は迷宮調査で派遣されたのね。だいぶ頼りないけど、今の迷宮都市は超が付くほど忙しいって聞くし。今後の方針の参考にするための調査として、新米さんに白羽の矢が当たったのかもしれないわね。
それに後ろの強そうなお兄さん、「任務の合間」とも言っていたわ。この3人はおそらく上級冒険者。きっと皇帝陛下に謁見するっていう噂の錬金術師の護衛任務がメインなんだわ。うふふ、私にはお見通しよ!)
つまり『炎の遣い』とかいう少女+3人のパーティーは、護衛任務の空き時間を利用した調査用の臨時パーティー。この3人は商業ギルドの偉いさんに、「空いている時間があるなら、ちょっと手伝ってやってくれ」とでも頼まれたに違いない。
勝手にストーリーを脳内で構築したギルド職員は、にこやかに『炎の遣い』のパーティー申請と、帝都近隣の迷宮への探索申請を受理すると登録証を交付した。
「えぇと、マリエラさん。お強そうな仲間がいらっしゃいますが、迷宮は危険な場所です。十分に注意して採取活動に取り組んでくださいね。採取に関する注意事項はこちらの冊子を確認いただくか、案内人を雇われるといいでしょう」
「はい、ありがとうございます!」
登録料と引き換えに説明冊子と登録証を受け取り、ご機嫌でギルドを後にする少女一行を見送った後、受付嬢は思わずおしゃべりを再開する。
「今の、きっと噂の錬金術師の護衛だと思うわ!」
「私もそう思う! 3人とも――、特に眼帯の人、イケメンだったよね」
「いや、アナタ、双剣使いの人と約束してなかった?」
「だってぇ、眼帯の人、ちっともこっち見てもくれないんだもん」
「まぁ、顔は置いといて実力もありそうだし、あの3人がついててくれるなら採取師のお嬢さんも安心ね」
「採取師? あぁ、あの田舎から来ましたって感じの娘。ま、大丈夫でしょ。どうせ護衛の合間におもりを頼まれた系じゃない? 商業ギルドがねじ込んだとかさ。でも、噂の錬金術師の護衛ならそうそう手も空かないだろうから、無事に戻れるかより迷宮に入る時間が取れるのかの方が心配だと思うわよ。まぁ、私には関係ないけどぉ。……双剣クンは私との時間を取ってくれるみたいだし、ウフ! 聞いた? Aランクですって!」
「あんたねぇ……」
こんな性格だから、美人なのにすぐに別れることになるのよと思いながら、受付嬢は受理した書類を棚にしまった。
冒険者ギルドにたむろする暇を持て余した冒険者たちも、再び仲間と雑談を再開し退屈な昼下がりの時間に戻る。彼らのホットな話題は、謎に包まれた噂の錬金術師だ。貴族らしいが演劇の通り若くて美人なのか、それとも年増のおばさんなのか。受付嬢の噂した通り、若いのにものすごい実力の持ち主なんて現実にはあり得ないだろうが、そうであればいいのにと思わず想像してしまう。ついでに、ボン、キュ、ボンの美女ならなおのこといい。
受付嬢も冒険者たちも、これっぽちも気付いていない。
先ほど目の前に現れたお上りさん丸出しの少女こそが、まさかの噂の錬金術師、200年の仮死の眠りから覚め、迷宮の深淵でエリクサーの錬成に至った『始まりの錬金術師』であることを。
「ついに、帝都デビューだー!」
「マリエラちゃん、恥ずかしいから声落として……」
少女の声が高らかに、帝都の空にこだましていた。




